俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
江戸川コナンがホテルの部屋を訪ねてきてから、数日が経った。あれ以降も、水篠旬の生活に大きな変化はない。この世界について調べながら米花町で生活し、システムからクエストが発生すれば、それに従って事件へ関わる。
ただ、一つだけ変わったことがあるとすれば、自分を探る視線が以前より増えたことだった。
江戸川コナン。安室透。世良真純。沖矢昴。そして警察。
誰もが程度の差こそあれ、水篠旬という存在に疑問を抱き始めている。旬自身も、それには気づいていた。だからといって、正体を明かすつもりはない。
システム。ハンター。ゲート。ダンジョン。モンスター。影の兵士。そして、自分がこの世界とは異なる場所から来たという事実。
そのどれも、今の旬にとって他人へ説明する必要のないものだった。
聞かれれば、それらしい理由を答える。仕事で滞在している。少し調べ物をしている。事件現場にいたのは偶然。重要なものを見つけたのも、偶然。
相手がそれを信じるかどうかまでは、旬の知ったことではない。
今、最も重要なのは――『帰還の羅針盤のレシピ(上)』。元の世界へ戻る手掛かり。その残り半分を手に入れることだった。
そんなある日のこと。ホテルの部屋で、この世界の情報を調べていた旬の前に、久しぶりに青白いウィンドウが現れた。
――ピコン。
『緊急クエストが発生しました』
【財閥の宴席で起こる騒動の真相を追え】
『鈴木財閥主催の宝石披露パーティーで発生する事件に関与し、その真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
そして、その下。いつもとは違う一文が表示されていた。
『今回のランダムボックスは、高価値アイテムの出現確率が上昇します』
旬の目が細くなる。
「……高価値アイテム」
真っ先に浮かんだのは、当然レシピの残り半分だった。
『帰還の羅針盤のレシピ(下)』
それが入っている保証はない。また役に立たない物が出てくる可能性だってある。それでも、これまで一度もなかった表示だ。無視する理由はなかった。
旬はクエストの場所を確認する。会場は、鈴木財閥系の高級ホテル。今夜開催される宝石披露パーティー。
当然、招待制だった。
旬は数秒だけ画面を見つめた。
「……招待状はないが」
システムからの返答はない。
行け。それだけらしい。
旬は小さく息を吐き、黒いスーツへ着替えた。
入る方法なら、ある。
◇
その夜。
ホテル最上階のボールルームでは、鈴木財閥相談役・鈴木次郎吉が手に入れたビッグジュエル――『大海の奇跡(オーシャン・ミラクル)』の披露パーティーが開かれていた。
深い海のような青色を湛えた巨大な宝石。その価値は途方もない。
だが、今回これほど大々的な披露会が開かれた理由は、それだけではなかった。
「ガッハッハッハッ! どうじゃ、この警備! これなら奴とて手も足も出まい!」
会場の中央。特殊なガラスケースに収められた宝石を前に、鈴木次郎吉が豪快に笑う。
次郎吉が言う『奴』とは、怪盗キッド。
世界中の宝石を狙い、数々の厳重な警備を潜り抜けてきた神出鬼没の怪盗。そして、次郎吉が何度も捕まえようとしては逃げられてきた因縁の相手でもある。
もっとも、今回はキッドから予告状が届いているわけではない。それでも次郎吉は、わざわざ宝石の存在を大々的に報道させ、これ見よがしに警備を固めていた。
完全に、怪盗キッドを誘い出すためだった。
「おじ様ぁ……キッド様から予告状も来てないんでしょ?」
鈴木園子が呆れたように言う。
「何を言っとる園子! これほどの宝石を奴が見逃すはずがない!」
「だったら来てくれればいいのに……」
「園子ったら」
隣で毛利蘭が苦笑する。
少し離れた場所では毛利小五郎が料理に夢中になり、江戸川コナンは一人、会場内を見回していた。
予告状がない以上、今夜キッドが来る可能性はそこまで高くない。それでも次郎吉が相手では、何も起こらなくても騒がしい夜になるだろう。
そう考えていた頃。
ホテルの外。一人の男が、正面入口を見上げていた。
水篠旬。
会場へ入る客たちは、一人ずつ招待状を確認されている。警備員だけではない。ホテルスタッフ。監視カメラ。鈴木財閥が雇った警備会社の人間。
かなり厳重だった。
旬は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
正面から入るのは無理だ。
なら。
「隠密」
小さく呟く。
その瞬間、旬の姿が消えた。
周囲から視線が外れる。音が消え、気配までもが希薄になる。
スキル――『隠密』。
旬の存在そのものを周囲から認識されにくくする能力。以前、コナンの目の前から姿を消した時にも使ったものだ。
旬はそのまま、何事もないように正面入口へ向かう。警備員のすぐ横を通る。誰も振り向かない。招待状を確認しているホテルスタッフの前を横切っても反応はない。
もちろん、止められることもない。
旬はそのままエレベーターへ乗り込み、パーティー会場のある最上階へ向かった。そして、人目の少ない廊下で隠密を解除する。
一瞬前まで誰もいなかった場所。そこに、黒いスーツ姿の男が静かに現れた。
「……」
旬は何事もなかったように、ボールルームへ足を踏み入れた。
◇
煌びやかな会場。華やかなドレス。高価そうなスーツ。大量の料理と酒。
旬にとって、あまり馴染みのある場所ではなかった。とはいえ、緊張するような理由もない。
会場の隅。目立たない位置へ移動する。そして、クエストの対象となる事件が始まるのを待つ。
その姿へ最初に気づいたのは園子だった。
「ねえ蘭」
「何?」
「ほら、あそこ」
園子が目で示す。蘭がそちらを見る。
「あ……」
黒いスーツ。見覚えのある男。
「水篠さん……?」
「知ってるの?」
園子が興味津々といった様子で旬を見る。
「結構カッコいいじゃない」
「もう、園子……」
「で、誰?」
「知り合いっていうほどじゃないよ。何度か事件の時に会ったことがあるだけで……」
「事件の時?」
園子が首を傾げる。
その少し先。コナンも旬の存在へ気づいた。
「……!」
思わず目を見開く。
(またいる……)
ホテルの部屋を訪れたばかり。そして、今度は鈴木財閥の宝石披露パーティー。
偶然。また偶然。そう言われれば、否定する証拠はない。
だが。
(さすがに多すぎるだろ……)
コナンは旬を見つめる。
何より、ここは招待制だ。
どうして旬がいる。
その疑問を口にするより早く、鈴木次郎吉まで旬の姿に気づいた。
「ん?」
次郎吉が眉を寄せる。
「おい、そこの君!」
旬が振り向く。
「見かけん顔じゃな。どこの者だ?」
いきなりだった。
旬は次郎吉を黙って見る。
「おじ様!」
園子が間へ入る。
「蘭の知り合いみたいよ!」
「え、園子!?」
蘭が慌てる。
「知り合いなら問題なかろう!」
次郎吉はそれだけ言うと、すぐに宝石へ視線を戻した。
この男にとって、今一番重要なのは怪盗キッド。旬が何者かなど、大した問題ではないらしい。
旬も、わざわざ訂正しなかった。
ただ、コナンだけはそのやり取りをじっと見ていた。
(水篠さん、招待客なのか……?)
ホテルへ直接確認すれば、いずれ分かることだ。今すぐ問い詰める必要はない。
ただ、また一つ疑問が増えた。
旬は、そんなコナンの視線にも気づいていた。
もちろん、何も説明するつもりはない。
◇
そして、事件は唐突に始まった。
パッ。
会場の照明が一斉に消えた。
「きゃっ!」
「何!?」
悲鳴。ざわめき。暗闇。
「誰も動くな!」
次郎吉の怒鳴り声。
数秒後、非常灯が点灯する。続いて予備電源が作動し、再び会場が明るくなる。
その瞬間、一番大きな声を上げたのは、やはり次郎吉だった。
「な……!」
ガラスケース。そこへ展示されていたはずの『大海の奇跡』。
ない。
「ワシの宝石がぁぁぁぁ!!」
会場全体が一気に騒然となる。
「キッドォォォォ!」
次郎吉が叫ぶ。
「やはり来おったな! 絶対に逃がすな!」
「えっ、キッド様!?」
園子の目が輝く。
「どこ!? どこにいるの!?」
「園子、今それどころじゃないでしょ!」
蘭が止める。
警備員たちも出入口を封鎖する。
その中、コナンだけは冷静にガラスケースを見ていた。
(……キッド?)
違和感。
予告状がない。キッドのカードもない。何より、ただ停電させ、宝石だけを盗んだ。
怪盗キッドの犯行にしては妙に単純だ。
(キッドに見せかけた別の犯人……?)
コナンが事件現場へ意識を切り替える。
同時に、旬の目の前でも青白いウィンドウが現れた。
『クエスト進行中』
『事件の真相解明に貢献してください』
(始まったか)
旬も会場を見渡す。
力づくで犯人を探し出せ、とは書いていない。いつもと同じ。真相解明への貢献。
ならば、自分がするべきこともこれまでと変わらない。
事件の鍵となる、赤い光を探す。
◇
警察が到着すると、会場は完全に封鎖された。
目暮警部。高木刑事。佐藤刑事。
旬にとって、既に顔馴染みになりつつある刑事たち。
事情聴取が始まる中、高木が旬へ気づいた。
「あれ?」
少し、表情が引きつる。
「水篠さん……?」
「……」
「また……お会いしましたね」
「ああ」
旬は平然と答える。
高木が困ったように笑う。
「えーっと……今日は?」
「たまたまだ」
「また、ですか……」
さすがに高木も疑わしそうだった。佐藤も少し離れた場所から旬へ視線を向ける。
ただし、今のところ旬が宝石盗難に関わった証拠はない。まずは事件の捜査が優先だった。
目暮たちは、停電前後の状況。ガラスケースの状態。招待客の行動。ホテルスタッフの証言。順番に確認していく。
その周りを、いつものようにコナンが動き回る。
旬もまた、会場内をゆっくり歩きながら赤い光を探していた。
床。テーブルの下。壁際。ガラスケースの周囲。
何もない。
さらに進む。
そして、会場の端。給仕用のワゴン。その車輪近く。
「……」
旬の足が止まる。
小さな白い粒。ほんの数ミリ。普通なら誰も気に留めない。
だが、旬の目には、その粒だけが淡い赤色に光って見えた。
(あれだな)
視線を宝石が置かれていた台座へ向ける。
台座には、装飾用の小さな真珠が複数使われている。よく見ると、一ヶ所欠けている。
旬は周囲を見る。
近くには高木。そしてコナン。
自分で拾えば、また余計な疑いを増やす。
なら、いつも通り。見つけさせればいい。
旬は何気なくワゴンの横を通る。ポケットからハンカチを取り出し、落とした。
床へ。
そして屈む。
それだけ。
だが、コナンはその動きを見ていた。
(……水篠さん)
先日のホテルで確信したことがある。
旬は、自分が探られていると分かっている。
なら、今の動きも本当に偶然なのか。
コナンは旬の手元を見る。そして、その少し先。
「……ん?」
ワゴンの下。白い粒。
コナンがすぐに近づく。
「高木刑事!」
「ん?」
「ここに何か落ちてるよ!」
高木がしゃがみ込む。手袋を着け、慎重に拾う。
「これは……真珠?」
「何ぃ!?」
次郎吉が飛んでくる。
回収した真珠。そして展示台。
「一つない!」
台座の装飾から、真珠が一つ欠けていた。
コナンの目が鋭くなる。
(犯人が宝石を台座から取り外した時に落とした……?)
なら、犯人は停電中、直接ここへ近づいている。
さらに、台座へ残った僅かな傷。停電に使われた仕掛け。警備員の立ち位置。給仕用ワゴン。
それらを、コナンは一つずつ繋げていく。
怪盗キッドではない。
キッドへ罪を着せようとした、別の人間。
捜査が進み、やがて一人の宝飾関係者が浮上した。多額の借金を抱えていた男。
次郎吉が怪盗キッドを誘い出そうとしていることを利用し、停電を起こし、その隙に宝石を盗む。そして事件をキッドの犯行だと思わせる。
それが、犯人の計画だった。
だが、手口は本物の怪盗キッドほど完璧ではなかった。
落とした一粒の真珠。残された傷。そして本人の証言の矛盾。
最後は、コナンの推理と警察の捜査によって犯人は追い詰められた。
「くそっ……!」
観念した男が膝をつく。
宝石も、無事に回収された。
「おのれぇぇぇ!」
次郎吉が叫ぶ。
犯人ではなく、なぜか別のことに腹を立てている。
「キッドではなかったじゃとぉ!?」
「そこ!?」
園子が呆れる。
「ワシは奴を捕まえるために、これだけの警備を……!」
「まあまあ、おじ様。宝石戻ってきたんだからいいじゃない」
「よくないわい! 次こそ絶対に捕まえてくれる!」
騒がしい。
旬は少し離れた場所から、それを眺めていた。
すると。
――ピコン。
『緊急クエスト完了』
『真相解明への貢献を確認しました』
『クエスト成功!』
報酬:
ランダムボックス×1
『高価値アイテム出現確率上昇が適用されます』
旬は表示を静かに閉じた。
今は、箱の中身の方が重要だった。
会場を離れようとした、その時。
「水篠さん」
コナンの声。
旬が振り返る。
「何だ?」
コナンは、少しだけ旬を見上げる。
「さっきの真珠」
「……」
「気づいてたでしょ?」
旬は少しの間、何も答えない。
「何のことだ?」
「ワゴンの下」
「知らない」
「でも、ちょうどあそこでハンカチ落としたよね?」
「偶然だ」
「……また?」
「ああ」
あまりにも堂々と、いつも通り答える。
コナンはしばらく旬の顔を見つめた。
「そっか」
笑顔。
だが、信じていない。
旬も、それは分かっていた。
「じゃあね、水篠さん」
「ああ」
コナンが離れる。
その背中を見ながら、旬は小さく息を吐いた。
(やはり気づくか)
面倒な子供だ。
それでも、正体を話すつもりはまったくなかった。
◇
ホテルへ戻ると、旬はすぐインベントリからランダムボックスを取り出した。
いつもの箱。見た目には、特別な違いはない。
ただ、今回だけは『高価値アイテム出現確率上昇』。その表示が頭に残っている。
「……開けるか」
旬が触れる。
――ピコン。
『ランダムボックスを開封します』
光。そしてメッセージ。
『アイテムを獲得しました』
旬が表示を見る。
数秒、動きが止まった。
『帰還の羅針盤のレシピ(下)』
「……」
ようやく、手に入った。
旬は、以前手に入れた『帰還の羅針盤のレシピ(上)』をインベントリから取り出す。
二枚のレシピが同時に淡い光を放つ。
『必要なレシピが揃いました』
『統合が可能です』
『統合しますか?』
【YES/NO】
旬は迷わず【YES】。
二枚が重なり、一つの光になる。
『帰還の羅針盤 製作レシピ』
『異なる次元の境界を探知し、元の世界への座標を指し示す特殊アイテム』
「……やっとか」
旬の口元が、ほんの僅かに緩む。
これで帰れる。
そう思った。
だが、続いて新しい表示が現れた。
『製作には以下の素材が必要です』
旬の視線が下へ動く。
『次元の残滓』
『虚無の涙』
『星屑の核』
『時の砂』
『安定化マナ結晶』
「……」
五つ。
どれも、この世界へ来てから一度も聞いたことのない素材。
旬が詳細を開く。
しかし、入手場所。入手方法。どこにも書かれていない。
「レシピの次は素材か」
小さく呟く。
だが、落胆はしなかった。
これまでとは違う。
帰還方法そのものが存在することは分かった。必要なものも分かった。
なら、探すだけだ。
旬は完成したレシピをインベントリへ戻した。
次元の残滓。虚無の涙。星屑の核。時の砂。安定化マナ結晶。
これらをどう手に入れるのか。システムが次のクエストとして示してくるのか。それとも、自力で見つけなければならないのか。
まだ分からない。
だが、一つずつ進んでいる。
その頃、別の場所。
コナンもまた、一人考えていた。
パーティー会場。水篠旬。そして、ワゴンの下の真珠。
(絶対、気づいてた)
間違いない。
だが、どうやって。
それだけは今も分からない。
さらに、もう一つ。コナンの中に小さな疑問が残っていた。
旬は、あの会場へどうやって入ったのか。
招待客の中に、自分が知る範囲では旬を連れてきた人間はいなかった。
けれど、本人へ聞いたところで、きっとまたありきたりな答えが返ってくるだけだろう。
『たまたまだ』
『偶然だ』
『知り合いに呼ばれた』
そんな言葉で、何も教えない。
水篠旬。
調べるほど、謎が増えていく男。
そして、その謎の正体が、人間の常識だけでは決して辿り着けない場所にあることを。
コナンは、まだ知らなかった。