俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
『帰還の羅針盤』を作るために必要なものは、五つ。
『次元の残滓』、『虚無の涙』、『星屑の核』、『時の砂』、そして『安定化マナ結晶』。
レシピを完成させてから、水篠旬はそれらについて可能な限り調べていた。インターネットはもちろん、図書館、骨董品や鉱物を扱う店。この世界で手軽に確認できる範囲には一通り当たったが、結果は何もない。
少なくとも『次元の残滓』や『虚無の涙』などという名前で流通している物質は存在しなかった。似たような名前ならゲームや小説の中にいくらでも出てくるが、旬が必要としているのは当然、本物だ。
「……やっぱり普通には手に入らないか」
ホテルの部屋。ノートパソコンに並ぶ検索結果を眺めながら、旬は椅子の背にもたれた。
そもそも、この世界にはマナそのものがほとんど存在しない。ゲートも、ダンジョンも、モンスターもいない。ならば『安定化マナ結晶』など、自然に存在していると考える方が不自然だった。
残る可能性は、システム。
これまで『帰還の羅針盤』のレシピをランダムボックスから入手したように、必要な素材もクエスト報酬として手に入る。現状では、それが最も可能性の高い方法だった。
「結局、続けるしかないな」
そう呟いた時だった。
――ピコン。
聞き慣れた音とともに、旬の目の前へ青白いシステムウィンドウが現れる。
『緊急クエストが発生しました』
【子供たちの発見の真相を追え】
『少年探偵団が発見した物品に関連する事件の真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
失敗条件:
・事件解決前に現場を離脱する。
・真相解明への直接的な貢献が認められない。
旬は表示へ目を通した。
「……またあの子供たちか」
江戸川コナン、灰原哀、吉田歩美、円谷光彦、小嶋元太。
この世界へ来てから、不思議なほど彼らと関わる機会が多い。偶然なのか、それともシステムが何かしらの理由で自分と彼らを接触させているのか。
今の旬には分からなかった。
ただ、クエストである以上、行くしかない。
今回のランダムボックスから五つの素材のどれかが出る可能性もある。
旬は静かに立ち上がった。
◇
同じ頃。
帝丹小学校の裏手にある小さな公園では、少年探偵団の三人が地面を覗き込んでいた。
「なあ、これ何だ?」
元太が拾い上げたのは、黒く小さな部品だった。一見すると大きめのボタンのようにも見える。
「ちょっと元太君! 何か分からないものをいきなり触っちゃダメですよ!」
光彦が慌てて止める。
「もう触っちまったんだからしょうがねーだろ」
「そういう問題じゃありません!」
「でも、それ普通のボタンじゃないよね?」
歩美も元太の手元を覗き込んだ。
確かに、衣服につけるようなボタンとは少し違う。裏側には金属製の小さな接続部分があり、その一部が欠けていた。
「機械の部品でしょうか……」
光彦が慎重に観察してから、今度は少し離れた地面へ視線を向ける。
「それに、こっちも見てください」
土が不自然にえぐれ、草も何本か踏み倒されている。
「誰かここで転んだのかな?」
歩美が首を傾げる。
「一人が転んだだけにしては変ですね。こっちにも跡がありますし……」
「じゃあケンカか?」
元太が途端に目を輝かせる。
「事件じゃねーか!?」
「元太君、嬉しそうに言うことじゃありませんよ!」
そう言いながらも、三人とも既にただの落とし物とは思っていなかった。
そこで歩美が携帯電話を取り出す。
「コナン君に電話しようよ」
「おう!」
数十分後、公園にはコナンと灰原も到着していた。
「これか?」
コナンが地面に置かれた黒い部品を覗き込む。元太が既に触ってしまったと聞き、「勝手に触るなよ」と注意はしたものの、それ以上責めることはしなかった。
既に起きたことを言っても仕方がない。
問題は、これが何なのかだった。
コナンはしゃがみ込み、部品だけでなく周辺の地面にも目を向ける。踏み荒らされた草、複数の靴跡、そして何かが引きずられたような細い跡。
「どう?」
歩美が尋ねる。
「まだ分かんねーけど……」
コナンは地面を見ながら答えた。
「少なくとも、ただ物を落としただけじゃなさそうだな」
声こそ普段通りだが、その目は既に探偵のものになっている。
少し離れた場所から見ていた灰原が、呆れたように口を挟んだ。
「だったら、あなたたちだけで調べるのはここまでにした方がいいんじゃない?」
「分かってるって」
コナンは立ち上がる。
「警察に連絡しよう」
ほどなくして、目暮警部、高木刑事、佐藤刑事が現場へ到着した。
「つまり、この部品を君たちが見つけたんだね?」
目暮が確認する。
「はい!」
歩美が元気よく答えた。
「元太君が最初に見つけました!」
「俺が一番だぜ!すげぇだろ!」
「だから、勝手に触ったのは褒められないって言ってるでしょう!」
光彦がすぐ横から突っ込む。
高木は苦笑しながらも、「まあまあ。でも、ちゃんと大人に知らせたのは偉かったよ」と三人を宥めた。
一方、佐藤は周囲の痕跡を調べていた。やがて高木も黒い部品を確認し、少し表情を変える。
「目暮警部。これ、もしかすると……」
「ああ」
数日前、この周辺ではひったくり傷害事件が発生していた。
被害者はバッグを奪われそうになった際に抵抗し、転倒して負傷。犯人はそのまま逃走し、現在も捕まっていない。
「逃走途中に、この公園へ入り込んだ可能性がありますね」
佐藤が周囲を見回す。
「争った跡が少し古いのも、それなら説明できるわ」
ただし、黒い部品だけで犯人の身元までは分からない。
警察は改めて、公園周辺を捜索することになった。
その頃。
公園の入口に、一人の男が姿を見せた。
「あ!」
真っ先に気づいた元太が声を上げる。
「シュン兄ちゃん!」
全員の視線が向く。
水篠旬は一瞬だけ足を止めた。
元太は気にする様子もなく駆け寄ってくる。
「シュン兄ちゃんも事件の捜査しに来たのか?」
「……まあな」
「やっぱり事件なんですね!」
光彦まで少し期待した様子で近づいてきた。
「水篠さんがいれば、何か分かるかもしれませんね!」
「こんにちは、水篠さん!」
歩美も明るく挨拶する。
「ああ」
旬の返事は短い。
それでも、子供たちは既にその素っ気なさには慣れているようだった。
いつの間にか彼らの中で、水篠旬は『事件現場で時々会う、妙に物を見つけるのが上手いお兄さん』くらいの位置づけになっているらしい。
少し離れた場所では、コナンが複雑そうな顔をしていた。
(やっぱり来た……)
まただ。
少年探偵団が妙なものを見つけた直後に、水篠旬が現れた。
本人に聞けば、きっとまた『偶然だ』と答えるのだろう。
だが、もうその言葉をそのまま信じるつもりはない。
灰原もまた、何も言わず旬を見つめていた。
以前ほど露骨な恐怖はない。
だが、警戒が消えたわけではなかった。
夜道で見た異常な強さ。そして、目の前から突然消えた姿。
忘れられるはずがない。
旬と灰原の視線が一瞬だけ交わる。
だが、どちらも何も言わなかった。
◇
旬は警察や子供たちから少し距離を取り、公園全体を見渡した。
クエストの目的は、事件の真相解明に貢献すること。
ならば今回も、探すものは決まっている。
赤い光。
旬はゆっくりと公園を歩きながら、フェンス、ベンチの下、植え込み、木の根元を順番に確認していく。
そして数分後。
公園の端、金網フェンスの近くで足を止めた。
深い茂みの奥。
革製の小さなポーチが落ちている。
枯れ葉と土に半分埋もれ、普通に歩いているだけではまず気づかない場所だった。
そして。
旬の目には、それだけが淡い赤色に光って見えた。
(あれか)
犯人が逃走中に落とした物だろう。
中身が何かは分からないが、システムが示している以上、事件と無関係ではない。
旬は周囲を確認した。
高木と佐藤は別の場所を調べている。
コナンも目暮と何かを話していた。
問題は、どうやってあのポーチへ気づかせるか。
前回のように何かを落とすか。
それとも直接、警察へ「あそこに何かある」と伝えるか。
同じやり方を何度も使えば、当然それだけ疑われる。
旬が方法を考えていた、その時だった。
「……ん?」
近くから光彦の声が聞こえた。
「ここの草、変ですね」
少年探偵団は警察に邪魔をするなと言われながらも、安全な場所から周囲を観察していたらしい。
光彦は、フェンス近くの草が一ヶ所だけ不自然に倒れていることへ気づいていた。
「何だ?」
元太も覗き込む。
「待ってください。何かあるかもしれません」
光彦が慎重に葉をかき分けていく。
そして。
「あ!」
旬の目が僅かに細くなった。
「皆さん! ここに何か落ちています!」
光彦が指した先には、先ほど旬が見つけた革のポーチがあった。
「何?」
高木たちがすぐに駆け寄る。
旬はその場で動きを止めた。
(……先を越されたか)
今から自分が何かを言っても意味はない。
既に光彦が見つけた。
高木は手袋を着け、慎重にポーチを回収する。
中にはカードケースと数枚のカード。そして、小さなメモ帳が入っていた。
確認が進むにつれて、警察の表情が変わっていく。
「目暮警部! これ、ひったくり事件の被害者から奪われたカードケースです!」
「何だと!?」
さらにメモ帳には複数の店名、日時、金額、そしてある質屋の連絡先が残されていた。
犯人の名前そのものが書かれていたわけではない。
だが、十分だった。
質屋の防犯カメラ。
盗品を持ち込んだ人物。
利用時に残した情報。
複数の証拠が繋がり、警察は逃走していた犯人の身元へ辿り着いた。
そしてその日のうちに、男は逮捕された。
事件解決。
「やったぜ!」
元太が拳を突き上げる。
「今回は光彦君のお手柄だね!」
歩美が嬉しそうに笑う。
「いえいえ。偶然見つけただけですよ」
そう言いながらも、光彦もかなり嬉しそうだった。
その少し離れた場所で。
旬の目の前にシステムウィンドウが開く。
――ピコン。
『クエスト失敗』
『真相解明への直接的な貢献が確認できませんでした』
旬は無言で表示を眺めた。
予想していた結果だった。
旬自身も赤い光を見つけてはいた。
しかし、誰にも伝えていない。
ポーチを発見したのは光彦で、そこから捜査を進めたのも警察とコナンたちだ。
システムの判定上、旬は何もしていないのと変わらない。
(仕方ない)
一度の失敗程度なら、大した問題ではない。
そう思った時だった。
――ピコン。
今までとは違う、僅かに重い音。
新たなウィンドウが表示される。
『警告』
『クエスト失敗回数が規定値に接近しています』
その下に、赤い文字が浮かんだ。
『ペナルティ執行猶予』
【2/3】
旬の表情が僅かに変わった。
(……2/3?)
そしてすぐに、この世界へ来た直後の宝石強盗事件を思い出す。
あの時。
人質は助けた。
犯人の制圧にも間接的に関わった。
だが、真相解明へ直接貢献しなかったことで、クエストは失敗した。
あれが一回目。
今回が二回目。
ならば。
「……三回で何かあるのか」
小さく呟く。
表示されている『ペナルティ』という文字。
旬にとって、その言葉には嫌な記憶があった。
かつてシステムのデイリークエストを無視した時、強制的に送り込まれたペナルティゾーン。
そこには巨大なモンスターが存在し、当時の旬は死に物狂いで逃げ続けた。
今の旬なら、あの頃のモンスターなど脅威ではない。
だが。
今回は事情が違う。
ここは自分の世界ではない。
もし、この世界で何かが起きるのなら。
巻き込まれるのが自分だけとは限らない。
旬は詳細を確認しようとした。
しかし、表示されたのは一文だけだった。
『情報がありません』
(内容は教えないのか)
旬の目が僅かに険しくなる。
何が起こるのかは分からない。
それでも。
三回目を避けた方がいいことだけは確かだった。
「次は失敗できないな」
旬はシステムウィンドウを閉じた。
◇
その様子を、少し離れた場所からコナンが見ていた。
今回は、水篠旬は何もしなかった。
いつもなら必ず、何かに気づかせる。
証拠。
爆弾。
事件を動かす手掛かり。
けれど今回は、ただ現場にいただけ。
(今回は、本当に偶然だったのか?)
そう考えかけて。
引っ掛かった。
光彦がポーチを見つける直前。
旬は確かに茂みの方を見ていた。
しかも、何かしようとしていたようにも見えた。
(もしかして……先に気づいてた?)
だが。
光彦が先に見つけた。
だから何もしなかった。
そんな考えが頭をよぎる。
証拠はない。
まだ推測でしかない。
それでもコナンは、その時の旬の動きを頭へ刻んでおいた。
その隣。
灰原が気にしていたのは、少し違うことだった。
事件が解決した直後。
旬は突然、何もない空間へ視線を止めた。
数秒間。
何かを読んでいるように、瞳だけが僅かに動く。
そして。
ほんの少しだけ表情が険しくなった。
(……また)
以前にも、似たような動きを見たことがある。
何もない場所を見る。
何かを確認する。
その後に、行動を変える。
「灰原?」
コナンに呼ばれ、灰原は視線を戻した。
「何?」
「水篠さんのこと見てただろ」
「あなたこそ」
「……」
「……」
二人とも、それ以上は言わなかった。
少し離れた場所では、元太たちがまだ自分たちの手柄について盛り上がっている。
その声を背に。
旬は公園を離れていった。
帰還の羅針盤。
五つの素材。
そして。
【2/3】
元の世界へ帰るためには、これからもクエストをこなさなければならない。
だが。
次に失敗した時。
何が起こるのか。
それだけは分からない。
水篠旬はこの世界へ来て初めて。
システムが与えるクエストそのものに。
明確な警戒を抱き始めていた。