俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

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第十二話 祭りの喧騒と届けられた『証』

 

米花町の夏祭りは、日が暮れる頃にはすっかり多くの人で賑わっていた。

 

通りの両側には色とりどりの提灯が並び、焼きそばやたこ焼き、綿あめの匂いが夜風に混じっている。浴衣姿の家族連れや学生たちが屋台を行き交い、普段の米花町とは少し違った活気に包まれていた。

 

その人混みの中に、水篠旬の姿もあった。

 

もちろん、祭りを楽しむために来たわけではない。少し前、ホテルにいた旬の前へ、いつもの青白いシステムウィンドウが現れていたのだ。

 

『緊急クエストが発生しました』

 

【祭りの喧騒に潜む悪意の真相を追え】

 

『夏祭りの会場、及びその周辺で発生する事件に関与し、真相解明に貢献してください』

 

報酬:ランダムボックス×1

 

失敗条件:

・事件解決前に現場を離脱する。

・真相解明への直接的な貢献が認められない。

 

旬にとって、今回は報酬以外にも気にするべきものがあった。

 

前回のクエスト失敗時に表示された【2/3】という数字。三回目の失敗で何らかのペナルティが発生することはほぼ間違いないが、その具体的な内容についてシステムは何も教えてくれなかった。さらに、一度クエストに成功したからといって、この数字が消える保証もない。

 

だからこそ、今回は確実に成功させる必要がある。

 

(次は失敗できない)

 

そんなことを考えながら人の流れに沿って歩いていると、賑やかな祭囃子の向こうに、ふと元の世界の光景が浮かんだ。

 

妹の葵と、母さん。

 

元の世界へ戻ることができれば、また会える。

 

そのためにも、『帰還の羅針盤』を完成させるための五つの素材を集めなければならない。今回のランダムボックスから、その一つが出る可能性だってある。

 

旬が人混みを抜けようとした、その時だった。

 

「あ、水篠さん!」

 

聞き覚えのある声に足を止める。

 

前方から歩いてきたのは毛利蘭と鈴木園子、そして阿笠博士に連れられた少年探偵団だった。コナンと灰原も一緒にいる。

蘭と園子は浴衣姿で、歩美も可愛らしい浴衣を着ていた。元太の手には大きな綿あめがあり、光彦は屋台でもらったらしい景品を持っている。

 

「こんなところで会うなんて奇遇ね!」と園子が旬を見る。

「水篠さんもお祭り?」

 

旬は一瞬だけ考えた。当然、クエストがあるから来たなどと言えるはずもない。

 

「近くを通っただけだ」

 

「へえー。だったら一緒に回ればいいのに」

 

「園子……」

 

蘭が苦笑する横から、元太が勢いよく口を挟んだ。

 

「シュン兄ちゃん! 射的やろうぜ!」

 

「元太君、水篠さんをいきなり誘うのは失礼ですよ」

 

「いいじゃねーか! シュン兄ちゃん、絶対うまそうだし!」

 

「水篠さん、射的やったことある?」

 

歩美まで期待した目を向けてくる。

 

旬は三人の顔を順番に見た。

 

「やらない」

 

即答だった。

 

「えー!」

 

元太が露骨に残念そうな声を上げる。

 

そのやり取りを眺めながら、コナンは別のことを考えていた。

 

(この人が祭り……?)

 

先日のパーティー。その前の公園。そして今回。

 

また水篠旬がいる。

 

ただし、今回はまだ何も起きていない。水篠旬が事件のある場所へ現れるのか、それとも、水篠旬がいる場所で事件が起きているだけなのか。その違いすら、コナンには分からなかった。

 

「コナン君?」

 

蘭に呼ばれ、コナンは慌てて表情を戻す。

 

「な、なんでもないよ!」

 

その少し後ろでは、阿笠博士が興味深そうに旬を見ていた。

 

「君が水篠君か。わしは阿笠博士じゃ」

 

「水篠旬です」

 

「コナン君たちから、時々話を聞いておっての」

 

「博士!」

 

コナンが慌てて割って入る。

 

「余計なこと言わなくていいよ!」

 

「お、おお。そうじゃったかのう?」

 

不自然に笑う博士を見ても、旬は何も言わなかった。ただ一度だけ、コナンへ視線を向ける。

 

(絶対気づいた……)

 

コナンが内心で顔をしかめる。

 

灰原はそんな二人を少し離れたところから見ていた。旬に対する警戒心はまだ残っている。それでも、少なくとも彼が自分たちへ積極的に危害を加えるつもりはない――その程度には、以前より見方が変わっていた。

 

やがて一行と別れ、旬は再び祭りの中へ紛れていった。

 

 

祭りの会場は広く、人も多い。

 

事件がいつ、どこで起きるのかは分からない。以前なら赤く光る手掛かりを探せばよかったが、今回はクエストが始まった直後から何かが表示されているわけではなかった。

 

旬は人混みの中を歩きながら、射的、金魚すくい、焼きとうもろこし、くじ引きと周囲を静かに見回していく。

 

しばらく歩いたところで、会場の端に小さな人だかりができていることへ気づいた。

 

「離れてください!」

 

聞き覚えのある声だった。

 

旬がそちらへ向かうと、射的屋台の裏手で一人の男が取り押さえられていた。佐藤美和子と高木渉。

二人とも今日は私服だったが、警察手帳を見せながら周囲の客を下がらせている。

祭りの警備に出ていたところ、偶然騒ぎに遭遇したらしい。

 

「だから違うって言ってんだろ! 俺は拾っただけだ!」

 

男が声を荒げる。

 

高木の手には、女性物らしい細いブレスレットがあった。その近くには若い女性が立っている。

 

「これ、私のです……。屋台の台に少し置いて、そのまま忘れてしまって……」

 

「だったら俺が拾っただけだろ!」

 

男はそう主張する。

 

店主の話では、男はブレスレットを持ったまま屋台の裏へ入り込んでいたらしい。さらに、ブレスレットの留め金には何かで無理にこじ開けようとしたような傷が残っている。

 

怪しい。

 

だが、この時点では決定的な証拠はない。

 

(これがクエストか)

 

旬が状況を確認した直後、視界の端で赤い光が揺れた。

 

男が取り押さえられている場所から少し離れた、屋台の影。地面に小さな金属製の工具が落ちている。

 

先端の薄い、小型のこじ開け工具。

 

旬の目にだけ、それが淡く赤く光っていた。

 

(あれだな)

 

男が何のために使ったものなのかまでは分からない。だが、システムが示している以上、事件に関係していることは間違いない。

 

前回は、赤い光を見つけながら光彦に先を越された。その結果が【2/3】だ。

 

今回は迷っている暇はなかった。

 

旬は工具の近くまで歩くとしゃがみ込み、直接指紋を付けないよう、近くに落ちていた紙片を使ってそれを持ち上げる。

 

「刑事さん」

 

高木が振り返り、一瞬固まった。

 

「え……あ、水篠さん?」

 

隣にいた佐藤もこちらを見る。

 

「またあなたなの?」

 

その口調には明らかに『どうしてここにもいるのか』という疑問が含まれていたが、旬は気にしなかった。

 

「近くに落ちていた。この男の物かもしれない」

 

旬が工具を示すと、佐藤の目つきが変わった。

 

「高木君」

 

「はい」

 

高木が証拠袋を取り出し、慎重に工具を受け取る。

 

「小型のこじ開け工具みたいですね」

 

佐藤はもう一度ブレスレットを確認した。留め金の部分には細い傷が残っている。

 

「似てるわね」

 

もちろん、その場で工具が犯行に使われたものだと断定はできない。鑑識に回し、指紋や傷を確認する必要がある。

 

だが。

 

男の反応は、あまりにも早かった。

 

「そ、それは俺のじゃねえ!」

 

高木が瞬きをする。

 

「……あなたの物かどうかは、まだ聞いてませんけど」

 

「っ……」

 

男の顔色が変わった。

 

佐藤はその隙を逃さない。

 

「じゃあ聞かせてもらいましょうか。ブレスレットを拾ったのはどこ? どうして屋台の裏まで持っていったの? それから、この工具には本当に見覚えがないのね?」

 

男の説明は、質問を重ねるたびに少しずつ崩れていった。

 

その後の確認で工具から男の指紋が検出され、先端についた微細な傷もブレスレットの留め金と一致した。

男は拾ったブレスレットをそのまま盗むつもりで持ち去り、装飾を外そうとしていたところを店主に見つかったらしい。

 

やがて言い逃れができなくなり、男は犯行を認めた。

 

その瞬間。

 

――ピコン。

 

旬の目の前へ、待っていた表示が現れる。

 

『緊急クエスト完了』

 

『真相解明への直接的な貢献を確認しました』

 

『クエスト成功!』

 

報酬:ランダムボックス×1

 

旬は、ごく小さく息を吐いた。

 

(成功か)

 

そして念のため、以前表示された失敗回数を確認する。

 

【2/3】

 

数字は消えていなかった。

 

(成功しても戻らないのか)

 

つまり、あと一度でも失敗すればペナルティが発生する。その事実だけは、これではっきりした。

 

 

事件が一段落すると、高木が旬へ近づいてきた。

 

「水篠さん、ありがとうございました。また助けてもらっちゃいましたね」

 

「たまたま見つけただけだ」

 

いつも通りの答え。

 

すると、横から佐藤が口を挟んだ。

 

「そう。今回も?」

 

旬が佐藤を見る。

 

「何が?」

 

「いえ。本当に、よく見つける人だと思って」

 

「目についただけだ」

 

「そうですか」

 

佐藤はそれ以上追及しなかった。

 

ただ、その表情を見る限り、まったく納得してはいない。

 

旬が二人から離れると、今度はコナンが前に立っていた。どうやら蘭たちと一緒に騒ぎを見に来たらしい。

 

「水篠さん」

 

「何だ?」

 

「また見つけたんだね」

 

コナンは旬と、証拠袋に入れられた工具を交互に見る。

 

「落ちていたからな」

 

「ふーん……。すごい偶然だね」

 

「そうだな」

 

何の迷いもなく返され、コナンの眉が僅かに動いた。

 

(やっぱり誤魔化す気満々だな……)

 

以前なら、さらにいくつも質問を重ねていたかもしれない。

 

しかし、ホテルで旬と直接話したことで一つだけ分かっている。

 

この男は、答える気のないことには絶対に答えない。

 

なら、今は聞くだけ無駄だ。

 

その代わり。

 

覚えておけばいい。

 

旬がどこを見ていたのか。

 

いつ動いたのか。

 

何をした直後に証拠が見つかったのか。

 

いずれそれらを繋げれば、何かが見えてくるかもしれない。

 

少し離れたところから二人を見ていた園子が、蘭の袖を軽く引いた。

 

「ねえ蘭。あの二人、いつの間にあんな仲良くなったの?」

 

「仲良く……なのかな?」

 

蘭も困ったように首を傾げる。

 

その横で灰原が小さくため息をついた。

 

「どう見ても探り合ってるだけでしょう」

 

「え?」

 

「何でもないわ」

 

阿笠博士が苦笑する中、祭りの喧騒は何事もなかったように続いていた。

 

 

ホテルへ戻った旬は、インベントリからランダムボックスを取り出した。

 

狙いは当然、『帰還の羅針盤』に必要な素材だ。

 

必要なのは五つ。

 

『次元の残滓』『虚無の涙』『星屑の核』『時の砂』『安定化マナ結晶』。

 

そのうち一つでも出れば、帰還へ確実に近づく。

 

旬は箱を開いた。

 

――ピコン。

 

『アイテムを獲得しました』

 

表示された文字を見て、旬はしばらく黙った。

 

『使い古された軍手』

 

「……」

 

念のため詳細を開く。

 

『一般的な作業用手袋。特別な効果はありません』

 

旬は無言のまま画面を閉じた。

 

包帯。

 

空き缶。

 

汚れた手袋。

 

そして、今度は軍手。

 

一体システムはどこから、これだけ微妙な物ばかり集めてくるのか。

 

「……そうか」

 

それだけ言って、旬は軍手をインベントリへ放り込んだ。

 

完全な無駄というわけではない。

 

今回はクエストに成功したことで、少なくとも三回目の失敗は避けられた。

 

ただし。

 

【2/3】は残ったまま。

 

今後、たった一度でも失敗すれば何らかのペナルティが発生する。

 

旬は完成したレシピを開き、そこに並ぶ五つの素材へ目を通した。

 

全て未入手。

 

変化はない。

 

それでも、止まるという選択肢はなかった。

 

帰るためには、クエストを続けるしかない。

 

そして、この時の旬はまだ知らなかった。

 

現在【2/3】で止まっているその数字が。

 

やがて、この世界には本来存在するはずのなかったものを呼び込むことになるということを。

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