俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
『次元の残滓』を手に入れてから数日。
ホテルの部屋で、水篠旬は掌の上に浮かぶ小さな欠片を眺めていた。鉱石にもガラスにも見えるそれは、輪郭が僅かに揺らぎ、この世界の空間に完全には馴染んでいないような奇妙な感覚を放っている。
『帰還の羅針盤』に必要な五つの素材。その一つ目が、ようやく手に入った。
残るのは『虚無の涙』『星屑の核』『時の砂』『安定化マナ結晶』の四つ。先はまだ長いものの、少なくともクエストを続けていれば帰還へ近づけることは分かった。
ただし、もう一つの問題も残っている。
【2/3】
二度のクエスト失敗。次に失敗した時、システムが何らかのペナルティを実行する。
その内容は依然として不明だった。
旬は『次元の残滓』をインベントリへ戻す。
(次は確実に成功させる)
そう考えた直後、聞き慣れた通知音が鳴った。
――ピコン。
『緊急クエストが発生しました』
【山荘に響く偽りの悲鳴の真相を追え】
『山荘で発生した襲撃・窃盗事件に関与し、その真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
旬は表示された座標を確認すると、静かに立ち上がった。
「……山か」
面倒そうな場所ではある。
だが今回は、失敗するわけにはいかなかった。
◇
群馬県境に近い山奥。
紅葉に囲まれた山荘では、宿泊していた資産家の男が自室で何者かに襲われ、高価な絵画を奪われたと訴えていた。
偶然この山荘を訪れていた毛利小五郎、蘭、コナンも事件へ巻き込まれ、現場には群馬県警の山村ミサオ警部が駆けつけている。
さらに、盗まれた絵画が都内で発生していた別件とも関係している可能性があり、目暮、高木、佐藤らも後から合流していた。
「つまりですよぉ、部屋はほぼ密室! なのに犯人は被害者を襲って、絵を持って消えた……」
山村は腕を組みながら、妙に深刻そうな顔で唸った。
「もしや犯人は、煙みたいにスーッと消えちゃったりして……」
「しませんよ、山村警部」
高木が苦笑する。
「じゃあ忍者とか!?」
「もっと普通に考えてください」
佐藤にも即座に否定される。
少し離れたところで、コナンは半眼になっていた。
(相変わらずだな……)
その時、山荘の入口から一人の男が入ってきた。
黒い服に長身。
小五郎が先に気づく。
「ん? またあの兄ちゃんか」
コナンも振り返る。
「あ、水篠さん……」
その瞬間、小五郎の視線がコナンへ移った。
「おい。お前、また呼んだんじゃねえだろうな?」
「呼んでないよ!」
即答だった。
「今回は本当に呼んでないから!」
「本当だろうな?」
「本当だって!」
蘭が苦笑する。
「でも水篠さん、本当によく事件のあるところで会うね」
「だからそれが妙なんだよ」
小五郎が訝しそうに旬を見る。
一方の旬は、そのやり取りをほとんど気にしていなかった。
山荘へ入った時点で、既に視線は現場へ向いている。
(この前は俺が呼んだ。でも、今回は違う……)
コナンも旬を観察する。
やはり。
この男は何らかの理由で事件を知り、ここへ来ている。
「むむっ!?」
そこへ山村が旬を発見した。
「ちょ、ちょっとそこの黒い人! 止まってくれちゃったりして!」
旬が足を止める。
山村は彼を上から下まで眺めると、急に眉を吊り上げた。
「事件が起きた山荘へ突然現れる、全身黒ずくめの見知らぬ男……怪しい! ものすごーく怪しいですよ!」
「違う」
「まだ僕、犯人だなんて言ってませんけど!?」
「言おうとしてただろ」
「な、なぜ分かったんです!?」
「山村警部……」
高木が頭を抱える。
佐藤は深く息を吐きながら旬を見る。
「水篠さん。今度はどうしてここに?」
「用事だ」
「この山奥に?」
「ああ」
「……またそれ?」
「それ以外にない」
佐藤の視線は鋭いが、旬は既に彼女への興味を失っていた。
小五郎とコナンが被害者の証言を確認している横を通り、旬も何食わぬ顔で部屋の中を見て回る。誰かに捜査への参加を許可されたわけでもないのだが、あまりにも当然のように動くため、山村ですら一瞬止めるタイミングを失っていた。
「……あの人、普通に調べ始めましたけど?」
高木が呟く。
「止めた方がいいんじゃないの?」
佐藤が言う。
「でも、水篠さんが気にした場所って、毎回何か出てくるんですよね……」
「それが一番問題なのよ」
二人の会話など聞こえていないように、旬は室内を見渡した。
被害者の話では、部屋へ戻った直後に背後から何者かに襲われ、気を失った。その間に高額な絵画が盗まれたらしい。
しかし窓は内側から施錠されている。
廊下の防犯カメラにも侵入者は映っていない。
そして室内そのものにも、大きく争った跡はなかった。
旬が探しているのは、ただ一つ。
赤い光。
それはすぐに見つかった。
暖炉の奥。灰に紛れて、小さなガラス瓶の破片が淡く赤く光っている。
(あれか)
旬は目を細めた。
被害者が睡眠薬を使用しているという話は、先ほど耳に入っている。その瓶がわざわざ暖炉に捨てられていたのなら、襲撃そのものが狂言だった可能性が高い。
自分で睡眠薬を使い。
自分で絵を隠し。
襲われたように見せた。
目的は保険金か。
そこまで考え、旬は暖炉の近くにいた高木へ声をかけようとした。
「高木刑事――」
「おおっとぉ!?」
山村の声が響いた。
振り向く。
「わ、わ、わ! ちょっと誰ですかぁ、こんなところに絨毯の端を出しておいたのは!」
自分で踏んだだけなのだが、山村は派手にバランスを崩し、そのまま暖炉の横へ手をついた。
灰が舞い上がる。
その衝撃で。
ころん。
中に隠れていたガラス片が、床へ転がり出た。
旬の口が閉じた。
「……」
山村が目を瞬く。
「ん? なんです、これ?」
「山村警部、触らないでください!」
高木が慌てて止める。
「お、おお! 危ない危ない。危うく僕の名推理で重要証拠まで触っちゃうところでしたよ!」
「名推理関係ないだろ……」
コナンが小声で呟いた。
「何か言いました、コナン君?」
「なーんにも!」
鑑識がガラス片を回収する。
旬は無言でそれを見る。
(……先を越された)
しかも。
発見した本人に、その自覚がない。
既にガラス片から赤い光は消えていた。
重要証拠として発見されたからだ。
【2/3】
旬の頭を、その数字がよぎる。
(まだだ)
事件が解決したわけではない。
別の証拠を見つけるか、推理へ直接貢献できれば間に合う可能性はある。
旬が再び室内へ目を向ける一方で、コナンもすでに動き始めていた。
睡眠薬。
暖炉に捨てられた瓶。
侵入者の映っていない防犯カメラ。
襲われたという割には不自然な室内。
そして。
高額な保険が掛けられていた絵。
(そういうことか……)
コナンの目つきが変わった。
あとは証拠の場所さえ突き止めればいい。
ほどなくして、別室に巧妙に隠されていた絵画が見つかった。
全てが揃った。
コナンは小五郎の背後へ回り、腕時計型麻酔銃を構える。
プシュッ。
「ん……?」
小五郎の身体が揺れた。
そのまま椅子へ腰を落とし、俯く。
山村が真っ先に反応した。
「あっ……!」
次の瞬間、その顔がぱっと輝く。
「き、来ましたよ! このポーズは……!」
コナンが物陰へ隠れ、蝶ネクタイ型変声機へ手を伸ばす。
『皆さん、どうやら犯人など最初から存在しなかったようです』
山村のテンションが一気に上がった。
「眠りの小五郎!!」
佐藤が横で小さくため息をつく。
「嬉しそうね……」
「そりゃそうですよ! 生の推理ショーですよ!?」
コナンは構わず、小五郎の声で推理を続けた。
『被害者は何者かに襲われたのではありません。自分で睡眠薬を使用し、意識を失っていたように装った。暖炉に捨てられていた瓶がその証拠です』
被害者の顔色が変わる。
『さらに、盗まれたはずの絵画は別室から見つかっている。外部の犯人が存在しない以上、隠したのはこの山荘の内部にいる人物。そして、絵には高額な保険が掛けられていた』
そこまで言えば十分だった。
被害者は最後まで否定しようとしたものの、証拠を突きつけられ、やがて観念した。
保険金を得るために、自分で絵を隠し、襲撃事件をでっち上げた。
事件は解決した。
「さ、さすがです毛利さん! やっぱり眠りの小五郎は違いますねぇ!」
山村が感激している。
だが。
旬にとっては。
最悪の結果だった。
――ピコン。
視界にシステムウィンドウが浮かぶ。
『クエスト失敗』
『真相解明への直接的な貢献が確認できませんでした』
旬は黙って表示を見る。
予想はしていた。
暖炉の証拠を見つけていたとしても、実際に発見したのは山村。
推理を完成させたのはコナン。
旬自身は。
何もしていない。
【2/3】
数字が一度だけ点滅する。
そして。
消えた。
代わりに現れた文字は。
赤かった。
『警告』
『累積失敗回数が規定値に達しました』
『ペナルティ・シークエンスを開始します』
旬の表情から、僅かな余裕が消えた。
(来たか)
すぐに詳細を開く。
しかし。
『情報がありません』
表示されたのは、それだけだった。
何が起きるのか。
いつ始まるのか。
誰が対象なのか。
何一つ分からない。
身体にも異常はなく、この場で感じ取れるマナにも変化はない。
「水篠さん?」
コナンの声に、旬が顔を上げた。
いつの間にか小五郎は起き始めている。
コナンだけが。
こちらを見ていた。
「どうかした?」
「……いや」
「そう?」
コナンは納得していない。
事件が終わった直後、旬はまた何もない空間を見ていた。
しかも。
今回は。
表情が僅かに険しくなった。
旬はシステム表示を閉じる。
かつてデイリークエストを無視した時。
システムは旬を強制的にペナルティゾーンへ送り込み、モンスターの群れへ放り込んだ。
今の旬なら。
あの程度の敵など問題にならない。
ただし。
今回は事情が違う。
ここは。
ハンターも。
ゲートも。
モンスターも。
存在しない世界だ。
(俺だけが対象ならいい)
もし。
違ったら。
旬は無意識に周囲を見た。
蘭。
高木。
佐藤。
寝起きの小五郎。
未だに眠りの小五郎へ感動している山村。
そして。
こちらを見ているコナン。
全員。
モンスターと戦う術など持っていない。
旬は何も言わず、山荘を出た。
「水篠さん?」
後ろからコナンの声がした。
だが今回は。
振り返らなかった。
◇
同じ頃。
人の生活圏から遠く離れた山中。
長い間使われていない廃墟の傍らで、空間が僅かに歪んだ。
最初は細い黒い亀裂だった。
それが時間をかけて上下へ伸び、やがて人一人が通れるほどの不安定な楕円形へ変わっていく。
裂け目の向こう。
そこにあるのは。
この世界では。
誰一人知らない場所。
ダンジョン。
内部から流れ出すのは、普通の人間には感じ取れないほど微弱なマナ。
だが。
それは間違いなく。
存在していた。
ハンターのいない世界に。
初めて。
本物のゲートが現れた。
その向こうには。
モンスターがいる。
ゲート内部のマナは、今も静かに蓄積を続けている。
それが臨界点へ達した時。
起こるのは。
ダンジョンブレイク。
残された時間は。
およそ二週間。
水篠旬はまだ知らない。
システムが発動した『ペナルティ』が。
彼自身ではなく。
この世界へ。
最初の本物のゲートを生み落としたことを。
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