俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
ある組織犯罪に関する重要な証言を控えた男性が、警察の厳重な保護下に置かれていた。
安全確保のため、彼は都内のホテルの一室に滞在し、複数の警察官が交代で警護に当たっている。
その担当者の一人が、高木渉刑事だった。
ホテルのフロアそのものも警察によって監視され、一般客が自由に出入りできる状態ではない。
万全を期した警護体制。
そのはずだった。
だが。
その証人を狙う者たちは、既に動き始めていた。
◇
同じ頃。
ホテルの一室で、水篠旬は『帰還の羅針盤』のレシピを眺めていた。
必要な素材は五つ。
そのうち手に入っているのは、未だ『次元の残滓』だけ。
『虚無の涙』
『星屑の核』
『時の砂』
『安定化マナ結晶』
残る四つについては、手掛かりすら掴めていない。
クエストを成功させ。
ランダムボックスを手に入れる。
今のところ。
それ以外に方法はなかった。
旬がレシピを閉じた。
その時だった。
――ピコン。
聞き慣れた電子音。
青白いウィンドウが開く。
『緊急クエストが発生しました』
【狙われた証人を守り、襲撃者の真相を追え】
『警察の保護下にある証人への襲撃を阻止、あるいは襲撃犯及びその黒幕の真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
失敗条件:
・事件解決前に現場を離脱する。
・真相解明への直接的な貢献が認められない。
旬は表示を見つめた。
(……証人への襲撃? 警察の保護下で、か)
面倒な気配がする。
だが。
クエストを無視するという選択肢はない。
旬はシステムが示した場所を確認し、すぐにホテルを出た。
◇
現場となるホテルへ到着した時には。
既に空気が変わっていた。
ロビーでは警察官たちが慌ただしく動き。
一部のエレベーターも封鎖されている。
どうやら。
襲撃は既に始まっている。
旬はフロア表示を見る。
証人がいる階は。
当然。
一般人が簡単に入れる場所ではなかった。
警察官がエレベーター前に立ち。
階段側にも人員が配置されている。
旬は僅かに目を細めた。
「隠密」
小さく呟く。
瞬間。
旬の姿と気配が周囲から消えた。
警備の警察官たちの横を抜け。
旬はそのまま証人がいるフロアへ向かう。
そして。
廊下へ出た瞬間。
大きな音が響いた。
ガンッ!
ドアが。
外側から蹴破られようとしている。
証人がいる部屋。
その前には。
覆面をした男が一人。
既にドアの一部が破損し。
男はそこから無理やり室内へ押し入ろうとしている。
中から。
証人の悲鳴。
そして。
高木刑事の声が聞こえた。
「くっ……来るな!」
高木が必死にドアを押さえている。
だが。
相手は素人ではない。
力任せに押しているだけではなく。
高木の抵抗を崩すように、身体の使い方を変えている。
(間に合ったか……!)
旬は隠密を解除せず。
廊下の陰から状況を見る。
他の警官が応援に駆けつけるまで。
まだ少し時間がある。
ここで証人が殺されれば。
当然。
クエストどころではない。
旬が。
僅かに指を動かした。
支配者の権能。
目には見えない力が。
男の腕へ作用する。
ドアノブを掴んでいた手が。
突然。
横へ弾かれた。
「なっ!?」
男の身体が崩れる。
同時に。
室内で高木が咄嗟にサイドテーブルを蹴り出した。
そのテーブルへ。
旬が僅かに力を加える。
本来なら横へ逸れていたはずのそれが。
不自然なほど正確に。
男の足元へ滑り込んだ。
「ぐっ!?」
男が転倒する。
「今だ!」
高木が飛び出し。
そのまま男へ組み付いた。
直後。
廊下の奥から。
複数の警察官が駆けてくる。
「高木君!」
佐藤美和子だった。
さらに数人の警察官が加わり。
襲撃犯は。
その場で取り押さえられた。
「高木君、大丈夫!?」
「は、はい! なんとか……今、犯人が急にバランスを崩して……」
高木自身。
何が起こったのか理解できていない。
その少し離れた場所で。
旬は隠密を解除した。
そして。
最初に気づいたのは。
佐藤だった。
「水篠さん!」
鋭い声。
旬が視線を向ける。
佐藤の表情には。
これまでとは明らかに違う。
強い疑念が浮かんでいた。
「あなた、また現場に……! 今、ここで何があったか見ていたの!? いいえ、それだけじゃない……今、何かしたでしょう!? どうしていつも、こんな重大事件の現場に、こうも都合よく現れるの!? あなた、一体何者なの! 答えなさい!」
廊下に。
一瞬。
静寂が落ちる。
並の人間なら。
思わず後退したかもしれない。
だが。
旬は表情一つ変えなかった。
「……偶然だ。騒ぎを聞きつけて、来てみただけだ」
「偶然ですって!? これが何度目だと思っているの!?」
「さあな。数えたことはない」
「あなた……!」
佐藤が一歩前へ出る。
「ま、まあまあ佐藤さん、今は犯人の確保が……」
高木が困ったように間へ入った。
佐藤は。
まだ何か言いたそうだった。
しかし。
今は確保した襲撃犯。
そして。
保護対象である証人の安全確認が先だった。
◇
ほどなくして。
目暮警部もホテルへ到着した。
そして。
その少し後。
毛利小五郎。
毛利蘭。
江戸川コナンも姿を見せる。
今回保護されていた証人の男性は。
以前。
別件で小五郎へ調査を依頼したことがあった。
その際に小五郎が確認した人物関係の一部が。
今回警察が追っている組織犯罪とも繋がっている可能性があり。
目暮から事情確認のため呼ばれていたのである。
「水篠さん……?」
廊下へ出たコナンが。
旬の姿を見つける。
そして。
すぐに。
佐藤の空気が普段と違うことにも気づいた。
「それで」
佐藤が再び旬を見る。
「あなたは本当に、偶然ここへ?」
「ああ」
「警察が警備しているこのフロアへ、どうやって?」
旬は僅かに間を置く。
「普通に来た」
佐藤の眉が動く。
「普通に入れる場所じゃないんだけど」
「通れた」
「……」
それ以上。
旬は説明しない。
コナンは。
少し離れたところから二人を見ていた。
(佐藤刑事……俺が聞きたかったことを、全部ぶつけてる。でも……やっぱりダメか。この人は、どんな追及も平然とかわしちまう……)
そして。
もう一つ。
コナンには気になることがあった。
高木から聞いた。
犯人が。
突然。
不自然にバランスを崩したこと。
宝石店の時。
拳銃が。
不自然な方向へ逸れた。
あの時と。
よく似ている。
コナンの視線が。
旬へ向く。
だが。
当然。
旬は何も答えない。
◇
襲撃犯は確保された。
しかし。
事件は終わっていなかった。
重要証人を。
警察の警護が付いたホテルまで襲撃する。
あまりにも大胆だ。
男一人の独断とは考えにくい。
背後に。
指示した人間。
あるいは。
同じ組織の仲間がいる可能性が高い。
警察は。
男の所持品。
ホテルまでの移動経路。
通信機器。
周辺の防犯映像。
順番に調べ始める。
コナンも。
当然のように周囲を観察していた。
旬も。
少し離れた場所から現場を見る。
佐藤の視線を。
背中に感じながら。
探すのは。
赤い光。
やがて。
それは見つかった。
男が転倒した場所。
壁際。
床の隅。
一本の。
煙草の吸い殻。
普通なら。
清掃の行き届いたホテルの廊下に落ちている時点で。
多少は不自然だ。
だが。
旬の目には。
それが淡く赤く光っていた。
(……あれか)
今度は。
迷わなかった。
佐藤が。
ちょうどすぐ近くにいる。
「……それで、あなたはこの事件について何か知っていることは?」
佐藤が問い詰める。
「いや、何もない。ただ……」
旬の視線が。
僅かに床へ向く。
「あそこに何か、落ちているようだが……刑事さん、あれは?」
「え?」
佐藤が振り返る。
床の隅。
煙草の吸い殻。
「これは……?」
佐藤は近づかず。
すぐ高木へ声をかけた。
「高木君」
「はい」
「鑑識に回して」
「分かりました」
高木が証拠袋へ回収する。
旬は。
それ以上何も言わない。
だが。
コナンは。
その一連の動きを見ていた。
(まただ)
やはり。
旬は最初から。
そこに何かあると分かっていた。
◇
煙草そのものは。
国内ではほとんど流通していない海外銘柄だった。
それだけなら。
珍しい煙草を吸う人間がいた。
ただそれだけで終わる。
だが。
鑑識による詳しい確認で。
フィルター部分から。
ごく微量の特殊な薬品成分が検出された。
それは以前。
警察が捜査していた犯罪グループの拠点から押収された薬品と。
同じ成分だった。
さらに。
煙草に残されていたDNA。
襲撃犯の携帯電話に残された通信記録。
ホテル周辺の防犯映像。
それらを辿った結果。
警察は。
襲撃犯が単独で動いていたのではないことを突き止める。
証人の証言を阻止するため。
組織側から派遣された実行役。
そして。
ホテルの外には。
襲撃後の逃走を支援する仲間まで待機していた。
警察は。
その人物も確保。
さらに通信記録から。
襲撃を指示した人物へと捜査線を伸ばしていった。
その瞬間。
旬の前へ。
システムウィンドウが現れる。
――ピコン。
『クエスト成功!』
『真相解明への貢献を確認しました』
報酬:
ランダムボックス×1
旬は表示を確認した。
「……では、私はこれで失礼する」
軽く会釈し。
その場を離れようとする。
「待ちなさい!」
佐藤の声。
旬は足を止めない。
そのまま廊下の向こうへ歩いていく。
「……必ず、あなたの正体を突き止めてみせるわ……」
佐藤は。
旬が消えた方向を睨んでいた。
その隣で。
高木が困ったように頬を掻く。
「でも佐藤さん……今回も、水篠さんのおかげで手掛かりが見つかったんですよね」
「分かってるわよ」
「だったら……」
「だから余計に気になるの」
佐藤は短く答えた。
何度も。
事件現場へ現れる。
毎回。
重要な手掛かりを見つける。
そして。
今日。
警察が警備していたはずのフロアへ。
いつの間にか入り込んでいた。
水篠旬。
助けられている。
それは事実。
だが。
だからといって。
何者か分からないままでいいわけではなかった。
少し離れたところで。
コナンも。
黙ってその背中を見ていた。
◇
ホテルへ戻った旬は。
インベントリから。
今回のランダムボックスを取り出した。
机の上へ置く。
「……」
狙うのは当然。
『帰還の羅針盤』の素材。
既に手に入れた。
『次元の残滓』
残りは。
『虚無の涙』
『星屑の核』
『時の砂』
『安定化マナ結晶』
四つ。
旬は箱を開けた。
――ピコン。
『アイテムを獲得しました』
表示を見る。
『曇ったサングラス』
「……」
旬は。
無言で。
手元に現れたサングラスを見る。
レンズは曇り。
特別な力も。
当然。
感じない。
詳細を開く。
『曇ったサングラス』
『視界がやや悪い。特別な効果はありません』
「……やはり、ハズレか」
旬はサングラスを。
インベントリへ戻した。
素材は。
一向に出ない。
『次元の残滓』を一つ手に入れて以降。
再び。
ガラクタばかりが続いている。
帰還への道は。
確かに存在している。
そのはずだ。
だが。
システムは。
本当に自分を。
元の世界へ帰すつもりがあるのか。
旬は。
完成したレシピを見つめる。
その胸の奥に。
ほんの僅か。
疑念と焦りが。
生まれ始めていた。