俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

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第十九話 「俺は、君たちの敵ではない」

 

阿笠博士が襲われた事件から数日が経過した。博士の体調はすっかり回復していたが、「見えない敵」の存在は、コナンと灰原の心に重い影を落としていた。

 

特に灰原は、博士の服に残された穴と、傷一つない身体のことが頭から離れなかった。博士を助けたのが水篠旬なのかどうかは分からない。ただ、あの男が何かを知っていることだけは間違いないように思えた。

 

その日、灰原は調べ物のために訪れていた図書館からの帰り道、一人で夕暮れの公園を歩いていた。人通りは少なく、聞こえるのは木々が風に揺れる音だけだった。

 

その時。

 

不意に、肌を粟立たせるような悪寒が走った。

 

「……?」

 

灰原が足を止める。

 

姿は見えない。

 

けれど。

 

すぐそばに何かがいる。

 

博士が話していた「見えない何か」が、頭をよぎった。

 

(……まさか、博士を襲ったのと同じ……?)

 

咄嗟に身構えるが、相手の姿は見えない。ただ、明確な殺意だけが、冷たい圧力となって灰原を包み込んでいた。

 

逃げ場を探す。

 

だが、周囲には身を隠せる場所も少ない。

 

空気が、陽炎のように僅かに歪んだ。

 

次の瞬間、鋭い風切り音が走る。

 

灰原が反射的に身体を引くと、目の前を何かが通り過ぎ、背後にあった木の幹へ深い傷が刻まれた。

 

「……っ!」

 

見えない。

 

それなのに、確かに何かがいる。

 

そして。

 

自分を殺そうとしている。

 

もう一度、目の前の空間が揺らぐ。

 

絶体絶命かと思われた、その瞬間。

 

「――そこまでだ」

 

低い声が響いた。

 

灰原が振り向く。

 

すぐ隣に、いつの間にか水篠旬が立っていた。

 

彼がどのように現れたのか、灰原には全く分からなかった。ただ、旬が現れた瞬間、それまで周囲を満たしていた見えない敵の殺意が、明らかに揺らいだ。

 

旬は灰原を背に庇うように立ち、何もない空間を冷たい目で睨みつける。

 

「……姿を見せろ」

 

返事はない。

 

だが旬には、そこに敵がいることが分かっているらしい。

 

「隠密は、解け」

 

低く、静かな声だった。

 

同時に、旬の纏う気配が変わった。

 

その強大な力のほんの一端が、不可視の襲撃者へ向けて解放される。

 

灰原は息を呑んだ。

 

以前、路地裏で助けられた時にも、旬から人間とは思えないほど強烈な圧力を感じた。

 

だが今回は。

 

それ以上だった。

 

そして、その威圧が自分ではなく、目の前の「何か」だけへ向けられていることも分かった。

 

ピシッ、と空気が軋む。

 

何もないはずの空間が大きく揺らぎ、そこにほんの一瞬だけ異形の姿が浮かび上がった。

 

鋭い爪。

 

人間とは異なる長い四肢。

 

禍々しい姿をした、明らかにこの世界の生物ではない何か。

 

灰原の目が見開かれる。

 

(あれが……博士を……!?)

 

姿を現したのは一瞬だった。

 

圧倒的な上位者の存在を感じ取ったのか、不可視のモンスターは再び姿を消し、そのまま公園の奥へ向かって逃走していった。

 

旬は追わなかった。

 

ただ、その気配が完全に遠ざかるまで、静かに見送る。

 

「……行ったか」

 

そう呟いて、ようやく灰原の方へ振り返った。

 

灰原はまだ僅かに震えていた。

 

それでも。

 

旬から目を逸らすことはなかった。

 

「今のは、何……?」

 

旬は黙っている。

 

「博士を襲ったのも、あれなの? あなた、やっぱり知っていたのね!? 一体、何が起こっているの!? 説明して!」

 

旬は、灰原の真剣な眼差しを真正面から受け止めた。

 

そして。

 

しばしの沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

「……あれは、俺の世界の住人だ。モンスター……と、俺たちは呼んでいる」

 

灰原の表情が変わった。

 

これまで旬がどこから来たのかについて、彼自身から明確な答えを聞いたことはない。

 

だからこそ。

 

その言葉の意味は大きかった。

 

「あなたの世界の……モンスター……?」

 

灰原の声が僅かに震える。

 

「どうして、それがこの世界に……? まさか、あなたが連れてきたわけじゃ……ないでしょうね!?」

 

「違う」

 

旬はきっぱりと否定した。

 

「俺も、なぜ奴らがこの世界に現れ始めたのか、その全貌はまだ掴めていない。だが……」

 

一度。

 

言葉を切る。

 

「原因の一端は、俺にあるのかもしれない。俺がこの世界に来たことと、無関係ではないだろう」

 

ペナルティのことまでは話さない。

 

だが、自分がこの世界へ来たことと、モンスターの出現が無関係ではない可能性は、旬自身も既に疑っていた。

 

「あなたに……原因が……?」

 

灰原の表情が硬くなる。

 

そして。

 

最も聞かなければならない問いを口にした。

 

「じゃあ、あなたは……一体……私たちの、敵なの……?」

 

旬は、灰原の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「まだ、君に全てを話すことはできない。状況が、それを許さない。だが、時が来れば、必ず話す。……ただ、これだけは言っておく」

 

灰原は黙っている。

 

「あれは、俺が元いた世界の脅威だ。そして、奴らがこの世界に現れた以上、それは俺が解決しなければならない問題だ」

 

旬の声は静かだった。

 

けれど。

 

そこに迷いはない。

 

「この世界も……君も、君たちが大切にしている日常も……俺が護る」

 

灰原の瞳が僅かに揺れる。

 

「俺は、君たちの敵ではない。それだけは……信じてほしい」

 

それ以上。

 

旬は何も言わなかった。

 

灰原も、すぐには答えなかった。

 

目の前の男は、計り知れない力を持っている。

 

何を考えているのか分からないことも多い。

 

今まで自分のことをほとんど語らず、何度問いかけても核心から距離を置いてきた。

 

けれど。

 

路地裏で、自分を助けた。

 

崩落した廃工場では、コナンを助けた。

 

そして。

 

博士が襲われたあの夜にも。

 

おそらく。

 

今もまた。

 

見えない怪物から、自分を守るために現れた。

 

疑問は消えていない。

 

見えない敵への恐怖も。

 

旬への警戒心さえ、全てなくなったわけではない。

 

それでも。

 

「私たちの敵なの?」

 

その問いに。

 

旬は迷わず「違う」と答えた。

 

灰原は、しばらく旬の目を見つめていた。

 

嘘を見抜こうとするように。

 

その奥にあるものを確かめようとするように。

 

やがて。

 

小さく。

 

しかし、はっきりと。

 

一度だけ頷いた。

 

完全に理解したわけではない。

 

全てを信じたわけでもない。

 

ただ。

 

水篠旬という男が。

 

自分たちを害する側ではない。

 

そして。

 

少なくとも今は。

 

自分たちを守ろうとしている。

 

そのことだけは。

 

信じてもいいのかもしれない。

 

夕暮れの公園に、再び静けさが戻る。

 

だが。

 

その日。

 

灰原哀は初めて知った。

 

自分たちの日常のすぐ隣に。

 

これまで存在すら知らなかった「モンスター」という脅威が。

 

既に入り込んでいることを。

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