俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
宝石店での事件から、数日が経った。
水篠旬は、ホテルの一室でシステムウィンドウを眺めていた。
あれから何度確認しても、メインクエストの内容に変化はない。
『異世界の真相を探求せよ』
この世界の構造。自分がここへ召喚された理由。そして、おそらくは――元の世界へ帰る方法。
それらを見つけ出さなければならない。
だが、今の旬が考えていたのは、それとは別のことだった。
「……真相解明への貢献、か」
先日の宝石強盗事件。
旬は人質を救った。犯人の制圧にも手を貸した。にもかかわらず、クエストは『失敗』と判定された。
理由は明確だった。
『真相解明への直接的な貢献が確認できませんでした』
つまり、力で危険を排除するだけでは駄目。
事件そのものを調べ、解決へ繋がる何かをしなければならない。
旬にとっては、あまり馴染みのないルールだった。
ダンジョンなら簡単だ。
敵がいれば倒す。ボスがいれば倒す。攻略条件があるなら、それを満たす。
だが――。
「事件の真相、ね……」
犯人を倒すのではなく、犯人を『見つける』。
証拠を集め、謎を解く。
この世界では、それが必要になるらしい。
ふと旬の脳裏に、一人の少年が浮かんだ。
江戸川コナン。
最初に出会った時から、妙に観察力が鋭かった子供。宝石店の事件でも、周囲が混乱する中、一人だけ冷静に状況を見ていた。
(……あの子供なら、このクエストの意味が分かるのかもしれないな)
もちろん、本人に聞くつもりはなかった。
そもそも、自分にしか見えないシステムのことを説明して、信じてもらえるとも思えない。
旬はウィンドウを閉じた。
考えていても仕方がない。
「次が来れば分かるか」
◇
その日の午後。
旬は気分転換も兼ねて、米花町の住宅街を歩いていた。この世界について調べるためでもある。
やはり、何日過ごしてもマナらしいものは感じない。
ゲートもない。モンスターもいない。ハンターも存在しない。
平穏な世界。
――と言いたいところだが。
事件だけは、妙に多かった。
「わー! 待てー!」
「元太君、そっちじゃないよ!」
近くの公園から、子供たちの声が聞こえてくる。
旬が何気なく視線を向けると、数人の小学生が遊んでいた。
その中に。
「……またいるな」
見覚えのある眼鏡。
江戸川コナンだった。
一緒にいるのは三人の子供。体格のいい少年と、細身の少年。そして、明るい雰囲気の少女。
さらに少し離れたベンチには、茶色い髪の少女が一人座っていた。
他の子供たちとは違い、どこか冷めた表情で皆を眺めている。
彼らは『少年探偵団』。
コナンと行動を共にする小学生たちだった。
もちろん、旬はそんなことを知らない。
ただ。
(あの茶髪の子も……少し変わっているな)
そう感じただけだった。
他の子供たちとは空気が違う。年齢に似合わない落ち着き。そして、妙な警戒心。
旬が彼女へ一瞬だけ視線を向けた時、少女――灰原哀もまた、旬の存在に気づいた。
「……」
灰原の表情が僅かに強張る。
(何……?)
背筋を、冷たいものが走った。
黒ずくめの組織の人間と遭遇した時に感じる感覚とは違う。
だが、目の前の男からは、それとは別種の――異様な圧力を感じる。
(この人……)
灰原が旬を見つめる。
その瞬間だった。
「キャーーーーーーッ!!」
女性の悲鳴。
公園の空気が一変した。
「!」
コナンが真っ先に反応する。
「今の声!」
「向こうのマンションからだ!」
子供たちが一斉に駆け出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
灰原も呆れながら、その後を追いかけた。
旬も悲鳴が聞こえた方向を見る。
すると――。
ピコン。
聞き慣れた電子音。
「……来たか」
システムウィンドウが開いた。
『緊急クエストが発生しました』
【閉ざされた部屋の真相を追え】
『マンションで発生した密室事件に関与し、その真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
失敗条件:
・事件解決前に現場を離脱する。
・真相解明への貢献が認められない。
旬は表示を見つめる。
「また事件か」
しかも、今回は最初からはっきりしている。
『真相解明』。
前回の失敗を踏まえれば、ただ人を助けるだけでは駄目だ。
「……今度は、少し付き合ってみるか」
旬は子供たちの後を追った。
◇
悲鳴が聞こえたのは、マンションの三階だった。
廊下には、青ざめた女性が立っている。
「中に……中に人が!」
「どうしたの!?」
コナンが駆け寄る。
「この部屋の人に用事があって来たんだけど、何度呼んでも返事がなくて……それで、窓から中を覗いたら……!」
女性が震える指で部屋を示す。
ドアは閉まっていた。鍵も掛かっている。
ほどなくして管理人が駆けつけ、事情を聞いた上で合鍵を使ってドアを開けた。
「失礼します!」
中へ入る。
リビング。その奥。
床に、一人の住人が倒れていた。
「……!」
コナンの表情が変わる。
「みんな、触っちゃ駄目だ!」
「え?」
元太たちが足を止める。
その声は、子供のものとは思えないほど鋭かった。
旬も部屋の入り口で足を止める。
(やはり……)
普通の子供ではない。
コナンは室内へ視線を巡らせる。
窓。ドア。テーブル。家具。床。そして、倒れている住人。
ほんの僅かな時間で、旬には分からない何かを次々と確認していた。
「……警察を呼んで!」
コナンの声で、管理人が慌てて携帯電話を取り出した。
◇
それから程なくして、警察が到着した。
現場へ入ってきたのは、恰幅のいい中年の刑事と、若い男性刑事。そして女性刑事。
目暮十三警部。
高木渉刑事。
佐藤美和子刑事。
米花町周辺で起こる事件を担当することの多い刑事たちだ。
「また君たちかね……」
目暮警部が少年探偵団を見るなり、疲れた顔をする。
「えへへ……」
歩美が苦笑した。
「僕たち、悲鳴を聞いただけだよ!」
光彦が言う。
「そうそう!」
元太も頷く。
「君たちはどうして毎回、こういうところにいるんだ……」
高木刑事も困ったように笑った。
旬は、そのやり取りを少し離れた場所から眺めていた。
(毎回?)
どうやら、この子供たちは事件現場にいることが珍しくないらしい。
そこへ、高木刑事が旬に気づいた。
「えーっと……あなたも第一発見者ですか?」
「一応」
「では、お名前を」
「水篠旬」
高木が手帳に書き込む。
「ミズシノ……シュンさんですね。ご職業は?」
「特にない」
「……え?」
高木の手が止まった。
「このマンションの住人ではないですよね?」
「ああ」
「では、どうしてこちらへ?」
「近くを歩いていたら、悲鳴が聞こえた」
「なるほど……」
高木は一応頷く。
だが、ちらりと佐藤を見る。
佐藤も少し訝しげな顔をしていた。
無職。住所はホテル。このマンションとの関係もない。
それなのに、事件発生直後の現場にいる。
警察から見れば、多少怪しまれて当然だった。
そんな旬を、コナンは横目で観察していた。
(水篠旬……)
名前は、前回の事件で既に聞いている。
初めて会った時、目の前から忽然と消えた。
宝石店では、拳銃が不自然に逸れた。
そして今度は、また事件現場。
(偶然……なのか?)
さすがに三度も続けば、気になる。
一方、灰原は旬から少し距離を取っていた。
「灰原?」
コナンが小声で呼ぶ。
「何?」
「いや……お前、さっきからあの人のこと見てるだろ」
「……別に」
灰原は視線を逸らす。
だが、警戒を解いたわけではない。
(あの人……何なの?)
組織の人間ではない。
少なくとも、自分が知る組織の人間とは明らかに違う。
しかし、旬の周囲から感じる、言葉では説明しづらい異様な気配。
まるで。
何度も死の中を歩いてきた人間のような――。
そんな雰囲気があった。
◇
警察による現場検証が進む。
今回、問題となったのは、部屋が『密室』だったこと。
玄関には鍵が掛かっていた。窓も閉まっている。外から人が出入りした形跡も見当たらない。
「妙だな……」
目暮警部が唸る。
「もし第三者がいたなら、どうやってこの部屋を出たんだ?」
高木刑事が室内を確認する。
「合鍵を持っていた、とかでしょうか?」
「だが、それならわざわざ密室に見せかける必要がない」
佐藤が答える。
その近くで、コナンも考えていた。
(鍵……)
ドア。
鍵穴。
部屋の位置。
家具。
倒れている人物。
全てを見る。
時折、まるで偶然のように警察官へ質問し、少しずつ情報を集めていく。
旬は、その姿を黙って見ていた。
(……やっぱり、この子供が中心か)
警察より、明らかに早く状況を整理している。
いや。
そもそも、本当に小学生なのか。
そう疑いたくなる。
旬はクエストウィンドウを見る。
まだ何も変化していない。
(問題は俺が何をするか、だな)
事件を解けと言われても、旬は探偵ではない。
人間同士の細かな心理。トリック。証拠。
そういったものに慣れているわけでもない。
モンスターの弱点を見抜く方が、よほど簡単だった。
「……」
旬は改めて部屋を見渡す。
その時だった。
「ん?」
本棚。
その下。
床との僅かな隙間。
何かが――光っている。
旬が目を細める。
(……赤い?)
小さな金属片。
普通に見れば、ただの銀色の破片だ。
だが、旬の目には、その物体だけが淡い赤色の光を纏っていた。
システムアイテムを見る時とも、モンスターを見る時とも違う。
だが、間違いなくこの世界に普通に存在する光ではない。
旬が周囲を見る。
誰も反応していない。
高木も。佐藤も。コナンも。
誰一人、その赤い光を見ていなかった。
(俺にしか見えていない……)
旬は考える。
そして、先日の失敗を思い出す。
『真相解明への直接的な貢献』
もしシステムが、自分に事件解決の手掛かりを示しているのだとしたら。
(……これか?)
確証はない。
だが、試してみる価値はある。
旬は本棚の近くまで歩く。
あまり露骨に拾えば、逆に怪しまれる。
少し考えた末、旬は何でもないように足を止めた。
「……刑事さん」
「はい?」
高木が振り返る。
旬は、本棚の下を指した。
「そこに何か落ちてないか?」
「え?」
「一瞬、光ったように見えた」
「光った?」
高木が屈み込む。
手袋をした手で、慎重に本棚の下を確認する。
「あ……!」
小さな金属片を拾い上げた。
「ありました!」
目暮たちが集まってくる。
「何だね、それは?」
「金属片……みたいですが」
佐藤が確認する。
「何かの部品?」
その瞬間。
コナンの目が鋭くなった。
「……!」
金属片。
鍵。
密室。
そして、現場の状態。
それまで繋がらなかった点が、一気に線になる。
(そうか!)
コナンがドアへ走る。
鍵穴を確認し、さらに部屋のある一点を見る。
(あの金属片が、もし鍵を細工した時に欠けたものなら……)
密室は、最初から密室ではなかった。
犯人が、密室に見えるよう細工したのだ。
その後、捜査は一気に進んだ。
警察の鑑識によって、旬が見つけた金属片が、事件に使われた仕掛けの一部である可能性が高いことが判明する。
そこからコナンは、残された痕跡、証言、時間の矛盾を組み合わせ、事件の真相へ辿り着いた。
そして警察もまた、決定的な証拠を突きつけ、犯人を特定した。
事件は解決した。
旬は少し離れた場所から、それを見届ける。
そして――。
ピコン。
「……!」
ウィンドウ。
『緊急クエスト完了』
『真相解明への貢献を確認しました』
『クエスト成功!』
報酬:
ランダムボックス×1
「……成功した」
旬が小さく呟く。
前回との違いは、一つしかない。
犯人を直接倒したわけではない。
代わりに、事件を解決するための証拠を見つけ、それを警察へ教えた。
(なるほど)
旬は、赤い光が消えた床を見る。
(システムが、重要な証拠を俺に見えるようにしている)
そして、自分で事件を全て解く必要もない。
手掛かりを見つけ、真相解明へ繋げればいい。
(つまり……)
旬の視線が、コナンへ向く。
(あの子供たちの推理を手伝え、ということか?)
それがシステムの目的なのか。
それとも、他に理由があるのか。
まだ分からない。
だが少なくとも、この世界でクエストを達成する方法は理解した。
◇
事件が解決した後。
旬は現場から離れた。
その背中を、コナンはじっと見ている。
(水篠さん……)
まただ。
あの人が関わった。
しかも今回、決定的な証拠を見つけたのは旬だった。
問題は――。
「どうやって……」
コナンが小さく呟く。
自分ですら、最初は気づかなかった。
本棚の下。僅かな隙間。
そこに落ちていた、小さな金属片。
それを水篠旬は、ほとんど迷いなく見つけた。
(『光った』って言ってたけど……)
そんなはずはない。
ただの金属片だ。
特別な光を発する物でもない。鑑識が見た時も、普通の金属片だった。
(偶然?)
いや。
初対面の時。
宝石店。
そして今回。
偶然という言葉だけでは説明できない。
「コナン君?」
歩美に呼ばれる。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや……何でもないよ」
子供らしい笑顔を作る。
しかし、頭の中では一つの名前が、さらに大きくなっていた。
水篠旬。
(この人……絶対に何か隠してる)
◇
ホテル。
自室へ戻った旬は、ベッドに腰を下ろした。
目の前には、新しく手に入れたアイテム。
ランダムボックス。
「……これが報酬か」
何が入っているか分からない。
元の世界では、システムから得られるアイテムが何度も旬を助けてきた。
今回は、異世界で初めて成功したクエストの報酬。
もしかすると、帰還に関係する何かが入っている可能性もある。
「開けるか」
旬が箱へ触れる。
――ピコン。
『ランダムボックスを開封します』
光が溢れる。
旬は僅かに身を乗り出した。
そして。
『アイテムを獲得しました』
『使い古された包帯』
「…………」
沈黙。
旬の手の中に、一本の包帯が現れる。
しかも新品ではない。
どう見ても、既に何度か使用されたようなくたびれた包帯。
旬は無言でそれを見つめる。
数秒。
「……いらないな」
インベントリへ放り込んだ。
期待した自分が馬鹿だった。
だが、完全な無駄ではない。
今回、重要なことが二つ分かった。
一つ。
事件の重要な証拠は、旬にだけ『赤く光って』見える。
そしてもう一つ。
その証拠を利用して事件の真相解明へ貢献すれば、クエストは成功する。
後は、同じことを繰り返せばいい。
いつかランダムボックスから、この世界へ来た理由――あるいは元の世界へ戻る手掛かりが出てくるかもしれない。
「……気長にやるしかないか」
旬はベッドへ横になる。
ただ、一つ。
気づいていないことがあった。
クエストを成功させる方法を旬が理解し始めたように、江戸川コナンもまた、水篠旬という男の異常さを少しずつ理解し始めていた。
そして、事件現場で旬を見たもう一人の少女。
灰原哀も、彼の存在をはっきりと意識し始めていた。
水篠旬。
異世界からやって来た、影の君主。
彼を中心に、この世界の人間たちとの糸は、少しずつ繋がり始めていた。
読んでいただきありがとうございます!
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