俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

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第二話 影の君主は証拠を探す

宝石店での事件から、数日が経った。

 

水篠旬は、ホテルの一室でシステムウィンドウを眺めていた。

 

あれから何度確認しても、メインクエストの内容に変化はない。

 

『異世界の真相を探求せよ』

 

この世界の構造。自分がここへ召喚された理由。そして、おそらくは――元の世界へ帰る方法。

 

それらを見つけ出さなければならない。

 

だが、今の旬が考えていたのは、それとは別のことだった。

 

「……真相解明への貢献、か」

 

先日の宝石強盗事件。

 

旬は人質を救った。犯人の制圧にも手を貸した。にもかかわらず、クエストは『失敗』と判定された。

 

理由は明確だった。

 

『真相解明への直接的な貢献が確認できませんでした』

 

つまり、力で危険を排除するだけでは駄目。

 

事件そのものを調べ、解決へ繋がる何かをしなければならない。

 

旬にとっては、あまり馴染みのないルールだった。

 

ダンジョンなら簡単だ。

 

敵がいれば倒す。ボスがいれば倒す。攻略条件があるなら、それを満たす。

 

だが――。

 

「事件の真相、ね……」

 

犯人を倒すのではなく、犯人を『見つける』。

 

証拠を集め、謎を解く。

 

この世界では、それが必要になるらしい。

 

ふと旬の脳裏に、一人の少年が浮かんだ。

 

江戸川コナン。

 

最初に出会った時から、妙に観察力が鋭かった子供。宝石店の事件でも、周囲が混乱する中、一人だけ冷静に状況を見ていた。

 

(……あの子供なら、このクエストの意味が分かるのかもしれないな)

 

もちろん、本人に聞くつもりはなかった。

 

そもそも、自分にしか見えないシステムのことを説明して、信じてもらえるとも思えない。

 

旬はウィンドウを閉じた。

 

考えていても仕方がない。

 

「次が来れば分かるか」

 

     ◇

 

その日の午後。

 

旬は気分転換も兼ねて、米花町の住宅街を歩いていた。この世界について調べるためでもある。

 

やはり、何日過ごしてもマナらしいものは感じない。

 

ゲートもない。モンスターもいない。ハンターも存在しない。

 

平穏な世界。

 

――と言いたいところだが。

 

事件だけは、妙に多かった。

 

「わー! 待てー!」

 

「元太君、そっちじゃないよ!」

 

近くの公園から、子供たちの声が聞こえてくる。

 

旬が何気なく視線を向けると、数人の小学生が遊んでいた。

 

その中に。

 

「……またいるな」

 

見覚えのある眼鏡。

 

江戸川コナンだった。

 

一緒にいるのは三人の子供。体格のいい少年と、細身の少年。そして、明るい雰囲気の少女。

 

さらに少し離れたベンチには、茶色い髪の少女が一人座っていた。

 

他の子供たちとは違い、どこか冷めた表情で皆を眺めている。

 

彼らは『少年探偵団』。

 

コナンと行動を共にする小学生たちだった。

 

もちろん、旬はそんなことを知らない。

 

ただ。

 

(あの茶髪の子も……少し変わっているな)

 

そう感じただけだった。

 

他の子供たちとは空気が違う。年齢に似合わない落ち着き。そして、妙な警戒心。

 

旬が彼女へ一瞬だけ視線を向けた時、少女――灰原哀もまた、旬の存在に気づいた。

 

「……」

 

灰原の表情が僅かに強張る。

 

(何……?)

 

背筋を、冷たいものが走った。

 

黒ずくめの組織の人間と遭遇した時に感じる感覚とは違う。

 

だが、目の前の男からは、それとは別種の――異様な圧力を感じる。

 

(この人……)

 

灰原が旬を見つめる。

 

その瞬間だった。

 

「キャーーーーーーッ!!」

 

女性の悲鳴。

 

公園の空気が一変した。

 

「!」

 

コナンが真っ先に反応する。

 

「今の声!」

 

「向こうのマンションからだ!」

 

子供たちが一斉に駆け出す。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

灰原も呆れながら、その後を追いかけた。

 

旬も悲鳴が聞こえた方向を見る。

 

すると――。

 

ピコン。

 

聞き慣れた電子音。

 

「……来たか」

 

システムウィンドウが開いた。

 

『緊急クエストが発生しました』

 

【閉ざされた部屋の真相を追え】

 

『マンションで発生した密室事件に関与し、その真相解明に貢献してください』

 

報酬:ランダムボックス×1

 

失敗条件:

 

・事件解決前に現場を離脱する。

・真相解明への貢献が認められない。

 

旬は表示を見つめる。

 

「また事件か」

 

しかも、今回は最初からはっきりしている。

 

『真相解明』。

 

前回の失敗を踏まえれば、ただ人を助けるだけでは駄目だ。

 

「……今度は、少し付き合ってみるか」

 

旬は子供たちの後を追った。

 

     ◇

 

悲鳴が聞こえたのは、マンションの三階だった。

 

廊下には、青ざめた女性が立っている。

 

「中に……中に人が!」

 

「どうしたの!?」

 

コナンが駆け寄る。

 

「この部屋の人に用事があって来たんだけど、何度呼んでも返事がなくて……それで、窓から中を覗いたら……!」

 

女性が震える指で部屋を示す。

 

ドアは閉まっていた。鍵も掛かっている。

 

ほどなくして管理人が駆けつけ、事情を聞いた上で合鍵を使ってドアを開けた。

 

「失礼します!」

 

中へ入る。

 

リビング。その奥。

 

床に、一人の住人が倒れていた。

 

「……!」

 

コナンの表情が変わる。

 

「みんな、触っちゃ駄目だ!」

 

「え?」

 

元太たちが足を止める。

 

その声は、子供のものとは思えないほど鋭かった。

 

旬も部屋の入り口で足を止める。

 

(やはり……)

 

普通の子供ではない。

 

コナンは室内へ視線を巡らせる。

 

窓。ドア。テーブル。家具。床。そして、倒れている住人。

 

ほんの僅かな時間で、旬には分からない何かを次々と確認していた。

 

「……警察を呼んで!」

 

コナンの声で、管理人が慌てて携帯電話を取り出した。

 

     ◇

 

それから程なくして、警察が到着した。

 

現場へ入ってきたのは、恰幅のいい中年の刑事と、若い男性刑事。そして女性刑事。

 

目暮十三警部。

 

高木渉刑事。

 

佐藤美和子刑事。

 

米花町周辺で起こる事件を担当することの多い刑事たちだ。

 

「また君たちかね……」

 

目暮警部が少年探偵団を見るなり、疲れた顔をする。

 

「えへへ……」

 

歩美が苦笑した。

 

「僕たち、悲鳴を聞いただけだよ!」

 

光彦が言う。

 

「そうそう!」

 

元太も頷く。

 

「君たちはどうして毎回、こういうところにいるんだ……」

 

高木刑事も困ったように笑った。

 

旬は、そのやり取りを少し離れた場所から眺めていた。

 

(毎回?)

 

どうやら、この子供たちは事件現場にいることが珍しくないらしい。

 

そこへ、高木刑事が旬に気づいた。

 

「えーっと……あなたも第一発見者ですか?」

 

「一応」

 

「では、お名前を」

 

「水篠旬」

 

高木が手帳に書き込む。

 

「ミズシノ……シュンさんですね。ご職業は?」

 

「特にない」

 

「……え?」

 

高木の手が止まった。

 

「このマンションの住人ではないですよね?」

 

「ああ」

 

「では、どうしてこちらへ?」

 

「近くを歩いていたら、悲鳴が聞こえた」

 

「なるほど……」

 

高木は一応頷く。

 

だが、ちらりと佐藤を見る。

 

佐藤も少し訝しげな顔をしていた。

 

無職。住所はホテル。このマンションとの関係もない。

 

それなのに、事件発生直後の現場にいる。

 

警察から見れば、多少怪しまれて当然だった。

 

そんな旬を、コナンは横目で観察していた。

 

(水篠旬……)

 

名前は、前回の事件で既に聞いている。

 

初めて会った時、目の前から忽然と消えた。

 

宝石店では、拳銃が不自然に逸れた。

 

そして今度は、また事件現場。

 

(偶然……なのか?)

 

さすがに三度も続けば、気になる。

 

一方、灰原は旬から少し距離を取っていた。

 

「灰原?」

 

コナンが小声で呼ぶ。

 

「何?」

 

「いや……お前、さっきからあの人のこと見てるだろ」

 

「……別に」

 

灰原は視線を逸らす。

 

だが、警戒を解いたわけではない。

 

(あの人……何なの?)

 

組織の人間ではない。

 

少なくとも、自分が知る組織の人間とは明らかに違う。

 

しかし、旬の周囲から感じる、言葉では説明しづらい異様な気配。

 

まるで。

 

何度も死の中を歩いてきた人間のような――。

 

そんな雰囲気があった。

 

     ◇

 

警察による現場検証が進む。

 

今回、問題となったのは、部屋が『密室』だったこと。

 

玄関には鍵が掛かっていた。窓も閉まっている。外から人が出入りした形跡も見当たらない。

 

「妙だな……」

 

目暮警部が唸る。

 

「もし第三者がいたなら、どうやってこの部屋を出たんだ?」

 

高木刑事が室内を確認する。

 

「合鍵を持っていた、とかでしょうか?」

 

「だが、それならわざわざ密室に見せかける必要がない」

 

佐藤が答える。

 

その近くで、コナンも考えていた。

 

(鍵……)

 

ドア。

 

鍵穴。

 

部屋の位置。

 

家具。

 

倒れている人物。

 

全てを見る。

 

時折、まるで偶然のように警察官へ質問し、少しずつ情報を集めていく。

 

旬は、その姿を黙って見ていた。

 

(……やっぱり、この子供が中心か)

 

警察より、明らかに早く状況を整理している。

 

いや。

 

そもそも、本当に小学生なのか。

 

そう疑いたくなる。

 

旬はクエストウィンドウを見る。

 

まだ何も変化していない。

 

(問題は俺が何をするか、だな)

 

事件を解けと言われても、旬は探偵ではない。

 

人間同士の細かな心理。トリック。証拠。

 

そういったものに慣れているわけでもない。

 

モンスターの弱点を見抜く方が、よほど簡単だった。

 

「……」

 

旬は改めて部屋を見渡す。

 

その時だった。

 

「ん?」

 

本棚。

 

その下。

 

床との僅かな隙間。

 

何かが――光っている。

 

旬が目を細める。

 

(……赤い?)

 

小さな金属片。

 

普通に見れば、ただの銀色の破片だ。

 

だが、旬の目には、その物体だけが淡い赤色の光を纏っていた。

 

システムアイテムを見る時とも、モンスターを見る時とも違う。

 

だが、間違いなくこの世界に普通に存在する光ではない。

 

旬が周囲を見る。

 

誰も反応していない。

 

高木も。佐藤も。コナンも。

 

誰一人、その赤い光を見ていなかった。

 

(俺にしか見えていない……)

 

旬は考える。

 

そして、先日の失敗を思い出す。

 

『真相解明への直接的な貢献』

 

もしシステムが、自分に事件解決の手掛かりを示しているのだとしたら。

 

(……これか?)

 

確証はない。

 

だが、試してみる価値はある。

 

旬は本棚の近くまで歩く。

 

あまり露骨に拾えば、逆に怪しまれる。

 

少し考えた末、旬は何でもないように足を止めた。

 

「……刑事さん」

 

「はい?」

 

高木が振り返る。

 

旬は、本棚の下を指した。

 

「そこに何か落ちてないか?」

 

「え?」

 

「一瞬、光ったように見えた」

 

「光った?」

 

高木が屈み込む。

 

手袋をした手で、慎重に本棚の下を確認する。

 

「あ……!」

 

小さな金属片を拾い上げた。

 

「ありました!」

 

目暮たちが集まってくる。

 

「何だね、それは?」

 

「金属片……みたいですが」

 

佐藤が確認する。

 

「何かの部品?」

 

その瞬間。

 

コナンの目が鋭くなった。

 

「……!」

 

金属片。

 

鍵。

 

密室。

 

そして、現場の状態。

 

それまで繋がらなかった点が、一気に線になる。

 

(そうか!)

 

コナンがドアへ走る。

 

鍵穴を確認し、さらに部屋のある一点を見る。

 

(あの金属片が、もし鍵を細工した時に欠けたものなら……)

 

密室は、最初から密室ではなかった。

 

犯人が、密室に見えるよう細工したのだ。

 

その後、捜査は一気に進んだ。

 

警察の鑑識によって、旬が見つけた金属片が、事件に使われた仕掛けの一部である可能性が高いことが判明する。

 

そこからコナンは、残された痕跡、証言、時間の矛盾を組み合わせ、事件の真相へ辿り着いた。

 

そして警察もまた、決定的な証拠を突きつけ、犯人を特定した。

 

事件は解決した。

 

旬は少し離れた場所から、それを見届ける。

 

そして――。

 

ピコン。

 

「……!」

 

ウィンドウ。

 

『緊急クエスト完了』

 

『真相解明への貢献を確認しました』

 

『クエスト成功!』

 

報酬:

 

ランダムボックス×1

 

「……成功した」

 

旬が小さく呟く。

 

前回との違いは、一つしかない。

 

犯人を直接倒したわけではない。

 

代わりに、事件を解決するための証拠を見つけ、それを警察へ教えた。

 

(なるほど)

 

旬は、赤い光が消えた床を見る。

 

(システムが、重要な証拠を俺に見えるようにしている)

 

そして、自分で事件を全て解く必要もない。

 

手掛かりを見つけ、真相解明へ繋げればいい。

 

(つまり……)

 

旬の視線が、コナンへ向く。

 

(あの子供たちの推理を手伝え、ということか?)

 

それがシステムの目的なのか。

 

それとも、他に理由があるのか。

 

まだ分からない。

 

だが少なくとも、この世界でクエストを達成する方法は理解した。

 

     ◇

 

事件が解決した後。

 

旬は現場から離れた。

 

その背中を、コナンはじっと見ている。

 

(水篠さん……)

 

まただ。

 

あの人が関わった。

 

しかも今回、決定的な証拠を見つけたのは旬だった。

 

問題は――。

 

「どうやって……」

 

コナンが小さく呟く。

 

自分ですら、最初は気づかなかった。

 

本棚の下。僅かな隙間。

 

そこに落ちていた、小さな金属片。

 

それを水篠旬は、ほとんど迷いなく見つけた。

 

(『光った』って言ってたけど……)

 

そんなはずはない。

 

ただの金属片だ。

 

特別な光を発する物でもない。鑑識が見た時も、普通の金属片だった。

 

(偶然?)

 

いや。

 

初対面の時。

 

宝石店。

 

そして今回。

 

偶然という言葉だけでは説明できない。

 

「コナン君?」

 

歩美に呼ばれる。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや……何でもないよ」

 

子供らしい笑顔を作る。

 

しかし、頭の中では一つの名前が、さらに大きくなっていた。

 

水篠旬。

 

(この人……絶対に何か隠してる)

 

     ◇

 

ホテル。

 

自室へ戻った旬は、ベッドに腰を下ろした。

 

目の前には、新しく手に入れたアイテム。

 

ランダムボックス。

 

「……これが報酬か」

 

何が入っているか分からない。

 

元の世界では、システムから得られるアイテムが何度も旬を助けてきた。

 

今回は、異世界で初めて成功したクエストの報酬。

 

もしかすると、帰還に関係する何かが入っている可能性もある。

 

「開けるか」

 

旬が箱へ触れる。

 

――ピコン。

 

『ランダムボックスを開封します』

 

光が溢れる。

 

旬は僅かに身を乗り出した。

 

そして。

 

『アイテムを獲得しました』

 

『使い古された包帯』

 

「…………」

 

沈黙。

 

旬の手の中に、一本の包帯が現れる。

 

しかも新品ではない。

 

どう見ても、既に何度か使用されたようなくたびれた包帯。

 

旬は無言でそれを見つめる。

 

数秒。

 

「……いらないな」

 

インベントリへ放り込んだ。

 

期待した自分が馬鹿だった。

 

だが、完全な無駄ではない。

 

今回、重要なことが二つ分かった。

 

一つ。

 

事件の重要な証拠は、旬にだけ『赤く光って』見える。

 

そしてもう一つ。

 

その証拠を利用して事件の真相解明へ貢献すれば、クエストは成功する。

 

後は、同じことを繰り返せばいい。

 

いつかランダムボックスから、この世界へ来た理由――あるいは元の世界へ戻る手掛かりが出てくるかもしれない。

 

「……気長にやるしかないか」

 

旬はベッドへ横になる。

 

ただ、一つ。

 

気づいていないことがあった。

 

クエストを成功させる方法を旬が理解し始めたように、江戸川コナンもまた、水篠旬という男の異常さを少しずつ理解し始めていた。

 

そして、事件現場で旬を見たもう一人の少女。

 

灰原哀も、彼の存在をはっきりと意識し始めていた。

 

水篠旬。

 

異世界からやって来た、影の君主。

 

彼を中心に、この世界の人間たちとの糸は、少しずつ繋がり始めていた。




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