俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
阿笠博士の家は、一見すると平穏を取り戻していた。博士自身も、襲われたショックは残りつつも、身体的にはすっかり回復し、いつものように発明に没頭しようとしていた。だが、あの不可解な事件が残した爪痕は、コナンと灰原の心に深く刻まれていた。
コナンは、博士が「刺された」と主張する腹部を改めて調べさせてもらった。もちろん、そこには傷一つない。しかし、何度見ても、その部分の皮膚だけが周囲と比べて不自然なほど滑らかで、新しく再生したかのように見えるのだ。
(やっぱりおかしい…。ただの打撲やショックで意識を失っただけなら、こんな風にはならないはずだ。博士は確かに『何か』に攻撃された。そして、その傷は『何か』によって完全に消された…?)
彼の脳裏には、一人の男の姿が浮かんでいた。
水篠旬。
人間離れした身体能力を持ち、気配を消し、そして…あるいは、未知の力で傷を癒すことすら可能なのかもしれない、謎の男。
考え込むコナンに、地下のラボから上がってきた灰原が声をかけた。
「まだ博士のこと、調べてるの?」
「ああ…」
コナンは頷く。
「どうしても引っかかるんだ。あの『見えない何か』に刺されたって話…それに、水篠さんのことだ」
コナンは、灰原に向き直った。
彼女は、水篠旬について何かを知っている。それは間違いない。前の会話でも、今回の事件の後でも、彼女の反応は他の誰とも違っていた。
「なあ、灰原。博士のことなんだが…やっぱり気になるんだ。あの『見えない何か』ってのは、一体何なんだ?水篠さんが関係してるのか?お前、何か知ってるんじゃないのか?」
コナンは、真剣な眼差しで問い詰める。
「あいつが敵じゃないってのは、俺だって信じたい。廃工場じゃ、実際に俺のことを助けてくれた。だけど…今度は博士があんな目に遭ったんだ。水篠さんが何か知ってるなら、このまま何も知らないふりなんてできねえよ」
灰原は、コナンの視線を受け止め、静かに答えた。
「…彼は、敵じゃないわ。それは、前よりもはっきり言える」
その声には、以前にはなかった確信のようなものがこもっていた。
「なんでだよ!?」
コナンの声が大きくなる。
「どうしてそんなことが言い切れるんだ!?俺だって、敵じゃないって信じたいさ!助けてもらったことだって分かってる!でも、あの『見えない何か』について、あいつが何か知ってるのは間違いないだろ!」
灰原は黙っている。
「商業施設の時だってそうだ!急に何かに気づいたみたいに飛び出していって、『今日は帰れ』って、それだけだ!そして、その日の夜には博士が襲われた!」
コナンの拳が僅かに握られる。
「なのに、何も話さない!あいつは、自分のことを何も明かさないし、やってることも人間離れしてる!博士まで狙われたのに、このまま何も知らないままでいいのかよ!」
「…私にも、正直わからないわ」
灰原は、少しだけ視線を伏せて言った。
「論理的な根拠なんて、何もない。彼が何を考えて、何を目的にしているのかも、本当のところは知らない」
「じゃあ、なんで…!」
コナンが食い下がる。
「…ただ」
灰原は再び顔を上げ、コナンの目を真っ直ぐに見つめた。
「あの時…彼が私に『敵ではない』と告げた時の目が…少しだけ、あなたに似ていたからよ」
「俺に…似てた…?」
コナンは、予期せぬ言葉に戸惑った。
「ええ」
灰原は静かに頷く。
「何かを、絶対に護ろうとする時の…あなたの目に。理由は分からない。でも、あの瞳に嘘があるようには、私には思えなかった。だから信じる、というわけではないけれど…少なくとも、彼が私たちを害そうとしているとは思えない。…今はね」
彼女は、水篠旬が「モンスター」について語ったことや、「護る」と誓ったことまでは話さなかった。それは、まだ話すべき時ではないと判断したからだ。
コナンは、灰原の言葉に反論できなかった。
彼女が、論理ではなく、直感と、そして相手の瞳の奥にあるものを見抜こうとして判断したこと。
それは、時としてどんな証拠よりも雄弁なことがあるのを、コナン自身も知っていたからだ。
(灰原が、あそこまで言うなんて…)
彼は思考を巡らせる。
水篠旬は敵ではない、のかもしれない。
廃工場で自分を助けてくれた時の行動も、博士を(おそらく)救ったであろう行動も、敵意のある者のそれではないだろう。
だが、腑に落ちない点は多すぎる。
(じゃあ、あの商業施設で、彼が急に飛び出していったのは何だったんだ?あの時も、『見えない何か』を感じていたのか?だとしたら、なぜ僕らに何も言わなかった…?)
彼の行動は、常に謎に包まれている。
コナンは、もどかしい気持ちを抱えながらも、一つの結論に至りつつあった。
水篠旬は、信用できるか分からない。
彼の力は未知数で、危険な存在である可能性も否定できない。
しかし、少なくとも現時点では、彼を明確な「敵」と断定することはできない。
むしろ、彼が対峙しているかもしれない「見えない脅威」に対して、自分たちはあまりにも無力であり、彼の存在が、結果的に自分たちの助けになっている可能性すらあるのだ。
(…もっと知る必要がある。彼のこと、そして、彼が関わっている『何か』のことを…)
警戒は解かない。
だが、アプローチの方法は変えなければならないかもしれない。
コナンは、灰原の言葉を胸に刻み、水篠旬という巨大なパズルに、新たな角度から向き合う決意を固めるのだった。
そして、彼らがそんな葛藤を抱えている間にも、人知れぬ山奥で開いた『ゲート』は、確実にそのエネルギーを高め、世界に破滅をもたらす瞬間へと、刻一刻と近づいていた。その事実を、まだ誰も知らないまま…。