俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

4 / 22
第四話 影を探る者、帰還を探す者

四度目のクエストは。これまでとは少し違う場所で始まった。

 

東都大学。

 

多くの学生や研究者が行き交う、その広大なキャンパスで。研究データの盗難事件が発生していた。

 

盗まれたのは、工学系研究室が進めていた最先端技術に関するデータ。さらに。その研究を指揮していた教授が、大学構内で何者かに襲われている。

 

幸い命に別状はなかったものの。教授は頭部を殴られ、一時入院。研究室からは。重要なデータが保存された記録媒体の一部が消えていた。

 

警察は。内部犯。研究データを狙った産業スパイ。教授個人への恨み。複数の可能性を視野に入れて捜査を始めていた。

 

そして。そんな事件とは本来何の関係もない男が。大学の正門前に立っていた。

 

水篠旬。

 

「……大学か」

 

旬がキャンパスを見上げる。

 

大学という場所そのものが珍しいわけではない。だが。この世界へ来てから。ホテル。住宅街。事件現場。その辺りを歩くことばかりだった。大学へ足を踏み入れるのは初めてだった。

 

もちろん。観光に来たわけではない。

 

目の前には。いつもの青白いウィンドウ。

 

『緊急クエストが発生しました』

 

【盗まれた研究の真相を追え】

 

『東都大学内で発生した襲撃・窃盗事件に関与し、その真相解明に貢献してください』

 

報酬:ランダムボックス×1

 

失敗条件:

 

・事件解決前に現場を離脱する。

 

・真相解明への貢献が認められない。

 

「またか」

 

旬は。もう驚かなかった。

 

この世界へ来てから。システムが旬に与えるクエストは。ほとんどが。人間の起こした事件に関係するものだ。

 

モンスター討伐でも。ダンジョン攻略でもない。

 

犯罪の真相を。見つけろ。

 

それが。この世界でのシステムのルールらしい。

 

(今回も赤い光を探せばいい)

 

前回までで。大まかな攻略法は理解した。システムが。事件解決に重要な物を。旬にだけ分かるように表示する。

 

それを見つけ。探偵や警察へ気づかせれば。真相解明への貢献として認められる。

 

問題は。報酬だった。

 

一度目。使い古された包帯。

 

二度目。空き缶。

 

「……」

 

思い出しただけで。少し虚しくなる。

 

だが。ランダムという以上。必ずしも。全てが外れとは限らない。

 

この異世界へ自分を送り込んだのが。システムなのだとすれば。いずれ。元の世界への帰還に関係するアイテムが。報酬に含まれていてもおかしくない。

 

(それまでは続けるしかないか)

 

旬は。大学構内へ入った。

 

     ◇

 

事件の中心となった研究棟の周辺には。警察車両が何台か停まっていた。

 

完全に封鎖されているわけではない。授業も続いており。学生たちも。何事かと噂をしながら建物の前を行き来している。

 

旬は。騒ぎを避けるように。少し離れた場所から建物を観察する。

 

警察。研究者。学生。大学職員。

 

誰が事件と関係しているのか。旬には分からない。

 

人間の犯罪捜査は。やはり。ダンジョンとは勝手が違う。

 

その時。

 

「ねえ、そこの人!」

 

声を掛けられた。

 

旬が振り返る。

 

短い黒髪。中性的な顔立ち。高校生くらいの少女が。こちらへ歩いてくる。

 

「君、ここの学生じゃないよね?」

 

少女は。人懐っこい笑みを浮かべていた。だが。旬の目には分かる。

 

(笑ってるが……見てるな)

 

視線は。旬の顔だけではない。肩。腕。腰。立ち方。足の位置。さらには。相手がいつでも動けるかどうかまで。確かめるような目。

 

コナン。服部平次。

 

この世界へ来てから。何度か。似た目を見た。

 

相手を。観察する人間の目。

 

「学生ではない」

 

旬が答える。

 

「やっぱり」

 

少女が笑う。

 

「ボク、世良真純」

 

自分を『ボク』と呼ぶ。

 

「探偵をやってるんだ」

 

「探偵?」

 

旬は僅かに眉を上げた。

 

また。探偵。

 

この世界。本当に探偵が多い。

 

「世良真純。帝丹高校二年」

 

少女――世良が。軽く手を上げる。

 

高校生探偵。毛利蘭と同じ帝丹高校へ通う少女で。推理力だけでなく。截拳道――ジークンドーの使い手でもある。

 

今日。世良が東都大学に来ていたのも。例の襲撃事件が気になったからだった。

 

公になっている情報だけでは。どうにも腑に落ちない。そう感じ。独自に周辺の聞き込みをしていたのである。

 

「で」

 

世良が。旬を見る。

 

「君は?」

 

「水篠旬」

 

「水篠……」

 

名前を。一度頭の中で転がすように呟く。

 

「この事件に何か関係あるの?」

 

「ない」

 

「じゃあ、何しに大学へ?」

 

「少し用事がある」

 

「どんな?」

 

「言う必要はないだろ」

 

「はは」

 

世良は楽しそうに笑う。

 

「警戒されちゃったな」

 

だが。退く様子はない。

 

「昨日さ」

 

世良が続ける。

 

「この大学の教授が襲われたんだ」

 

「知っている」

 

「ニュースで?」

 

「ああ」

 

「それで興味持って見に来た、とか?」

 

旬は答えない。

 

「……」

 

世良は。ほんの少し。目を細めた。

 

(なんだろう、この人)

 

嘘をついている。そんな感じとも違う。むしろ。質問に答える必要性そのものを。感じていないような態度。

 

そして。もう一つ。世良には気になることがあった。

 

(強そうだな)

 

ただ。筋肉があるとか。身体が大きいという話ではない。

 

隙がない。立っているだけなのに。どこから攻撃しても。何事もなく対処されそうな。そんな奇妙な感覚。

 

「ねえ」

 

世良は。少し踏み込む。

 

「君、何か格闘技やってる?」

 

「いや」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

世良が。旬の肩から足元まで見る。

 

「でも普通の人の立ち方じゃないんだよな」

 

旬が。世良を見る。

 

今度は。逆に。少女の姿を確認する。

 

重心。足運び。手の位置。

 

(この子もか)

 

鍛えている。しかも。多少というレベルではない。

 

「あんたもだろ」

 

「え?」

 

「格闘技」

 

一瞬。世良がきょとんとする。

 

そのあと。口元を上げた。

 

「へえ」

 

楽しそうだった。

 

「分かるんだ?」

 

「ああ」

 

「やっぱり君も普通じゃないじゃん」

 

「……」

 

墓穴を掘った。

 

そんな旬の沈黙を。世良が。面白そうに眺める。

 

「ますます気になるなぁ、水篠旬君」

 

その時だった。

 

「世良さん」

 

穏やかな声。

 

二人が振り返る。

 

そこに。一人の男が立っていた。

 

細い目。眼鏡。落ち着いた笑み。

 

「こんなところで何を?」

 

「昴さん」

 

世良が振り返る。

 

男の名は。沖矢昴。

 

東都大学工学部の大学院生。普段は。工藤新一の家である工藤邸に住んでいる。

 

だが。それは。表向きの姿に過ぎない。

 

その正体は。FBI捜査官――赤井秀一。

 

黒ずくめの組織へ潜入した過去を持つ。極めて高い戦闘能力。射撃技術。推理力。情報収集能力。その全てを兼ね備えた男。

 

現在は。自らの死を偽装し。沖矢昴として生活していた。

 

当然。旬は。そんな事情を知らない。

 

ただ。男を一目見た瞬間。それまでより。僅かに意識が変わった。

 

(……こいつ)

 

強い。

 

この世界へ来て。初めて。旬が。はっきりとそう判断した人間だった。

 

もちろん。旬と同じ領域にいるという意味ではない。比較する必要すらない。

 

だが。戦闘経験。殺気への慣れ。相手を見る目。その全てが。これまで出会った一般人とは明らかに違う。

 

特に。目。

 

表面上は。細められ。穏やかに笑っている。だが。その奥では。こちらを。正確に観察している。

 

(喫茶店の男と似ているな)

 

安室透。

 

あの男にも。同じようなものを感じた。

 

この世界。マナを持つ人間はいない。しかし。だからといって。強い人間がいないわけではないらしい。

 

「こちらの方は?」

 

沖矢が。世良へ尋ねる。

 

「水篠旬君」

 

世良が答える。

 

「事件と関係ないって言ってるんだけどさ。研究棟の周りを見てたから、ちょっと話を聞いてたんだ」

 

「そうですか」

 

沖矢の視線が。旬へ向く。

 

「沖矢昴です。この大学で工学を学んでいます」

 

「水篠旬」

 

短い挨拶。

 

表面上。それだけ。

 

だが。二人の間には。僅かな沈黙が落ちた。

 

(手にタコ)

 

沖矢は。旬の手を見る。しかし。単純な格闘家のものとも違う。

 

さらに。身体全体。無駄な緊張がない。鍛えられているのは間違いない。

 

だが。武術。軍人。警察。そのどれとも。少し違う。

 

(何者だ?)

 

一方。旬も。沖矢を見ていた。

 

(大学院生……だけじゃないな)

 

それだけは。すぐに分かった。

 

「昴さん」

 

世良が。二人を交互に見る。

 

「知り合い?」

 

「いいえ」

 

沖矢は。穏やかに笑う。

 

「初めてお会いしましたよ」

 

「ふーん」

 

世良は。少し納得していないようだった。

 

「なんか二人とも、初対面って感じしないけど」

 

「どういう意味です?」

 

「さあ?」

 

世良は笑う。

 

旬は。それ以上会話を続けず。

 

「俺は行く」

 

と言って歩き出した。

 

「えっ、ちょっと!」

 

世良が呼び止める。

 

だが。旬は振り返らない。

 

沖矢は。その背中を。静かに見送っていた。

 

     ◇

 

研究棟周辺。

 

旬は。赤い光を探しながら歩いていた。

 

事件の手掛かり。

 

前回。前々回。それは。比較的分かりやすい場所にあった。

 

だが。今回は。簡単には見つからない。

 

研究室そのものへ。勝手に入るわけにもいかない。警察が。立ち入りを制限している場所もある。

 

旬は。建物の外側を回る。

 

駐車場。裏口。搬入口。研究棟と別棟を繋ぐ通路。

 

その途中。少し人通りの少ない。中庭側へ出た。

 

「……」

 

足が止まる。

 

植え込み。その奥。何かが。赤く光っている。

 

(あった)

 

旬が近づく。

 

落ち葉。土。植木の枝。その間。泥に汚れた。黒い小さな物体。

 

USBメモリ。

 

旬の目には。はっきりと。赤い光を放って見える。

 

(これか)

 

研究データが盗まれた。事件内容。そして。USBメモリ。

 

ほぼ間違いなく。関係している。

 

問題は。また。どう発見させるか。

 

自分で拾い。警察へ届けてもいい。前回も。それでクエストは成功した。

 

だが。旬は。ふと後ろを見る。

 

少し離れた場所。世良が。まだ。こちらを見ていた。

 

「……」

 

旬と目が合う。

 

世良が。にっと笑う。

 

(ずっとついてきてたのか)

 

面倒な探偵だった。

 

このまま直接USBを拾えば。間違いなく。「どうしてそこにあると分かった?」と聞かれる。

 

旬は。少し考える。

 

すると。制服を着た警察官が。中庭を通りかかった。事件発生後。構内を巡回している警官らしい。

 

ちょうどいい。

 

旬は。一歩下がる。

 

「すみません」

 

警官が振り返る。

 

「はい?」

 

旬は。植え込みを示す。

 

「あそこ」

 

「?」

 

「何か光ったように見えた」

 

「光った?」

 

「金属か何かじゃないか」

 

警官は。少し不思議そうな顔をする。

 

だが。事件現場の近く。何か落ちているというのなら。確認しないわけにもいかない。

 

「ちょっと見てみます」

 

警官が。植え込みへ入る。

 

数秒。

 

「あれ?」

 

屈み込む。

 

「……USB?」

 

世良の表情が変わった。

 

「!」

 

旬は。何でもないように。その場を離れようとする。

 

だが。

 

「待って」

 

世良が。すぐに追いついてきた。

 

「君」

 

旬が振り返る。

 

「何だ」

 

「今の」

 

世良が。植え込みを見る。

 

警官は。無線で誰かに連絡している。

 

「本当に光って見えたの?」

 

「ああ」

 

「へえ」

 

世良は。旬の顔を見る。

 

「変だな」

 

「何が」

 

「あのUSB」

 

世良が言う。

 

「泥だらけだった」

 

「……」

 

「日陰の植え込みの奥。太陽の光が反射したとも思えない」

 

旬は。何も答えない。

 

世良が。少しだけ。笑みを消す。

 

「君さ」

 

「……」

 

「あれがそこにあるって、最初から知ってたんじゃない?」

 

旬と。世良の視線が合う。

 

数秒。沈黙。

 

旬が。口を開く。

 

「知らない」

 

「即答だね」

 

「知らないものは知らない」

 

「ふーん……」

 

世良は。それ以上。追及しなかった。

 

ただ。その目には。明らかに。興味が増していた。

 

(面白い)

 

水篠旬。

 

最初は。事件現場付近をうろつく。怪しい男。それだけだった。

 

だが。どうも。それだけではない。

 

そして。さらに少し離れた場所。沖矢昴も。一部始終を見ていた。

 

(光った、か)

 

植え込み。位置。太陽。角度。

 

どう考えても。不自然。

 

さらに。水篠旬は。USBが見つかった瞬間。驚かなかった。

 

まるで。見つかることを。分かっていたように。

 

「……」

 

沖矢の細い目が。僅かに。開いた。

 

     ◇

 

USBメモリは。すぐに警察へ渡された。

 

内部には。盗まれた研究データの一部が保存されていた。さらに。表面から。関係者の指紋も検出された。

 

だが。それだけでは。犯人確定には至らない。

 

USBを。誰かが故意に捨て。別の人間へ罪を着せようとした可能性もある。

 

警察は。防犯カメラ。研究室への入退室記録。関係者の証言。そして。教授が襲われた時間。それらを。改めて洗い直す。

 

世良も。集められた情報から。独自に推理を進めていた。

 

「……なるほど」

 

彼女が。何かに気づく。

 

USBの中身。削除されたファイル。教授が襲われた時間。研究員たちのアリバイ。

 

その一つに。僅かな矛盾があった。

 

そして。沖矢も。同じ矛盾に気づいている。

 

ただし。彼は。積極的に前へは出ない。あくまで。大学関係者として。必要最低限の助言をするだけ。

 

その結果。捜査線上に。一人の研究員が浮かび上がった。

 

犯人は。外部の産業スパイではなかった。

 

教授の研究チームに所属する研究員。

 

自身が開発の中心だったにもかかわらず。成果の多くを教授のものとして発表されると。一方的に思い込み。強い不満を募らせていた。

 

別企業へ。研究データを持ち出そうとしたところ。教授に気づかれ。揉み合いとなり。衝動的に殴ってしまった。

 

逃げる途中。USBの一つを紛失。それが。植え込みに落ちていた。

 

警察に。決定的な証拠を示され。研究員は。やがて犯行を認めた。

 

事件は。解決。

 

そして。旬の目の前に。待っていた表示が現れる。

 

――ピコン。

 

『緊急クエスト完了』

 

『真相解明への貢献を確認しました』

 

『クエスト成功!』

 

報酬:

 

ランダムボックス×1

 

「……」

 

旬は。静かに表示を消した。

 

三度目の成功。

 

後は。報酬。

 

包帯。空き缶。

 

次は。少なくとも。使い道のある物が欲しい。

 

それだけだった。

 

     ◇

 

事件が一段落した頃。

 

旬は。大学を出ようとしていた。

 

「水篠君!」

 

後ろから。世良の声。

 

旬が立ち止まる。

 

「まだ何か?」

 

「いや」

 

世良は。笑いながら追いつく。

 

「一応、お礼」

 

「礼?」

 

「君がUSB見つけなかったら、もう少し解決に時間かかってた」

 

「俺は見つけてない」

 

「ああ」

 

世良が。わざとらしく頷く。

 

「『光って見えたから、警察に教えただけ』だったね」

 

「……」

 

「まあいいけど」

 

世良は。旬の前へ回る。

 

「でもさ」

 

一瞬。声が。少し低くなる。

 

「君、何者?」

 

「普通の人間だ」

 

「それは嘘だ」

 

即答。

 

旬が。世良を見る。

 

世良は。笑っていた。だが。目だけは。探偵のものだった。

 

「だって普通じゃないもん」

 

「根拠は?」

 

「いろいろ」

 

世良が。指を折る。

 

「立ち方」

 

一本。

 

「人の見方」

 

二本。

 

「事件が起きても全然動揺しない」

 

三本。

 

「それに」

 

旬を見る。

 

「何より」

 

僅かに。間。

 

「君からは、怖さを感じる」

 

旬の目が。少しだけ変わる。

 

「怖い?」

 

「うん」

 

世良は。意外にも。真面目な顔で頷いた。

 

「でも」

 

そして。すぐ笑う。

 

「悪い人には見えない」

 

旬は。少し。黙る。

 

何を根拠に。そう思うのか。よく分からない。

 

「変な探偵だな」

 

「それ褒めてる?」

 

「さあ」

 

旬は。再び歩き出す。

 

「じゃあね、水篠君!」

 

世良が手を振る。

 

旬は。振り返らなかった。

 

その後ろ。大学の建物から。沖矢昴が。静かに旬の姿を見ていた。

 

(真純が興味を持つのも無理はない)

 

事件とは無関係。そう見える。だが。事件解決に必要な証拠を。偶然発見した。

 

あまりにも。都合が良すぎる。

 

そして。何より。

 

短時間。近くで観察して。沖矢には。一つ分かったことがある。

 

(水篠旬)

 

あの男は。自分よりも。遥かに。戦闘というものに慣れている。

 

それが。軍人なのか。殺し屋なのか。それとも。まったく別の何かなのか。判断できない。

 

普通なら。その時点で。何かしらの経歴が見える。

 

歩き方。癖。装備。言葉。

 

だが。水篠旬には。それがない。

 

まるで。この社会のどこにも。所属していないかのような。奇妙な違和感。

 

「……興味深いですね」

 

沖矢は。小さく呟いた。

 

     ◇

 

その夜。

 

ホテル。

 

旬は。机の上へ。三つ目のランダムボックスを置いた。

 

「……」

 

期待は。しない。

 

前回学んだ。

 

期待すると。空き缶が出る。

 

旬は。迷わず箱を開けた。

 

光。

 

そして。表示。

 

『アイテムを獲得しました』

 

旬が。何気なく文字を見る。

 

そして。動きが止まった。

 

『帰還の羅針盤のレシピ(上)』

 

「……」

 

一秒。二秒。

 

旬は。表示を見つめたまま。動かなかった。

 

「帰還……?」

 

すぐに。アイテムの詳細を開く。

 

『帰還の羅針盤』

 

『異なる次元間の境界を探知し、元の世界へ至る道を指し示す特殊アイテム』

 

「……!」

 

今度こそ。間違いない。

 

旬が。この世界へ来てから。初めて手に入れた。明確な。帰還への手掛かり。

 

「やっとか」

 

その声には。僅かに。安堵が混じった。

 

だが。すぐに。次の表示が出る。

 

『現在、このレシピは不完全です』

 

『帰還の羅針盤のレシピ(下)が必要です』

 

「……」

 

旬の表情が。元に戻る。

 

「そう簡単にはいかないか」

 

しかし。包帯とも。空き缶とも違う。

 

確実に。前へ進んだ。

 

上があるなら。下もある。

 

そして。これがランダムボックスから出た以上。今後のクエストを成功させ続ければ。いつか。レシピ(下)を入手できる可能性がある。

 

旬は。レシピを。インベントリへ収納する。

 

メインクエスト。異世界の真相。システムの目的。

 

分からないことは。まだ多い。

 

だが。少なくとも。元の世界へ帰る方法は。存在する。

 

「……なら」

 

旬は。窓の外。米花町の夜景を見る。

 

「続けるだけだ」

 

クエストを。事件を。そして。赤く光る。真相への手掛かりを。

 

帰還するために。

 

ただ。旬は。まだ知らなかった。

 

自分が。この世界について知ろうとしているのと同じように。この世界の側でも。彼について。調べ始めている者たちがいることを。

 

江戸川コナン。安室透。服部平次。世良真純。そして。沖矢昴――赤井秀一。

 

水篠旬という。本来この世界に存在するはずのない男を巡り。静かに。疑念の輪が。広がり始めていた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

面白かったら、感想やお気に入り登録していただけると嬉しいです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。