俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】 作:冷凍シャケ
四度目のクエストは。これまでとは少し違う場所で始まった。
東都大学。
多くの学生や研究者が行き交う、その広大なキャンパスで。研究データの盗難事件が発生していた。
盗まれたのは、工学系研究室が進めていた最先端技術に関するデータ。さらに。その研究を指揮していた教授が、大学構内で何者かに襲われている。
幸い命に別状はなかったものの。教授は頭部を殴られ、一時入院。研究室からは。重要なデータが保存された記録媒体の一部が消えていた。
警察は。内部犯。研究データを狙った産業スパイ。教授個人への恨み。複数の可能性を視野に入れて捜査を始めていた。
そして。そんな事件とは本来何の関係もない男が。大学の正門前に立っていた。
水篠旬。
「……大学か」
旬がキャンパスを見上げる。
大学という場所そのものが珍しいわけではない。だが。この世界へ来てから。ホテル。住宅街。事件現場。その辺りを歩くことばかりだった。大学へ足を踏み入れるのは初めてだった。
もちろん。観光に来たわけではない。
目の前には。いつもの青白いウィンドウ。
『緊急クエストが発生しました』
【盗まれた研究の真相を追え】
『東都大学内で発生した襲撃・窃盗事件に関与し、その真相解明に貢献してください』
報酬:ランダムボックス×1
失敗条件:
・事件解決前に現場を離脱する。
・真相解明への貢献が認められない。
「またか」
旬は。もう驚かなかった。
この世界へ来てから。システムが旬に与えるクエストは。ほとんどが。人間の起こした事件に関係するものだ。
モンスター討伐でも。ダンジョン攻略でもない。
犯罪の真相を。見つけろ。
それが。この世界でのシステムのルールらしい。
(今回も赤い光を探せばいい)
前回までで。大まかな攻略法は理解した。システムが。事件解決に重要な物を。旬にだけ分かるように表示する。
それを見つけ。探偵や警察へ気づかせれば。真相解明への貢献として認められる。
問題は。報酬だった。
一度目。使い古された包帯。
二度目。空き缶。
「……」
思い出しただけで。少し虚しくなる。
だが。ランダムという以上。必ずしも。全てが外れとは限らない。
この異世界へ自分を送り込んだのが。システムなのだとすれば。いずれ。元の世界への帰還に関係するアイテムが。報酬に含まれていてもおかしくない。
(それまでは続けるしかないか)
旬は。大学構内へ入った。
◇
事件の中心となった研究棟の周辺には。警察車両が何台か停まっていた。
完全に封鎖されているわけではない。授業も続いており。学生たちも。何事かと噂をしながら建物の前を行き来している。
旬は。騒ぎを避けるように。少し離れた場所から建物を観察する。
警察。研究者。学生。大学職員。
誰が事件と関係しているのか。旬には分からない。
人間の犯罪捜査は。やはり。ダンジョンとは勝手が違う。
その時。
「ねえ、そこの人!」
声を掛けられた。
旬が振り返る。
短い黒髪。中性的な顔立ち。高校生くらいの少女が。こちらへ歩いてくる。
「君、ここの学生じゃないよね?」
少女は。人懐っこい笑みを浮かべていた。だが。旬の目には分かる。
(笑ってるが……見てるな)
視線は。旬の顔だけではない。肩。腕。腰。立ち方。足の位置。さらには。相手がいつでも動けるかどうかまで。確かめるような目。
コナン。服部平次。
この世界へ来てから。何度か。似た目を見た。
相手を。観察する人間の目。
「学生ではない」
旬が答える。
「やっぱり」
少女が笑う。
「ボク、世良真純」
自分を『ボク』と呼ぶ。
「探偵をやってるんだ」
「探偵?」
旬は僅かに眉を上げた。
また。探偵。
この世界。本当に探偵が多い。
「世良真純。帝丹高校二年」
少女――世良が。軽く手を上げる。
高校生探偵。毛利蘭と同じ帝丹高校へ通う少女で。推理力だけでなく。截拳道――ジークンドーの使い手でもある。
今日。世良が東都大学に来ていたのも。例の襲撃事件が気になったからだった。
公になっている情報だけでは。どうにも腑に落ちない。そう感じ。独自に周辺の聞き込みをしていたのである。
「で」
世良が。旬を見る。
「君は?」
「水篠旬」
「水篠……」
名前を。一度頭の中で転がすように呟く。
「この事件に何か関係あるの?」
「ない」
「じゃあ、何しに大学へ?」
「少し用事がある」
「どんな?」
「言う必要はないだろ」
「はは」
世良は楽しそうに笑う。
「警戒されちゃったな」
だが。退く様子はない。
「昨日さ」
世良が続ける。
「この大学の教授が襲われたんだ」
「知っている」
「ニュースで?」
「ああ」
「それで興味持って見に来た、とか?」
旬は答えない。
「……」
世良は。ほんの少し。目を細めた。
(なんだろう、この人)
嘘をついている。そんな感じとも違う。むしろ。質問に答える必要性そのものを。感じていないような態度。
そして。もう一つ。世良には気になることがあった。
(強そうだな)
ただ。筋肉があるとか。身体が大きいという話ではない。
隙がない。立っているだけなのに。どこから攻撃しても。何事もなく対処されそうな。そんな奇妙な感覚。
「ねえ」
世良は。少し踏み込む。
「君、何か格闘技やってる?」
「いや」
「ほんと?」
「ああ」
世良が。旬の肩から足元まで見る。
「でも普通の人の立ち方じゃないんだよな」
旬が。世良を見る。
今度は。逆に。少女の姿を確認する。
重心。足運び。手の位置。
(この子もか)
鍛えている。しかも。多少というレベルではない。
「あんたもだろ」
「え?」
「格闘技」
一瞬。世良がきょとんとする。
そのあと。口元を上げた。
「へえ」
楽しそうだった。
「分かるんだ?」
「ああ」
「やっぱり君も普通じゃないじゃん」
「……」
墓穴を掘った。
そんな旬の沈黙を。世良が。面白そうに眺める。
「ますます気になるなぁ、水篠旬君」
その時だった。
「世良さん」
穏やかな声。
二人が振り返る。
そこに。一人の男が立っていた。
細い目。眼鏡。落ち着いた笑み。
「こんなところで何を?」
「昴さん」
世良が振り返る。
男の名は。沖矢昴。
東都大学工学部の大学院生。普段は。工藤新一の家である工藤邸に住んでいる。
だが。それは。表向きの姿に過ぎない。
その正体は。FBI捜査官――赤井秀一。
黒ずくめの組織へ潜入した過去を持つ。極めて高い戦闘能力。射撃技術。推理力。情報収集能力。その全てを兼ね備えた男。
現在は。自らの死を偽装し。沖矢昴として生活していた。
当然。旬は。そんな事情を知らない。
ただ。男を一目見た瞬間。それまでより。僅かに意識が変わった。
(……こいつ)
強い。
この世界へ来て。初めて。旬が。はっきりとそう判断した人間だった。
もちろん。旬と同じ領域にいるという意味ではない。比較する必要すらない。
だが。戦闘経験。殺気への慣れ。相手を見る目。その全てが。これまで出会った一般人とは明らかに違う。
特に。目。
表面上は。細められ。穏やかに笑っている。だが。その奥では。こちらを。正確に観察している。
(喫茶店の男と似ているな)
安室透。
あの男にも。同じようなものを感じた。
この世界。マナを持つ人間はいない。しかし。だからといって。強い人間がいないわけではないらしい。
「こちらの方は?」
沖矢が。世良へ尋ねる。
「水篠旬君」
世良が答える。
「事件と関係ないって言ってるんだけどさ。研究棟の周りを見てたから、ちょっと話を聞いてたんだ」
「そうですか」
沖矢の視線が。旬へ向く。
「沖矢昴です。この大学で工学を学んでいます」
「水篠旬」
短い挨拶。
表面上。それだけ。
だが。二人の間には。僅かな沈黙が落ちた。
(手にタコ)
沖矢は。旬の手を見る。しかし。単純な格闘家のものとも違う。
さらに。身体全体。無駄な緊張がない。鍛えられているのは間違いない。
だが。武術。軍人。警察。そのどれとも。少し違う。
(何者だ?)
一方。旬も。沖矢を見ていた。
(大学院生……だけじゃないな)
それだけは。すぐに分かった。
「昴さん」
世良が。二人を交互に見る。
「知り合い?」
「いいえ」
沖矢は。穏やかに笑う。
「初めてお会いしましたよ」
「ふーん」
世良は。少し納得していないようだった。
「なんか二人とも、初対面って感じしないけど」
「どういう意味です?」
「さあ?」
世良は笑う。
旬は。それ以上会話を続けず。
「俺は行く」
と言って歩き出した。
「えっ、ちょっと!」
世良が呼び止める。
だが。旬は振り返らない。
沖矢は。その背中を。静かに見送っていた。
◇
研究棟周辺。
旬は。赤い光を探しながら歩いていた。
事件の手掛かり。
前回。前々回。それは。比較的分かりやすい場所にあった。
だが。今回は。簡単には見つからない。
研究室そのものへ。勝手に入るわけにもいかない。警察が。立ち入りを制限している場所もある。
旬は。建物の外側を回る。
駐車場。裏口。搬入口。研究棟と別棟を繋ぐ通路。
その途中。少し人通りの少ない。中庭側へ出た。
「……」
足が止まる。
植え込み。その奥。何かが。赤く光っている。
(あった)
旬が近づく。
落ち葉。土。植木の枝。その間。泥に汚れた。黒い小さな物体。
USBメモリ。
旬の目には。はっきりと。赤い光を放って見える。
(これか)
研究データが盗まれた。事件内容。そして。USBメモリ。
ほぼ間違いなく。関係している。
問題は。また。どう発見させるか。
自分で拾い。警察へ届けてもいい。前回も。それでクエストは成功した。
だが。旬は。ふと後ろを見る。
少し離れた場所。世良が。まだ。こちらを見ていた。
「……」
旬と目が合う。
世良が。にっと笑う。
(ずっとついてきてたのか)
面倒な探偵だった。
このまま直接USBを拾えば。間違いなく。「どうしてそこにあると分かった?」と聞かれる。
旬は。少し考える。
すると。制服を着た警察官が。中庭を通りかかった。事件発生後。構内を巡回している警官らしい。
ちょうどいい。
旬は。一歩下がる。
「すみません」
警官が振り返る。
「はい?」
旬は。植え込みを示す。
「あそこ」
「?」
「何か光ったように見えた」
「光った?」
「金属か何かじゃないか」
警官は。少し不思議そうな顔をする。
だが。事件現場の近く。何か落ちているというのなら。確認しないわけにもいかない。
「ちょっと見てみます」
警官が。植え込みへ入る。
数秒。
「あれ?」
屈み込む。
「……USB?」
世良の表情が変わった。
「!」
旬は。何でもないように。その場を離れようとする。
だが。
「待って」
世良が。すぐに追いついてきた。
「君」
旬が振り返る。
「何だ」
「今の」
世良が。植え込みを見る。
警官は。無線で誰かに連絡している。
「本当に光って見えたの?」
「ああ」
「へえ」
世良は。旬の顔を見る。
「変だな」
「何が」
「あのUSB」
世良が言う。
「泥だらけだった」
「……」
「日陰の植え込みの奥。太陽の光が反射したとも思えない」
旬は。何も答えない。
世良が。少しだけ。笑みを消す。
「君さ」
「……」
「あれがそこにあるって、最初から知ってたんじゃない?」
旬と。世良の視線が合う。
数秒。沈黙。
旬が。口を開く。
「知らない」
「即答だね」
「知らないものは知らない」
「ふーん……」
世良は。それ以上。追及しなかった。
ただ。その目には。明らかに。興味が増していた。
(面白い)
水篠旬。
最初は。事件現場付近をうろつく。怪しい男。それだけだった。
だが。どうも。それだけではない。
そして。さらに少し離れた場所。沖矢昴も。一部始終を見ていた。
(光った、か)
植え込み。位置。太陽。角度。
どう考えても。不自然。
さらに。水篠旬は。USBが見つかった瞬間。驚かなかった。
まるで。見つかることを。分かっていたように。
「……」
沖矢の細い目が。僅かに。開いた。
◇
USBメモリは。すぐに警察へ渡された。
内部には。盗まれた研究データの一部が保存されていた。さらに。表面から。関係者の指紋も検出された。
だが。それだけでは。犯人確定には至らない。
USBを。誰かが故意に捨て。別の人間へ罪を着せようとした可能性もある。
警察は。防犯カメラ。研究室への入退室記録。関係者の証言。そして。教授が襲われた時間。それらを。改めて洗い直す。
世良も。集められた情報から。独自に推理を進めていた。
「……なるほど」
彼女が。何かに気づく。
USBの中身。削除されたファイル。教授が襲われた時間。研究員たちのアリバイ。
その一つに。僅かな矛盾があった。
そして。沖矢も。同じ矛盾に気づいている。
ただし。彼は。積極的に前へは出ない。あくまで。大学関係者として。必要最低限の助言をするだけ。
その結果。捜査線上に。一人の研究員が浮かび上がった。
犯人は。外部の産業スパイではなかった。
教授の研究チームに所属する研究員。
自身が開発の中心だったにもかかわらず。成果の多くを教授のものとして発表されると。一方的に思い込み。強い不満を募らせていた。
別企業へ。研究データを持ち出そうとしたところ。教授に気づかれ。揉み合いとなり。衝動的に殴ってしまった。
逃げる途中。USBの一つを紛失。それが。植え込みに落ちていた。
警察に。決定的な証拠を示され。研究員は。やがて犯行を認めた。
事件は。解決。
そして。旬の目の前に。待っていた表示が現れる。
――ピコン。
『緊急クエスト完了』
『真相解明への貢献を確認しました』
『クエスト成功!』
報酬:
ランダムボックス×1
「……」
旬は。静かに表示を消した。
三度目の成功。
後は。報酬。
包帯。空き缶。
次は。少なくとも。使い道のある物が欲しい。
それだけだった。
◇
事件が一段落した頃。
旬は。大学を出ようとしていた。
「水篠君!」
後ろから。世良の声。
旬が立ち止まる。
「まだ何か?」
「いや」
世良は。笑いながら追いつく。
「一応、お礼」
「礼?」
「君がUSB見つけなかったら、もう少し解決に時間かかってた」
「俺は見つけてない」
「ああ」
世良が。わざとらしく頷く。
「『光って見えたから、警察に教えただけ』だったね」
「……」
「まあいいけど」
世良は。旬の前へ回る。
「でもさ」
一瞬。声が。少し低くなる。
「君、何者?」
「普通の人間だ」
「それは嘘だ」
即答。
旬が。世良を見る。
世良は。笑っていた。だが。目だけは。探偵のものだった。
「だって普通じゃないもん」
「根拠は?」
「いろいろ」
世良が。指を折る。
「立ち方」
一本。
「人の見方」
二本。
「事件が起きても全然動揺しない」
三本。
「それに」
旬を見る。
「何より」
僅かに。間。
「君からは、怖さを感じる」
旬の目が。少しだけ変わる。
「怖い?」
「うん」
世良は。意外にも。真面目な顔で頷いた。
「でも」
そして。すぐ笑う。
「悪い人には見えない」
旬は。少し。黙る。
何を根拠に。そう思うのか。よく分からない。
「変な探偵だな」
「それ褒めてる?」
「さあ」
旬は。再び歩き出す。
「じゃあね、水篠君!」
世良が手を振る。
旬は。振り返らなかった。
その後ろ。大学の建物から。沖矢昴が。静かに旬の姿を見ていた。
(真純が興味を持つのも無理はない)
事件とは無関係。そう見える。だが。事件解決に必要な証拠を。偶然発見した。
あまりにも。都合が良すぎる。
そして。何より。
短時間。近くで観察して。沖矢には。一つ分かったことがある。
(水篠旬)
あの男は。自分よりも。遥かに。戦闘というものに慣れている。
それが。軍人なのか。殺し屋なのか。それとも。まったく別の何かなのか。判断できない。
普通なら。その時点で。何かしらの経歴が見える。
歩き方。癖。装備。言葉。
だが。水篠旬には。それがない。
まるで。この社会のどこにも。所属していないかのような。奇妙な違和感。
「……興味深いですね」
沖矢は。小さく呟いた。
◇
その夜。
ホテル。
旬は。机の上へ。三つ目のランダムボックスを置いた。
「……」
期待は。しない。
前回学んだ。
期待すると。空き缶が出る。
旬は。迷わず箱を開けた。
光。
そして。表示。
『アイテムを獲得しました』
旬が。何気なく文字を見る。
そして。動きが止まった。
『帰還の羅針盤のレシピ(上)』
「……」
一秒。二秒。
旬は。表示を見つめたまま。動かなかった。
「帰還……?」
すぐに。アイテムの詳細を開く。
『帰還の羅針盤』
『異なる次元間の境界を探知し、元の世界へ至る道を指し示す特殊アイテム』
「……!」
今度こそ。間違いない。
旬が。この世界へ来てから。初めて手に入れた。明確な。帰還への手掛かり。
「やっとか」
その声には。僅かに。安堵が混じった。
だが。すぐに。次の表示が出る。
『現在、このレシピは不完全です』
『帰還の羅針盤のレシピ(下)が必要です』
「……」
旬の表情が。元に戻る。
「そう簡単にはいかないか」
しかし。包帯とも。空き缶とも違う。
確実に。前へ進んだ。
上があるなら。下もある。
そして。これがランダムボックスから出た以上。今後のクエストを成功させ続ければ。いつか。レシピ(下)を入手できる可能性がある。
旬は。レシピを。インベントリへ収納する。
メインクエスト。異世界の真相。システムの目的。
分からないことは。まだ多い。
だが。少なくとも。元の世界へ帰る方法は。存在する。
「……なら」
旬は。窓の外。米花町の夜景を見る。
「続けるだけだ」
クエストを。事件を。そして。赤く光る。真相への手掛かりを。
帰還するために。
ただ。旬は。まだ知らなかった。
自分が。この世界について知ろうとしているのと同じように。この世界の側でも。彼について。調べ始めている者たちがいることを。
江戸川コナン。安室透。服部平次。世良真純。そして。沖矢昴――赤井秀一。
水篠旬という。本来この世界に存在するはずのない男を巡り。静かに。疑念の輪が。広がり始めていた。
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