俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

5 / 22
第五話 偶然では、もう誤魔化せない

『帰還の羅針盤のレシピ(上)』

 

その文字を目にしてから数日、水篠旬はそれまで以上にシステムから発生するクエストを意識するようになっていた。

 

これまでは、どこか手探りだった。なぜ自分がこの世界に送り込まれたのか、なぜモンスターもゲートも存在しない世界で犯罪事件の真相を追わされているのか。

 

その答えは、今も分からない。

 

だが少なくとも――帰る方法は存在する。

 

『帰還の羅針盤』

 

異なる次元の境界を探知し、元いた世界への道を示すというアイテム。現在、旬が持っているのはそのレシピの上半分だけで、当然これだけでは作れない。

 

ならば。

 

「次は『下』を引けばいい」

 

問題は、それがいつ出るかだった。

 

使い古された包帯、空き缶、そしてようやく手に入ったレシピ。

 

ランダムボックスという名の通り、欲しい物が都合よく出てくるわけではないらしい。それでも、進むべき方向が分かっただけで十分だった。

 

旬はそう考えていた。

 

◇

 

その日、旬は米花百貨店を訪れていた。

 

異世界へ来てからホテル暮らしを続けているとはいえ、生活用品は必要になる。衣類や日用品をいくつか買い揃え、旬は店内を歩いていた。

 

インベントリへ入れてしまえば荷物を持つ必要はないが、人目のある場所で突然商品を消すわけにもいかない。その程度の常識は、旬にもあった。

 

「……人が多いな」

 

週末ということもあり、店内はかなり混雑している。旬は人の流れを避けながら歩いていた。

 

その少し離れた場所では、二人の女子高生が買い物を楽しんでいた。

 

「蘭! 次、あっち見に行きましょ!」

 

「まだ見るの? 園子、さっきから何軒目よ」

 

毛利蘭と鈴木園子。帝丹高校に通う親友同士だった。

 

「何言ってんのよ! 今日は新作チェックの日なの! こういうのは妥協したら負けよ!」

 

「誰と戦ってるのよ……」

 

蘭が呆れたように笑う。

 

そのすぐそばには、江戸川コナンもいた。

 

「ねえ蘭姉ちゃん。まだ帰らないの?」

 

「あ、ごめんねコナン君。もうちょっとだけ付き合って」

 

「はーい……」

 

子供らしく返事をしながらも、コナンは内心でため息をつく。買い物に付き合わされるのは、事件を調べている時とは違う疲れがある。

 

そんな三人の姿に、旬はまだ気づいていなかった。

 

そして――警報音が鳴り響いた。

 

『緊急連絡です』

 

百貨店内の空気が、一瞬で変わる。

 

『店内に爆発物が仕掛けられているとの情報が入りました』

 

「……!」

 

『お客様は慌てず、従業員の指示に従って避難してください』

 

一拍遅れて、悲鳴が上がった。

 

「爆弾!?」

 

「早く出ろ!」

 

「押すな!」

 

冷静な避難誘導など、ほとんど意味をなさなかった。出口へ向かって一斉に人が動き始める。

 

旬はその場からほとんど動かず、周囲を見渡した。

 

(爆発物……)

 

また事件。

 

そう思った直後だった。

 

――ピコン。

 

目の前にシステムウィンドウが現れる。

 

『緊急クエストが発生しました』

 

【百貨店の爆破予告を阻止せよ】

 

『百貨店に仕掛けられた爆発物を発見・処理、または犯人を特定し、事件解決に貢献してください』

 

報酬:ランダムボックス×1

 

失敗条件:

 

・事件解決前に現場を離脱する。

 

・事件解決への貢献が認められない。

 

「……やっぱりか」

 

旬は小さく呟いた。

 

だが、ウィンドウを確認していたその時、大きな人の波が押し寄せた。

 

「きゃっ!」

 

聞き覚えのある声に旬が振り向く。

 

毛利蘭だった。

 

蘭は転びそうになった子供を咄嗟に庇い、その母親へ引き渡していた。

 

「大丈夫ですか!? 慌てないでください!」

 

「蘭、あんたも早く!」

 

園子が蘭の腕を掴む。

 

空手に長けている蘭なら、人混み程度で簡単に倒れることはない。だが今は自分だけではなく、園子や周囲の客を庇いながら動いている。

 

そこへ後方から、さらに人が押し寄せた。

 

「危ない!」

 

園子が蘭を支えようとする。

 

しかし、二人まとめて人波に巻き込まれそうになる。

 

その瞬間、旬の目が細くなった。

 

(……仕方ない)

 

見えない力が、静かに広がる。

 

支配者の権能。

 

もちろん、人間を吹き飛ばすような力は使わない。ほんの僅か、蘭と園子へ殺到しようとしていた人々の進行方向をずらす。

 

押された本人たちは、それが誰かの力によるものだとは気づかない。

 

ただ、不自然なほど綺麗に人の流れが左右へ分かれ、二人の前に小さな空間が生まれた。

 

「……え?」

 

蘭が体勢を立て直した。

 

「蘭、大丈夫!?」

 

「う、うん……」

 

園子がほっと息を吐く。

 

「びっくりしたぁ……」

 

だが、もう一人、それを見ていた者がいた。

 

コナンだ。

 

(今の……)

 

人の流れが変だった。

 

後ろから押されたはずなのに、蘭たちの周囲だけ人が避けるように動いた。

 

まるで、何か見えないものに押されたように。

 

コナンが周囲を確認する。

 

そして、少し離れた場所に水篠旬を見つけた。

 

「……!」

 

旬と目が合う。

 

ほんの一瞬。

 

(また、この人……)

 

聞きたいことは山ほどある。

 

だが、今は爆弾の方が先だった。

 

「蘭姉ちゃん! 園子姉ちゃん!」

 

コナンが声を上げる。

 

「とにかく外に出よう!」

 

「コナン君は?」

 

「ボクもすぐ行くよ!」

 

「ダメよ!」

 

蘭が即座に言った。

 

「一緒に行くの!」

 

「う、うん……」

 

コナンは素直に頷く――ふりをした。

 

◇

 

人々の避難が進む中、百貨店内には警察も到着していた。

 

「一般客の避難を最優先! まだ残っている人がいないか確認して!」

 

佐藤美和子刑事が、現場へ到着するなり指示を飛ばす。

 

「高木君、店側からフロアの図面を!」

 

「はい!」

 

高木渉刑事がすぐに動く。

 

店側に入った爆破予告は一本。犯人は『店内のどこかに爆弾を仕掛けた』とだけ告げたらしい。

 

場所は不明、爆発時刻も分からない。

 

いたずらの可能性もあるが、確認しないわけにはいかなかった。

 

「佐藤刑事!」

 

「コナン君!?」

 

気がつけば、コナンがいる。

 

「何でまだいるの! 早く避難しなさい!」

 

「ご、ごめんなさーい!」

 

いつもの調子で誤魔化しながら、コナンは既に店内を観察していた。

 

爆弾が仕掛けられたとすれば、人目につきにくく、かつある程度の被害を出せる場所。

 

犯人が一般客なのか、店内関係者なのか。それによっても候補は変わる。

 

一方、旬も同じ店内を歩いていた。

 

ただし、考えていることはコナンとは違う。

 

(どこだ)

 

前の事件までと同じなら、今回も重要な物が赤く光って見えるはずだ。

 

旬は、避難が終わりつつある売り場を順番に確認していく。

 

食品売り場、婦人服、雑貨。

 

何もない。

 

エスカレーターを上り、紳士服売り場へ足を踏み入れた時だった。

 

「……」

 

旬の足が止まった。

 

更衣室。その一つ、閉ざされたカーテンの向こうから赤い光が漏れている。

 

今まで見た証拠品とは、光の強さが違った。

 

(あれか)

 

旬が近づき、耳を澄ます。

 

ごく小さな、規則的な音。

 

旬自身にとって爆発など大した脅威ではない。だが、店内にはまだ警察官や従業員がいて、周辺にも多数の一般人が避難中だ。

 

壊すだけなら簡単だった。

 

支配者の権能で外へ投げ出すこともできる。あるいは、爆発そのものを力で抑え込むことすら、おそらく可能だろう。

 

だが――。

 

(それをやれば説明がつかない)

 

何より今回のクエストは、『事件解決への貢献』。

 

力づくで爆弾だけを消して終わりとは限らない。

 

まず警察へ知らせるべきだ。

 

ちょうど、佐藤と高木が上階へ上がってくる。

 

旬は少し迷った。

 

前回も、前々回も、似たような方法で証拠へ誘導した。さすがに何度も続けば不自然だ。

 

だが、他に方法もない。

 

「刑事さん」

 

高木が振り返った。

 

「あれ? あなたは……」

 

以前の事件でも会ったことがある。すぐに旬だと分かった。

 

佐藤も眉を上げる。

 

「水篠さん?」

 

その表情が、明らかに『またいるのか』と言っていた。

 

「まだ避難してなかったんですか?」

 

「それより」

 

旬は更衣室を示した。

 

「さっきから、あそこから妙な音がする」

 

「音?」

 

高木が表情を変え、佐藤もすぐに旬の視線の先を見る。

 

「どんな音です?」

 

「規則的な音だ」

 

その説明だけで十分だった。

 

佐藤は近くの警察官を制止する。

 

「不用意に近づかないで!」

 

そして周囲の安全を確保しながら、慎重に更衣室を確認する。

 

カーテンの奥に置かれていた紙袋。その中に、機械らしき物が見えた。

 

「……爆発物の可能性あり」

 

佐藤の声が低くなる。

 

「高木君、処理班へ連絡! このフロアを完全に閉鎖して!」

 

「はい!」

 

高木が無線を取る。

 

旬はその場から一歩下がった。

 

これ以上、自分がやることはない。少なくとも、爆弾そのものは警察に任せればいい。

 

◇

 

爆発物処理班が到着し、爆弾は無事に処理された。

 

だが、事件は終わらない。

 

「爆弾が見つかっただけじゃ、犯人は捕まってない」

 

コナンは呟き、再び現場を見る。

 

爆弾が置かれていた更衣室、紙袋、売り場、監視カメラ、店員の証言、そして犯人からの電話。

 

旬は少し離れた場所から、その様子を見ていた。

 

既に赤い光は消えている。

 

今回、システムが示したのは爆弾そのものだった。

 

なら、後はコナンたちが真相へ辿り着く。

 

そう思っていた。

 

案の定、コナンは何かに気づいたようだった。

 

(防犯カメラに映らないルート……)

 

一般客が、大きな荷物を持ったまま爆弾を仕掛ける。それは不可能ではない。

 

だが、人の多い時間帯に店員に不審がられず、更衣室周辺を自由に動ける人間。そして、警備カメラの位置を把握している人物。

 

候補は絞られる。

 

残された痕跡と店員たちの証言を、コナンが繋ぎ合わせる。

 

ほどなく、警察の捜査によって百貨店の元従業員が浮上した。

 

以前、勤務上のトラブルを起こし、店を辞めていた人物。

 

店への逆恨みから、騒ぎを起こそうと爆発物を仕掛けた。

 

幸い、被害者が出る前に身柄は確保された。

 

そして、旬の前にシステムウィンドウが現れる。

 

――ピコン。

 

『緊急クエスト完了』

 

『事件解決及び危機回避への貢献を確認しました』

 

『クエスト成功!』

 

報酬:

 

ランダムボックス×1

 

旬は小さく息を吐いた。

 

(これで四度目)

 

目的は一つ。

 

レシピの下半分。

 

これが入っていれば、帰還へさらに近づける。

 

だが、旬がその場を離れようとすると。

 

「ちょっと待ってください」

 

佐藤に呼び止められた。

 

「……何か?」

 

「少し、お話を」

 

佐藤は旬を真っ直ぐに見る。

 

高木も、その隣に立つ。

 

「水篠さん」

 

佐藤が口を開いた。

 

「以前にも、事件現場でお会いしましたよね?」

 

「ああ」

 

「今日も偶然?」

 

「買い物に来ただけだ」

 

それは嘘ではない。

 

佐藤は旬が持っていた買い物袋を見る。確かに、客として来ていた証拠はある。

 

「では」

 

今度は高木が遠慮がちに聞く。

 

「どうして爆弾のある更衣室に気づいたんですか?」

 

「言っただろ」

 

旬は答える。

 

「音が聞こえた」

 

「でも……」

 

高木は更衣室を見る。

 

「周りにも人はいましたけど、誰も気づいてなかったんですよね」

 

「耳がいい」

 

「……そうですか」

 

説明になっているようで、なっていない。

 

佐藤は少し考えた後、旬へ言った。

 

「まあ、あなたのおかげで被害を防げたのは事実です。ありがとうございました」

 

「ああ」

 

「ただ」

 

佐藤の目が僅かに鋭くなる。

 

「何度も事件現場で顔を合わせれば、こちらも気にはなります」

 

「……」

 

「それだけは覚えておいてください」

 

敵意ではない。脅しでもない。

 

刑事として、当然の警戒。

 

旬はそれを理解した。

 

「分かった」

 

それだけ返し、歩き出す。

 

そして、その会話を少し離れた場所でコナンが聞いていた。

 

(やっぱり)

 

密室事件、連続脅迫事件、大学の事件、そして今回の爆弾。

 

水篠旬は偶然を装いながら、事件解決に必要な場所を必ずと言っていいほど見つけている。

 

(見つけてる……というより)

 

コナンは旬の背中を見る。

 

(俺たちに見つけさせてる?)

 

本人が事件を解決しようと前へ出るわけではない。推理を披露することもない。

 

ただ、決定的な何かがある場所を、それとなく示してくる。

 

何のために、どうやって。

 

分からない。

 

ただ、少なくとも現時点で一つだけ言えることがある。

 

水篠旬は、事件を起こしている側ではない。

 

むしろ結果だけを見れば、何度も人を助けている。

 

それが、余計に謎だった。

 

◇

 

その頃、百貨店の外。

 

蘭が、ふと自分の手を見ていた。

 

「どうしたの、蘭?」

 

園子が聞く。

 

「ううん……」

 

蘭は少し迷ってから答えた。

 

「さっき、人に押されそうになった時あったでしょ?」

 

「ああ! 本当に危なかったわよね」

 

「その時ね」

 

蘭は百貨店の入り口を振り返る。

 

「誰かが助けてくれたような気がしたの」

 

「誰か?」

 

「うん」

 

「私じゃなくて?」

 

「園子も支えてくれたけど……それとは別に」

 

蘭自身、何を言っているのかよく分からなかった。

 

手を掴まれたわけではない。身体を支えられたわけでもない。

 

ただ、自分たちへ押し寄せていた人の流れが突然左右へ分かれ、その瞬間だけ、誰かに守られているような不思議な安心感があった。

 

「気のせいじゃない?」

 

園子が笑う。

 

「大混乱だったんだし!」

 

「……そうかな」

 

「そうそう! それより、爆発しなくて本当によかったわよ」

 

「うん……」

 

蘭も笑った。

 

だが、心のどこかに小さな引っ掛かりが残っていた。

 

◇

 

ホテルへ戻った旬は、インベントリから今日手に入れたランダムボックスを取り出した。

 

机の上。その横には、帰還の羅針盤のレシピ(上)。

 

旬は箱を見る。

 

「……」

 

今度こそ、レシピ(下)。

 

そう思う。

 

しかし、包帯、空き缶――過去の経験が期待するなと告げている。

 

「開けるか」

 

旬が箱へ触れる。

 

――ピコン。

 

『ランダムボックスを開封します』

 

光が溢れる。

 

『アイテムを獲得しました』

 

旬が表示を見る。

 

『少し汚れた手袋』

 

「…………」

 

目の前には、普通の手袋。

 

しかも、少し汚れている。

 

「……」

 

旬はしばらく無言で見つめ、説明欄を開く。

 

『少し汚れた手袋』

 

『少し汚れている手袋。特別な効果はありません』

 

「そうか」

 

静かにインベントリへしまった。

 

もはや、怒る気にもならない。

 

ただ、一度レシピ(上)が出た。

 

なら、下も必ずどこかにある。

 

「次だな」

 

焦る必要はない。

 

旬には時間がある。

 

クエストが発生するなら、成功させ続ければいい。

 

ただし、一つだけ以前とは状況が変わり始めている。

 

江戸川コナン、服部平次、世良真純、沖矢昴、そして警察まで。

 

旬という存在に、少しずつ疑問を抱き始めている。

 

旬自身も、それには気づいていた。

 

(そろそろ、誤魔化すのも難しくなるか)

 

それでも、システムが何を求めているのか、帰還の羅針盤が完成するまで止まるわけにはいかない。

 

旬は窓の外を見る。

 

夕暮れの米花町。

 

モンスターもゲートもない、一見平和な世界。

 

だが、妙な事件だけは次々と起こる。

 

「……変な世界だ」

 

旬は小さく呟いた。

 

その時、彼はまだ知らなかった。

 

次に彼自身の力を、より間近で目撃することになる人物が、既に水篠旬を強く警戒している少女であることを。

 

その少女の名は。

 

灰原哀。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

面白かったら、感想やお気に入り登録していただけると嬉しいです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。