俺だけレベルアップな件 × 名探偵コナン 【 水篠旬は、米花町へと迷い込む 】   作:冷凍シャケ

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第九話 探偵の訪問と『ダンジョン』の検索履歴

安室透からも、赤井秀一からも、水篠旬の正体へ繋がる情報はほとんど得られなかった。分かったのは、むしろ「分からない」という事実だけだった。

 

過去の経歴がほとんど確認できない。何度も事件現場に現れ、そのたびに事件解決へ繋がる手掛かりを見つける。常人離れした身体能力を持ち、さらにコナンと灰原は、彼が目の前から忽然と姿を消すところまで見ている。けれど、今のところ水篠旬が誰かを害したことはない。むしろ逆だった。人質を救い、爆弾を見つけ、灰原まで助けている。それが、コナンには余計に分からなかった。

 

(何が目的なんだ……?)

 

黒ずくめの組織のように明確な悪意があるのなら、まだ理解できる。だが旬には、それがない。目立とうともしていない。それなのに、事件が起これば必ずと言っていいほど現れる。

 

外から調べても分からないのなら、残る方法は一つしかなかった。本人を見る。本人と話す。もちろん、灰原や赤井から言われたことを忘れたわけではない。不用意に刺激するな。深入りするな。それでもコナンは、水篠旬という謎をそのまま放置することができなかった。

 

数日後、コナンは一人、米花ホテルのロビーに立っていた。

 

旬がここに滞在していることは、以前の事件で警察が彼へ事情聴取をしていた際に耳にしていた。ただし、部屋番号までは知らない。さすがにホテルのフロントが、見知らぬ小学生へ宿泊客の部屋番号を教えるはずもない。

 

そこでコナンは、カウンターの前に立つと、いかにも子供らしい顔を作った。

 

「すみませーん!」

 

「はい。どうされました?」

 

「あの、水篠旬さんっていう人に会いたいんだけど……」

 

受付係が少し困った顔をする。

 

「水篠様とお約束されていますか?」

 

「ううん。でも前に何度か会ったことがあって、お話したいことがあるんだ」

 

当然、それだけで部屋へ通してもらえるはずはない。けれど、宿泊しているかどうかを確認できれば十分だった。

 

ところが受付係は少し考えた後、内線電話を手に取った。

 

「では、こちらからお客様へ確認いたしますね」

 

「うん!」

 

しばらくして、受付係が受話器を置いた。

 

「お会いになるそうです。こちらのエレベーターをご利用ください」

 

「ありがとう!」

 

子供らしく笑いながら、コナンは内心で少し意外に思っていた。

 

(入れてくれるのか……)

 

旬なら断る可能性もあると思っていた。それどころか、自分が何のために来たのかくらい察していてもおかしくない。

 

エレベーターが目的の階へ到着する。教えられた部屋の前まで行き、インターホンを押した。数秒後、静かにドアが開いた。

 

「……江戸川コナンか」

 

水篠旬が立っていた。黒いシャツに、黒いパンツ。相変わらず黒一色の格好だった。

 

「こんにちは、水篠さん!」

 

コナンは満面の笑みを浮かべる。旬はしばらく黙ってコナンを見下ろしていた。

 

「何の用だ?」

 

「えへへ。この近くまで来たから、水篠さんいるかなって思って!」

 

「……そうか」

 

明らかに信じていない。それでも旬は追及しなかった。少しだけ身体をずらす。

 

「入れ」

 

「いいの?」

 

「ああ」

 

「お邪魔しまーす!」

 

コナンは部屋へ入った。その瞬間から、視線だけを静かに動かす。

 

広い部屋だった。長期滞在が可能なホテルの客室らしく、小さなリビングスペースとデスクまで備えられている。

 

だが。

 

(……やっぱり少ない)

 

生活感が、妙に薄い。とはいえ何もないわけではなかった。壁際には旅行用のスーツケースが一つ。ハンガーには何着かの服が掛けられ、洗面所にも最低限の生活用品が置かれている。それだけを見れば、長期出張中の人間にも見える。

 

けれど、それ以上がない。趣味の品も、写真も、本もない。本人を知る手掛かりになりそうな物が、意図的に排除されているようにも感じる。

 

(まるで、いつでもここからいなくなれるみたいだな……)

 

コナンが部屋を観察していることなど、旬も当然気づいていた。だが何も言わない。冷蔵庫を開け、水のボトルを一本取り出してテーブルへ置いた。

 

「飲むか?」

 

「ありがとう!」

 

コナンはソファへ座る。旬は向かい側には座らず、窓際の椅子へ腰を下ろした。微妙に距離がある。

 

「水篠さんって、ずっとこのホテルに泊まってるの?」

 

「ああ」

 

「この辺には仕事で来てるの?」

 

「そんなところだ」

 

「どんな仕事?」

 

「色々だ」

 

短い。あまりにも短い。

 

(分かってたけど、全然喋らねーな……)

 

「じゃあ、米花町にはしばらくいるの?」

 

「用事が済むまではな」

 

「用事って?」

 

旬がコナンを見る。

 

「子供が気にすることじゃない」

 

「えー、教えてくれてもいいじゃん!」

 

わざと不満そうな顔をしてみせる。だが旬はそれ以上答えなかった。

 

(まあ、そう来るよな)

 

ありきたりな答え。仕事。用事。しばらく滞在している。どれも嘘だと断定できる要素はない。けれど、何一つ具体的ではない。

 

会話をしながら、コナンはもう一度部屋へ視線を巡らせる。そこで、窓際のデスクに置かれたノートパソコンが目に入った。画面は消えていない。検索サイトが開かれている。

 

コナンは何気なくソファから降り、部屋を眺めるふりをしながら近づいた。旬は止めない。パソコンに機密情報でもあるのなら、そもそも人目につく状態では置かないだろう。

 

画面には、いくつかの検索結果が並んでいた。その中で、一つの単語がコナンの目に留まった。

 

『ダンジョン』

 

(……ダンジョン?)

 

関連する検索履歴にも似た言葉がある。

 

『ダンジョン 意味』

『ダンジョン 現実』

『ゲート 異常現象』

 

どれも検索結果の大半は、ゲームや小説、オカルト系の記事ばかりだ。

 

「水篠さん」

 

「何だ?」

 

「ダンジョンって調べてたの?」

 

旬の視線が、わずかにパソコンへ向いた。それだけ。表情は変わらない。

 

「そうだな」

 

「ゲーム?」

 

「似たようなものだ」

 

さらりと返された。

 

「似たようなもの?」

 

「ネットで見かけた話が少し気になった。それだけだ」

 

「へぇー」

 

コナンは画面を見る。

 

(……嘘、か?)

 

まったく判断できない。普通の人間が『ダンジョン』について検索すること自体は何もおかしくない。ゲーム好きなら当たり前だし、ネットで妙な都市伝説を見つけて調べることだってある。『ゲート』という単語も、それだけなら珍しくない。

 

旬は、おそらくそれを分かっている。だから隠そうともしなかったのだ。

 

「水篠さん、ゲームするんだ?」

 

「たまにはな」

 

「どんなの?」

 

「昔やったものを少し思い出しただけだ」

 

「タイトルは?」

 

「忘れた」

 

「……」

 

見事なまでに、会話が広がらない。

 

(絶対、俺が何を聞きたいのか分かってるだろ……)

 

コナンが旬を見る。旬も、こちらを見ている。無表情。何を考えているのか、まるで読めない。ただ、少なくとも、自分が探られていることに気づいていないはずはなかった。

 

コナンは話題を変える。

 

「そういえば水篠さんって、家族いるの?」

 

そこで初めて、旬の視線がごく僅かに動いた。ほんの一瞬だった。けれど、コナンは見逃さない。

 

「いる」

 

「一人暮らしじゃないんだ」

 

「今は離れてるだけだ」

 

「兄弟とかも?」

 

少しの間、旬は答えなかった。やがて短く言う。

 

「妹が一人」

 

「妹さん?」

 

「ああ」

 

それだけ。けれど、今までの受け答えとは、ほんの少し違った。声が柔らかくなった。本当に僅かに、意識して聞いていなければ分からない程度だった。

 

「仲いいの?」

 

「普通だ」

 

「会わないの?」

 

「今は無理だ」

 

即答だった。そして、そこで会話を切るように旬が水を一口飲む。コナンも、それ以上は聞かなかった。

 

(家族の話は本当っぽい……)

 

少なくとも、全部が作り話という感じではない。自分の過去。仕事。この街へ来た理由。それらについては、何一つ具体的に答えない。

 

なのに家族の話になった瞬間だけ、ほんの僅かに人間らしい感情が見えた。

 

旬は、コナンが自分を観察していることに気づいていた。当然だ。最初に会った時から、この少年は普通の子供ではなかった。

 

質問の順番。視線。会話の間。無邪気なふりをしているが、一つ一つの答えを分析している。

 

(探偵、か)

 

旬は内心でそう判断する。

 

正体までは分からない。なぜ小学生がこれほどの観察力を持っているのかも分からない。だが、自分を調べていることだけは明らかだった。

 

だからこそ、必要以上のことは話さない。

 

システム。ハンター。ゲート。ダンジョン。影の君主。異なる世界から来たこと。帰還の羅針盤。

 

そのどれも、この世界の人間へ説明するつもりはなかった。少なくとも、今は。

 

「ねえ、水篠さん」

 

再びコナンの声。

 

「何だ?」

 

「前から聞きたかったんだけどさ」

 

コナンは、少しだけ笑みを薄くした。

 

「事件の時、どうしていつも大事なものを見つけられるの?」

 

空気が、ほんの少しだけ変わった。初めて、子供らしい遠回しな質問ではなく、核心に近いところへ踏み込んだ。

 

旬はしばらく何も言わなかった。コナンも目を逸らさない。

 

やがて、旬が口を開く。

 

「運がいいだけだ」

 

「毎回?」

 

「ああ」

 

「爆弾も?」

 

「たまたま音が聞こえた」

 

「大学のUSBも?」

 

「光って見えた」

 

「密室の金属片も?」

 

「同じだ」

 

淡々としている。

 

「……偶然が多いね」

 

コナンが言う。旬は表情一つ変えなかった。

 

「そうだな」

 

それだけだった。

 

(認める気はない、か)

 

コナンも、ここで答えが返ってくるとは思っていなかった。ただ、反応が見たかった。

 

だが旬は、ほとんど何も見せない。嘘をついている人間特有の焦りもない。追及されて苛立つ様子もない。それどころか、隠そうとしていることを、隠そうとすらしていないような奇妙な感覚。

 

『俺には話すつもりがない』

 

ただそれだけを、静かに示されている。

 

コナンは、小さく息を吐いた。今日はこれ以上聞いても無駄だろう。

 

「そろそろ帰るね」

 

「ああ」

 

「急に来てごめんね、水篠さん」

 

「別にいい」

 

コナンは玄関へ向かう。旬がドアを開ける。

 

廊下へ出ようとして、コナンは一度だけ振り返った。

 

「また来てもいい?」

 

旬は数秒だけコナンを見つめた。

 

「好きにしろ」

 

「うん。じゃあまたね!」

 

コナンは笑って手を振り、廊下を歩いていった。

 

ドアが閉まる。

 

エレベーターへ向かいながら、コナンは頭の中を整理していた。結局、大きな収穫はない。

 

仕事については曖昧。米花町にいる理由も曖昧。ダンジョンの検索も、ありふれた理由でかわされた。事件で証拠を見つける理由に至っては、『運がいい』。それだけ。

 

けれど、一つだけ前よりも少し分かったことがある。

 

水篠旬は、何も分からない男ではない。家族がいる。妹がいる。その話をした時だけ、ほんの僅かに感情を見せた。

 

そして少なくとも、コナンがここへ来たことを嫌ってはいない。本気で遠ざけるつもりなら、最初から部屋へ入れなければいい。

 

(俺が探ってることも、多分分かってる)

 

それでも、追い返さなかった。怒りもしなかった。

 

ますます分からなくなった。危険なのか。そうでないのか。味方なのか。敵なのか。そもそも、そんな単純な分類ができる相手なのか。

 

ホテルの外へ出たコナンは、建物を一度振り返った。

 

(ダンジョン……ゲート……)

 

ただのゲームやネットの記事。そう言われれば、それまでだ。

 

けれど、なぜか妙に引っ掛かる。今はまだ、答えには繋がらない。だから、覚えておくことにした。

 

いつか、意味が分かる時が来るかもしれない。

 

     ◇

 

一方、部屋へ残った旬は、閉じたドアをしばらく見つめていた。

 

「……」

 

江戸川コナン。

 

やはり、普通の子供ではない。自分が何かを隠していると、ほぼ確信している。そして、諦めるつもりもないらしい。

 

旬はデスクへ戻り、ノートパソコンの画面を見る。表示されているのは、この世界での『ダンジョン』に関する検索結果。

 

ゲーム。漫画。小説。都市伝説。

 

どれだけ調べても、旬が知るものと同じダンジョンは一つも出てこない。ゲートもない。ハンターもいない。モンスターも存在しない。

 

少なくとも、この世界では。

 

「……やっぱりないか」

 

旬は静かに画面を閉じた。

 

コナンへ話したことの大半は、嘘ではない。ただ、必要な部分を話していないだけだ。

 

仕事。用事。ゲーム。

 

ありふれた言葉へ置き換えれば、人は大抵、それ以上踏み込めない。

 

――普通なら。

 

「面倒な子供だな」

 

小さく呟く。

 

けれど、本気で嫌なら、部屋へ入れることもなかった。

 

旬自身、江戸川コナンという少年を少しずつ気にし始めていた。この世界へ来て、最初に出会った人間。そして、何度も事件で遭遇する。

 

システムのクエストが発生する場所には、不自然なほど、あの少年がいる。偶然なのか。それとも、この世界へ来た理由そのものと何か関係があるのか。まだ分からない。

 

旬はインベントリへ意識を向ける。

 

そこには、『帰還の羅針盤のレシピ(上)』。元の世界へ帰るための、今のところ唯一の手掛かり。

 

まずは、残り半分を手に入れる。それが先だ。

 

この世界の探偵たちが、自分の正体へどこまで近づいてこようと、話すつもりはない。少なくとも、帰る方法が見つかるまでは。

 

旬は再びパソコンを開く。

 

その時、まだ知らなかった。次にシステムから与えられるクエストが、帰還への道を大きく進めるものになることを。

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