悪役ロールプレイを始めて十年、弟子に殺されるはずが何故か結婚を迫られている件について 作:橘宮阿久
「ここを通りたくば、僕を倒すことだね」
「いや、何遊んでんですか、師匠」
迷宮氾濫を乗り越え、復興の最中にある帝都にて。
今日も迷宮調査を終えた新進気鋭のパーティー──
俺は黒色のコートを風に靡かせ、右手を柄に、彼等の帰途に立ち塞がった。
「君は……まだ僕を師と仰いでくれるのか」
「当たり前です。それよりどこほっつき歩いてたんですか?」
表情は疲れたおじさんのように。
声にはふんだんに寂寞を滲ませて。
「ははっ……人の愚かさに疲れてしまったんだ……。正義って何だろうね」
演じるは、理想が砕けて闇堕ちした正義の味方。
「昔、激☆萌え。可愛いは絶対的ジャスティスッ!! とか嘯いて……や、何でもないです」
なのに──
「それよか結婚の話しましょう! 私、十六歳になったんです! 約束の履行は人として当然の行いですよ!」
──雪精のような少女。
困惑を露わにするパーティーから一人ずすいっと踏み出して、無邪気に声を掛けてくる。
子供の「おとなになったらけっこんする……!」を本気にするわけないだろ! そも時効だ時効。
というか親しげなボディータッチじゃなくて剣を向けろよ。
醸造されるべき怨恨は何処……ッ!
いや瞳にどろりとした執着は見えるけどさあ……! ちょっとベクトルが違う気がするんだよねえ…!
「僕は、君との始まりの約束を破った。怨んでないのか……?」
「にゃっはっは、いや怨んでるに決まってるじゃないですか阿保馬鹿朴念仁。腸煮えたぎって焦熱バーニングですよ。一回死ね。死んで、獄卒から倫理観を学んで来い」
問い掛ければ。
途端、少女の声音は冷淡に。
かつて打った布石は正しく機能しているようだが──
「けど、断ち切られるには程遠い。約束はまだ残ってますよ」
──……。
ああ、なんだ。
俺はあの時から間違っていたのか。
「…………そうか、そうだったのか……。ふぅ。剣を取れぇッ! 未熟な理想を示してみせろぉッ!! 貴様の手で運命を切り拓けぇッ!!!」
「また突然……ですが、おけおけです! 気絶した師匠から血判を頂きましょう!」
呆気に取られる面々を尻目に。
とりあえず俺は勢いでゴリ押しながら、どうしてこうなったのかと、昔日を思い返した……。
◇
始まりは、十年前。
齢も十七に至り、傭兵団から独立して何でも屋を始めたばかりの頃。
「なっ、お前は……フェイトォォォオ──!!!」
「……だ、れ?」
邪神教団の拠点。銃声と爆音と叫声とが轟く、地獄の片隅。聖騎士に魔導士、冒険者に傭兵まで巻き込んだ大規模殲滅戦の最中。
地下室で実験体として囚われていた少女を目にした瞬間、無意識に俺の喉から叫びが漏れていた。
既視と未視──知らないはずなのに知っている。
矛盾は混迷を喚起して、刹那の内、脳裏で幾つもの思考と追憶が衝突して──
その瞬間は、天啓の如く。
稲妻が奔るように、俺はその正体に辿り着いた。
そう、即ち──同人誌のキャラじゃん!!
前世で猛烈にお世話になった同人誌のキャラじゃん!!
そこまで至れば、忘れていた記憶が奔流となって思い出される。
友人から唐突に送られてきたdlsiteのリンク。
表紙絵からして性癖ドストライクだったから、俺は衝動のままに購入し、性欲のままに……ってそうじゃねえ!!
俺は転生者だった…? ってそれも瑣末事ぉ!
「お前はフェイトじゃないのか……?」
「…………?」
問い掛けれど、彼女は無表情に首を傾げるばかり。
首輪に繋がれた鎖が、かちゃりと音を立てる。
俺が慣れ親しんだ姿よりは随分と幼いが、フェイトじゃないのか……?
俺の性癖センサーは予想を肯定しているが、ニワカだから確信を持てない。
例の同人誌の原作ゲームは、普通にプレイするとクリアまでに
過労死が死因となる程度には仕事に追われていた前世の俺は、消費する機会のない金で公式グッズをコレクションしたりしていたが、ゲームそのものは積むだけ積んでプレイすることはなかった。
作品知識はついったからの受動喫煙と、二次創作からの摂取だけ。
フェイトには幼少の頃は教団の実験施設育ちみたいな設定があったはずだし、そういえば名前も施設から助けた恩人にして戦の師にして憎悪煮凝る怨敵という因縁過多野郎に貰ったものだった気も……いや、何ならそいつは俺のような冴えない風貌だった気も……する、ような……しないような…………。
俺か? もしかしなくても、俺なのか?
ぽつり。
抜きっ放しの刀身から血が滴り落ちて、無機質な床に穢れを刻む。
幼子は曇った眼で俺を見詰めていて。
瞠目は刹那。
長年の傭兵稼業で培った勘で、俺は選択を済ませる。
たしか──あのおじさんは、こんな感じ……だった、ような……?
「……君、僕と来ないかい? 世界を──自由を、教えてあげよう」
「………………じゆ、う」
朧気で曖昧な記憶を元に、俺は原作再現に踏み出し。
幼子は、差し伸べた俺の手を取った。
「……僕の名はレン・シィルートだ。よろしく頼む」
「…………よ、ろ?」
◇
バタフライエフェクトという言葉がある。
蝶の羽ばたきが巡り巡って世界の裏側で竜巻を起こすように。小さな出来事が予想も付かない大きな結果に繋がるという、カオス理論の考え方。
世界は安定とは程遠く、未来は液体よりも流動的で、過去は今が過ぎ去って固定化された瞬間が積み重なっているに過ぎない。
物語の世界では、その不安定さはより世界にとって致命的だ。
例えば、あるセカイ系ならば。
主人公が普段とは違う行動を取ることにより、普段は訪れることのないある場所、ある時刻に救世の鍵となる少女と衝突しなければ。
フラグはぴこーんと立つことなく、世界は
必要フラグがもっと多ければ、あら大変。
無数の奇跡を積み重ね、必死の綱渡りを成功させた先にしか
なればこそ、俺は原作との乖離を最小限に抑えたい。
世界の修正力があるだろって? はっ。まずは存在証明をして貰いたいね。
原作改変を受け入れた上で最善を目指せって? 俺は無知無能の人間だぞ。既定の流れを崩して引っ掻き回し、か細い糸を断ち切る公算の方がよっぽど
前世知識がインストールされている時点で原作との乖離は起きている──多分起きているとは言え、それ以上の乖離を対策しない理由はない。
とは言え、だ。
俺には子供との付き合い方なんぞよく分からないし、よく知らないキャラのエミュを熟すなんぞ厳しいなんてものじゃない。
山間に築かれた教団の拠点殲滅を終えた夜。
最寄りの町に確保しておいた宿で、俺は頭を悩ませていた。
幸い、彼女を引き取ることに苦労はなかった。
だがしかし。
胡坐を掻く俺と向き合うように、床にぺたんと座った幼子。
身を包むのは、戦禍の只中で土と血に汚れたワンピース。相変わらず瞳に光はなく、言葉を発することもなく。
身動ぎ一つせず物に徹する姿は、まるで世界に溶け込もうとしているかのようで──。
この世界が──いや、前世も含め、世界が残酷で、酷薄で、正常に不条理であることは身に染みて理解している。
けれど、それでも子供だけは、世界は美しいという幻想を無邪気に信じれるように大人は守るべきで。
俺が、原作における
精々、優男っぽい口調で話すこと。施設から彼女を救い出すこと。彼女の師になること。宿敵として、彼女に殺されること。あと、変な語録が多かったり、薄い本では屑系竿役になりがちなことくらい。
きっと、胡散臭いナチュラルDV野郎だ。
ネタになるくらい癖が強いクズ人間だ。
悪役ロールプレイングをし、俺に憎悪を抱かせながら彼女を幸せにする方法。
俺は必死に頭を回転させ続け──てぃんと、IQ300(自称)の脳味噌に天啓の如く閃きが降りてきた。
──そうだ、虐待しよう。
◇
「熱いかい? しかし、我慢せよ。これは必要なことなんだ」
「…………」
「熱いかい? しかし、我慢せよ。これは必要なことなんだ」
「…………」
彼女を風呂に入れて汚れを落とし。
超特急で買ってきた清潔な服に着替えさせ。
ついでに買ってきた熱々のご飯を一緒に食べる。
相変わらず無表情のままだったが、肌とか胃に問題は無さそうだったから……多分よし!
与えることは、未来の喪失を予約することと同義。
そうでなくても、地獄の刑罰たる熱湯責め──そのスケールダウンと考えれば、まさに虐待ぞ!
一応、肌が弱い可能性を鑑みてぬるま湯にしたが……まあ誤差だよ誤差。
やっぱ私ったら天才ね!
──……。
とうに日は沈み、町も眠りに落ちた。
彼女も寝床に着いていて──しかし、寝顔はとても穏やかとは言い難い。
拠点襲撃によって得られた資料と、掘り出された記憶が結ばれて整合された一つの像。
彼女──原作では後にフェイトと呼ばれる彼女は、教団によって造られた人造人間だ。
識別名称──即ち、個を定義する名前はOr02syth-f。
フェイトという名前だって、直接的に
頭を悩ます事柄はあまりにも多過ぎる。
迷いは晴れず。
辿るべき道程も明かされない。
ベッド脇の椅子に腰掛け。
せめてと、彼女の右手を緩く握り、僅かに穏やかになった表情に安堵し──やがて、当たり前に夜明けが訪れる。
近年普及し始めた透明度の高いガラス窓から、曙光が差し込んだ。
俺は用心と思索のために寝ていないが、三徹でも行軍できるよう訓練を受けているから問題ない。
ぴくり、幼子の瞼が震え──紅玉の瞳と視線が重なった。
「おはよう」
「…………」
一瞬──ほんの一瞬だけ表情が強張り、すぐに無表情の仮面が張り付けられて。
布団から抜け出すと、部屋の片隅に腰を落ち着かせた。
「さて──」
意識するは、悪役ムーブ。
俺は仰々しく立ち上がり──あんまりにも目線に差があるものだから、床に胡坐を掻き直し。
ゲンドウポーズは様式美。
ねっとりした口調で──告げる。
「──僕の弟子になれ、フェイト・シィルート」
「…………わた、し?」
「ああ、君の名前だ」
「同時に、僕の魂と祖霊に誓おう。君が我が弟子である限り、
それは、契約だ。
対価をくれるなら、味方であり続けるという形だけの契約。
真っ暗闇を彷徨う幼子が縋りつくための、
同時に、これは裏切りの約束だ。
いつかフェイトが一人で生きれるようになったら、俺は彼女を突き放す。
与えることは、いつかの喪失を予約することと同義。
俺は、未来のフェイトから幸福な
「……わかっ、た。弟子、なる」
「ああ、お前は僕の弟子だ」
既に発生していると思しき原作との乖離からは目を逸らし、俺は微笑んだ。