悪役ロールプレイを始めて十年、弟子に殺されるはずが何故か結婚を迫られている件について 作:橘宮阿久
「では、下剋上ブチかまして報恩するとしますか~!」
「ああ、来い。ドンと来い。不肖の弟子に、稽古をつけよう」
新進気鋭のパーティーである
二次創作から推測した原作を再現するために、なし崩し的に始まった戦闘。
ここまでの流れから、とうに原作展開が破綻しているのは明らかだ。
本来、フェイトが俺に対して抱くべき感情は親愛と憎悪が入り混じった決算し難い複雑な想いのはずで、恋情も信頼も、謎のドロドロした執着の色も混じる余地は無かったはず。
だから、この戦闘に
少女は過去の呪いたる
終に見つけた答えを胸に、
そうして、実験体として生を受けた少女は、昔日を断ち切って未来に向かって歩いていく。
それが、予定していた流れだった。
今、フェイトは俺の知識とは異なる、けれど俺の思い出通りの表情で笑みを浮かべている。
楽しそうに、幸せいっぱいに、ニコニコと──。
「勝負が終わったら、久方振りにたっぷり話しましょう! 絶対です! 逃げたら針千本です! 膝に重石も載せてやります!」
「恐ろしいこと言うね。いくら僕でも死にかねないな」
八年、家族として共に過ごし。二年、独り各地を流浪した。
いつからか、俺の望みは
あまりにも、間違いを積み重ねてしまった。
まず以て、曖昧な知識を元に原作を再現しようというのはただの愚行であり。
せめて愚者に殉ずるなら愚行を極めれば良いものを、一人の親として娘を愛してしまった。
もしも微睡む旧神が目覚めたら、もしも月の追放者が帰ってきたら、もしも神話の災厄が解き放たれたら、もしも、もしも、もしも──。
この世界は曖昧で、脆く、正常に理不尽で──滅世の危機は無数に眠っている。
臆病な俺は、
臆病な俺は既に原作から外れていることを識りながらも、
数多の過ちから、目を逸らして。
それでも、成功することを祈って。
どうかどうか、フェイトが末永く健やかに、笑顔溢れる日々を送れますように、と。
くっくっく…
Q. ここから入れる保険はありますか?
A. ねぇです。
「ま~取り合えず──」
ふっと、フェイトは柔らかく微笑んで。
少女らしい、しかし戦人としては小柄な体躯を半身に構え──研ぎ澄まされた剣気が肌を刺す。
「その下手糞な演技、止めません? 苛々します。反吐が出ます。まだ昔の阿保丸出しな演技の方がマシです」
「おうふ……ッ。それは
「泣き喚けばいいじゃないですか、赤子のように。……じゃ、いつも通り先手は譲って貰いますね~」
少女、瞠目。
深く、呼気が零れた。
刀は、鞘に納められたまま。
右手は柄を軽く握り、左手は鯉口に。
魔力の流れは、清流のように澱みなく。
されど、秘められた威は深淵なる龍の如く。
終ぞ刀身が解放されれば、多少の物理法則や空間──あるいは因果すらも断ち切って、銀閃は奔るだろう。
そう確信できるだけの、武練が見える。
──師として、俺が最初に教えた技が抜刀術だった。
合理性なんてあんまりない。
それでもと、幼い頃に焼き付いた光を求め──只管に希求し、未だ途上にある未完の剣術。
剣技を逸脱し、魔術すらも習合し、浪漫に向かって突っ走った
視れば、分かる。
彼女が、どれ程の高みに至ったか。
離れていた二年間、どれ程の修練を重ねたか。
『一々納刀……不合理、無駄、舐めプ、奇剣』
そんなことを、不満気に刀をぶんぶん振り回しながらほざいていた頃が懐かしい。
……本当に、成長したものだ。
刀を手にして以来、戦場で十余年錬磨し。
弟子を取って以後、十年真髄を見つめ続けた。
それでも、才気に満ちた弟子に抜かれる日は遠くないのかもしれない。それは、とても喜ばしい事で。
けれども、今はまだ俺が先達。少々予定とは違うが、例え不甲斐ない師だとしても、先導者たる姿を見せねばならない。
自己を謳う
茫洋として曖昧な現世は、ただそこにあって。
心を空に理を重なれば、彼我の理は一体となる。
消失する境界。
混淆する世界。
斬撃となる──
「…………いきます」
「────来い」
──刹那、二筋の銀光が奔った。
◇
「起きろー!!」
「んみゅ……」
邪神教団拠点殲滅作戦から半年。
港町──イリスヴェルグにも冬が訪れた。
本日は晴天。けれど、今日は一層強烈な寒波と共に、はらはらと雪が降っている。
一年に数える程しかない降雪。
昼には溶けてしまうだろう露命の雪が、儚くも一面に積もっていた。
「フェイト!! 雪遊びするぞ雪遊び!! 修行してる場合じゃねえ!! 店も午前閉店だッ!!」
「………………ねむい、さむい。くちょう」
「──僕はね、雪遊びがしたいんだ! 聞こえるかい? 雪が、僕達を呼んでいる……!」
「………………」
イリスヴェルグの外れ──山の麓に位置する
その二階にて、俺はテンション爆上げうっきうきで身支度をしていた。
朝起きたら、窓から雪景色が覗いていた時の俺の気持ちが分かるだろうか?
雪くらい、魔術を使えば積もらせる程度容易いものだ。
燦々と日差しが照り付ける酷暑日に大雪怪獣スノドランを建造するのも難しくはない。
しかぁし!! 天然ものの魅力には及ばない!!
寝ぼけ眼を擦るフェイトを羊毛を詰めたもこもこの防寒着に着替えさせ、手袋とマフラーも着用させて外に連れ出す。
最近判明したことだが、どうもフェイトは朝に弱いらしい。
前世日本とは異なり、この世界では夜明けと同時に活動を始めるのが一般的だから、辛そうにしている姿をよくよく見かける。
だが、これはきっと良い変化だ。
俺を警戒し、弱みを見せず、手間も掛けさせまいとするよりかはずっと良い。
戸を開ければ、寒風が肌を刺す。
見慣れた街並みは白く衣替えして、新鮮な印象を感じさせた。
「フェイト……新雪に足跡を刻む権利はをお前にやろう……。存分に楽しむといい……ッ」
「………………いらない」
口ではイヤイヤ言いつつも、行動だけは正直なのがフェイトだ。
眠気も何処へ、反抗期な幼女は初めて目にする雪に興味津々な模様。
返す言葉も上の空。きょろきょろと辺りを見渡して惚けた溜息を零すと、おっかなびっくり庭に出て、地面に積もった雪に手を近付けている。
つんつん、さわさわ、ぎゅっぎゅ。
「ししょー、ししょー、つめたい……!」
「ふっ……雪だからなッ!」
「ぬれる……氷?」
「似たようなもんだな。どっちも凍った水だが、雪は隙間が大きいんだ」
「ほへー」
案の定、返答は気もそぞろに。
フェイトは両手を伸ばすと、空に魔力を描き出した。
「ほう?」
みゅみゅみゅと唸りながら構築されるのは、簡単な魔術式。
魔力の動きは試行錯誤するように彷徨っているから、水の生成術式を基幹として即興でアレンジしているようだ。
となると、発揮される効果は……
「おお! 凄いぞフェイト! 天才!」
予想を裏付けるように。
虚空から生じた雪がぼとぼとと大地に落下した。
俺は駆け寄って彼女の頭を撫でくり回す。
「……簡単、普通」
そう嘯くフェイトは、努めて無表情を維持しようとしているが、堪えきれず口端をぴくぴく震わせている。
頭を手の平の擦り付けてくるのは無意識だろうか。
そんな所も愛らしいものだから、俺は更になでなでして。
呼応するように、フェイトの手から吐き出される雪の勢いも加速する。
幼い身に秘めた膨大な魔力は、ちょっとやそっとで切れやしない。
積もりゆく雪は俺の足元から埋め立てて──やがて全身が白雪に沈んだ時、悪役風味の成人男性は大雪怪人
「くくく……雪合戦を始めようぞ!」
「みゅみゅ……!?」
魔なる術によって二頭身のずんぐりむっくりとした身体を駆動させ。
ガオーと咆哮を上げれば、
目を白黒させ、狼狽する幼子。
「くくく……恐ろしいか? ならば説明しよう!!」
俺は悪役のお約束として、傲岸不遜かつ懇切丁寧に雪遊びのいろはを伝授する。
フェイトはふむふむと頷いて、じっと俺を見詰めること数秒。
またまた魔術式を構築し出した。
小さな雪玉を量産したり、大雪玉を力場の操作で飛ばしたり。
遊びにも本気なのは良い事だと見守っていると、遂に生成されるは……ある種の銃だろうか。
雪を補充するための管、玉状に成型するためのドラム、雪玉を撃ちだすための銃口。
術式を分けることで動作を単純にしているのは、工夫が凝っていてグッド。
「くくく……当世風の合戦だな。然し、良し。受けて立つ!」
「ばばばばばばばん」
「くくく……ぬるい! 吾輩に当てるには千年はやッバ足すべっぐああああああ!!」
そんなこんなで雪遊びを堪能し、午後。
「おーさむさむ。フェイトもちゃんと温まってるかー?」
「む」
「ほれ、毛布も被っとけ」
「うみゅ……」
「スープも飲むか?」
「……のむ」
盛大にはしゃいだ所為で身体を冷やした俺達が暖炉の前で暖を取っていると、ちりんちりんとドアベルが軽快な音を立てた。
「客……? また厄払い……?」
「おいおい、とうに迷信は晴れたぞ。金髪碧眼の女性から髪を抜き取る倒錯趣味の悪魔が外国から来航して、八十八日かけて坊主にしてくるなんて話、いつまでも信じられてたまるか」
少し前、そんな下らない噂話が流行ったせいで厄払いの依頼が殺到したのだ。
……いやまあ、東方の宗教に感化されてイリスヴェルグでも有名な別嬪さんが剃髪したのは事実だが。
「はいはい、しばしお待ちをー!」
抱擁するように体を温めてくれる慈愛の火に後ろ髪を引かれながらも、客に応対するために立ち上がる。
何故か毛布式てるてる坊主になったフェイトが背後にぴったり付いてきたが……まあよし。
冷えた空気が充満した廊下を渡り、玄関の戸を開けると──戸口に立っていたのは、仕立ての良い燕尾服に身を包み、シルクハットを深く被った壮年の男性だった。
「やあ、レン君。久しいね」
「──……! どうも、お久しぶりです」
「突然押しかけてすまない。少々、内密に済ませたい話があるんだ」
俺は思考を搔き乱すほどの驚愕を隠匿しつつ、彼を応接間に案内する。
名をクラッチ・アウスル。
常日頃は金色刺繍際立つ赤色の制服を纏っているはずの彼は、この港町を治めるイリスヴェルグ伯爵の弟君にして、冒険者協会の支部長である。