悪役ロールプレイを始めて十年、弟子に殺されるはずが何故か結婚を迫られている件について   作:橘宮阿久

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運命破綻

 それは、いつかの出来事。

 遠く朝焼けが海を赤く染め上げる中、日課の修行に励んでいた時の一幕。

 

 

「ししょー、なにゆえ変な剣、つかう……?」

「剣? ああ、そりゃ幼い頃からの相棒な分、思い入れがあるからな。魔剣聖剣の類ではないが、頑丈で──」

「──ちがう。抜刀……術。一々納刀……不合理、無駄、舐めプ、奇剣」

 

 俺はいつも通り抜刀術を錬磨することに精を出し、フェイトには素振りと基礎的な魔術訓練を熟させ、その休憩中。

 

 フェイトからそんな問いが飛んできた。

 

 ん~、でもまあ、実際その通りなんだよなあ。

 抜刀術は奇襲には有効だが、戦場ではてんで役に立たない。どれだけ動作を洗練させようが、納刀という手間が齎す損失が大き過ぎる。

 

 実戦における抜刀術のメリットなんぞ、納刀時に素早く攻撃に移れることだけだ。

 

 それでも俺が、抜刀術の窮極を追い求めるのは──

 

「まっ、浪漫だからなあ」

「………………??」

 

──原風景。

 

 燎原に閃く一刀。

 故郷を瓦礫と炎に変じさせた大蚯蚓竜を断つ、明告の居合。

 

 前世スラングで言うところの、脳を焼かれるというヤツさね。

 

「浪漫じゃ、生きれない。自殺……? ししょーも、いなく…………」

 

 目を伏せる幼子の頭を、わしわしと撫でてやる。

 

「いくら何でも酷い言い草だな? どうして俺が魔術を鍛えてると思ってるんだ。魔術とは、曖昧な現世を変革する術。鴉を白く染め上げ、無機物に命を吹き込み、泥水を酒に変える、根源の理だぞ?」

「うみゅ……?」

「つまりな、抜刀を儀式と見立て、魔術の極致である第五階梯、創世──即ち心象世界による現実の上書きを局所的に発生させることを主眼とし、それを成り立たせるための因果と意味を蓄積するために剣の聖と世界に定義される必要があり、ただこれは一種の逆説だから…………あー、要するに、剣術と魔術のハイブリッド(居合)は超凄い。何でも斬れる、はず」

「…………?」

 

 

 

 

    ◇ 

 

 

 

 

「…………──ッ!! ──……しょ!! ししょーっ!!!」

「ぐっ……! フェイト……?」

「ししょー! 生きてた……っ。よかった……よかった……ッ」

 

 赤。

 

 世界が緋色に染まっている。

 咽かえるような血臭が鼻を襲う。

 

 ぼやけた視界の中心には、雪色の幼子。

 いつもの気取った無表情は何処へやら、瞳には水滴が浮かび、顔はくしゃくしゃで。

 

 起き上がろうとして、気付いた。

 左腕に力が入らない。

 

……こりゃ、内臓(はら)も相当壊れてんな。

 

 ああ、そうだ。

 俺は竜狩りに失敗し、返報の息吹(ブレス)に焼かれたのだ。

 

 

 クラッチ・アウスル。

 

 イリスヴェルグ伯爵の弟君にして、信頼篤き冒険者協会の支部長。

 齢四十にして、数多の功績を打ち立てた傑物。

 

 俺は奴に嵌められた。

 

 教団の残党か、それ以外の組織かは分からない。

 だが、幾度もの炙り出しにも引っ掛からず、信頼できる情報屋に当たっても白と見做されるような奴が突然馬脚を現すのは想定外だった。

 

 ただの幻獣調査依頼が、あれよあれよの合間に竜狩りに変貌よ。

 フェイトに対する殺意が高過ぎる。

 

「これは、どういう状況だ……?」

 

 炎によって緋色に染まった空を悠然と羽搏くは、漆黒の竜。

 鏡像異界(ダンジョン)によって再現された影法師。されど、神代より恐れらる幻想の頂点──その残滓。

 

 それが、何かを探すように首を巡らせながら飛んでいる。

 

「……ああ、いや分かった。助けてくれたんだな」

「ん……隠密の結界符、使って……見つからない可能性、つかまえて……けど……っ!」

「──ありがとな、フェイト。繋いでくれて。止血もよく出来てるじゃないか」

「でも!! このままじゃ……っ」

 

 用心して持たせていた幾つかの魔道具。

 それと彼女自身の不完全な権能も合わせて、不甲斐ない師を助けてくれたようだ。

 

 だが、しかし。

 

「時間稼ぎにならないし、ジリ貧ってか」

 

 両の拳を強く握り締め。

 項垂れるように、フェイトは頷く。

 

 ここは鏡像異界(ダンジョン)──その入り口にして深奥。

 主を討伐しない限り脱出は不可能という法則(ルール)が定められた世界。

 

 なれば、我が物顔で緋天を領る黒竜の命を断たない限り、俺達に生存の目はない。

 

 だが、それでも。

 

 比較的無事──といっても、爪撃により少しばかし抉れた右腕を支えに起き上がる。

 

「活路はある。鏡像異界(ダンジョン)の最も曖昧な部分を断ち切れば、外への道が開くはずだ」

 

 異界とは言え、決して独立して存在しているわけではない。

 門たる境界。そこを切り拓けば──

 

「二人で、帰れる……?」

 

──きっと、フェイトだけは逃がせる。

 

「…………ルールを破れば対価を徴収されるのが道理ってもんだ。一人でも頑張れるか?」

「嫌……!! そんなのヤだよ……っ!!」

 

 けれど、フェイトは首を振る。

 出会ってから半年。常に表情に乏しかった幼子が、どうしようもなく顔を歪ませ、声を荒げ、零れる涙も厭わずに否定する。

 

「もう……大切な人が死ぬのはヤだ……わ、わたしがいるから……わたしのせいで……!」

「………………ッ」

「我が儘は言わないから、わたしは死んでもいいから、ししょーだけでも……っ。きっと、絶対、何か道があるはず……可能性が……絶対、絶対あるのに……! どうして、何も視えないの…………で、出来損ないでも、壊れてても、願望機だっていうなら叶えてよ……未来を、掴ませてよ……っ」

 

 俺は……俺は──。

 

「大丈夫だ、フェイト……約束しただろ? 俺がお前の未来を全力で保証するって」

「…………ぅぇ?」

 

 憤怒、後悔、嫌悪、罪悪感。

 己を責め立てる感情を封じ込め、膝を突いて簡単に壊れてしまいそうな小さな体を抱きしめた。

 

「未来……幸せな未来だ。掛け替えのない友が傍にいて、もしかしたら佳い人とも出会ってるかもしれない。それに俺も師匠だからな。弟子を未熟なまま放り出すわけにはいかないから、立派になるまでは稽古を付けているはずだ」

「でも……でも、ししょーは……!」

 

 吐き気がする。

 いずれ裏切り、悪役として非道を尽くすつもりのクズが何を吐(ぬ)かす。とんだ欺瞞だ。

 

「あ~、すまん。あれただの弱音。殺せると思ったんだが、片目しか獲れなかったからショックでござって」

「よわ、ね…………」

 

 それでも、傲慢にも願ってしまうのだ。

 どうかどうか、フェイトが末永く健やかに、笑顔溢れる日々を送れますように、と。

 

「──知ってるか? 大人は約束を破らない。ちゃっちゃと竜狩りして、二人一緒に帰ろうぜ」

「………………ぁ」

 

 俺は最後に頭を一撫ですると、フェイトに背を向け結界の外に歩み出た。

 

 瞬間、巨体で空気を震撼させ、大地に降り立つ黒鱗の竜。

 怒りに染まった右目が俺を捉える。左目から滴る竜血が、瘴気と共に草木を殺す。

 

 かつて星に存在した偉大なる竜──その劣化に劣化を重ねた再現体。

 それが首を擡げ、莫大な魔力が口腔に集中する。

 

 まるで、地上に顕現した恒星の如き熱量。

 異界の森が焦熱し、はらはらと灰が積もる。

 

 其は、神代より恐れられし塵滅を齎す者。

 御伽噺に語られし竜の(ドラゴン)咆哮(ブレス)。

 

 不遜にも己が玉体に瑕(きず)を付けし愚物を、魂の一片に至るまで滅ぼさんという意思の象徴(あらわれ)だった。

 

 わざわざ地に立ったのは、竜の矜持か。

 

 数秒後の死を前に、俺はただ瞠目する。

 

 概念障壁、次元障壁、神性を纏う鱗。

 その全てを貫き、命脈に刃を届かせるため──ただ一つの約束のため、俺は森羅万象を断ち切る剣となろう。

 

 呼吸(いき)を整え、精神(こころ)を磨き、肉体(からだ)を統べる。

 自己を謳う魂魄(たましい)を、肉の檻より解き放って天土(あまつち)に溶かす。

 

 茫洋として曖昧な現世は、ただそこにあって。

 心を空に理を重なれば、彼我の理は一体となる。

 

 消失する境界。

 混淆する世界。

 

 斬撃となる──現象(おのれ)。

 

 

 一閃。

 

 

 迫り来る緋色の滅びを断ち、巨いなる竜をも両つに断ち、そして、そして──

 

 

 

 

      ◇

 

 

 

 

──ふつと。

 

 二十余年を共にした愛刀が断ち切られた。

 

「……強くなったな、フェイト」

「……迷いは術(わざ)を鈍らせる。師匠が弱くなっただけです」

「ああ────安心した」

「話聞けよ。会話のキャッチボール下手っぴですか? 私がレスバつよつよだからって壁打ちし出さないでください」

 

 二年。

 それは、瞬く間に過ぎ去った人生の一節であり。されど、良くも悪くも人が変わるには十分過ぎる時間だ。

 

 何を見て。

 誰と出会い。

 何を得て、失ったのか。

 

 たった数合剣を重ねただけじゃあ知れやしない。

 

「ちょっとー? 聞いてますー? 無視するなー! えい! 猫だまし! えい!」

 

 それでも、剣は饒舌に物事を語る。

 

 不屈(おれず)、不撓(まがらず)、真っ直ぐに。

 かつて失意の底に沈んでいた幼子は、俺の研鑽を打ち破る程に強くなった。

 

 何より、楽しそうだった。

 これならば、きっと──。

 

「むぅ……約束の履行は大人の義務ですよ? 私が勝ったんですから、久し振りにいっぱい話したいです」

「ああ、すまん。ちょっと感慨に浸っていてな」

 

 唇を尖らせ、上目遣いに見詰めてくるフェイトを前に思考を打ち切る。

 

「…………師匠が何を考えてるのかは、大体分かります。二年前、どうして私を置き去りにしたのかも。どうして、今になって現れたのかも。ですから、あなたの弟子として、あなたの義娘として──レン・シィルートの尻(ケツ)を拭ってあげます」

 

 少女、柔らかくはにかんで。

 

「おかげさまで、私は──フェイト・シィルートは、こんなに立派になりましたっ」

 

 その姿が。

 その笑顔が。

 

 あんまりにも眩しいものだから、知れず、瞳に熱いものが込み上げてきて。

 

「え? まさか泣いてます? 大人になって情けなぁい。ぷぷ、ぷぷぷ、ぷっぷぷぷ」

「は? 泣いてないが? 空を観賞したくなっただけだが? 見ろよ。あの雲の儚くも優雅なコントラストを。だから煽りの三段活用は止め給え」

「はいダウト~! 本日は天気は雲一つない快晴です! よってあなたの発言は”嘘”です!! 偽証罪で結婚を要求します!!!」

「異議ありッ! 年齢差と関係性を考えろ! 法が許しても道徳倫理が許すと思うなよ!」

 

 厚顔無恥な事に、またこうして何気ないやり取りを出来ることが酷く嬉しいのだ。

 

「仕方ありません。結婚のことは置いておいて……はい。私が理想とする未来(・・)には当然師匠も不可欠なわけですからね、ええ。少々遅れましたが、その──

 

 

──おかえりなさい」

 

 

 けれど、それでも。

 躊躇してしまう。

 

 当初の目論見とは異なるが、物語的に訪れる脅威に対応する目途は立った。

 けれど、結果良ければ全て良しなんて、そんな理があるはずない。

 

 約束を破り、フェイトを裏切った俺に。

 いつか彼女に殺される結末を選ぼうとした俺に。

 

 彼女の手を取る資格はあるのだろうか──?

 

 

 いや、資格とかそういう問題じゃないか。

 ただ、求められている。それが、どんなに掛け替えのないことか。

 

 理由としては、十分過ぎる。

 

「──ああ、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず私、いっぱい説教したいですっ!」

「はは、お手柔らかに頼むよ…………」

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