『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

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第1話 誰だ今撃ったのは!

人間軍と魔王軍が、広い平原を挟んで向かい合っていた。

 

人間側には、何列にもわたって兵士たちが並んでいる。

 

剣を持つ者。

槍を構える者。

杖を握る魔術師。

 

前方には、一般兵とは明らかに違う装備をした戦士たちの姿もあった。

 

向かい側には魔族の軍勢。

 

黒い鎧をまとった兵士。

人間よりひと回りも大きな魔族。

空を飛ぶ者までいる。

 

そのさらに奥には四天王。

 

そして魔王グラディオ。

 

人間軍の後列にいた一人の兵士が、ごくりと唾を飲んだ。

 

これほどの軍勢を見るのは初めてだった。

 

なのに。

 

何も起きない。

 

「……?」

 

誰も動かなかった。

 

剣を構えているのに、斬りかからない。

 

弓を持っているのに、射ない。

 

魔術師たちも杖を握ったまま、魔法を使おうとしない。

 

向こうの魔族たちも同じだった。

 

「なんで攻撃しないんだ……?」

 

兵士が小さく呟く。

 

隣にいた年上の兵士が、ちらりとこちらを見た。

 

「お前、新入りか?」

 

「あ、はい」

 

「なら余計なことはするな」

 

「余計なことって?」

 

「何もするなってことだ」

 

意味が分からなかった。

 

ここは戦場だ。

 

目の前には魔族がいる。

 

何もしないのなら、何のためにこれだけの兵を集めたのか。

 

その時、魔王軍の前方を一体の魔族が横切った。

 

頭には角。

 

身につけているのは黒い鎧。

 

それを見た瞬間、兵士の頭に別の光景が浮かんだ。

 

燃える家。

 

崩れた村。

 

二度と帰ってこなかった家族。

 

「……魔族」

 

杖を握る手に力が入った。

 

「おい」

 

隣の兵士が気づいた。

 

「待て。お前、何を――」

 

「家族の仇だ!」

 

「やめろ!」

 

「《ファイヤーボール》!」

 

杖の先から火球が飛び出した。

 

初級の攻撃魔法。

 

魔術師なら最初に覚えるような、ごく一般的な魔法だった。

 

火球は魔族へ向かって飛んでいく。

 

だが、狙いは少し上にずれていた。

 

「あっ」

 

魔族の頭上を越えた。

 

そのまま魔王軍の上を通り過ぎ、さらに遠くへ飛んでいく。

 

見る間に小さくなり、やがて光の点ほどになった。

 

「……外れた」

 

兵士が呟いた。

 

遠くで、白い光が瞬いた。

 

「え?」

 

一拍遅れて、大地が揺れた。

 

凄まじい轟音が平原を走り抜ける。

 

地平線近くから炎と土煙が一気に噴き上がった。

 

遅れて届いた風が、兵士たちの髪や服を激しく揺らす。

 

何人かが反射的に身を屈めた。

 

兵士は杖を構えたまま固まっていた。

 

遠くの巨大な土煙を見る。

 

次に、自分の杖を見る。

 

もう一度、土煙を見る。

 

「…………ファイヤーボール?」

 

「誰だ今撃ったのは!」

 

怒号が飛んできた。

 

兵士が肩を跳ねさせる。

 

「誰だ! 勝手に魔法を使った奴は!」

 

「撃つなと言われていただろう!」

 

人間軍のあちこちから声が上がる。

 

「え……」

 

命令を無視したことを怒られるのは分かる。

 

だが、周囲の反応はそれだけではなかった。

 

「人間ども!」

 

今度は正面から大声が響いた。

 

魔王軍だった。

 

「何をしている!」

 

「攻撃を止めろ!」

 

「魔法を使うな!」

 

兵士の口が開いた。

 

「なんであいつらまで怒ってるんだ……?」

 

答えてくれる者はいなかった。

 

周囲では何人もの兵士が慌ただしく動き始めている。

 

ただし、攻撃の準備ではない。

 

「聖女様は!?」

 

「後方だ!」

 

「今の爆発を見たか!?」

 

「見ている!」

 

「誰かそばにいろ!」

 

兵士は人の間から後方を見た。

 

白を基調とした衣装をまとった女性が、遠く立ち上る土煙を見つめている。

 

ルシエラ。

 

兵士でも名前くらいは知っていた。

 

人間軍に同行している聖女だ。

 

「あんなに大きな爆発……」

 

ルシエラの表情が曇った。

 

「あの辺りに、人はいませんでしたか?」

 

近くにいた者たちの動きが止まる。

 

「だ、大丈夫です!」

 

誰かが答えた。

 

ルシエラがそちらを見る。

 

「本当ですか?」

 

「はい!」

 

「でも、確認した方が――」

 

「ルシエラ」

 

若い剣士が彼女のそばへ向かった。

 

「エイル」

 

「今はここにいて」

 

「でも……あんな爆発が起きたんですよ?」

 

エイルも遠くの土煙を見る。

 

「分かってる」

 

「怪我をしている人がいるかもしれません」

 

「それも分かってるから」

 

「なら――」

 

「確認は他の人に任せよう」

 

ルシエラはまだ心配そうに土煙を見つめていた。

 

その頃、魔王軍側でも声が飛び交っていた。

 

「聖女が今のを見たぞ!」

 

「分かっている!」

 

「これ以上騒ぎを起こすなと全軍に伝えろ!」

 

「人間側の聖女だぞ!?」

 

「だからどうした!」

 

魔王軍の中央。

 

グラディオは遠くの人間軍を見ながら、片手で眉間を押さえた。

 

「全軍に通達」

 

そばにいた部下が姿勢を正す。

 

「はっ」

 

「攻撃禁止だ」

 

「……人間側が先に撃ってきましたが」

 

「見ていた」

 

「反撃は?」

 

「するな」

 

部下が一瞬黙った。

 

グラディオがそちらを見る。

 

「撃ち返したら次が飛んでくるだろう」

 

「……はっ」

 

人間軍側でも命令が飛び始めた。

 

「魔法使用禁止!」

 

「弓も使うな!」

 

「勝手に攻撃するな!」

 

「聖女様の近くで余計な騒ぎを起こすな!」

 

最初に《ファイヤーボール》を撃った兵士は、ゆっくり杖を下ろした。

 

正面を見る。

 

魔族は攻撃してこない。

 

横を見る。

 

味方も攻撃しようとしない。

 

そして遠くでは、自分が撃ったはずの初級魔法が、まだ巨大な土煙を上げている。

 

「……何なんだよ、これ」

 

◇ ◇ ◇

 

――数年前。

 

十六歳を迎えたルシエラは、職業授与の日を迎えていた。

 

神から職業を授けられる。

 

同年代の者なら、誰もが迎える日だった。

 

《ファイター》。

 

《メイジ》。

 

《プリースト》。

 

《スカウト》。

 

どんな職業になるのかは、授けられてみなければ分からない。

 

ルシエラも、自分の番を待ちながら少し緊張していた。

 

その頃。

 

人間からは見ることのできない場所で、一柱の女神が職業授与を進めていた。

 

「次ですね」

 

オルディナは、目の前に表示された情報へ目を通す。

 

適性を確認し、職業を授ける。

 

いつも通りの仕事だった。

 

「こちらは……」

 

別の知らせが入った。

 

オルディナはそちらへ目を向ける。

 

「少し確認してきますか」

 

席を外した。

 

その直後。

 

「ん?」

 

別の女神がやってきた。

 

フィルネラだった。

 

目に入った情報を覗き込む。

 

そこには、一人の少女の姿が映っていた。

 

フィルネラは少し眺めた。

 

「この子、聖女向きなんだ」

 

手を伸ばす。

 

「じゃあ、これ」

 

ひとつの職業が少女へ与えられた。

 

間もなくオルディナが戻ってきた。

 

「さて、続きを――」

 

止まる。

 

ひとつ、処理が終わっている。

 

目の前にはフィルネラ。

 

オルディナは処理結果を見る。

 

フィルネラを見る。

 

もう一度、処理結果を見る。

 

「……フィルネラ」

 

「なに?」

 

「何をしました?」

 

「職業をあげた」

 

「なぜですか」

 

「聖女向きだったから」

 

「私の担当なのですが」

 

「そうなの?」

 

「そうですよ」

 

オルディナはため息をつきながら、与えられた職業を確認した。

 

《光と闇の聖女》。

 

「これは?」

 

「私の聖女」

 

「あなたの職業ですか?」

 

「うん」

 

「勝手に授けないでください」

 

「もうあげちゃったよ?」

 

「見れば分かります」

 

オルディナは能力の一覧を開いた。

 

「《光と闇の祝福》……」

 

少し変わった名前だった。

 

能力の説明にも目を通す。

 

「一定範囲に祝福を与えて、能力を強化する……」

 

聖女の祝福としては、特に珍しい効果ではない。

 

ただ、フィルネラが作った職業である以上、一応確認しておいた方がいい。

 

オルディナは小さな観測器を取り出した。

 

神力の出力を測るための道具だ。

 

「念のため、出力も見ておきましょう」

 

《光と闇の祝福》を測定する。

 

観測器に数字が表示された。

 

「一・一倍ですね」

 

「どう?」

 

「普通の《祝福》より少し弱いくらいです」

 

「普通だね」

 

「ええ。こちらは特に問題なさそうです」

 

オルディナは観測器を置き、次の能力を見る。

 

「それより……」

 

指が止まった。

 

「《絶対防御領域》?」

 

「便利だよ」

 

オルディナは能力の説明を確認する。

 

「……ずいぶん強い防御能力ですね」

 

「聖女だから」

 

「それでこの性能ですか?」

 

「守れるよ?」

 

「それはそうでしょうけれど」

 

オルディナはもう一度内容を見る。

 

「範囲は狭いですね」

 

「うん」

 

「本人を守る能力としては、かなり強力ですが……」

 

フィルネラは首を傾げた。

 

「だめ?」

 

オルディナは少し考える。

 

聖女は前衛職ではない。

 

危険な場所で治療を行うこともある。

 

本人を守る手段があること自体は悪くなかった。

 

「駄目とは言いませんが、普通の聖女とはずいぶん違いますね」

 

「私の聖女だから」

 

「そうですか……」

 

オルディナは能力一覧を閉じた。

 

「とにかく、次からは勝手に職業を授けないでください」

 

「分かった」

 

「本当ですか?」

 

「たぶん」

 

「たぶんでは困ります」

 

オルディナはため息をつき、止まっていた仕事へ戻った。

 

こうしてルシエラは、《光と闇の聖女》の職業を授かった。

 

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