『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
咆哮が広間を震わせた。
空気そのものが腹にぶつかってくるような音だった。
ルシエラが思わず杖を胸元へ引き寄せる。
広間の奥で、巨大な魔物がゆっくりと立ち上がった。
四本の太い脚。
岩を何枚も重ねたような黒い外皮。
床を引きずる長い尾。
頭が持ち上がるにつれて、その大きさが嫌でも分かってくる。
「……でかすぎないか?」
エイルが剣を構えたまま呟いた。
ストーンリザードより大きい、などという程度ではない。
自分たち五人が並んでも、その巨体の方がずっと大きかった。
「メルディア、あれ知ってるか?」
「知らない」
「即答かよ」
「知らないものは知らない」
メルディアの声にも、いつもの余裕はなかった。
後ろから足音が押し寄せてくる。
エイルが振り返った。
崩れた門から、追ってきた魔物たちが次々と広間へ雪崩れ込んでいる。
ホブゴブリン。
狼に似た魔物。
大型の蝙蝠。
途中の通路で見かけただけの、小さな魔物まで混ざっている。
ルシエラの顔が強張った。
「後ろも、もう来てます」
「分かってる」
ロディオは広間の左右へ目を走らせた。
「横に抜けられそうなところがない。戻るのも無理だ」
「じゃあ、どうするんですか?」
ルシエラが聞く。
誰もすぐには答えられなかった。
前には巨大な魔物。
後ろには数える気にもならないほどの魔物。
ルシエラがエイルたちを見る。
みんな疲れている。
ここまでずっと走ってきた。
この数を正面から相手にしたらどうなるか。
考えたくなかった。
「私が領域を――」
低い音が響いた。
ルシエラの言葉が止まる。
巨大な魔物が口を開いていた。
喉の奥に白い光が集まっている。
エイルの背筋が冷えた。
あの光が何をするのかは分からない。
だが、正面から受けていいものではないことだけは分かる。
「ルシエラ!」
「はい!」
ルシエラが杖を上げようとした。
その時、ロディオが叫んだ。
「待って! 避けなくていい!」
エイルが振り返る。
「何言ってるんだ!」
「後ろ!」
ロディオが指差す。
大量の魔物。
そして正面には、今まさに光を吐こうとしている巨大な魔物。
五人は、その一直線上にいる。
メルディアが息を呑んだ。
「……壁」
エイルの頭に、崩れ落ちた石壁が浮かんだ。
自分たちは傷一つなかった。
だが、自分たちの後ろにあった壁は吹き飛んだ。
「そういうことか」
エイルがルシエラを見る。
「全員入るように領域を張ってくれ!」
「分かりました!」
巨大な魔物の口から光が溢れた。
「《絶対防御領域》!」
白い光が五人を包む。
直後。
視界が消えた。
真っ白な光。
耳を塞ぎたくなるような轟音。
ルシエラは歯を食いしばった。
怖い。
分かっていても怖い。
目の前からあれほどの攻撃が飛んでくれば、身体が勝手に縮こまる。
それでも杖を離さなかった。
エイルがいる。
ロディオも。
メルディアも。
クラウスも。
誰一人、傷つけさせたくない。
光が通り過ぎる。
ルシエラは恐る恐る目を開けた。
「みんな……!」
エイルがすぐに答えた。
「大丈夫だ!」
ロディオも自分の身体を見る。
「こっちも何ともない!」
メルディアもクラウスも立っている。
ルシエラの肩から力が抜けかけた。
その直後。
背後で爆発が起きた。
「うわっ!」
ロディオが振り返る。
さっきまで五人の後ろへ殺到していた魔物たちが、まとめて吹き飛ばされていた。
何体かは床を転がり、そのまま動かない。
エイルも振り返った。
「当たった……!」
ロディオが笑った。
「これ、使えるぞ!」
ルシエラだけが戸惑っている。
「使えるって……後ろの魔物、ものすごく吹き飛びましたけど」
「そいつらに俺たちが追いかけられてたんだ!」
「あっ」
ルシエラも思い出した。
「そうでした!」
余裕ができたのは、ほんの数秒だった。
巨大な魔物が前脚で床を叩いた。
重い音が広間へ響く。
その音に反応したのか、吹き飛ばされずに残った狼型の魔物が巨大な魔物へ飛びかかった。
牙が後ろ脚へ食い込む。
巨大な魔物が吠えた。
尾が横薙ぎに振られる。
狼が宙を舞った。
今度はホブゴブリンが二体、横から斬りかかる。
一体が前脚に弾き飛ばされる。
もう一体は剣を外皮へ叩きつけた。
「……あいつら、戦い始めたぞ」
エイルが言った。
ロディオも目を丸くしている。
「俺たち、どうする?」
「どうするって……」
エイルが剣を握ったまま、目の前を見る。
蝙蝠が巨大な魔物の顔へまとわりつく。
狼が脚へ噛みつく。
別の魔物が横腹へ体当たりする。
巨大な魔物はそれらを片端から振り払っていた。
クラウスが慎重に言った。
「少なくとも、あの中へ入るのはやめた方がいいと思います」
「俺もそう思う」
エイルたちは少しずつ広間の端へ移動した。
ルシエラはまだ杖を構えたままだった。
「本当に見てるだけでいいんでしょうか」
「今入ったら、どっちからも攻撃される」
メルディアが答える。
「だから今は待った方がいい」
ロディオが戦場を見ながら言った。
「じゃあ、どっち応援する?」
エイルも巨大な魔物を見る。
「今は小さい方だろ」
ルシエラが目を丸くした。
「さっきまで私たちを追いかけてたんですよ?」
「知ってる」
「それなのに応援するんですか?」
「今だけな」
巨大な魔物の前脚が振り下ろされた。
ホブゴブリンが盾ごと床へ叩きつけられる。
ロディオが思わず声を上げた。
「ああっ、そっちじゃない!」
ルシエラがロディオを見る。
「本当に応援してるじゃないですか!」
「だって負けてもらったら困るだろ!」
それは確かだった。
だが。
魔物たちは、次々と倒されていった。
巨大な魔物が強すぎる。
外皮へ剣が当たっても浅い傷しかつかない。
狼が噛みついても振り落とされる。
頭上から襲う蝙蝠は、首を振られるだけで壁まで飛ばされた。
エイルの表情から笑いが消えた。
「これ……まずいな」
ロディオも口元を引きつらせる。
「俺も今そう思ってた」
「全然倒れない」
メルディアが呟く。
巨大な魔物にも傷は増えている。
だが、それ以上の速さで周囲の魔物が減っていく。
前脚。
尾。
牙。
時折吐き出される光。
一撃ごとに一体、二体と倒される。
「このままだと、最後に残るのはあいつだけですよね」
ルシエラが言った。
エイルは答えなかった。
今の勢いなら、最後に残るのはあの巨大な魔物だ。
そして次に狙われるのは、自分たちになる。
巨大な魔物が狼を踏みつける。
ロディオが拳を握った。
「頑張れ! そこ噛め!」
「ロディオ!」
「今だけだから!」
戦場の端で、メルディアが目を細めた。
「……待って」
「何?」
エイルが聞く。
「右の後ろ脚」
巨大な魔物が一歩踏み出す。
少しだけ身体が傾いた。
すぐに踏ん張る。
さらに一歩。
今度ははっきりと右脚を引きずった。
「怪我した?」
ルシエラが聞く。
「分からない」
メルディアは巨大な魔物から目を離さない。
その脚に、一体の小型魔物がしがみついていた。
節の多い細長い身体。
大きな顎。
顎が外皮の隙間へ食い込んでいる。
巨大な魔物が脚を振った。
小型魔物が床へ叩きつけられる。
二度と動かなかった。
だが、噛まれた場所は黒ずんでいた。
クラウスも気づく。
「毒でしょうか」
「可能性はある」
メルディアが答える。
ロディオが嬉しそうに言う。
「効いてるなら、そのままもっと効いてくれ」
「毒にお願いしても仕方ないでしょう」
「今は何にでもお願いしたいんだよ」
ルシエラは巨大な魔物を見た。
動きは確かに鈍くなっている。
それでも強い。
一体。
また一体。
とうとう最後のホブゴブリンが尾で吹き飛ばされた。
広間が急に静かになった。
残ったのは、荒い呼吸だけ。
巨大な魔物が立っている。
身体中に無数の傷。
片脚を引きずっている。
肩で息をしている。
それでも。
立っている。
そしてゆっくりと、五人の方へ顔を向けた。
ロディオが乾いた笑いを漏らした。
「……やっぱり次は俺たちか」
エイルが剣を構える。
「でも、さっきよりは弱ってる」
「これだけやられて弱ってなかったら困る」
メルディアも杖を握った。
ルシエラは四人を見た。
みんな息が上がっている。
ロディオの服には泥と埃がついている。
エイルの手にも疲れが見える。
それでも全員、前を向いていた。
ルシエラも杖を握り直す。
「《光と闇の祝福》」
淡い光が広がった。
エイルの身体に力が戻る。
「行くぞ!」
巨大な魔物が吠えた。
エイルが正面から駆ける。
巨体の前脚が振り上げられた。
「右!」
ロディオの声。
エイルが横へ飛ぶ。
前脚が石床を叩き割った。
破片が頬をかすめる。
その隙にロディオが横腹へ回る。
短剣を振り下ろした。
硬い。
刃が滑る。
「くそっ!」
巨大な魔物が尾を振る。
「ロディオ!」
ルシエラが叫んだ。
ロディオが伏せる。
尾が頭上を通過した。
風圧だけで髪が大きく揺れる。
「危なっ!」
「離れて!」
メルディアの杖が向けられる。
「《ファイヤーボール》!」
火球が肩へ直撃した。
炎が弾ける。
巨大な魔物がよろめいた。
「効いた!」
ルシエラが声を上げる。
だが、魔物は倒れない。
すぐに顔を上げた。
「まだ!」
メルディアが叫ぶ。
エイルが踏み込む。
傷の多い前脚へ剣を振り下ろした。
ガキン!
腕に重い衝撃が走った。
剣は入った。
だが浅い。
「硬すぎるだろ!」
巨大な魔物が身体を捻った。
エイルの視界いっぱいに尾が迫る。
避けきれない。
「エイル!」
鈍い衝撃。
エイルの身体が横へ飛んだ。
床へ肩から叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「エイル!」
ルシエラが駆け出しかける。
クラウスが先に走った。
「僕が行きます! ルシエラはそこから動かないで!」
「でも!」
「全員を守れる位置にいてください!」
ルシエラの足が止まった。
エイルが倒れている。
その向こうでは巨大な魔物がこちらを向こうとしている。
行きたい。
すぐそばへ行って確かめたい。
でも、自分が動けば他の三人が領域から外れるかもしれない。
杖を握る指が震えた。
「エイル……」
クラウスがエイルのそばへ滑り込む。
「動けますか?」
「……腕が痺れてるだけだ」
「本当に?」
「折れてたらもっと痛い」
「その判断は信用しません」
クラウスが治療を始める。
ロディオが巨大な魔物の注意を引くように横から石を投げた。
「こっちだ!」
魔物の顔が動く。
「本当にこっち来た!」
「自分で呼んだんでしょう!」
ルシエラが叫ぶ。
ロディオが逃げる。
巨大な魔物が追う。
右脚が遅れている。
毒のせいか、傷のせいかは分からない。
それでも一歩が大きい。
ロディオとの差が縮まる。
「メルディア!」
「分かってる!」
火球が顔の横で弾けた。
巨大な魔物が首を振る。
ロディオが逃げ切った。
エイルも立ち上がる。
「もう行ける」
クラウスが止めようとする。
「まだ――」
「止まってたらあいつが来る」
剣を握る。
手は動く。
エイルは巨大な魔物を見た。
あれだけ大量の魔物と戦った。
毒まで受けている。
それなのに、自分たちの攻撃はまともに通らない。
「どうやって倒すんだ、これ……」
その時。
巨大な魔物が口を開いた。
白い光。
ルシエラの表情が変わる。
「みんな、こっちへ!」
五人が集まる。
「《絶対防御領域》!」
轟音。
光が五人を飲み込んだ。
ルシエラは目を閉じなかった。
エイルも。
ロディオも。
全員、正面を見ていた。
光は何も残さず五人を通り過ぎる。
その直後。
背後で石が砕けた。
ドォン!
全員が振り返る。
広間の壁際。
天井まで伸びていた太い柱が、大きく抉れていた。
小石がぱらぱらと床へ落ちる。
「また壊れた……」
エイルが呟いた。
メルディアは柱ではなく、その上を見ていた。
「エイル」
「何だ?」
「天井」
見上げる。
柱と天井の境目。
そこから細い亀裂が走っている。
ミシ、と小さな音。
ルシエラの顔が青くなった。
「これ、崩れませんか?」
クラウスも上を見る。
「可能性はありそうですね」
「それ、まずいじゃないですか!」
ルシエラが慌てる。
巨大な魔物が歩き出した。
また戦闘が始まる。
エイルたちは距離を取る。
ロディオが傷のある脚へ回る。
メルディアが魔法を撃つ。
それでも倒れない。
一撃当てるたびに、自分たちの方が追い詰められていく。
そして。
巨大な魔物が、もう一度首を持ち上げた。
喉の奥に光が集まる。
エイルは魔物を見る。
崩れかけた柱を見る。
もう一度、魔物を見る。
「……メルディア」
「うん」
返事が早かった。
ロディオが二人の視線を追う。
柱。
天井。
魔物。
「まさか」
エイルが言う。
「もう一発、あそこに撃たせる」
ルシエラが振り返った。
「えっ?」
クラウスも眉を寄せる。
「僕たちまで天井の下に入ることになりますよ」
「だからルシエラに守ってもらう」
エイルが答えた。
ルシエラは天井を見る。
亀裂はさっきより長くなっている。
怖い。
自分たちの頭の上へ、あれが全部落ちてくる。
《絶対防御領域》なら守れるはず。
今までだって守れた。
それでも。
「もし、守れなかったら……」
声が小さくなる。
エイルがルシエラを見る。
「無理だと思うならやめる」
ルシエラは答えられなかった。
エイルの肩には、さっき叩きつけられた汚れが残っている。
ロディオも息を切らしている。
メルディアも何度も魔法を使っている。
このまま戦い続けた方が安全だとは、とても思えなかった。
ルシエラは杖を両手で握った。
「……やります」
「大丈夫か?」
「怖いです」
正直に答えた。
「でも、このままみんなが戦い続ける方が嫌です」
エイルが一度だけ頷いた。
「頼む」
「はい」
ロディオが魔物の正面へ出る。
「じゃあ、あいつをあの柱の方へ向ければいいんだな?」
「無茶するなよ」
「エイルに言われたくない」
巨大な魔物の光が強くなる。
「来る!」
ロディオが走った。
エイルたちも柱の前へ移動する。
メルディアが位置を見る。
「もう少し右!」
「こっちか!?」
「そこ!」
巨大な魔物が五人を捉えた。
ルシエラの心臓が早鐘のように鳴っている。
エイルが叫ぶ。
「まだだ!」
光が大きくなる。
「まだ!」
巨大な魔物が口を開いた。
「今!」
ルシエラが杖を振り上げる。
「《絶対防御領域》!」
光が広がった。
同時に、巨大な一撃が飛んでくる。
ルシエラは歯を食いしばった。
怖い。
でも動かない。
絶対に動かない。
エイルもロディオもメルディアもクラウスも、自分のすぐそばにいる。
守る。
それだけを考えた。
光が通り抜けた。
背後で、世界が割れたような音がした。
柱が砕ける。
大きな石片が飛び散る。
次の瞬間。
ミシッ。
ミシミシミシ――。
全員が上を見た。
天井の亀裂が、一気に広がっていく。
ロディオの顔色が変わった。
「思ったより来るぞ!」
「領域から出ないでください!」
ルシエラが叫ぶ。
最初に小石が落ちた。
続いて、人の頭ほどの石。
その次。
巨大な岩塊が落ちてきた。
轟音。
床が見えなくなるほどの土煙。
エイルの視界から、巨大な魔物の姿が消えた。
岩が次々と落ちる。
ルシエラは杖を握りしめる。
クラウスが隣にいる。
メルディアも。
ロディオも。
エイルも。
誰一人倒れていない。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!」
エイルの声が返ってきた。
それを聞いた瞬間、ルシエラの目に少し涙が滲んだ。
「よかった……」
崩落の音が、少しずつ小さくなる。
やがて。
静かになった。
土煙だけが広間を漂っている。
誰も動かなかった。
エイルが剣を握り直す。
「あいつは?」
目を凝らす。
煙の向こう。
岩の山。
その下で。
何かが動いた。
ゴッ、と石が押し上げられる。
「まだ生きてる!」
ロディオが声を上げた。
巨大な頭が、ゆっくりと持ち上がる。
外皮は大きく砕けていた。
後ろ半分は岩に埋まっている。
右脚はもう動いていない。
それでも前脚で身体を引きずろうとしていた。
エイルの喉が鳴る。
「……どこまで頑丈なんだよ」
巨大な魔物がこちらを見る。
低い唸り声。
まだ戦うつもりだ。
その目を見た途端、エイルは疲れを忘れた。
ここまで来た。
散々逃げた。
魔物の群れに追われた。
あいつらをぶつけた。
毒まで効いた。
天井まで落とした。
それでもまだ立とうとしている。
なら。
「ここで終わらせる」
エイルが走った。
「エイル!」
ルシエラの声が背中から飛んでくる。
巨大な魔物が前脚を振り上げる。
まだ動く。
エイルの頭上へ落ちてくる。
「右!」
ロディオの声。
エイルは踏み込む方向を変えた。
前脚が横を叩く。
床が砕ける。
その隙にロディオが反対側へ回った。
「こっちもいるぞ!」
短剣を、崩落で割れた外皮の隙間へ突き込む。
今度は弾かれない。
深く入る。
巨大な魔物が吠えた。
ロディオが短剣を抜いて飛び退く。
「入った!」
「メルディア!」
エイルが叫ぶ。
「分かってる!」
杖の先に炎が集まった。
巨大な魔物がエイルへ顔を向ける。
口を開く。
まだ光を撃つつもりなのか。
白い光が、喉の奥にわずかに灯る。
ルシエラの顔が青ざめた。
「エイル、離れて!」
エイルは離れなかった。
割れた外皮。
ロディオが作った傷。
そこだけが見えている。
「今だ!」
「《ファイヤーボール》!」
火球が飛んだ。
傷口へ直撃する。
爆発。
巨大な魔物の頭が大きく揺れた。
喉に集まりかけていた光が消える。
「エイル!」
「分かってる!」
踏み込む。
剣を両手で握る。
今まで何度叩いても通らなかった外皮。
だが今は、岩で砕けている。
炎で焼けている。
傷が開いている。
そこへ。
全力で剣を突き込んだ。
硬い外皮を抜けた手応えがあった。
そのまま刃が奥へ沈む。
巨大な魔物が吠えた。
近すぎて耳が痛い。
エイルは剣から手を離さない。
「倒れろおおおっ!」
さらに押し込む。
魔物の前脚が上がる。
エイルの身体へ向かう。
ルシエラが叫んだ。
「エイル!」
その脚が。
途中で止まった。
力が抜ける。
地面へ落ちる。
巨大な頭がゆっくりと傾いた。
エイルは剣を握ったまま、息を止めていた。
巨体が沈む。
ズン――。
床が揺れた。
今度こそ、動かなかった。
エイルも動けなかった。
肩で息をする。
剣を抜く力さえ残っていない。
数秒。
誰も声を出さなかった。
ロディオが先に近づいてくる。
「……倒した?」
エイルは答えられない。
巨大な魔物を見る。
動かない。
メルディアも慎重に近づく。
クラウスも。
ルシエラだけが少し離れたところで立っていた。
やがて。
巨大な魔物の身体から、完全に力が抜けた。
エイルがようやく剣を引き抜いた。
その瞬間。
膝から力が抜けた。
「うわっ」
座り込む。
ルシエラが駆け寄った。
今度は誰も止めなかった。
「エイル!」
「大丈夫。疲れただけ」
「本当に?」
「今回は本当」
ルシエラがエイルの肩を掴む。
怪我を探すように顔や腕を見る。
大きな傷がないことを確認して、ようやく息を吐いた。
「よかった……」
そのまま少し俯く。
エイルが見ると、目元が赤い。
「そんなに心配した?」
「しますよ!」
顔を上げた。
「さっき飛ばされた時も、最後にあんな近くまで行った時も、ずっと怖かったんですから!」
「悪かった」
「次からもう少し安全に戦ってください!」
ロディオが横から口を挟む。
「今日の状況でそれ無理じゃない?」
ルシエラがそちらを見る。
「ロディオもです!」
「俺も!?」
「さっき何回危ないところに行ったと思ってるんですか!」
「いや、俺は役割が――」
「クラウスもです!」
「僕もですか?」
「みんなです!」
メルディアだけが黙っていた。
ルシエラが見る。
「メルディアもですよ」
「分かった」
「早いですね」
「怒られてる時は反論しない方が早い」
ロディオが呟く。
「賢いな」
「聞こえてます!」
一瞬。
全員が黙った。
それからエイルが笑った。
ロディオも。
クラウスも小さく笑う。
ルシエラはまだ怒った顔をしていたが、最後には自分も笑ってしまった。
広間を見回す。
大量の魔物。
崩れた天井。
折れた柱。
その中央に倒れている巨大な魔物。
ロディオが腰へ手を当てる。
「……すごいことになったな」
エイルも倒れた魔物を見る。
「あれ、俺たちが倒したって言っていいのかな」
メルディアが答える。
「最後は確実に倒した」
「途中は?」
「ほとんど他の魔物」
クラウスが付け足す。
「天井も使いましたね」
「使ったというか、本人に壊させたけどな」
ロディオが言う。
「じゃあ作戦勝ちってことでいいんじゃない?」
メルディアが少し考える。
「最初から全部考えてたなら」
「そこは細かく言わなくてもいいだろ」
今度は誰も反論しなかった。
全員、もう疲れ切っていた。
少し休んでから。
メルディアが何気なく自分の状態を確認した。
動きが止まる。
エイルが気づいた。
「どうした?」
メルディアは表示を見たまま答える。
「……十七」
ロディオが聞き返す。
「何が?」
「レベル」
一瞬。
意味が伝わらなかった。
次の瞬間。
「十七!?」
ロディオが勢いよく自分の状態を確認する。
エイルも開く。
肉体レベル。
十七。
職業レベル。
十七。
「本当だ……」
ルシエラも確認する。
同じだった。
「私も十七です」
クラウスも頷く。
「僕もですね」
ロディオが指を折り始めた。
「最後に見た時、九だったよな?」
「九だった」
エイルが答える。
「じゃあ八つ?」
メルディアが首を振った。
「途中で確認してないから、いつ上がったのかは分からない。下に落ちてから倒した魔物もいる」
「それでも結構上がってないか?」
ロディオは周囲を見回した。
倒れている大量の魔物。
巨大な魔物。
エイルも同じものを見る。
「……こいつらの分も入った?」
クラウスが少し眉を寄せる。
「僕たちが直接倒していない魔物も多いですよ」
「でも、あのでかいのに攻撃を当てさせたのは俺たちだろ」
ロディオが言う。
「俺たちを追いかけてきたやつも多かったし」
メルディアは少し考えた。
「戦闘に関わった扱いになった可能性はあると思う。でも、どこまで入ったのかは分からない」
「まあ、何でもいいか」
エイルが自分の表示を閉じた。
「強くなったのは間違いない」
ルシエラが嬉しそうに言う。
「ダンジョンに入った時は七だったんですよね」
その言葉で全員が黙った。
ロディオが指を折る。
「七から十七?」
「十上がってるな」
「一日で?」
誰もすぐには答えなかった。
エイルは周囲を見る。
「あれだけ戦えば……まあ」
メルディアも頷く。
「下にいた魔物は強かった」
クラウスが言う。
「少なくとも、楽に上がったわけではありませんね」
ロディオはその場へ仰向けに倒れた。
「次はもう少し普通に強くなりたい」
ルシエラが笑う。
「今日は普通じゃなかったんですか?」
ロディオが無言で周囲を指差した。
崩れた天井。
折れた柱。
大量の魔物。
半分を岩に埋めたまま倒れている巨大な魔物。
ルシエラも順番に見る。
「……普通ではなかったですね」
「だろ?」
広間に、ようやく気の抜けた笑い声が響いた。