『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
「最初からお願いします」
受付の職員にそう言われて、エイルは困った。
最初から。
どこを最初にすればいいのか。
「ダンジョンに入ったところからですか?」
「そこから普通に話していただければ大丈夫です」
「分かりました」
エイルは隣を見る。
ルシエラ、メルディア、クラウス、ロディオ。
誰も代わってくれそうにない。
仕方なく話し始めた。
「最初は普通だったんです。浅いところでコボルトとか蝙蝠とかを倒して、依頼の素材を集めてました」
受付の職員が頷きながら記録する。
「それで、少し大きな魔物と戦いまして」
「どのような魔物でしたか?」
「大きな蜥蜴みたいなやつです。背中が石みたいに硬くて」
メルディアが補足する。
「ストーンリザードだと思う」
職員の手が動く。
「浅層でも出ることがありますね。それで?」
「そいつが光を撃ってきたので、ルシエラが防いだんです」
「《絶対防御領域》ですね」
「はい。俺たちは無事だったんですけど、後ろの壁が壊れました」
職員の手が止まった。
「壁が?」
「壊れました」
「魔物の攻撃で?」
「たぶん」
少し間が空いた。
「続けてください」
「壊れた壁の向こうに通路があったんです」
職員がエイルを見る。
「入りました?」
「入口だけ見るつもりで」
職員は何も言わなかった。
ただ、記録を続ける手が少し遅くなった。
「そこに宝箱がありまして」
今度はロディオが口を挟んだ。
「ちゃんと罠は調べました」
職員がロディオを見る。
「罠があったんですか?」
「宝箱にはなかったです」
「宝箱には?」
ロディオが視線を逸らした。
「箱を動かしたら床が開きました」
職員の手が止まる。
「……なぜ宝箱を動かしたんですか?」
「下に何かあるかと思って」
「ありましたか?」
「下層がありました」
エイルが口元を押さえた。
受付の職員はしばらくロディオを見ていた。
それから、何事もなかったように記録を再開する。
「落下した先から戻れなかったので、上へ行く道を探しました」
「そこまでは分かりました」
「途中で魔物が多くて、全部戦うと大変だから避けることにしたんです」
「妥当な判断だと思います」
「それで逃げてたら、どんどん増えまして」
再び職員の手が止まった。
「何がですか?」
「追ってくる魔物が」
「……どれくらい?」
エイルはロディオを見る。
ロディオが答える。
「数えてません」
メルディアが付け足した。
「数えられる状態じゃなかった」
受付の職員は一度、五人が持ち帰ってきた大量の素材を見る。
「それで?」
「逃げた先の広間に、今度はものすごく大きな魔物がいました」
「大きな魔物」
「そいつの攻撃をルシエラの防御でやり過ごしたら、後ろから追ってきた魔物に当たりまして」
職員がゆっくり顔を上げた。
「追ってきた魔物と、その大きな魔物が戦い始めた?」
「そうなりました」
「そうなりました?」
ロディオが頷く。
「俺たちもびっくりしました」
「それで、小さい方を応援してました」
ルシエラが言った。
受付の職員が今度はルシエラを見る。
「応援?」
「最初は私たちを追いかけてた魔物だったんですけど、あの時だけは頑張ってほしくて」
「なるほど……」
本当に納得したのかは分からなかった。
「最後は大きい方がほとんど倒しまして」
エイルが続ける。
「でも毒みたいなのが効いて、かなり弱ってました。それでも俺たちの攻撃じゃほとんど通らなくて」
「それでどうしたんです?」
「そいつの攻撃で柱を壊して、天井を落としました」
受付の職員が完全に手を止めた。
「誰の上に?」
「俺たちと、大きな魔物の上に」
「皆さんは?」
「ルシエラが守ってくれました」
受付の職員はペンを置いた。
額へ手を当てる。
「少し待ってください」
「はい」
しばらく待った。
職員が顔を上げる。
「確認します。皆さんは浅層の素材採取と魔物討伐の依頼を受けました」
「はい」
「壁の向こうに入って、宝箱を動かして落下し、大量の魔物に追われ、その魔物を別の大型魔物と戦わせ、最後は天井を落として討伐した」
エイルは考える。
「だいたい合ってます」
「だいたい」
職員がまた額を押さえた。
ロディオが小声で言う。
「説明すると変だな」
クラウスが返す。
「説明しなくても十分変だったと思います」
その後。
五人が持ち帰った素材は、ギルドの奥へ運ばれた。
しばらくすると、受付の職員とは別の男が出てきた。
灰色の髪を短く刈り込んだ、五十歳ほどの男だった。
素材の査定を担当しているらしい。
男は最初に黒い外皮を手に取った。
表。
裏。
断面。
指で叩く。
次に牙。
爪。
最後に、大きな魔石を見る。
「これを倒したのは、あんたたちか?」
エイルが答える。
「最後に倒したのは俺たちです」
「最後に?」
「話すと長くなるんです」
受付の職員が横から言う。
「長かったです」
査定役の男はそれ以上聞かなかった。
魔石を両手で持ち上げる。
「アーマードレイクだな」
「知ってる魔物なんですか?」
ルシエラが聞いた。
「ああ。ただ、そこらの洞窟を歩いてるような魔物じゃない。古いダンジョンの深い区画で、たまに守護個体として居着くやつだ」
ロディオが聞く。
「強い?」
男がロディオを見る。
「倒してきた本人が聞くのか?」
「ほとんど他の魔物に削ってもらったので」
「なるほどな」
男は外皮を指先で叩いた。
「この外皮が特徴だ。生半可な刃じゃ通らない。魔石もこの大きさなら十分育った個体だろう」
エイルは腰の新しい剣を見る。
自分の古い剣で斬った時の手応えを思い出す。
男は素材を並べながら続けた。
「皮は防具になる。牙と爪は加工品にも武器にも使える。魔石は魔道具屋が欲しがるだろうな」
ロディオが少し前へ出た。
「高いですか?」
クラウスが隣で小さく息を吐いた。
男は笑った。
「安くはない」
「どのくらい?」
査定額を聞いた。
ロディオが黙った。
エイルも一度聞き間違いかと思った。
ルシエラは金額を頭の中で数えている。
メルディアが確認した。
「全部売った場合?」
「ああ。ただし外皮の状態がいい部分は、自分たちの装備に回してもいい。加工料を引いても、そっちの方が得になることもある」
ロディオがもう一度聞いた。
「さっきの金額、もう一回言ってもらっていいですか?」
男が同じ金額を繰り返した。
ロディオがエイルを見る。
「聞き間違いじゃなかった」
「俺もそう思ってた」
「これなら装備買えるよな?」
「かなり選べると思う」
査定役の男が笑う。
「新人が最初に持つ装備からなら、全員分を替えても余るだろう」
ルシエラが驚いた。
「全部替えてもですか?」
「全部を最高級品にすれば話は別だがな」
「最高級品は買わなくていいだろ」
エイルが言うと、ロディオも頷いた。
「俺も値段聞いたら怖くて使えない」
「あなたは高い物でも使うと思う」
メルディアが言った。
「使うけど、落とした時に泣く」
次は剣だった。
査定役の男が濃紺の鞘ごと受け取る。
刃を抜いた瞬間、表情が少し変わった。
「これはどこで?」
「大きな魔物を倒した後、壁の奥に宝箱が出てきたんです」
「討伐報酬か」
エイルが聞き返す。
「そういうの、普通にあるんですか?」
「普通というほどじゃない。ただ、古いダンジョンにはある。強い守護個体がいる区画で、そいつを倒すと奥の部屋が開くことがあるんだ」
ロディオが腕を組む。
「最初の宝箱と全然違うじゃん」
「最初のは何だったんだ?」
「床が開くやつです」
「それは知らん」
男は剣の刃を角度を変えながら見る。
軽く指で弾く。
音を聞く。
「蒼鋼だな」
「蒼鋼?」
エイルが聞く。
「魔力を含む鉱石から作る鋼だ。普通の鋼より軽くて硬い。刃持ちもいい。この量を使った剣なら、かなりいい品だ」
メルディアが聞く。
「特殊な効果は?」
「少なくとも見た限り、変な付与はない。切れて、折れにくい。武器としてはそれで十分だろ」
エイルは少し安心した。
複雑な使い方を覚えなくてもいいらしい。
男が鞘へ戻す。
「売るなら高く買うぞ」
「売りません」
エイルはすぐに答えた。
ロディオが横を見る。
「早いな」
「使えるんだから使うよ」
ルシエラが嬉しそうに言った。
「せっかく手に入れた剣ですしね」
男は笑って、エイルへ返した。
「なら手入れだけは覚えろ。いい剣でも雑に使えば傷む」
「はい」
素材の一部を売る。
一部は加工用に残す。
大きな魔石は売却することにした。
牙と爪も、必要な分を除いて換金する。
硬質外皮は状態の良いところを何枚か残した。
残した素材は防具の補強などに使えるが、加工には日数がかかるという。
ひとまず今使う装備は店で買い替え、素材の加工は別に相談することになった。
それだけでも、五人が今まで持ったことのない金額になった。
翌朝。
五人は装備屋の前に立っていた。
「入るぞ」
エイルが言う。
ロディオが店の奥を見る。
昨日までなら近づかなかった棚に、視線が向いている。
「この辺、値段書いてある?」
「入る前から値札探すなよ」
「大事だろ」
店の中には、剣、槍、盾。
革鎧。
金属鎧。
ローブ。
靴。
手袋。
冒険者向けの装備が壁一面に並んでいた。
店主は五人の予算を聞くと、少し奥の商品を案内した。
ロディオが小声で言う。
「昨日まで見てた場所と違う」
エイルも小声で返す。
「俺も思った」
まずエイル。
剣はすでに蒼鋼剣がある。
防具を中心に選ぶことになった。
重い全身鎧ではなく、胸や肩を守る金属板と、動きやすい革を組み合わせたもの。
腕当ても今までより厚い。
試着したエイルが肩を回す。
「思ったより動けるな」
店主が言った。
「その体つきなら、これくらいの重量は気にならないだろう」
ロディオが横から胸当てを叩く。
「前より硬そう」
「叩くな」
「確認してるだけ」
「店の物で確認するな」
ルシエラは白を基調にした新しいローブを選んでいた。
今までのものより布が厚く、胴や肩の内側には薄い補強材が入っている。
「こっちの方が軽いですよ」
ルシエラが別のローブを持ち上げる。
エイルがすぐに言った。
「丈夫な方にしよう」
「でも動きやすいです」
「昨日、何回危ない目に遭ったと思ってるんだ?」
ルシエラがエイルを見る。
「エイルの方が危なかったですよ」
「俺の話は今してない」
クラウスが横から言った。
「ルシエラは前へ出ることがありますから、少し丈夫な方がいいと思います」
「クラウスまで」
「昨日のことを考えると」
ルシエラは少し考えた。
「……じゃあ、丈夫な方にします」
杖も新しくした。
以前より質の良い木材で作られ、芯に細い魔力伝導材が通されている。
店主によれば、聖職者向けに重心が調整されており、長く持っていても疲れにくい作りらしい。
ルシエラは何度か握ってみる。
「前のより少し重いです」
「その分、丈夫だよ」
店主が答える。
「殴っても折れにくい」
ルシエラが杖を見る。
「殴る予定はないです」
エイルが言う。
「たぶんな」
「ありませんよ」
メルディアは杖選びに時間がかかった。
長さ。
重さ。
魔力の通り方。
握った時の感覚。
一本を持つ。
戻す。
別の一本を持つ。
また戻す。
ロディオが横で待っている。
「違い分かる?」
「分かる」
「どこが?」
「こっちは魔力を流した時に先端へ寄りすぎる」
「……そう」
ロディオはそれ以上聞かなかった。
最終的に、黒い木材を使った細身の杖に決まった。
装飾はほとんどない。
店主が「もう少し見栄えのするものもある」と勧めたが、
「性能が同じならこっちでいい」
の一言で終わった。
クラウスは法衣と杖。
法衣は裾が動きを邪魔しない長さで、要所に丈夫な布が重ねられている。
杖はメルディアのものより太く、強度が高い。
「治療役は狙われることもあるからね」
店主が言う。
クラウスが頷く。
「壊れにくい方が助かります」
「盾は?」
ロディオが聞く。
「持ちません」
「即答だな」
「片手を空けておきたいので」
最後はロディオ。
短剣を二本並べる。
片方を握る。
振る。
もう片方へ持ち替える。
「これとこれ」
決めるのは一番早かった。
エイルが驚く。
「もっと悩むと思った」
「武器は持てば分かる」
「宝箱のシミはあんなに悩んだのに?」
ロディオが真顔で答える。
「床は持てないだろ」
「比べる話じゃない」
防具は軽さを優先。
胸、腕、脛だけを守る軽装。
靴も底が丈夫で、足音が立ちにくいものを選んだ。
履いて店内を少し歩く。
「これいいな」
「走るなよ」
「走ってない」
「今、走ろうとしただろ」
「試したかっただけ」
必要な物を一通り揃える。
古い装備は、まだ使えるものは予備へ。
傷みの激しいものは修理か下取りに回した。
会計を終えても、昨日の素材代はかなり残った。
店を出る。
五人とも、朝とは姿が変わっていた。
エイルの腰には濃紺の鞘に収まった蒼鋼剣。
身体には新しい胸当て。
ルシエラは白いローブと新しい杖。
メルディアは黒い杖と濃色のローブ。
クラウスは新しい法衣。
ロディオは二本の短剣と軽装。
ロディオが五人を見回す。
「なんか、一気に冒険者っぽくなったな」
エイルが言う。
「前から冒険者だろ」
「そうなんだけど、ほら。最初の頃と違うじゃん」
ルシエラもみんなを見る。
「確かに、ちょっと強そうです」
メルディアが言う。
「実際、前より強い」
「そこは雰囲気の話だろ」
クラウスが笑った。
五人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
途中。
通りを歩く人々の間に、東から来たらしい荷車が何台か見えた。
荷物を積んでいるものもあれば、家族を乗せているものもある。
この町へ来る途中で見た光景と似ている。
ルシエラが少しだけそちらを見る。
笑顔が薄くなった。
ギルドへ入る。
掲示板には、新しい依頼が何枚か追加されていた。
街道警戒。
物資輸送。
避難民の護衛。
東方面の情報収集。
ロディオが掲示板を見る。
「戦争の仕事、増えてるな」
エイルも隣へ立った。
「この町へ着いた時より多い気がする」
受付の職員が声をかけてきた。
「東側の状況が少し動いたんです。詳しい情報はまだ入っていませんが、魔王軍がさらに西へ動いているようです」
エイルは掲示板を見る。
街道で会った家族。
焼けた家。
新しい墓。
そして、四天王ガルベルトという名前。
もう、遠い場所の話ではなかった。
腰には、昨日まで持っていなかった剣がある。
身体も、装備も変わった。
それでも。
エイルは依頼書へすぐ手を伸ばさなかった。
「まず、話を聞こう」
「そうですね」
クラウスが頷く。
ロディオも掲示板から離れる。
ルシエラとメルディアも受付へ向かった。
新しい装備の感触を確かめながら。
五人は、受付の前へ並んだ。