『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

13 / 24
第四章 ドルガ防衛
第13話 避難支援


「ハルツが落ちました」

 

受付の職員が、机の上に広げた地図を指した。

 

ルシエラの表情が強張る。

 

「魔王軍に、ですか?」

 

「はい。現在は占領されています」

 

地図の中央から東へ延びる街道。

 

今いるカレナ。

 

その東にドルガ。

 

さらに先にハルツがある。

 

職員の指が、ハルツから西へ動いた。

 

「ガルベルトの部隊も動いています。進路から見て、次はドルガでしょう」

 

ロディオが身を乗り出す。

 

「もう近いんですか?」

 

「今朝の報告では、まだハルツ周辺です。ただ、ドルガでは住民の避難が始まっています」

 

職員は一枚の依頼書を置いた。

 

「カレナからも人を送ります。住民の誘導、物資の搬出、避難する荷馬車の護衛です」

 

クラウスが依頼書を手に取った。

 

「どのくらいの人数が行くんですか?」

 

「冒険者だけで十数組。商業組合から荷馬車も出ます。神殿からも何人か向かう予定です」

 

「私たちも行けますか?」

 

ルシエラが聞いた。

 

職員は少しだけ考えた。

 

「行ってもらえるなら助かります。ただ、現地では守備隊の指示に従ってください」

 

「はい」

 

「それと、ガルベルトを見つけても近づかないでください」

 

ロディオが苦笑する。

 

「近づきませんよ」

 

「俺たち、まだそこまで自信ないです」

 

エイルも言った。

 

メルディアが横を見る。

 

「そこまで?」

 

「言い方の問題だよ」

 

「いずれ近づくつもりみたいに聞こえた」

 

「ないから」

 

クラウスが依頼書を読み終える。

 

「僕は受けたいです」

 

「私もです」

 

ルシエラが続いた。

 

ロディオも頷く。

 

「行こう」

 

メルディアは地図を見ていたが、やがて顔を上げた。

 

「私もいい」

 

エイルは四人を見てから、受付職員へ向き直った。

 

「受けます」

 

「分かりました。東門から出る荷馬車隊があります。一緒に向かってください」

 

出発は一時間後だった。

 

カレナの東門には、ドルガへ向かう荷馬車が六台並んでいた。

 

食料。

 

薬。

 

空の荷箱。

 

帰りに避難民や物資を載せるため、荷台に余裕を残している馬車もある。

 

エイルたちはその周囲を歩いた。

 

街道を進むにつれ、西へ向かう人が増えていく。

 

家財道具を積んだ荷車。

 

子供を乗せた馬車。

 

荷物を背負って歩く老人。

 

その中に、兵士の姿も混じっていた。

 

腕を布で吊った男がいる。

 

頭に包帯を巻いたまま歩いている者もいた。

 

荷車の隅には、ひびの入った盾が積まれている。

 

ロディオがそれを目で追った。

 

「ハルツからかな」

 

メルディアが答える。

 

「聞けば分かると思う」

 

「聞く?」

 

「私は聞かない」

 

「じゃあ何で言ったんだよ」

 

「聞けば分かると言っただけ」

 

ロディオが何か言い返しかけて、やめた。

 

ルシエラは、西へ向かう荷車を見ていた。

 

荷台に座っていた女の子と目が合う。

 

ルシエラが手を振る。

 

女の子は少し迷ってから、小さく振り返した。

 

荷車はそのまま遠ざかっていった。

 

午後になっても、人の流れは途切れなかった。

 

やがて街道の先に、厚い石壁が見えてくる。

 

ドルガだった。

 

門の外には長い列ができていた。

 

町へ入る荷馬車。

 

西へ出る荷馬車。

 

その間を兵士が走り回っている。

 

「西へ出る馬車は右へ!」

 

「止めるな! 詰まるぞ!」

 

「三番の荷台、まだ空きがある!」

 

エイルたちの一行も列へ入った。

 

依頼書を確認した兵士が、すぐに手を上げる。

 

「カレナからの応援か!」

 

「はい!」

 

「荷馬車はそのまま中央倉庫へ! 冒険者も一緒に行ってくれ!」

 

門を抜ける。

 

町の中も人で溢れていた。

 

路地から荷物を抱えた住民が出てくる。

 

兵士が行き先を指示する。

 

泣いている子供を抱いたまま歩く女性もいた。

 

中央倉庫へ着くと、さらに慌ただしかった。

 

木箱。

 

麻袋。

 

樽。

 

棚から下ろされた薬品。

 

運び出す物が床いっぱいに並んでいる。

 

エイルが近くの兵士へ声をかけた。

 

「何をすればいいですか?」

 

「運べる物から西門へ回してくれ!」

 

兵士が大きな木箱を指す。

 

「それは二人で――」

 

エイルが持ち上げた。

 

兵士の口が止まる。

 

エイルも箱を見た。

 

「……これですか?」

 

「ああ」

 

重い。

 

腕にも肩にも重さは来る。

 

それでも持ち上がった。

 

ロディオが横から覗く。

 

「一人でいけるじゃん」

 

「俺も今そう思った」

 

「じゃあ、もう一個」

 

「無理」

 

「試してみれば?」

 

「お前が持てよ」

 

ロディオはすぐ横にあった麻袋を担いだ。

 

ルシエラが見る。

 

「それ、軽そうですね」

 

「持ってから気づいた」

 

メルディアが言う。

 

「三つ見比べてた」

 

「見てたの?」

 

「目の前だったから」

 

エイルは笑いながら木箱を運び出した。

 

西門では、空の荷馬車が次々に入ってくる。

 

箱を積む。

 

樽を積む。

 

一台が出れば、また次が来る。

 

ルシエラとクラウスは途中から負傷者の方へ呼ばれた。

 

「治療できます!」

 

ルシエラが手を上げる。

 

神殿の服を着た女性が振り返った。

 

「助かります! 歩ける人から診てください!」

 

クラウスもそちらへ向かう。

 

メルディアは倉庫に残り、荷札を読み始めた。

 

「こっちは薬。食料と一緒にしない方がいい」

 

倉庫の係が頷く。

 

「分けられるか?」

 

「やります」

 

ロディオは荷馬車と倉庫を何度も往復していた。

 

エイルも次の箱を持ち上げる。

 

「お前たち、カレナから来たのか?」

 

声をかけられた。

 

振り返る。

 

四十代くらいの兵士だった。

 

短く刈った髪。

 

左の頬に古い傷。

 

右腕には新しい包帯が巻かれている。

 

「はい」

 

エイルが答えた。

 

「ハインツだ。ここの守備隊に回された」

 

ロディオが包帯を見る。

 

「その腕で?」

 

「剣くらい振れる」

 

「治した方がよくないですか?」

 

「順番待ちだ」

 

ハインツは倉庫の奥を見る。

 

「ハルツから戻った連中が多いからな」

 

エイルの手が止まった。

 

「ハルツにいたんですか?」

 

「ああ」

 

ルシエラも治療の手を止めて、こちらを見た。

 

「ガルベルトも見たんですか?」

 

ハインツは頷いた。

 

「見た」

 

ロディオが近づく。

 

「どんな奴でした?」

 

「強い」

 

「それは知ってます」

 

「なら知ってるじゃないか」

 

「もうちょっと何かないんです?」

 

ハインツが少し笑った。

 

「火炎魔法を使う。剣も使う。重装のくせに前に出てくる」

 

ルシエラが首を傾げる。

 

「魔法を使う人なのに?」

 

「魔法だけなら楽だったんだがな」

 

メルディアが荷札から顔を上げた。

 

「攻城戦が得意って聞いた」

 

「ああ」

 

ハインツの表情が変わった。

 

「ハルツの門はあいつが破った」

 

エイルがドルガの城壁を見る。

 

外から見ても分厚かった。

 

「どうやって?」

 

「《ブラストフレア》だ」

 

メルディアが反応する。

 

「上位火炎魔法」

 

「知ってるのか」

 

「名前だけ」

 

ハインツは手で城門の方向を示した。

 

「門と、その周りの壁が一発で飛んだ」

 

ロディオが口を閉じた。

 

ルシエラも何も言わない。

 

ハインツが二人を見る。

 

「だから見つけても戦おうなんて考えるなよ」

 

「言われてます」

 

エイルが答えた。

 

「ギルドでも」

 

「ならいい」

 

ハインツは倉庫から出ていく荷馬車を見る。

 

「今日はまだ来ない。今のうちにできるだけ出す」

 

「分かるんですか?」

 

「偵察がついてる。今朝の時点で本隊はハルツだ」

 

東を指す。

 

「町を一つ取った直後だ。負傷者もいる。補給も要る。全部動かすなら明日になる」

 

ロディオが息を吐く。

 

「じゃあ、夜までは時間あるんですね」

 

「そのために急いでる」

 

ハインツは空き始めた倉庫を見回す。

 

「日が落ちるまでに、もう何台か出したい」

 

エイルは次の木箱へ向かった。

 

荷馬車が一台。

 

また一台。

 

西門から出ていく。

 

床を埋めていた荷物も、少しずつ減っていった。

 

「次、これお願いします!」

 

倉庫の係が声を上げる。

 

「はい!」

 

エイルが箱へ手を伸ばす。

 

少し離れた場所では、ルシエラが子供の腕に巻かれた布を外していた。

 

「痛みますか?」

 

「ちょっと」

 

「すぐ終わりますからね」

 

その隣でクラウスが兵士の傷を診ている。

 

メルディアは荷物の山から顔を上げた。

 

「エイル、それ西門じゃない」

 

「え?」

 

「そっちは神殿行き」

 

箱を見る。

 

薬品と書いてある。

 

「危なかった」

 

「文字は読んで」

 

「持ってから言われても」

 

「持つ前に見て」

 

ロディオが横を通り過ぎる。

 

「メルディア、こっちは?」

 

「食料」

 

「西門?」

 

「西門」

 

「よし」

 

「それくらい読めるでしょ」

 

「確認だよ」

 

「さっき逆に持っていったから?」

 

ロディオは返事をしなかった。

 

◇

 

ハルツの一室。

 

ガルベルトは机に広げた地図を見ていた。

 

斥候が向かいに立っている。

 

「ドルガから西へ向かう荷馬車が増えています」

 

「数は」

 

「確認できただけで十数台。今も続いています」

 

「何を積んでいる」

 

「食料、薬品。住民も避難しています」

 

ガルベルトの指がドルガの位置に止まる。

 

隣にいた副官が口を開いた。

 

「本隊は予定通り、明朝出発でよろしいでしょうか」

 

ガルベルトは地図から顔を上げた。

 

「明日まで待てば、倉庫は空だ」

 

副官が黙る。

 

「馬を出せる者は」

 

「すぐ動けるのは六十ほどです」

 

「十分だ」

 

「先行させますか?」

 

ガルベルトは地図を畳んだ。

 

「俺も行く」

 

副官が一瞬だけ目を見開く。

 

「ガルベルト様も?」

 

「門を閉められてから待つ方が面倒だ」

 

立ち上がる。

 

壁に立てかけてあった剣を取った。

 

「本隊は予定を変えるな。負傷者を急がせる必要もない」

 

「はっ」

 

「ドルガでは倉庫と井戸を押さえる」

 

ガルベルトは扉へ向かう。

 

「逃げる住民は追うな。抵抗する兵だけ排除しろ」

 

「承知しました」

 

外へ出ると、すでに兵が集まり始めていた。

 

軍馬を引く者。

 

装備を確認する者。

 

伝令が走り回っている。

 

ガルベルトは鐙に足を掛け、馬へ乗った。

 

「出るぞ」

 

ハルツの西門が開いた。

 

◇

 

日が傾いていた。

 

エイルは荷馬車へ木箱を押し込んだ。

 

「これで最後?」

 

ロディオが聞く。

 

倉庫の係が首を振る。

 

「まだ奥にある!」

 

「聞かなきゃよかった」

 

「お前が聞いたんだろ」

 

エイルが言う。

 

ハインツが西門の方から戻ってきた。

 

「だいぶ出たな」

 

倉庫の中を見る。

 

積み上がっていた箱は半分以下になっている。

 

「この分なら、日が落ちる頃には――」

 

鐘が鳴った。

 

カン。

 

ハインツが振り返る。

 

続けて鳴る。

 

カン、カン、カン――。

 

倉庫の中にいた兵士たちが一斉に外を見た。

 

城壁の上から声が飛んでくる。

 

「東街道!」

 

ハインツが走り出した。

 

「何だ!」

 

「魔王軍です!」

 

エイルたちも動いた。

 

ハインツは東側の城壁へ向かう。

 

「今朝はまだハルツにいた!」

 

階段を駆け上がる。

 

「本隊が動けば分かるはずだ!」

 

城壁へ出た。

 

東街道の先に土煙が上がっている。

 

大軍ではない。

 

だが、速い。

 

騎馬の一団が、真っ直ぐドルガへ向かっていた。

 

先頭の男が見える。

 

黒い重鎧。

 

短い青髪。

 

頭から伸びる二本の角。

 

ハインツの顔が強張った。

 

「……ガルベルト」

 

エイルは黙って、近づいてくる一団を見た。

 

警鐘が、町中に鳴り続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。