『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
警鐘が鳴り続けていた。
東街道の先で、ガルベルト率いる騎馬隊が止まる。
ハインツは城壁の上から身を乗り出した。
「本隊じゃない。六十……七十もいない」
エイルが隣から街道を見る。
「それでもガルベルト本人がいます」
「あいつ一人で十分厄介なんだよ」
城壁の下では兵士たちが走り回っていた。
「東門前を空けろ!」
「住民は中央通りへ!」
「西門からの避難は止めるな!」
ルシエラたちも階段を下りる。
門の内側には、まだ荷車や物資が残っている。
ロディオが脇道を指した。
「荷車はこっち! 一台ずつ!」
クラウスは足を引きずる老人に肩を貸す。
メルディアが東門を振り返った。
「動いた」
外で、一人の魔族が前へ出ていた。
「ドルガ守備隊へ告げる!」
声が城壁を越えて響く。
「門を開き、武器を捨てろ! 抵抗しない者には手を出さない!」
少しして、城壁の上から返事が飛んだ。
「断る!」
ロディオが顔を上げた。
「早いな」
「話し合う気ないですね」
ルシエラが言う。
「まあ、そうなるだろ」
エイルが答えた。
外では、ガルベルトが馬から降りていた。
右手を上げる。
後ろの魔族たちが、一斉に距離を取った。
ハインツの怒鳴り声が城壁から響いた。
「門から離れろ!」
エイルが振り返る。
「来るんですか!」
「《ブラストフレア》だ!」
兵士たちの動きが変わった。
門の補強をしていた者たちまで走り出す。
だが、まだ何人か残っている。
担架を運ぶ兵士。
荷物を抱えた住民。
転んだ子供を起こそうとしている女。
ルシエラが杖を握った。
「早く!」
淡い光が広がる。
「《光と闇の祝福》!」
エイルの身体が軽くなる。
「えっ」
一歩踏み出しただけで、思った以上に前へ出た。
ロディオも目を見開く。
「ちょ、強くない?」
「今はいいから!」
メルディアが叫んだ。
エイルは走った。
「こっちです!」
担架を一人で持ち上げかけて、慌ててもう一人の兵士に合わせる。
ルシエラは門の向こうを見る。
炎が集まっていた。
赤い光が、どんどん大きくなる。
「みんな、こっちへ!」
ガルベルトは掌の前に集まる炎を見た。
いつもより魔力の流れがいい。
炎の収束も早い。
「……今日は調子がいいな」
副官が横から見る。
「ハルツでの疲れも抜けたのでしょう」
「そうかもな」
ガルベルトは城門へ腕を伸ばした。
狙う。
「《ブラストフレア》」
火球が飛んだ。
「伏せろ!」
ハインツの声。
ルシエラが杖を振り上げる。
「《絶対防御領域》!」
白い光が広がった。
火球が城門へ届く。
次の瞬間。
ドルガの東側が爆炎に呑まれた。
轟音。
城門が吹き飛ぶ。
門楼が崩れる。
左右の城壁がまとめて砕け、巨大な石材が空へ舞い上がった。
爆発はそこで止まらない。
門の内側に並んでいた建物が巻き込まれる。
屋根が飛ぶ。
壁が崩れる。
さらに奥まで衝撃が抜け、通り沿いの窓が次々と割れた。
地面そのものが揺れる。
やがて煙が広がり、音が遠ざかっていく。
エイルが顔を上げた。
「……」
ロディオも起き上がる。
「……」
目の前に、夕焼けが見える。
エイルが呟いた。
「門、どこ?」
「ない」
少し離れた瓦礫の向こうから、ハインツが顔を出した。
「……は?」
◇
ガルベルトも同じ顔をしていた。
「……は?」
煙が流れていく。
城門がない。
門楼がない。
左右の城壁も、大きく抉れている。
その奥にあった建物まで何棟か姿を消していた。
ガルベルトは右手を見る。
握る。
開く。
もう一度ドルガを見る。
「……」
副官が恐る恐る口を開いた。
「さ、さすがガルベルト様……」
「褒めるな」
「はい?」
「今は褒めるな」
「は、はい」
後ろでは兵士たちがざわついている。
「何だ今の……」
「ハルツより凄くなかったか?」
「城壁まで……」
ガルベルトが振り返る。
「聞こえているぞ」
静かになった。
また前を見る。
遠くで、崩れかけていた壁が倒れた。
ドォン。
ガルベルトの眉が動く。
「……俺、そんなに込めたか?」
副官が答えに困る。
「私には何とも……」
「そうだな」
しばらく黙る。
ガルベルトは東門があった辺りをじっと見た。
「門の裏に、何か置いてあったんじゃないか?」
副官も見る。
「何か、とは」
「火薬とか」
「人間が城門の裏に火薬を?」
「魔道具でもいい」
「確認できません」
ガルベルトは頷いた。
「つまり可能性はあるな」
副官が少し黙った。
「……可能性は、あるかもしれません」
「あるな」
「はい」
「ならそれだ」
副官がガルベルトを見る。
ガルベルトはもう一度、大きく抉れた城壁を見た。
「そうだ。誘爆したんだ」
「……はい」
「《ブラストフレア》だけで、あんなことになるわけがない」
「そうですね」
「だろ?」
「はい」
ガルベルトの顔に少し落ち着きが戻った。
後ろから兵士が声を上げる。
「ガルベルト様! 城門を突破しました!」
「今なら突入できます!」
ガルベルトが振り返る。
「待て」
兵士たちが止まる。
ガルベルトはもう一度ドルガを見る。
瓦礫。
煙。
燃えている建物。
「原因不明の誘爆が起きた場所だぞ」
副官が瞬きをした。
「原因不明……」
「まだ調べていないからな」
「はい」
「何が爆発したのか分からん」
「はい」
「そんな場所に、六十人で入るのは危険だ」
副官が少し考える。
「……確かに」
ガルベルトが力強く頷いた。
「だろ?」
「はい」
「よし。一度退く」
後ろの兵士が聞き返した。
「撤退ですか?」
「本隊と合流する」
ガルベルトは馬へ向かう。
「予定通り明日来ればいい。原因も分からん場所に、先行隊だけで突っ込む必要はない」
副官が頷いた。
「了解しました」
ガルベルトが鐙に足をかける。
そこで止まった。
もう一度だけドルガを見る。
占領する予定だった町。
城門はない。
城壁もかなりない。
建物も燃えている。
グラディオの顔が浮かんだ。
『ドルガを確保しろ』
ガルベルトは目を逸らした。
「……」
副官が聞く。
「どうされました?」
「いや」
「では撤退命令を」
「待て」
「はい?」
ガルベルトは小さな声で言った。
「魔王様に、どう報告する」
副官が黙った。
ガルベルトも黙った。
少しして副官が答える。
「ドルガ東門を破壊した、と」
「その後が問題だろ」
「……城壁も破壊」
「俺が壊したみたいじゃないか」
副官は何も言わなかった。
ガルベルトが見る。
「何だ」
「いえ」
「誘爆だろ」
「はい」
「なら報告も正確にしないとな」
「はい」
ガルベルトは考えた。
やがて頷く。
「『攻城魔法着弾後、城門付近で大規模な爆発が発生』」
副官が聞く。
「原因は?」
「不明」
「不明」
「まだ調査してないからな」
「はい」
「勝手に俺の魔法が原因だと決めつける方が問題だ」
「……はい」
ガルベルトは馬に乗った。
顔つきが戻っている。
「よし」
「よし、とは?」
「撤退だ」
副官は振り返った。
「全隊、撤退!」
魔王軍が東へ動き始めた。
◇
「……帰っていきますね」
ルシエラが言った。
ロディオが遠ざかる魔王軍を見る。
「帰ってるな」
エイルも見る。
「何で?」
ハインツが答えた。
「知らん」
城壁の残った部分から声が上がる。
「魔王軍が退くぞ!」
町の中から歓声が返った。
「退いた!」
「ガルベルトが退いたぞ!」
ルシエラが胸を撫で下ろす。
「よかった……」
ロディオは東門があった場所を見る。
「……勝った?」
メルディアも見る。
「敵はいなくなった」
「じゃあ勝ち?」
ハインツは崩れた城壁を見た。
燃えている建物を見た。
最後に、遠ざかっていくガルベルトを見る。
「……勝ちでいい」
誰も反対しなかった。