『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
朝になっても、ドルガの東側には焦げた臭いが残っていた。
兵士たちは崩れた城壁の前に荷車を並べ、その隙間へ木材や瓦礫を積んでいる。門はなく、作れるのはせいぜい壁だった。
「次!」
エイルが木材を受け取る。
昨日より人が少ない。
夜のうちにも避難は進み、西門から何台もの荷馬車が出ていった。
残っている住民も、あと僅かだ。
ロディオが東側から走ってきた。
「来た!」
エイルが振り返る。
「魔王軍?」
「今度は本隊!」
近くにいた兵士たちの顔が変わった。
ハインツがすぐに声を上げる。
「作業中止! 戦える奴は持ち場へ! 避難組は西門を急がせろ!」
ルシエラが東の街道を見る。
遠くに上がる土煙は、昨日とは違って横に長く広がっていた。
「……多いですね」
クラウスが頷く。
「本隊でしょう」
近くを走っていた兵士が仲間に声をかける。
「昨日より強くなってたんだろ?」
「ああ」
「今日もか?」
「知るか!」
その声がルシエラにも聞こえた。
昨日。
一発で消えた東門。
さらに強くなっていたら。
ルシエラは杖を握り直した。
「エイルさん」
「ああ」
「皆さんの近くにいます」
「頼む」
東街道の先。
黒い鎧の一団が、ドルガの前で止まった。
◇
ガルベルトは馬上からドルガを見た。
昨日、自分が開けた場所がよく見える。開けたというより、なくした場所だった。
ガルベルトは視線を逸らした。
「全軍に通達」
副官が振り向く。
「はい」
「上位火炎魔法は禁止する」
周囲の指揮官たちが顔を上げた。
ガルベルトは続ける。
「昨日の件がある。土地の状態を確認するまでは、大規模な魔法を使うな」
「承知しました」
「今日は町を取る」
一拍。
「壊すな」
「はっ!」
返事が揃った。
ガルベルトは満足そうに頷いた。
昨日とは違い、今日は慎重にやるつもりだった。ヴェルナーから聞いた神魔大戦の伝承もある。土地の魔力が不安定なら、それに合わせればいい。
「まず俺が試す」
副官が見る。
「何を使われますか?」
「小さいのでいい」
ガルベルトが右手を上げる。
「《ファイヤーボール》だ」
副官が頷いた。
「それなら問題ないかと」
「だろう」
◇
城壁の跡では、兵士たちが武器を構えていた。
エイルも剣を抜く。
ルシエラが周囲を見る。
怖い。
昨日より多い。
ガルベルトもいる。
でも、ここにはまだ人がいる。
「《光と闇の祝福》!」
淡い光が広がった。
エイルの身体が軽くなる。
昨日と同じ。
いや。
「……また強くなってない?」
ロディオが小さく言った。
メルディアが東を見る。
「来る」
赤い光が見えた。
ハインツも気づく。
「魔法!」
ガルベルトの掌に、小さな火球が浮かんでいる。
ハインツの眉が寄った。
「……ファイヤーボール?」
エイルが聞き返す。
「それだけ?」
「たぶん」
火球が飛んできた。
応急的に積み上げた木材と瓦礫へ当たる。
爆発した。
「は?」
木材が吹き飛んだ。
荷車が跳ね上がる。
瓦礫が崩れ、地面が抉れる。
すぐ後ろにあった家の壁まで吹き飛んだ。
爆風が通りへ抜け、窓が一斉に割れる。
ハインツが口を開けたまま止まっていた。
「……」
エイルが横を見る。
「今の」
「ファイヤーボールだ」
「本当に?」
「名前はな」
◇
ガルベルトも止まっていた。
「……」
副官も止まっていた。
二人の前で煙が上がっている。
ガルベルトがゆっくり口を開いた。
「ファイヤーボールだよな」
「はい」
「俺は今、ファイヤーボールを撃ったよな」
「はい」
「ブラストフレアではないな」
「はい」
煙の中で、家の屋根が落ちた。
ガラガラガラ。
ガルベルトはそれを見た。
副官も見た。
ガルベルトが頷く。
「よし」
副官が見る。
「何がでしょう」
「やはり土地だ」
「ああ……」
「ファイヤーボールだぞ」
「はい」
「俺が多少力を入れすぎたとしても、ファイヤーボールはファイヤーボールだ」
「そうですね」
ガルベルトの顔が明るくなった。
「神魔大戦の影響だ」
副官も煙の向こうを見る。
「昨日より、かなり有力になりましたね」
「だろう」
「少なくとも、ガルベルト様の調子だけでは説明できません」
「そういうことだ」
ガルベルトは腕を組む。
「攻撃魔法は禁止」
「全軍ですか?」
「全軍だ」
「魔術部隊も?」
「撃つな」
「承知しました」
「何が起きるか分からん土地で、次々魔法を撃てるか」
副官が頷く。
ガルベルトは改めてドルガを見る。
「歩兵を前へ」
「はっ!」
命令が伝わっていく。
魔王軍が動き始めた。
◇
「来るぞ!」
ハインツの声で、エイルは剣を構えた。
魔族兵たちが瓦礫を越えてくる。
昨日の騎馬隊とは数が違う。
「ロディオ!」
「右!」
エイルが前へ出る。
一人目。
魔族兵の剣が振り下ろされた。
受ける。
ガンッ!
「っ!」
腕が沈んだ。
「重っ!」
相手も一瞬驚いたような顔をした。
だが、そのまま押し込んでくる。
エイルは横へ流して斬り返す。
魔族兵が後ろへ跳んだ。
速い。
「エイル!」
ロディオの声。
横から来た槍を避ける。
その先で、ロディオが別の魔族兵と打ち合っていた。
「こいつら!」
短剣で受ける。
押される。
「普通の兵だよな!?」
「たぶん!」
「たぶんって何だよ!」
メルディアの火球が飛ぶ。
魔族兵が横へ跳ぶ。
「避けるの速い!」
ハインツも剣を交えていた。
一人を押し返す。
すぐに二人目が来る。
「昨日の話……」
剣がぶつかる。
「ガルベルトだけじゃないぞ!」
周囲の兵士たちにも動揺が広がった。
「魔族兵まで強い!」
「何だこいつら!」
エイルはもう一度剣を受けた。
やはり重い。
昨日聞いた言葉が頭をよぎる。
魔王軍が何かしている。
「本当に全体が……」
「エイル!」
クラウスの声で我に返る。
剣が来る。
避ける。
「考えるの後!」
「分かってる!」
◇
「……妙だな」
魔王軍の兵士が呟いた。
隣の兵士が敵の剣を弾く。
「何が?」
「今日、身体軽くないか?」
「俺も思った」
別の兵士が走り抜ける。
「この辺に入ってからだ」
後方にいた副官がその声を聞いた。
ガルベルトを見る。
「ガルベルト様」
「何だ」
「兵から、身体が軽いという報告が」
ガルベルトが眉を上げる。
「兵も?」
「数名ですが」
ガルベルトはドルガを見る。
魔法だけではない。
身体まで。
少し考える。
そして頷いた。
「神魔大戦だな」
副官が一瞬止まる。
「身体能力にも影響が?」
「神と魔族が戦った場所だぞ」
「はい」
「何が残っていてもおかしくない」
「……なるほど」
ガルベルトは腕を組んだ。
「ヴェルナーに報告しておけ」
「承知しました」
ガルベルトは満足そうに戦場を見る。
「かなり有力になってきたな」
副官は何も言わなかった。
◇
西門から、最後の大きな荷馬車が出ていく。
兵士が走ってきた。
「避難完了!」
ハインツが振り返る。
「全員か!」
「確認できました!」
ハインツは東を見る。
崩れた城壁。
増え続ける魔王軍。
残っている兵。
その向こうに、まだ本隊がいる。
「撤退する!」
エイルが見る。
「町を?」
「住民は出た! ここで全滅して何になる!」
ハインツが周囲へ叫ぶ。
「順番に西へ退け! 負傷者を先に!」
「はい!」
エイルたちも動く。
クラウスが負傷兵へ肩を貸す。
ロディオは西側の道を確認する。
メルディアが追ってくる魔族を牽制する。
ルシエラは全員の中央から離れなかった。
エイルは最後に一度、東を見る。
ガルベルトがいる。
その周囲を、魔王軍が進んでくる。
「行こう!」
五人は西へ走った。
◇
夕方。
ドルガの中央広場に、魔王軍の旗が立った。
ガルベルトは周囲を見る。
昨日吹き飛ばした東側。
今日吹き飛ばした応急防壁。
それ以外は、大部分が残っている。
副官が横へ来た。
「ドルガの制圧、完了しました」
「うむ」
ガルベルトは少し満足そうに頷く。
「今回は残ったな」
副官が東側を見る。
煙がまだ上がっている。
「……はい」
ガルベルトもそちらを見る。
少し黙る。
「大部分は」
「はい」
「大部分は残った」
「はい」
ガルベルトは頷いた。
「ならいい」
副官は何も言わなかった。