『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

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第16話 魔王軍本隊

朝になっても、ドルガの東側には焦げた臭いが残っていた。

 

兵士たちは崩れた城壁の前に荷車を並べ、その隙間へ木材や瓦礫を積んでいる。門はなく、作れるのはせいぜい壁だった。

 

「次!」

 

エイルが木材を受け取る。

 

昨日より人が少ない。

 

夜のうちにも避難は進み、西門から何台もの荷馬車が出ていった。

 

残っている住民も、あと僅かだ。

 

ロディオが東側から走ってきた。

 

「来た!」

 

エイルが振り返る。

 

「魔王軍?」

 

「今度は本隊!」

 

近くにいた兵士たちの顔が変わった。

 

ハインツがすぐに声を上げる。

 

「作業中止! 戦える奴は持ち場へ! 避難組は西門を急がせろ!」

 

ルシエラが東の街道を見る。

 

遠くに上がる土煙は、昨日とは違って横に長く広がっていた。

 

「……多いですね」

 

クラウスが頷く。

 

「本隊でしょう」

 

近くを走っていた兵士が仲間に声をかける。

 

「昨日より強くなってたんだろ?」

 

「ああ」

 

「今日もか?」

 

「知るか!」

 

その声がルシエラにも聞こえた。

 

昨日。

 

一発で消えた東門。

 

さらに強くなっていたら。

 

ルシエラは杖を握り直した。

 

「エイルさん」

 

「ああ」

 

「皆さんの近くにいます」

 

「頼む」

 

東街道の先。

 

黒い鎧の一団が、ドルガの前で止まった。

 

◇

 

ガルベルトは馬上からドルガを見た。

 

昨日、自分が開けた場所がよく見える。開けたというより、なくした場所だった。

 

ガルベルトは視線を逸らした。

 

「全軍に通達」

 

副官が振り向く。

 

「はい」

 

「上位火炎魔法は禁止する」

 

周囲の指揮官たちが顔を上げた。

 

ガルベルトは続ける。

 

「昨日の件がある。土地の状態を確認するまでは、大規模な魔法を使うな」

 

「承知しました」

 

「今日は町を取る」

 

一拍。

 

「壊すな」

 

「はっ!」

 

返事が揃った。

 

ガルベルトは満足そうに頷いた。

 

昨日とは違い、今日は慎重にやるつもりだった。ヴェルナーから聞いた神魔大戦の伝承もある。土地の魔力が不安定なら、それに合わせればいい。

 

「まず俺が試す」

 

副官が見る。

 

「何を使われますか?」

 

「小さいのでいい」

 

ガルベルトが右手を上げる。

 

「《ファイヤーボール》だ」

 

副官が頷いた。

 

「それなら問題ないかと」

 

「だろう」

 

◇

 

城壁の跡では、兵士たちが武器を構えていた。

 

エイルも剣を抜く。

 

ルシエラが周囲を見る。

 

怖い。

 

昨日より多い。

 

ガルベルトもいる。

 

でも、ここにはまだ人がいる。

 

「《光と闇の祝福》!」

 

淡い光が広がった。

 

エイルの身体が軽くなる。

 

昨日と同じ。

 

いや。

 

「……また強くなってない?」

 

ロディオが小さく言った。

 

メルディアが東を見る。

 

「来る」

 

赤い光が見えた。

 

ハインツも気づく。

 

「魔法!」

 

ガルベルトの掌に、小さな火球が浮かんでいる。

 

ハインツの眉が寄った。

 

「……ファイヤーボール?」

 

エイルが聞き返す。

 

「それだけ?」

 

「たぶん」

 

火球が飛んできた。

 

応急的に積み上げた木材と瓦礫へ当たる。

 

爆発した。

 

「は?」

 

木材が吹き飛んだ。

 

荷車が跳ね上がる。

 

瓦礫が崩れ、地面が抉れる。

 

すぐ後ろにあった家の壁まで吹き飛んだ。

 

爆風が通りへ抜け、窓が一斉に割れる。

 

ハインツが口を開けたまま止まっていた。

 

「……」

 

エイルが横を見る。

 

「今の」

 

「ファイヤーボールだ」

 

「本当に?」

 

「名前はな」

 

◇

 

ガルベルトも止まっていた。

 

「……」

 

副官も止まっていた。

 

二人の前で煙が上がっている。

 

ガルベルトがゆっくり口を開いた。

 

「ファイヤーボールだよな」

 

「はい」

 

「俺は今、ファイヤーボールを撃ったよな」

 

「はい」

 

「ブラストフレアではないな」

 

「はい」

 

煙の中で、家の屋根が落ちた。

 

ガラガラガラ。

 

ガルベルトはそれを見た。

 

副官も見た。

 

ガルベルトが頷く。

 

「よし」

 

副官が見る。

 

「何がでしょう」

 

「やはり土地だ」

 

「ああ……」

 

「ファイヤーボールだぞ」

 

「はい」

 

「俺が多少力を入れすぎたとしても、ファイヤーボールはファイヤーボールだ」

 

「そうですね」

 

ガルベルトの顔が明るくなった。

 

「神魔大戦の影響だ」

 

副官も煙の向こうを見る。

 

「昨日より、かなり有力になりましたね」

 

「だろう」

 

「少なくとも、ガルベルト様の調子だけでは説明できません」

 

「そういうことだ」

 

ガルベルトは腕を組む。

 

「攻撃魔法は禁止」

 

「全軍ですか?」

 

「全軍だ」

 

「魔術部隊も?」

 

「撃つな」

 

「承知しました」

 

「何が起きるか分からん土地で、次々魔法を撃てるか」

 

副官が頷く。

 

ガルベルトは改めてドルガを見る。

 

「歩兵を前へ」

 

「はっ!」

 

命令が伝わっていく。

 

魔王軍が動き始めた。

 

◇

 

「来るぞ!」

 

ハインツの声で、エイルは剣を構えた。

 

魔族兵たちが瓦礫を越えてくる。

 

昨日の騎馬隊とは数が違う。

 

「ロディオ!」

 

「右!」

 

エイルが前へ出る。

 

一人目。

 

魔族兵の剣が振り下ろされた。

 

受ける。

 

ガンッ!

 

「っ!」

 

腕が沈んだ。

 

「重っ!」

 

相手も一瞬驚いたような顔をした。

 

だが、そのまま押し込んでくる。

 

エイルは横へ流して斬り返す。

 

魔族兵が後ろへ跳んだ。

 

速い。

 

「エイル!」

 

ロディオの声。

 

横から来た槍を避ける。

 

その先で、ロディオが別の魔族兵と打ち合っていた。

 

「こいつら!」

 

短剣で受ける。

 

押される。

 

「普通の兵だよな!?」

 

「たぶん!」

 

「たぶんって何だよ!」

 

メルディアの火球が飛ぶ。

 

魔族兵が横へ跳ぶ。

 

「避けるの速い!」

 

ハインツも剣を交えていた。

 

一人を押し返す。

 

すぐに二人目が来る。

 

「昨日の話……」

 

剣がぶつかる。

 

「ガルベルトだけじゃないぞ!」

 

周囲の兵士たちにも動揺が広がった。

 

「魔族兵まで強い!」

 

「何だこいつら!」

 

エイルはもう一度剣を受けた。

 

やはり重い。

 

昨日聞いた言葉が頭をよぎる。

 

魔王軍が何かしている。

 

「本当に全体が……」

 

「エイル!」

 

クラウスの声で我に返る。

 

剣が来る。

 

避ける。

 

「考えるの後!」

 

「分かってる!」

 

◇

 

「……妙だな」

 

魔王軍の兵士が呟いた。

 

隣の兵士が敵の剣を弾く。

 

「何が?」

 

「今日、身体軽くないか?」

 

「俺も思った」

 

別の兵士が走り抜ける。

 

「この辺に入ってからだ」

 

後方にいた副官がその声を聞いた。

 

ガルベルトを見る。

 

「ガルベルト様」

 

「何だ」

 

「兵から、身体が軽いという報告が」

 

ガルベルトが眉を上げる。

 

「兵も?」

 

「数名ですが」

 

ガルベルトはドルガを見る。

 

魔法だけではない。

 

身体まで。

 

少し考える。

 

そして頷いた。

 

「神魔大戦だな」

 

副官が一瞬止まる。

 

「身体能力にも影響が?」

 

「神と魔族が戦った場所だぞ」

 

「はい」

 

「何が残っていてもおかしくない」

 

「……なるほど」

 

ガルベルトは腕を組んだ。

 

「ヴェルナーに報告しておけ」

 

「承知しました」

 

ガルベルトは満足そうに戦場を見る。

 

「かなり有力になってきたな」

 

副官は何も言わなかった。

 

◇

 

西門から、最後の大きな荷馬車が出ていく。

 

兵士が走ってきた。

 

「避難完了!」

 

ハインツが振り返る。

 

「全員か!」

 

「確認できました!」

 

ハインツは東を見る。

 

崩れた城壁。

 

増え続ける魔王軍。

 

残っている兵。

 

その向こうに、まだ本隊がいる。

 

「撤退する!」

 

エイルが見る。

 

「町を?」

 

「住民は出た! ここで全滅して何になる!」

 

ハインツが周囲へ叫ぶ。

 

「順番に西へ退け! 負傷者を先に!」

 

「はい!」

 

エイルたちも動く。

 

クラウスが負傷兵へ肩を貸す。

 

ロディオは西側の道を確認する。

 

メルディアが追ってくる魔族を牽制する。

 

ルシエラは全員の中央から離れなかった。

 

エイルは最後に一度、東を見る。

 

ガルベルトがいる。

 

その周囲を、魔王軍が進んでくる。

 

「行こう!」

 

五人は西へ走った。

 

◇

 

夕方。

 

ドルガの中央広場に、魔王軍の旗が立った。

 

ガルベルトは周囲を見る。

 

昨日吹き飛ばした東側。

 

今日吹き飛ばした応急防壁。

 

それ以外は、大部分が残っている。

 

副官が横へ来た。

 

「ドルガの制圧、完了しました」

 

「うむ」

 

ガルベルトは少し満足そうに頷く。

 

「今回は残ったな」

 

副官が東側を見る。

 

煙がまだ上がっている。

 

「……はい」

 

ガルベルトもそちらを見る。

 

少し黙る。

 

「大部分は」

 

「はい」

 

「大部分は残った」

 

「はい」

 

ガルベルトは頷いた。

 

「ならいい」

 

副官は何も言わなかった。

 

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