『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
カレナの東門が見えてきた頃には、日がかなり傾いていた。
エイルたちの前後には、ドルガから避難してきた人々が続いている。荷車や馬車に加え、家族で歩く者や負傷した兵士の姿もあった。
門の前では、カレナの兵士たちが声を張っている。
「荷馬車は左へ!」
「怪我人は神殿へ回せ!」
「宿が必要な者は広場へ!」
ロディオが大きく息を吐いた。
「戻ってきた……」
「ですね」
ルシエラも肩から力を抜いた。
エイルは後ろを見る。
東の街道に魔王軍の姿はない。
ハインツが言っていた通り、追撃もなかった。
門を抜けると、ギルドの職員が待っていた。
「エイルさんたちですね?」
「はい」
「落ち着いたらギルドへ来てください。ドルガの状況を聞きたいそうです」
エイルたちは顔を見合わせた。
ロディオが言う。
「落ち着く前に行った方が早くない?」
メルディアが頷く。
「どうせ気になる」
「じゃあ行くか」
五人はそのままギルドへ向かった。
◇
「普通の魔族兵まで?」
受付の職員が聞き返した。
「はい」
エイルが答える。
「力も速さも、かなりありました」
「俺、一人と打ち合ったんですけど」
ロディオが割って入る。
「普通の兵だと思って受けたら、普通じゃなかったです」
「他の冒険者からも似た報告があります」
職員は手元の紙へ書き込んだ。
「ドルガから戻った兵士も、同じことを言っています」
メルディアが聞く。
「ガルベルトだけじゃない?」
「その可能性が高そうです」
職員の表情が曇る。
「ガルベルトだけなら、四天王だからで済んだんですが」
ロディオが小さく言った。
「済ませてよかったんですかね、あれ」
誰も答えなかった。
職員は別の紙を見る。
「今のところ、魔王軍本隊がドルガより西へ動いたという報告はありません」
「止まったんですか?」
ルシエラが聞く。
「少なくとも今日は。ドルガに兵を入れて、街道や物資を押さえているようです」
エイルが息を吐いた。
「じゃあ、すぐカレナに来るわけじゃない」
「断言はできません。ただ、こちらも時間は使えます」
職員は五人を見る。
「皆さんも今日は休んでください。前線から戻ったばかりです」
ロディオが頷く。
「賛成」
「早いな」
エイルが見る。
「疲れたんだよ」
「俺も疲れてる」
「じゃあ賛成でいいだろ」
「それはそうだけど」
職員が少し笑った。
「明日以降、カレナ周辺の依頼もお願いすることになると思います」
掲示板を見る。
戦争が始まっても、魔物がいなくなるわけではない。
残っている依頼は多かった。
エイルも掲示板を見る。
「……次に魔王軍と戦うなら」
四人が見る。
「今のままじゃまずいと思う」
ロディオが頷いた。
「それは思った」
メルディアも。
「敵が強くなってる」
クラウスが続ける。
「こちらも準備しておいた方がいいですね」
ルシエラが杖を握る。
「私も頑張ります」
エイルは頷いた。
「まず今の俺たちが、どのくらい動けるか確認しよう」
◇
翌朝。
ギルド裏の訓練場では、エイルが木剣を構え、その少し離れたところにロディオが立っていた。メルディアとクラウスは端から様子を見ている。
ルシエラが杖を握る。
「いきますね」
「頼む」
「《光と闇の祝福》」
淡い光が広がる。
エイルが試しに一歩踏み込むと、思った以上に身体が前へ出た。
「うおっ」
慌てて足を止める。
ロディオが笑う。
「昨日もそれやってたな」
「じゃあお前もやってみろよ」
「いいよ」
ロディオも走り出し、一気に加速した。
「おっ」
そのまま訓練場の端まで行きかける。
「ちょっ――」
慌てて身体を捻り、壁の手前で止まって振り返った。
「……速いな」
エイルが笑った。
「昨日もそれやってただろ」
「戦闘中と訓練じゃ違うんだよ」
メルディアが言う。
「同じ身体だけど」
「そういう話じゃない」
クラウスも自分の手を見ている。
「ここまで体感が変わるなら、動き方も少し変えた方が良さそうですね」
エイルが木剣を握り直した。
「だな」
ルシエラが心配そうに聞く。
「使いにくいですか?」
「逆」
エイルが答える。
「強すぎて、まだ慣れてないだけ」
ルシエラの顔が明るくなった。
「じゃあ、練習すればもっと役に立てますね」
「そうなるな」
「頑張ります」
ロディオがエイルを見る。
エイルも見る。
ロディオが小声で言った。
「なんか、やる気上がってない?」
「いいことだろ」
「そうなんだけど」
「何だよ」
「いや、別に」
二人は訓練へ戻った。
◇
ドルガの外。
ガルベルトは大きな岩の前に立っていた。町からは十分離れ、街道からも外れている。
副官が周囲を確認する。
「ここなら問題ありません」
「よし」
ガルベルトが右手を上げた。
昨日は同じ魔法で、応急防壁とその後ろの建物まで吹き飛ばした。今日の標的は、何もない場所に置かれた岩だけだ。
「《ファイヤーボール》」
飛んだ火球が岩へ当たって爆発し、表面が砕けて石片がぱらぱらと落ちた。
それだけだった。
ガルベルトはしばらく岩を見た。
「……普通だな」
副官も見る。
「普通ですね」
「もう一回やるか?」
「同じ結果かと」
「そうだな」
ガルベルトは自分の手を見る。昨日と何も変わらず、魔力の流れもいつも通りだった。
「俺がおかしくなったわけではない」
「そのようですね」
ガルベルトの表情が少し明るくなった。
「やはり、常に起きるわけじゃないのか」
「何か条件があると?」
「そう考える方が自然だろう」
ガルベルトはドルガの方を見る。
昨日は異常だったのに、今日は普通に戻っている。
「神魔大戦の影響が、何かの条件で表に出る」
副官が頷く。
「あり得ますね」
「調査を急がせろ」
「すでにヴェルナー様が始めています」
ガルベルトは歩き出した。
「行くぞ」
「どちらへ?」
「調査だ」
「ガルベルト様もですか?」
「当然だ」
副官は少しだけ間を置いた。
「……はい」
◇
ドルガ郊外。
ヴェルナーは古い地図を片手に歩いていた。
調査兵たちが周囲の地面や岩を調べている。
ガルベルトが後ろから来る。
「何かあったか」
「まだ何も」
「範囲を広げろ」
「すでに広げています」
「もっとだ」
ヴェルナーが古い地図を見る。
「伝承の範囲自体が広いです。西側にも人を回します」
「昨日の戦場周辺も頼む」
「すでに調べています」
「なら、その外もだ」
ヴェルナーは少し考えてから頷いた。
「分かりました。範囲をもう一段広げます」
その時。
少し離れた場所から声が上がった。
「ヴェルナー様!」
二人が振り返る。
調査兵が丘の斜面から手を振っている。
「こちらを!」
地面の一部が掘られ、土の下から石の角が覗いていた。
ヴェルナーはしゃがみ込んで表面の土を払う。刻まれていた紋様が現れ、その目が細くなった。
「……古いですね」
さらに周囲を掘ると、石は一つではなかった。地中へ続く石造りの壁には、現代のものとは違う細い溝が刻まれている。
少し離れた場所からは、錆びた武具の破片も出てきた。
ヴェルナーが手をかざす。
しばらく黙る。
「魔力も残っています」
ガルベルトがすぐ隣へ来た。
「どの程度だ」
「微弱です」
「残っているんだな」
「はい」
ヴェルナーは石に刻まれた紋様を見る。
「神魔大戦時代の遺構でほぼ間違いないでしょう」
ガルベルトが腕を組んだ。
「……あったな」
「ありましたね」
「神魔大戦の跡が」
「ええ」
「魔力も残っている」
「微弱ですが、残っています」
ガルベルトが頷く。
「昨日は異常。今日は普通」
「はい」
「何か条件がある」
ヴェルナーは遺構と地図を見比べた。
「そう見た方がよさそうですね」
ガルベルトの顔に満足そうな色が浮かぶ。
「かなり繋がってきたな」
ヴェルナーが立ち上がった。
「調べる順番を変えます」
「何からだ」
「場所、時間、人数、使った魔力量。昨日と今日で違う条件を一つずつ潰します」
ガルベルトが遺構を見下ろす。
「それでいけ」
「はい」
「条件が分かれば再現できる」
「そこまで行けば、今後の進軍にも使えます」
ガルベルトが頷いた。
◇
その頃。
カレナの冒険者ギルド。
エイルたちは掲示板の前にいた。
ロディオが一枚の依頼書を外す。
「これどう?」
エイルが覗く。
以前なら、少し迷った難度だった。
メルディアも横から見る。
「今ならいけると思う」
クラウスが頷く。
「訓練だけでは分からないこともありますからね」
ルシエラが嬉しそうに言った。
「私も、もっと祝福を上手く使えるようになりたいです」
エイルは依頼書を受け取った。
「じゃあ、これにしよう」
「決まり」
ロディオが受付へ向かう。
ルシエラもその後を追った。
「頑張りましょう!」
五人は次の依頼を受けに歩き出した。