『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
第18話 討伐依頼
「ハイウルフですね」
受付の職員が依頼書を受け取った。
「カレナ近郊の牧場からです。ここ数日、家畜が続けて襲われています」
ロディオが受付台へ肘をつく。
「群れですか?」
「目撃した人の話では。ただ、正確な数までは分かっていません」
「昨夜も?」
メルディアが聞く。
「一頭やられています」
メルディアがエイルを見る。
「早い方がいい」
「ああ」
クラウスも依頼書を確認する。
「受けましょう」
ルシエラが頷いた。
「はい」
エイルは依頼書を受付へ戻した。
「お願いします」
「分かりました。討伐証明は右耳です。別の群れがいる可能性もありますので、周辺には気をつけてください」
「了解」
ロディオが答えた。
◇
昼前。
五人は牧場から続く草地を歩いていた。
少し先を進んでいたロディオが立ち止まる。
しゃがみ込み、草を分けた。
「こっち」
エイルたちが近づく。
湿った土に足跡が残っている。
一つではない。
いくつも重なっていた。
メルディアが横から覗く。
「多い?」
「多い」
ロディオは少し先へ進む。
また足跡があった。
今度は土の縁がまだ崩れている。
「こっちは新しいな」
エイルが剣の柄へ手を置く。
「近い?」
「たぶん」
クラウスも杖を持ち直した。
ルシエラはその後ろにつく。
五人は足跡を追って林へ入った。
しばらく進んだところで、ロディオの手が上がる。
全員が止まった。
木々の間に灰色の毛が見えた。
一頭。
その奥にもいる。
右にも二頭。
左の茂みの向こうでも何かが動いた。
ロディオが戻ってくる。
エイルが小声で聞く。
「何頭?」
「十以上」
ロディオがもう一度林の奥を見る。
「一頭、大きいのがいる」
群れの中央に、他より一回り大きな個体がいた。
エイルは四人を見る。
「やるぞ」
メルディアが杖を構える。
クラウスも頷いた。
ルシエラが杖を上げる。
「《光と闇の祝福》」
淡い光が広がった。
エイルが蒼鋼剣を抜く。
「行く」
林へ踏み込んだ。
一頭がすぐにこちらへ顔を向けた。
吠える。
群れが一斉に動いた。
「来る!」
正面から二頭。
右から一頭。
さらに奥の個体が大きく回り込む。
エイルは正面へ出た。
一頭目が跳ぶ。
剣を振る。
ハイウルフが空中で身を捻った。
刃を避け、そのまま牙を向けてくる。
エイルは剣を返した。
牙と刃がぶつかる。
重さを受け流す。
横へ。
そのまま斬り返す。
ハイウルフが跳び退いた。
二頭目が入れ替わるように来る。
エイルが追おうとした。
「エイル!」
ロディオの声。
横から一頭が抜けていた。
その先にはルシエラとクラウスがいる。
エイルが止まる。
「そっち頼む!」
「もう行ってる!」
ロディオが横から飛び込んだ。
短剣がハイウルフの肩を裂く。
獣がロディオへ向く。
ロディオはすぐに離れた。
追わせる。
その間にエイルは正面へ戻った。
「《ファイヤーボール》」
火球が飛ぶ。
一頭が横へ跳んだ。
爆発。
土が弾ける。
避けた先へエイルが踏み込む。
蒼鋼剣が胴を斬った。
一頭が倒れる。
「一!」
ロディオの声が飛んだ。
「数えてる場合か!」
「分かりやすいだろ!」
ロディオの前に二頭が集まる。
一頭を牽制している間に、もう一頭が回り込んだ。
「増えた!」
エイルがそちらへ向く。
その前に、大きな影が飛び出した。
群れの中で一番大きな個体。
「エイル!」
剣を構える。
ぶつかった。
ガンッ!
エイルの足が地面を滑った。
「重い!」
大型個体が着地する。
また来る。
エイルが横へ避けた。
爪が胸当てを掠める。
そこへ別の一頭が飛び込んだ。
避けきれない。
腕に爪が走る。
「っ!」
血が出た。
エイルは剣を振って獣を離す。
「下がってください!」
クラウスが声を上げる。
「まだ行ける!」
「治すだけです!」
「分かった!」
一歩下がる。
クラウスの治癒の光が腕を包む。
その間にロディオが大型個体の横へ回った。
「こっち!」
短剣を振る。
ハイウルフがロディオへ向く。
「本当に来た!」
「呼んだのお前だろ!」
エイルが戻る。
大型個体が頭を振り、ロディオへ食らいつこうとした。
ロディオが後ろへ跳ぶ。
エイルが反対側から斬り込む。
獣がまた向きを変える。
メルディアが杖を向けた。
エイルとロディオが近い。
一度止める。
「エイル、右」
エイルが横へ抜ける。
ロディオも反対へ離れた。
杖の先に集まっていた炎が細く絞られる。
「《フレイムランス》」
炎が一直線に走った。
大型ハイウルフの肩口を貫く。
巨体が大きく崩れた。
エイルが踏み込む。
蒼鋼剣が首元へ深く入った。
ハイウルフが地面へ落ちる。
群れの動きが一瞬止まった。
「今です!」
クラウスの声。
エイルが次へ向かう。
ロディオも動いた。
逃げようとした一頭の前へ回り込む。
別の一頭へメルディアの火球が飛んだ。
爆発に驚いた個体が向きを変える。
その先へエイルが入る。
それから長くはかからなかった。
◇
林が静かになった。
ロディオが地面へ座る。
「疲れた」
エイルも剣を下ろした。
「お前、途中で数えてただろ」
「途中までは」
「何頭?」
ロディオが周囲を見る。
「……十一?」
「十一」
メルディアが言った。
ロディオが顔を上げる。
「数えてたの?」
「見れば分かる」
クラウスがエイルの腕を確認している。
傷はもう塞がっていた。
ルシエラが覗き込む。
「痛くないですか?」
エイルが腕を動かす。
「大丈夫」
ルシエラがほっとしたように笑った。
ロディオは倒れた大型個体を見る。
「あれは強かったな」
「そうだな」
エイルも見る。
少し前なら、もっと余裕がなかったかもしれない。
今は全員が動けていた。
メルディアが右耳の回収を始める。
「帰る前に仕事を終わらせて」
「分かってるよ」
ロディオも立ち上がった。
◇
夕方。
受付台の上に討伐証明が並んだ。
職員が一つずつ確認する。
「十一体ですか」
「いました」
ロディオが答える。
「一頭かなり大きかったです」
「群れのボスでしょうね」
職員が記録を書き込む。
「これなら、あの牧場の被害はいったん落ち着くと思います」
ルシエラの顔が明るくなる。
「よかったです」
職員は書類を一枚めくった。
「ただ、ハイウルフの報告は他にも来ています」
エイルがそちらを見る。
「別の群れ?」
「場所が離れています。おそらく」
ロディオが掲示板を見る。
討伐依頼はまだ何枚も残っていた。
「明日も?」
クラウスがエイルを見る。
「今日は休んでから決めましょう」
エイルが腕を動かす。
「もう治ってるけど」
「傷と疲労は別です」
「はい」
ロディオが笑った。
◇
翌朝、五人はまたギルドで別の討伐依頼を受けた。
その翌日も、さらに次の日も、林や草原を歩いて足跡を追った。
戦闘を重ねるにつれ、声を掛け合う回数は減っていった。
エイルが前へ出れば、ロディオが側面へ回る。
ロディオが敵を引けば、エイルが空いた場所を塞ぐ。
メルディアの魔法がその隙へ飛ぶ。
クラウスは全体を見ながら負傷を抑える。
ルシエラはいつも通り、後ろから全員を支えた。
一度、ロディオが索敵中に先に見つかった。
「いた!」
林の奥から飛び出してくる。
その後ろからハイウルフが三頭。
エイルが剣を抜く。
「何で連れてくるんだよ!」
「見つかったんだよ!」
「《光と闇の祝福》!」
ルシエラの声。
五人が動く。
その日の依頼も夕方には終わった。
次の日も討伐証明を持ち帰って報告し、また掲示板を見る。そんな日を繰り返すうちに、討伐したハイウルフは四十頭近くになっていた。
◇
ドルガ郊外。
一人の魔族兵が杖を構えていた。
ガルベルトとヴェルナーが少し離れて立っている。
「撃て」
「はい」
小さな火球が飛び、置かれていた岩へ当たって爆発した。表面が砕け、石片が落ちる。
それだけだった。
ガルベルトが腕を組む。
「普通だな」
「普通ですね」
ヴェルナーが記録へ書き込む。
「場所を変えても同じ」
「時間も変えた」
「術者も変えました」
「人数も増やした」
「はい」
ガルベルトが遺構のある丘を見る。
「近くでも変わらない」
「今のところは」
少し離れた場所では兵士たちが走っている。
ドルガ戦で身体が軽かったと報告した者も混じっていた。
一人が戻ってくる。
ガルベルトが聞く。
「どうだ」
「普段通りです」
「身体が軽い感じは?」
「ありません」
「そうか」
兵士が下がる。
ガルベルトはヴェルナーを見る。
「場所だけじゃないな」
「ええ」
ヴェルナーが記録を閉じる。
「古戦場の影響と考えるのが現状では一番自然ですが、ここにいるだけで起きる現象ではなさそうです」
ガルベルトがドルガを見る。
「昨日と今日で違うもの」
「正確には、異常が起きた時と今です」
「戦闘か?」
ヴェルナーも町を見る。
ドルガでは多数の人間と魔族が武器や魔法を使い、実際に戦っていた。今の試験とはかなり違う。
「候補には入ります」
「神と魔族が戦った場所だからな」
「戦場だったこと自体に意味がある可能性はあります」
ガルベルトが頷いた。
「なら次はそこだ」
「模擬戦ですか」
「ああ」
ヴェルナーは少し考えた。
「場所は町の外にしましょう」
ガルベルトもドルガ東側を見る。
まだ修復が続いている。
「当然だ」
「人数も変えます」
「任せる」
「攻撃魔法は小規模なものから」
ガルベルトがヴェルナーを見る。
「分かっている」
「なら結構です」
「俺だって学ぶ」
二人は再び記録へ目を落とした。
その日の夕方、グラディオからも指示が届いた。
ドルガの占領を維持し、調査を継続すること。異常の条件が分からない間は、大規模な攻撃魔法を不用意に使用しないこと。
ガルベルトは書状を畳んだ。
「明日は町の外で模擬戦だ」
副官が聞く。
「人数は?」
「ヴェルナーが決める」
「承知しました」
ガルベルトは窓の外を見る。
ドルガの町には灯りがつき始めていた。
◇
カレナ。
夕食を終えたあと。
エイルは宿の部屋で自分のステータスを開いていた。
少し黙る。
ロディオが気づいた。
「どうした?」
「上がってる」
「レベル?」
「ああ」
エイルがもう一度見る。
「二十二」
ロディオも自分のステータスを開いた。
「俺も」
メルディアも確認する。
「二十二」
クラウスが続く。
「同じですね」
ルシエラも慌てて開いた。
「私もです!」
顔が明るくなる。
「二つ上がりました!」
ロディオが椅子にもたれる。
「まあ、結構倒したしな」
「四十近い」
メルディアが言った。
ロディオが見る。
「数えてたの?」
「報告書に書いた」
「ああ」
クラウスが五人を見る。
「明日は休みにしましょう」
エイルが少し考えた。
「そうするか」
ロディオが意外そうに見る。
「反対しないんだ」
「疲れてる」
「俺も」
「なら決まりですね」
ルシエラはまだ自分のステータスを見ていた。
「職業レベルも二十二です」
エイルが言う。
「祝福もまた強くなってるかもな」
ルシエラが杖を抱える。
「もっと皆さんのお役に立てますね」
嬉しそうに笑った。
メルディアは自分の杖を壁へ立てかける。
「次に使う時は、少し調整が必要かも」
「また速くなるかな」
ロディオが言う。
エイルがため息をつく。
「壁に突っ込むなよ」
「一回も突っ込んでないだろ」
「寸前まで行った」
「あれは止まった」
「止まればいいって話じゃない」
ルシエラが笑う。
クラウスも少し笑った。
翌日は休む。
その次に何をするかは、まだ決めていなかった。