『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
ドルガ郊外。
町から十分に離れた平地で、十人ほどの二つの部隊が向かい合っていた。兵士たちは刃を潰した武器と訓練用の盾を持ち、その後方には魔術を使える兵も数人いる。
ガルベルトが腕を組む。
「始めろ」
号令と同時に、兵士たちが走り出した。
剣と盾がぶつかる。
一人が横へ回り、もう一人が止める。
互いに本気で身体を動かしているが、殺し合いではない。
少し離れた位置で、ヴェルナーが記録を取っていた。
しばらくしてガルベルトが聞く。
「どうだ」
「変化なしです」
一度止めて人数を変え、今度は魔術兵も参加させた。
「《ファイヤーボール》!」
小さな火球が訓練用の標的へ飛び、爆発する。木板が割れ、黒く焦げた。
ガルベルトが見る。
「普通だな」
「普通ですね」
次は人数を増やし、位置を変え、走らせた。武器も魔法も使わせたが、結果は同じだった。
昼を過ぎた頃、ガルベルトは平地を見渡した。
「戦闘でも出ないか」
ヴェルナーが記録を確認する。
「模擬戦では、ですね」
「ドルガの時と何が違う」
「実際に敵がいました」
ガルベルトがドルガの方を見る。
「人間か」
「それだけではありません。双方とも本当に攻撃していた。負傷者も出ています。人数も今より多い」
「魔法も飛んでいたな」
「はい」
ガルベルトは少し考える。
「本物の戦場じゃないと駄目なのか?」
「候補には入ります」
ヴェルナーは新しい紙へ書き込んだ。
「次は、実際の戦闘との差を調べます」
「分かった」
二人は再び平地へ目を向けた。
その様子を、遠く離れた丘から一人の男が見ていた。
人間側の斥候だった。
◇
数日後。
王都。
王国軍本部の会議室には、大きな地図が広げられていた。中央にドルガ、その東にハルツ、西にはカレナ。ドルガの上には、魔王軍を示す駒が置かれている。
王国軍総司令が椅子に座ったまま、机の上の報告書を見た。
「まずハルツからだ」
参謀長が頷く。
「はい」
「もう一度確認する」
総司令が紙を指で叩いた。
「ハルツでガルベルトが使った攻城魔法」
魔術師団長が答える。
「《ブラストフレア》です」
「威力は?」
「城門と、その周辺の城壁を破壊しています」
「四天王の攻城魔法としては?」
「強力ですが、理解できる範囲です」
総司令は次の報告書へ手を伸ばした。
「ドルガ」
参謀長が口を開く。
「同じくガルベルトが《ブラストフレア》を使用したと、複数の兵士が証言しています」
「結果」
「東門周辺が広範囲に崩壊。城門、門楼、左右の城壁だけでなく、その内側まで大きな被害が出ています」
総司令の視線が上がる。
「同じ術者だな」
「はい」
「同じ魔法」
「そのように見えた、と」
魔術師団長が続ける。
「そして翌日には《ファイヤーボール》と思われる攻撃も確認されています」
別の将官が眉を寄せた。
「それも異常だった」
「はい。通常の《ファイヤーボール》とは比較になりません」
総司令はしばらく黙った。
「ガルベルトだけなら話は簡単だった」
誰も口を挟まない。
「本人が何らかの方法で強くなった。それで説明がつく」
参謀長が別の資料を開いた。
「問題はこちらです」
そこには、ドルガから撤退した兵士や戦闘に参加した冒険者の証言がまとめられている。
「一般の魔族兵も強かった」
「はい」
「一部ではないのか」
「複数箇所から同じ報告が上がっています」
参謀長が一枚ずつ示していく。
「剣を受けた兵士も、組み合った兵士も、走る姿を見た斥候も、これまでに確認されていた一般兵の水準を上回っていたと報告しています」
魔術師団長が地図を見る。
「ガルベルトは魔法、一般兵は身体能力。どちらも同じ戦場で上がっている」
総司令が頷く。
「そう見えます」
会議室が静かになった。
しばらくして、参謀長が言った。
「個人単位の強化ではないでしょう」
総司令が見る。
「理由は」
「人数が多すぎます」
参謀長はドルガの駒を指した。
「何十人という兵が同じ戦場で強化されている。一人ずつ何かを施したと考えるより、一定範囲の部隊へまとめて作用するものと考える方が自然です」
「広域強化か」
「魔法なのか、技能なのか、魔道具なのかは分かりません」
魔術師団長が言った。
「ですが、肉体と魔法の双方へ作用している可能性があります」
別の将官が腕を組んだ。
「そんなものを持っているなら、なぜドルガで止まった」
総司令も地図を見る。
魔王軍はドルガを落とした。
だが、その後は西へ進んでいない。
参謀長が答える。
「自由には使えないのでしょう」
「どういう意味だ」
「持続時間。使用回数。人数。場所。考えられる条件はいくつもあります」
魔術師団長がドルガ東側を指した。
「あるいは、出力そのものを制御できていない」
総司令がそちらを見る。
「東門か」
「はい」
魔術師団長は頷いた。
「占領する町を、あそこまで壊す必要はありません」
誰かが低く呟いた。
「強くなりすぎた?」
「可能性はあります」
総司令が東門の被害報告を見る。
ガルベルトの攻撃は、人間側から見ても過剰だった。
城門を破るだけなら、あれほどの破壊は必要ない。
「つまり」
総司令が言う。
「強力だが、魔王軍自身も扱い切れていない」
参謀長が頷いた。
「今のところ、その見方が一番合います」
その時。
会議室の扉が叩かれた。
「入れ」
兵士が入ってくる。
手には封書を持っていた。
「ドルガ監視班からの報告です」
参謀長が受け取る。
封を切った。
最初の数行を読み、目が止まる。
「どうした」
「ドルガ郊外で、魔王軍が演習を始めています」
会議室の視線が集まった。
「規模は」
「小規模な部隊を複数編成。部隊同士を戦わせています」
参謀長が続きを読む。
「人数を変えながら何度も繰り返している」
魔術師団長が顔を上げた。
参謀長はさらに読む。
「魔術兵も参加。低位魔法の使用を確認」
「他には」
「兵士を走らせる。武器を使わせる。何度か編成を変える」
参謀長の声が止まった。
総司令が聞く。
「指揮しているのは?」
「ガルベルト。それと、側近と思われる男が記録を取っています」
再び会議室が静まった。
今度の沈黙は短かった。
魔術師団長が最初に口を開く。
「調べている」
総司令がそちらを見る。
「何を」
「ドルガで起きた強化です」
誰も笑わなかった。
参謀長が報告書を机へ置き、該当する箇所を順に指した。
「人数を変え、魔法を使い、身体能力を確認する。さらに編成を変えて繰り返している」
総司令が報告書を見る。
「偶然ではないな」
「ええ」
参謀長が地図へ目を落とす。
「魔王軍自身も、何をすればあの状態になるのか確認している」
別の将官が言った。
「だから止まっているのか」
誰も否定しなかった。
むしろ、これまで分からなかった部分が一つ繋がった。
ドルガで異常な強化が起き、町まで壊した。その後に西進を止め、今は人数や魔法使用を変えながら演習している。
総司令が言った。
「ドルガで初めて使ったのか?」
参謀長は少し考える。
「少なくとも、完全に運用できているようには見えません」
魔術師団長が続ける。
「試験段階だったものを実戦投入したか、実戦で想定外の出力が出たか」
「それで調整している」
「そう考えると、一連の動きは合います」
総司令の表情が険しくなる。
「喜べる話ではないな」
「はい」
今は扱い切れていないように見える。
だが、もし扱えるようになればどうなる。ハルツで城門を破った攻城魔法がドルガでは町の一角を巻き込み、一般兵まで強くなった。それを意図して再現できるようになれば――。
「次に来る時には」
一人の将官が言った。
「使えるようになっている可能性がある」
総司令が頷く。
「そう見るべきだ」
参謀長は演習報告をもう一度読む。
「人数を変えているのも気になります」
「なぜだ」
「広域強化に上限があるなら、何人まで同時に作用するかは重要です」
魔術師団長も考える。
「距離かもしれません」
「距離?」
「術者か魔道具を中心に、一定範囲だけ強化される」
参謀長が頷いた。
「それなら部隊の位置を変える理由にもなる」
別の将官が言う。
「戦闘中だけ発動する可能性は?」
「あります」
「だから部隊同士を戦わせている?」
「そうかもしれません」
推論が次々と繋がっていく。
総司令はそれを止めなかった。
どれも、今ある情報とは矛盾しない。
しばらく聞いたあと、机を指で叩いた。
「監視を増やす」
会話が止まる。
「ドルガ郊外の演習は全て記録しろ。人数、配置、距離、使った魔法、開始時刻、終了時刻」
参謀長が書き留める。
「兵士の動きもですか」
「ガルベルトだけを見るな。一般兵もだ」
「承知しました」
「何か変化が出た瞬間があれば、その前後に何をしていたかまで欲しい」
魔術師団長が頷く。
「こちらでも既知の広域強化魔法を洗います」
「頼む」
総司令はカレナの駒を見る。
「前線にも送れ」
「警戒を強めますか」
「ああ。ただし、こちらからドルガへ大軍を出すな」
参謀長が総司令を見る。
「理由は」
「何をされるか分からない軍を相手に、正面から大規模会戦を試す必要はない」
「分かりました」
総司令は赤い駒を見た。
「今は止まっている」
そして、演習報告へ目を移す。
「止まっているうちに調べる」
◇
その頃。
カレナの冒険者ギルドでは、ロディオが掲示板を見上げていた。
「これ空いてる」
エイルが横から見る。
「遠くないな」
「今日中に帰れる」
メルディアも依頼書を見る。
「いいんじゃない」
クラウスが確認する。
「昨日は休めましたしね」
ルシエラが頷く。
「行きましょう」
五人はまた依頼を受けた。
街道沿いに出た魔物を討伐した。
別の日には、農地近くまで下りてきた魔物を追った。
その次の日も、別の依頼を受けた。
Lv22になった直後は、祝福を使った時の動きに少しだけ違いがあったが、それも数度戦えば気にならなくなった。
ロディオが先に敵を見つけ、エイルが前へ出る。メルディアが魔法を撃ち、クラウスが後ろから支え、ルシエラはいつも通り祝福を使う。
そんな戦いを繰り返した。
数日後。
依頼から戻った宿で、エイルが自分のステータスを見ていた。
「また上がった」
ロディオが自分のものを開く。
「二十三」
メルディアも確認した。
「同じ」
クラウスも頷く。
「全員ですね」
ルシエラの顔が明るくなった。
「私も二十三です!」
「順調だな」
エイルが言う。
ルシエラは嬉しそうに自分の職業レベルを見る。
「祝福も、また少し強くなってますね」
「たぶんな」
エイルが答えた。
ロディオが椅子から立つ。
「明日はどうする?」
エイルは少し考えた。
「ギルド行ってから決めよう」
「了解」
五人はそれぞれ自分の荷物を片づけ始めた。
東では、魔王軍の正体不明の強化を警戒して、王国軍が監視を増やしていた。
カレナでは、その原因を知らない五人が、次の依頼を探そうとしていた。