『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
「……《光と闇の聖女》?」
ルシエラは、自分の前に浮かぶ文字をもう一度読み直した。
見間違いではない。
職業。
《光と闇の聖女》。
「聖女……なんですよね?」
思わず口にすると、向かいに座っていた神官が首を傾げた。
「もう一度、職業名を教えてもらえますか?」
「はい。《光と闇の聖女》と書いてあります」
「《光と闇の聖女》……」
神官は少し考え込んだ。
その反応を見て、ルシエラは不安になる。
「あの……何かおかしいんでしょうか?」
「いえ。少なくとも、職業が授けられていること自体に問題はありません」
「よかった……」
「ただ、私も初めて聞く名前です」
「え?」
安心したばかりだったルシエラが顔を上げる。
神官は机の上に置かれた記録を確認した。
「《聖女》ならもちろん知っています。しかし、《光と闇の聖女》という職業は……少なくとも、私が知る記録にはありませんね」
「そんなことってあるんですか?」
「ありますよ」
神官はそれほど驚いた様子もなく答えた。
「職業の中には、非常に珍しいものがあります。一般には特殊職と呼ばれています」
「特殊職?」
「はい。《勇者》《剣聖》《賢者》、それに通常の《聖女》などが有名ですね」
ルシエラも、その名前くらいなら聞いたことがあった。
物語に登場する英雄が持っていたり、歴史上の人物について語られる時に出てきたりする職業だ。
「では、私もそういう……すごく強い職業なんでしょうか?」
期待というより、戸惑いながら尋ねる。
神官は小さく笑った。
「特殊職だからといって、何でもできるわけではありませんよ」
「そうなんですか?」
「例えば《剣聖》は、剣を扱うことに非常に優れた職業です。しかし、剣以外のことまで何でも得意になるわけではありません。《賢者》は多くの魔法を扱えますが、前衛として剣を振るうための職業ではありません」
「なるほど……」
「《勇者》も独特ですね。特定の相手に非常に強い力を発揮するとされています」
神官はそこで一度区切った。
「基本職にはない、独自の能力を持っている。それが特殊職だと考えればいいでしょう」
「珍しいけど、何でもできるわけじゃないんですね」
「そういうことです」
ルシエラは改めて自分の職業名を見る。
《光と闇の聖女》。
名前だけでは、何が普通の聖女と違うのかよく分からない。
「使える技能も確認できますか?」
「はい」
職業名の下を見る。
いくつか表示されている項目の中から、まず目についたものを読み上げた。
「《光と闇の祝福》」
「祝福ですか。聖女らしいですね」
ルシエラは説明を読む。
「周囲に祝福を与えて、能力を高める……と書いてあります」
「それなら、仲間を支援するための技能でしょう」
「普通の聖女も使うんですか?」
「《祝福》という技能があります。名前は少し違いますが、近いものかもしれませんね」
ルシエラは少し安心した。
聞いたことのない職業だったが、やることまでまったく分からないわけではないらしい。
「もう一つあります」
「何ですか?」
「《絶対防御領域》」
神官の眉が少し動いた。
「絶対?」
「はい」
「ずいぶん大きく出ましたね」
「私がつけた名前じゃないですよ?」
「分かっています」
ルシエラは説明を読む。
「自分の周囲に防御領域を展開する……みたいです」
「防御技能ですか」
「それ以上は、あまり詳しく書いてありません」
「珍しい技能ではありますが、説明だけでは何とも言えませんね」
神官は少し考えてから続けた。
「実際に使いながら覚えていくことになるでしょう。技能というのは、説明を読んだだけでは分からないことも多いですから」
「はい」
「無理をせず、少しずつ確かめてください」
神官は記録用の紙に何かを書き加えた。
「《光と闇の聖女》についてはこちらでも記録しておきます」
「あの、何かしないといけないんでしょうか?」
「特には」
「そうなんですか?」
「神から授けられた職業なのでしょう?」
ルシエラは自分の表示を確認する。
「はい」
「なら、まずはそれで十分です。珍しいからといって、今日から急に何かが変わるわけではありませんよ」
「……よかった」
その言葉で、ようやく肩の力が抜けた。
神官が次の者を呼ぶ。
ルシエラは席を立った。
入れ替わるように、一人の少年が座る。
腰には、使い込まれた練習用らしい剣を下げていた。
「では、職業を確認してください」
「はい」
少年が表示を見る。
少しして、口元が緩んだ。
「《ファイター》です」
「おめでとうございます」
「よし」
小さく拳を握った。
ルシエラはそのまま通り過ぎようとして、少しだけ足を止めた。
ずいぶん嬉しそうだ。
少年も視線に気づいた。
目が合う。
「あ」
「すみません」
「いや」
少年は少し気まずそうに拳を下ろした。
「剣を使うつもりだったから。思った通りの職業で」
「そうなんですね」
「エイル」
「え?」
「俺の名前。エイル」
「あ、私はルシエラです」
「さっき聞こえてた。《光と闇の聖女》だっけ?」
「はい。でも、私もよく分からなくて」
「俺は《ファイター》だから、分かりやすいな」
エイルは腰の剣を見る。
「今までとやることもあんまり変わらなそうだ」
「いいなあ……」
「珍しい職業の方がいいんじゃないのか?」
「知らない職業って、ちょっと不安ですよ」
「それもそうか」
その後も職業授与は続いた。
「《メイジ》」
一人の少女が自分の職業を確認する。
神官が祝福の言葉を述べる横で、少女はすでに技能の説明を読み込んでいた。
「最初から使える魔法はこれだけ……職業レベルが上がれば増える?」
「基本的にはそうですね」
「増える条件は?」
「職業ごとに異なります」
「どの程度?」
「それも人によります」
少女の眉間に皺が寄った。
「曖昧」
「神から授けられるものですので……」
「神ならもっと詳しく書いてくれてもいいのに」
少し離れた場所で聞いていたルシエラは、思わず神官に同情した。
少女の名前はメルディアというらしい。
その次に職業を確認した青年は《プリースト》。
「よろしくお願いします」
神官へ丁寧に頭を下げている。
クラウス。
自分と似た支援系の職業だからか、ルシエラは少し親近感を覚えた。
最後の一人は《スカウト》だった。
「スカウトか」
ロディオと名乗った少年は、少し考えてから言った。
「まあ、合ってるか」
「不満ですか?」
「いや。じっとしてるより動いてる方が好きだし」
そう言って、すぐに立ち上がる。
五人とも職業授与を終えた頃には、かなり時間が経っていた。
神殿を出ると、外には同じように職業授与を終えた若者たちが集まっていた。
家業を継ぐ者。
兵士を目指す者。
魔法を学ぶ者。
その場で家族に職業を報告している者もいる。
ルシエラは少し離れた場所で立ち止まった。
職業は決まった。
問題は、これからだった。
《光と闇の聖女》。
聖女なのだから、人を助けることはできるのだろう。
それは嬉しい。
ただ、具体的に何をすればいいのかはまだ分からない。
「ルシエラ」
振り返る。
先ほどのエイルだった。
その後ろには、メルディアとクラウス、それにロディオもいる。
「どうしたんですか?」
「これから冒険者登録に行こうと思ってるんだけど」
エイルが三人を見る。
「みんな同じだった」
「冒険者……」
ルシエラも考えていた選択肢の一つだった。
職業を得たばかりの若者が、実戦経験を積む方法としては珍しくない。
「ルシエラは?」
「私も、少し考えていました」
「じゃあ一緒に行かない?」
「え?」
ロディオが横から口を挟む。
「どうせ登録したら、最初は仲間を探すことになるだろ」
「もう仲間なんですか?」
「まだ違う」
「ですよね」
「だから今から決めればいい」
話が早い。
メルディアがルシエラを見る。
「《光と闇の聖女》」
「はい?」
「技能、どんなの?」
「祝福と、防御の技能があります」
「回復は?」
ルシエラは表示を確認した。
聖女系として扱える技能の中に、簡単な治療技能もある。
「少しならできるみたいです」
「なら役割は被らない」
メルディアがクラウスを見る。
クラウスは苦笑した。
「僕は回復を中心にすればいいですね」
「それに祝福があるなら、戦闘支援もできる」
「ちょっと待ってください」
ルシエラが口を挟む。
四人が見る。
「もう私が入ることになってませんか?」
「嫌だった?」
エイルが聞いた。
「いえ、嫌というわけでは……」
「なら本人に決めてもらおう」
クラウスが穏やかに言った。
「珍しい職業だからといって、それだけで誘われても困るでしょう」
「それは……はい」
ルシエラは少しだけクラウスを見た。
言われてみれば、自分でもまだ何ができるのか分かっていない。
そんな状態で期待されても困る。
「俺は単純に、人数がいた方がいいと思っただけだけどな」
ロディオが言う。
「ファイター、メイジ、プリースト、スカウト。そこに聖女。悪くないだろ」
「前衛がエイル一人ですよ」
メルディアが言った。
「そこは俺が敵を先に見つければいい」
「解決してない」
「無茶しなきゃ何とかなる」
「その考え方が無茶」
「お前、さっきから細かいな」
「必要な確認」
エイルが二人の間に入る。
「まだ最初なんだから、危ない依頼を受けなきゃいいだろ」
「それなら賛成」
クラウスも頷く。
「最初は自分たちに何ができるか確かめた方がいいと思います」
ルシエラは四人を見る。
全員、今日職業を授かったばかり。
自分だけではなかった。
誰もまだ、自分の職業を完全に理解しているわけではない。
「……私でもいいんですか?」
「俺たちも新人だよ」
エイルが答える。
その言葉に、ルシエラは少し笑った。
「それもそうですね」
「じゃあ?」
「はい。お願いします」
ロディオが手を叩いた。
「決まり」
「まだ登録してませんけど」
クラウスが言う。
「あ」
「先に行きましょうか」
五人は揃って冒険者ギルドへ向かった。
登録の手続きそのものは、それほど難しいものではなかった。
名前。
年齢。
授かった職業。
使える技能。
簡単な確認を終えると、五人は正式に新人冒険者として登録された。
受付の女性が五人の記録を見る。
「《ファイター》《メイジ》《プリースト》《スカウト》……」
そこで一度止まった。
「《光と闇の聖女》?」
また聞かれた。
ルシエラは少し慣れてきた。
「はい」
「珍しい職業?」
「たぶん……」
「神殿では何と?」
「特殊職だろうと言われました。でも、神官様も知らないそうです」
受付の女性は少し考えた後、記録をそのまま書き写した。
「じゃあ、そのまま登録しておきますね」
「いいんですか?」
「職業が正式に表示されているなら、こちらで変える理由もありませんから」
神官と似たような答えだった。
「最初のうちは、自分たちの力量に合った依頼を選んでください。職業を授かったからといって、すぐ一人前になったわけではありません」
「はい」
エイルが代表して答える。
五人は依頼が貼られた掲示板へ向かった。
ロディオが早速、一枚を指差した。
「これなんかどうだ?」
「魔物討伐」
メルディアが読む。
「いきなり?」
「低級って書いてある」
「低級でも魔物は魔物です」
クラウスが言う。
エイルはその隣の依頼を見る。
「こっちは?」
ルシエラも覗き込んだ。
街の外での採取依頼。
対象となる薬草の説明と、その周辺に現れる低級魔物への注意書きがある。
「これなら、採取が中心みたいですね」
「魔物が出る可能性もある」
メルディアが言う。
「技能を試すならちょうどいい」
ロディオが頷いた。
「逃げても依頼そのものは失敗しないしな」
エイルが全員を見る。
「これにする?」
誰からも反対はなかった。
ルシエラも頷く。
初めての依頼。
初めての仲間。
そして、自分でもまだよく分かっていない職業。
それでも、一人で何をすればいいのか悩んでいた時よりは、少し気持ちが軽くなっていた。
「じゃあ、明日」
エイルが言った。
「この五人で行こう」
「はい」
ルシエラは答えた。