『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

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第20話 膠着

ドルガでは、朝から町のあちこちで槌の音が響いていた。

 

崩れた家屋から使える木材が運び出され、通りを塞いでいた瓦礫が片づけられている。西側の城壁では足場が組まれ、見張り台の増設も始まっていた。

 

ガルベルトは城壁の上から、しばらくその様子を見ていた。

 

「西門の前、もう少し開けろ」

 

隣にいた副官が頷く。

 

「建物を撤去しますか?」

 

「使ってないのだけでいい。近づいてくる奴が見えれば十分だ」

 

「分かりました」

 

「石工は西壁を優先。北と南は傷んでるところだけ先に塞げ」

 

「東は?」

 

ガルベルトの視線が、町の反対側へ向いた。

 

そこには、まだ門と呼べるものがなかった。大きく抉れた城壁には撤去しきれていない瓦礫が残り、その前には仮の柵が組まれている。

 

ガルベルトは一瞬だけ見て、

 

「……仮柵でいい」

 

目を逸らした。

 

副官も東門跡を見る。

 

「ですが、あのままでは――」

 

「東から人間軍が来るのか?」

 

「いえ」

 

「なら後だ。先に西を固めろ」

 

「承知しました」

 

副官が階段を下りていく。

 

入れ替わるようにヴェルナーが上がってきた。

 

「順調ですか」

 

「見れば分かるだろ」

 

「ええ。思ったより早いですね」

 

ガルベルトがヴェルナーの手元を見ると、紙束を抱えていた。

 

「それ、まだやってるのか」

 

「まとめ終わりました」

 

ヴェルナーは一番上の紙を軽く叩いた。

 

「魔王様へ送ります」

 

「何か分かったか?」

 

「増えたのは、分からないことだけですね」

 

ガルベルトが鼻を鳴らした。

 

「役に立たんな」

 

「ガルベルト様も同じ場所にいましたが」

 

「俺は戦う方だ」

 

「知っています」

 

ヴェルナーは西側へ視線を移した。

 

訓練場として使われていた場所には、今日は荷車が何台も並んでいた。

 

資材が積み上げられ、兵士たちが忙しく行き来している。

 

「訓練は通常通りに戻します」

 

「そうしろ」

 

「巡回や演習で妙なことがあれば、記録だけこちらへ」

 

「それで拾えるのか?」

 

「起きれば」

 

ガルベルトは少し考えた。

 

「起きなかったら?」

 

「町が直ります」

 

「そっちの方がいいな」

 

「私もそう思います」

 

ヴェルナーが階段へ向かう。

 

ガルベルトはもう一度だけ東門跡へ目を向けた。

 

すぐに西へ向き直る。

 

「おい!」

 

下にいた兵士が顔を上げた。

 

「はい!」

 

「西の巡回、昨日より先まで見ろ。森際もだ」

 

「了解!」

 

ガルベルトも階段を下りていった。

 

◇

 

数日後、魔王都。

 

魔王城の一室で、グラディオはドルガから届いた報告書を読んでいた。

 

一通はガルベルトからで、占領後の町の状態や修復の進み、兵の配置、物資の残量がまとめられている。もう一通には、ヴェルナーの細かな記録が添えられていた。

 

グラディオは最後まで目を通すと、二通を机の上へ重ねた。

 

「入れ」

 

扉が開いた。

 

「失礼するわ」

 

入ってきた女は、そのまま迷いなく机まで歩いてきた。

 

短く切った赤い髪の間から、二本の黒い角が頭の左右から前方へ向かって緩く湾曲している。細身の身体を包む鎧もガルベルトのものとはまるで違い、黒を基調に赤と金の装飾が施されていた。胸や肩、腰の急所は守っているが、腕や脚の動きを妨げるような重い装甲はほとんどない。腰には細身の短剣が下がっている。

 

赤金の瞳がグラディオを見たあと、すぐに机の上へ移った。

 

「ドルガ?」

 

「ああ」

 

「二通?」

 

「ガルベルトとヴェルナーだ」

 

女――ミゼリアは机の端に手をついた。魔王軍四天王の一人で、水と風の魔法を操り、自分や周囲の動きを補助しながら戦うことを得意としている。

 

「見てもいい?」

 

グラディオが一通を差し出した。

 

ミゼリアは立ったまま読み始めた。最初の数枚は速かったが、途中で少し速度が落ちる。最後まで読み終えると、紙を戻した。

 

「駄目だったのね」

 

「何がだ」

 

「再現」

 

「らしいな」

 

ミゼリアはヴェルナーの報告をもう一度見る。

 

「人数を変えても、場所を変えても出ない」

 

グラディオは何も言わない。

 

ミゼリアが顔を上げた。

 

「ガルベルト、悔しがってる?」

 

「町を直す方が忙しい」

 

「あら」

 

少し笑う。

 

「ちゃんと直してるのね」

 

「自分で壊した分もある」

 

「それは働いてもらわないと」

 

グラディオが地図を広げた。

 

ミゼリアの表情が変わる。

 

先ほどまでの軽い笑みは残っているが、視線は地図へ落ちていた。

 

「それで?」

 

グラディオがドルガの西を指す。

 

「見てきてくれ」

 

「カレナ?」

 

「そこだけなら、ドルガの斥候でも見られる」

 

指先がさらに西へ動く。

 

ミゼリアもその先を見る。

 

「後ろまで?」

 

「ああ」

 

「兵?」

 

「人も物も」

 

ミゼリアの指が、カレナから西へ伸びる街道をなぞり、途中から北へ分かれる道で止まった。

 

「止まってる間に何をしてるか、ってことね」

 

グラディオが頷く。

 

「急がなくていい」

 

「範囲は?」

 

「お前が見て必要だと思うところまで」

 

ミゼリアが少しだけ眉を上げた。

 

「ずいぶん任せるのね」

 

「細かく決めるなら、お前を呼ぶ必要はない」

 

「それもそうね」

 

地図を見ながら考える。

 

「斥候はこっちで選んでいい?」

 

「ああ」

 

「足の遅いのは置いていくわよ」

 

「好きにしろ」

 

ミゼリアは北へ伸びる道を指先で軽く叩いた。

 

「こっちも見る」

 

「任せる」

 

「ガルベルトには?」

 

「伝えておく」

 

「なら、ドルガを通る時に顔くらい出そうかしら」

 

グラディオがミゼリアを見る。

 

「余計なことを吹き込むな」

 

「何を?」

 

「お前が今考えていることだ」

 

ミゼリアが笑った。

 

「何も考えてないわよ」

 

「ならいい」

 

「信用ないわね」

 

ミゼリアはヴェルナーの報告書へ目を移した。

 

「でも、これ」

 

指先で紙を軽く押さえる。

 

「面白いわ」

 

グラディオは黙っている。

 

「ガルベルトの魔法だけなら、まだ本人の問題で済んだでしょうけど」

 

「一般兵にも出ている」

 

「そう」

 

ミゼリアの赤金の目が細くなる。

 

「それなのに、今は出ない」

 

しばらく報告書を見ていた。

 

「私も何か見つけたら持って帰るわ」

 

「探しに行くな」

 

ミゼリアが顔を上げる。

 

「分かってる」

 

「お前の仕事は西を見ることだ」

 

「はいはい」

 

「ミゼリア」

 

「分かってるって」

 

彼女は地図から離れた。

 

「見て、覚えて、戻ってくる。それでいいんでしょう?」

 

「ああ」

 

扉へ向かう。

 

手を掛けたところで止まった。

 

「戦闘は?」

 

「避けられるなら避けろ」

 

「避けられなかったら?」

 

「任せる」

 

ミゼリアは振り返った。

 

「そっちは任せるのね」

 

「逃げ足は速いだろう」

 

一瞬、ミゼリアが目を丸くする。

 

それから笑った。

 

「よく分かってるじゃない」

 

扉が閉じた。

 

グラディオは地図へ視線を戻した。

 

しばらくして、机の端に置いていた別の書類を手に取った。

 

◇

 

カレナでは、町の外側に新しい土塁が増えていた。

 

以前はまとまっていた兵舎前の荷車も、今は何か所かに分けて置かれている。

 

街道沿いの見張りも増えた。

 

ロディオはギルドから出ると、向かいの通りを見た。

 

「また場所変わってる」

 

エイルも見る。

 

昨日まで空いていた場所に、小さな詰め所ができている。

 

「兵も散らしてるな」

 

メルディアが言った。

 

「一か所に集まってたら、またあれを撃たれた時にまとめてやられるもの」

 

ルシエラは東を見た。

 

城壁の向こうにドルガは見えない。

 

それでも、あの時の爆発はよく覚えている。

 

「来ないですね」

 

クラウスが答える。

 

「今のところは」

 

カレナに戻ってから、何日か経っていた。

 

その間、五人は周辺の依頼をいくつか受けた。魔物を討伐し、荷を護衛し、街道近くの見回りにも出た。

 

だが、東から魔王軍が来たという報告は一度もなかった。

 

王国軍がドルガへ向かったという話もない。

 

ある日の夕食後。

 

エイルが言った。

 

「明日、リゼルに戻ろうと思う」

 

ロディオがパンをちぎる手を止める。

 

「戻る?」

 

「ああ」

 

「ここ、離れていいの?」

 

ルシエラもエイルを見る。

 

エイルは少し考えてから答えた。

 

「すぐ戦いになるなら残るつもりだった」

 

クラウスが頷く。

 

「今は双方とも動いていませんからね」

 

「俺たち、兵士じゃないしな」

 

エイルは続ける。

 

「何かあれば戻ってくればいい」

 

メルディアが水を飲む。

 

「リゼルなら依頼もあるでしょ」

 

ロディオも頷いた。

 

「ここ最近、同じ辺りばっかり回ってたし」

 

ルシエラが聞く。

 

「リゼルに戻ってから、次を決めるんですか?」

 

「ああ」

 

エイルが答える。

 

「何かいい仕事があれば、それでもいい」

 

「分かりました」

 

ルシエラは少し嬉しそうに頷いた。

 

戦争が終わったわけではない。

 

それでも、明日すぐにまた誰かが戦うような様子でもなかった。

 

翌朝、五人はカレナを出た。

 

◇

 

リゼルへ戻り、冒険者ギルドへ入ると、ロディオが真っ先に掲示板へ向かった。

 

「変わってないなあ」

 

「何が?」

 

ルシエラが聞く。

 

「雰囲気」

 

カレナのギルドでは、ここしばらく魔王軍や街道警備の話ばかり聞いていた。

 

こちらにも戦争の影響は届いている。それでも掲示板には、討伐、護衛、採取、探索といった普段の依頼が並んでいた。

 

エイルは受付へ向かった。

 

「この辺で、しばらく腰を据えて戦える場所ってありますか?」

 

受付の女性が顔を上げる。

 

「討伐依頼ではなく?」

 

「何日か続けて入れるところがあれば」

 

「それなら」

 

女性は少し考え、横に置いてあった周辺図を広げた。

 

指がリゼルから北へ動く。

 

「リューベルは知っていますか?」

 

エイルが首を振る。

 

「名前だけ」

 

「ここから北にある町です」

 

ロディオたちも集まってくる。

 

「この近くにダンジョンがあります」

 

ロディオが地図を覗き込んだ。

 

「大きい?」

 

「浅いところだけなら、そこまでではありません」

 

「奥は?」

 

女性は少し笑った。

 

「奥まで行くような人には、わざわざ説明する必要もありませんよね」

 

ロディオがエイルを見る。

 

「強いって」

 

「そういう意味だろうな」

 

メルディアが聞く。

 

「今も冒険者は入ってる?」

 

「いますよ。リューベルのギルドで情報をまとめています」

 

「魔物は?」

 

「階層や場所で変わります。こちらにある情報より、現地で聞いた方がいいですね」

 

クラウスが地図を見る。

 

「補給もリューベルで?」

 

「その方が楽です」

 

ルシエラも横から地図を見る。

 

「ダンジョン……」

 

ロディオが笑う。

 

「前のところ以来だな」

 

エイルが五人を見る。

 

「どうする?」

 

メルディアはすぐ答えた。

 

「私はいい」

 

「僕も」

 

クラウスが続く。

 

ロディオはもうリューベルの位置を見ている。

 

ルシエラも頷いた。

 

「行ってみたいです」

 

「決まりだな」

 

エイルが受付へ向き直る。

 

「リューベルまでの道、教えてもらえますか」

 

「もちろんです」

 

女性が地図を引き寄せる。

 

五人はそのまま、道と途中で必要になる物を確認し始めた。

 

◇

 

魔王都の西門。

 

ミゼリアは集まった魔族たちを一度見渡した。

 

軽装の者ばかり。

 

斥候として動ける者を、自分で選んでいた。

 

「荷物、重くしてないでしょうね?」

 

一人が答える。

 

「必要分だけです」

 

「ならいいわ」

 

ミゼリアが髪をかき上げる。

 

黒い角の先が朝日に光った。

 

「遅れたら?」

 

別の兵が聞く。

 

ミゼリアは振り返る。

 

「待たない」

 

何人かが苦笑した。

 

「冗談よ」

 

少し間を置く。

 

「たぶん」

 

「ミゼリア様」

 

「出るわよ」

 

門を抜ける。

 

その足元を、一筋の風が走った。

 

彼女たちは西へ向かった。

 

同じ頃。

 

リゼルでは、五人の冒険者が北へ向かう準備をしていた。

 

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