『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌朝、五人は再びダンジョンへ入った。
昨日通った上層は、もう探索する場所というより通り道に近い。ロディオが先を見ながら進み、何度か魔物を避ける。戦っても時間のかからない相手ばかりだった。
中層へ入ってからもしばらくは昨日の道を使い、その先からまだ歩いていない通路へ入った。
少し進んだところで、ロディオが止まる。
「何かいる」
前方の暗がりから、重い足音が聞こえてきた。
ゆっくりと姿を現したものを見て、エイルの足が止まった。
四本脚。
分厚い外皮。
長い尾。
「……これ」
ルシエラも覚えていた。
「前のダンジョンにいた……」
アーマードレイク。
以前見た個体より多少小さく見える。
それでも、見間違えるはずのない姿だった。
ロディオが後ろを見る。
「戻る道は空いてる」
メルディアはアーマードレイクを見たまま言った。
「戦えると思う」
クラウスも少し考える。
「危なくなったら戻れます」
エイルが四人を見る。
「やってみる?」
全員が頷いた。
「《光と闇の祝福》!」
ルシエラの声と同時に、アーマードレイクが地面を蹴った。
速くはない。
だが、一歩が重い。
前脚が振り下ろされる。
エイルは正面から受けず、横へ避けた。
床が鳴る。
その横を抜けながら剣を振る。
刃が外皮を滑った。
「やっぱり硬い!」
前と同じ感触だった。
力を込めただけでは通らない。
アーマードレイクが向きを変える。
エイルも構え直す。
「《ブレイク》!」
剣を外皮へ叩き込んだ。
乾いた音。
表面に亀裂が入る。
「入った!」
その横からロディオが走り込む。
狙うのは外皮ではない。
前脚の付け根。
短剣を入れ、すぐ離れる。
アーマードレイクがロディオへ向く。
「メルディア!」
「見えてる」
《フレイムランス》。
炎の槍が、エイルの作った亀裂へ突き刺さった。
アーマードレイクが大きく身体を揺らす。
それでも倒れない。
首が持ち上がった。
喉の奥。
白い光。
エイルとロディオが同時に動いた。
「撃たせるな!」
ロディオが横から脚へ切り込む。
エイルも傷の入った側へ踏み込んだ。
アーマードレイクの身体が傾く。
放たれた光は五人から逸れ、頭上へ走った。
天井が砕ける。
石が落ちてきた。
ルシエラが反射的に上を見る。
「また天井が……!」
「今回は落とさないから!」
エイルが叫ぶ。
アーマードレイクが態勢を戻そうとする。
だが、ロディオが脚へ張りついている。
エイルがもう一度《ブレイク》。
外皮が大きく割れた。
「メルディア!」
二発目の《フレイムランス》。
炎が傷の奥へ入った。
アーマードレイクが崩れる。
それでも頭を持ち上げようとしたところへ、エイルが踏み込んだ。
剣を振り下ろす。
巨体が完全に床へ落ちた。
しばらく待つ。
動かない。
ロディオが近づき、短剣を下ろした。
「……倒した?」
メルディアが見ている。
「倒した」
五人の間に、少し遅れて息が戻った。
ルシエラが天井を見る。
今回は亀裂こそ入っているものの、崩れてはいない。
「今度は天井、落とさなくて済みましたね」
エイルが剣を拭きながら答える。
「それが普通だからな」
「前回がおかしかった」
メルディアが言った。
誰も否定しなかった。
◇
さらに奥へ進んだところで、今度は低い唸り声が複数聞こえた。
暗がりから現れたのは、細身の四足獣だった。
ケイブハウンド。
一体。
二体。
さらに後ろから出てくる。
「六」
ロディオが数える。
群れが一斉に走り出した。
正面には来ない。
二体がエイルへ向かい、残りが左右へ広がる。
「抜ける気だ!」
エイルが一体へ剣を振る。
避けられた。
追えば、反対側が後ろへ入る。
エイルは追わなかった。
剣を大きく引く。
「《薙ぎ払い》!」
広い軌道で振り抜く。
先頭の一体が飛び退く。
その後ろの二体も進路を変えた。
一瞬、六体の動きが詰まる。
「今!」
ロディオが横へ回る。
メルディアの火球が一体へ当たる。
エイルも前へ出た。
一度流れを止めてしまえば、六体を同時に相手にする必要はなかった。
横へ抜けようとする個体をロディオが追う。
正面に残ったものをエイルが止める。
後ろから魔法が飛ぶ。
最初の混乱を越えると、戦闘はそれほど長く続かなかった。
最後の一体が倒れる。
ロディオが短剣を振って血を落とした。
「速いのが何匹もいると面倒だな」
エイルが頷く。
「追いかけたら駄目だな」
「追うのは俺がやる」
「頼む」
その日の探索は、もう少し奥まで進んでから切り上げた。
◇
翌日。
今度は前日とは違う道を選んだ。
天井が低い。
ロディオが上を見る回数が増える。
その判断は正しかった。
「止まって」
全員が足を止める。
天井。
細い脚が動いた。
糸が垂れる。
「ポイズンスパイダー」
メルディアが言った直後。
一体が落ちた。
エイルの前ではない。
ルシエラのすぐ後ろだった。
ルシエラが振り返る。
蜘蛛が脚を伸ばす。
距離が近い。
「ルシエラ!」
ロディオが床を蹴った。
「《疾駆》!」
一気に距離を詰める。
ルシエラと蜘蛛の間へ滑り込む。
短剣。
蜘蛛が跳ねる。
同時に牙がロディオの腕を掠めた。
「っ」
「ロディオ!」
「先にこいつ!」
残りも天井から下りてくる。
エイルがルシエラの前へ。
メルディアが杖を向ける。
数自体は多くない。
一体ずつ地上へ落ちてくれば、対応できる。
ほどなく全て倒れた。
戦闘が終わった後。
クラウスがロディオの腕を見る。
傷の周囲が僅かに変色していた。
「毒ですね」
「やっぱり?」
「軽いものだと思います」
クラウスが杖を向ける。
「《キュア》」
光が傷を包む。
しばらくすると、変色が引いていった。
ロディオが腕を曲げる。
「平気」
「しばらく変わった感じがしたら言ってください」
「分かった」
ルシエラが少し安心したように息を吐いた。
◇
別の日。
細い亀裂の前で、エイルたちは足止めされていた。
小型の甲虫型魔物。
アイアンビートル。
硬い甲殻を持つ個体が、岩の割れ目から次々に出てくる。
一体を倒す。
その後ろから二体。
さらに奥で音がする。
ロディオが亀裂を見る。
「まだいる」
エイルが一体を斬る。
「何匹だ?」
「分からない」
メルディアは亀裂を見た。
「全部倒す必要ない」
杖を上げる。
「下がって」
全員が離れる。
「《フレイムウォール》」
亀裂の前に炎の壁が立った。
奥から出ようとしたアイアンビートルが止まる。
「出てる分だけ」
エイルが頷いた。
残っていた個体を五人で処理する。
炎の向こうではまだ音がしていたが、わざわざ相手をする必要はなかった。
ロディオが亀裂を見る。
「こういう使い方もあるんだな」
メルディアが答える。
「そのための魔法」
「知ってたなら早くやってよ」
「数が分からなかった」
「今も分かってないけど」
「だから塞いだ」
ロディオは少し考えた。
「なるほど」
◇
下層へ続く道を探しながら、中層を歩く日が続いた。
出会う魔物も、少しずつ変わっていく。
ある日は、曲がり角の先をロックゴーレムが塞いでいた。
岩でできた巨体。
動きは遅い。
一撃も大きい。
広い場所なら避けながら戦えばいい。
だが、その場所は左右に余裕が少なかった。
ロディオが壁際を見る。
「向こうへ回れそう」
メルディアも反対側を確認する。
エイルがゴーレムを見る。
「じゃあ俺がこっち向かせとく」
「無理に受けないでください」
クラウスが言う。
「分かってる」
ロディオとメルディアが動く。
ゴーレムもそちらへ向きを変えかけた。
「こっちだ!」
エイルが正面へ入る。
ゴーレムの腕が持ち上がる。
避ければ、また二人の方へ向く。
エイルが剣を構えた。
「一発止める!」
クラウスがすぐに杖を向ける。
「《プロテクション》!」
腕が振り下ろされた。
エイルは剣で受ける。
衝撃で足が床を滑った。
それでも倒れない。
その間にロディオが背後へ回る。
メルディアも射線を取った。
後ろから攻撃が入る。
ゴーレムが振り向こうとする。
エイルも追う。
一度崩れてからは早かった。
◇
ブラッドバットの群れが天井近くを飛び回った時は、メルディアが火球で高度を落とし、ロディオが落ちてきた個体を片付けた。
以前なら、飛び回る相手だけでもかなり時間を取られていただろう。
今は、誰が何をすればいいか迷う時間も短くなっている。
別の日には、細身のマナリザード三体と遭遇した。
口元に魔力が集まるのを見て、ロディオが声を飛ばす。
「撃つ!」
全員が岩陰へ入る。
青白い魔力弾が通路を走った。
エイルは次の一発が来る前に遮蔽物を使って距離を詰める。
近づいてしまえば、長くはかからなかった。
さらに何日か後。
またアーマードレイクが現れた。
「またか」
エイルが剣を抜く。
ロディオはもう驚かなかった。
「前と同じでいい?」
「たぶん」
メルディアが杖を構える。
戦闘が始まる。
最初の一体より動きが鈍かったこともある。
何より、五人の方がもう戦い方を知っていた。
エイルが外皮を《ブレイク》で割る。
ロディオが脚を狙う。
メルディアが開いた場所へ火炎を入れる。
前ほど時間はかからなかった。
倒れたアーマードレイクを見て、ロディオが言う。
「最初より早かったな」
エイルが剣を収める。
「慣れたんだろ」
メルディアは倒れた個体を見る。
「それだけじゃないかも」
「何?」
「別に」
ロディオが首を傾げたが、メルディアはもう先を見ていた。
◇
潜って、戻って、休み、装備を整えてまた潜る。
同じ中層でも、最初に来た頃とは歩き方が変わっていた。硬い相手には硬い相手へのやり方を使い、速ければ追い回さずに動ける場所を減らす。数が多ければ全部を同時に相手にせず、飛ぶなら落とし、遠くから撃ってくるなら遮蔽物を使う。
一度経験した相手なら、次はその分だけ早く動けた。
持ち帰るものも増えた。魔石、外皮、甲殻、牙、毒袋、それに途中で採取した素材。宿代や食事代、消耗品、武器や防具の手入れに使っても、手元には残った。
同じ頃、ギルドには中層についての報告が少しずつ増えていた。
魔物の動きが妙に速かった日もあれば、一撃が普段より重かったという話もある。冒険者側からも、剣を振った勢いが強すぎた、魔法の威力がいつもと違った、という報告が出ていた。
しかも、次に同じ場所へ行っても再現しない。報告された場所も一か所ではなかった。
五人が素材を持ち込んだ日にも、受付で一人の冒険者が話していた。
「昨日、急に速くなったんだ。少し進んでから出た同じ奴は普通だった」
「同じ魔物ですか?」
「同じ種類だよ。場所も近い」
職員が記録へ書き足す。
ルシエラが少し気になったようにそちらを見た。
「何か起きてるんでしょうか」
エイルも聞こえてきた話を思い返す。
「前にも似た話してる人いたな」
ロディオが頷く。
「中層でしょ?」
メルディアは少し考えた。
「私たちが会う魔物も、同じ種類で差が大きい時がある」
クラウスが受付の記録を見る。
「ギルドも調べ始めているようですね」
ルシエラはダンジョンの方角を見た。
「大きなことにならなければいいですけど」
探索はそのまま続いた。
ロディオが宿で眺めている時間は、硬貨よりも書き足した地図の方が長かった。
「この辺、まだ繋がってないんだよな」
エイルが覗き込む。
「明日そっち?」
「行けそうなら」
メルディアも横から見る。
「こっちの方が下がってる」
「じゃあ次はそこだな」
◇
その道を進んだのは、さらに後だった。
途中の戦闘は、もう長引かなかった。
やがてロディオが足を止める。
「……これ」
前方では、石造りの通路がはっきりと下へ向かっていた。昨日まで見てきた緩い傾斜とは違い、その先からは冷たい空気が流れてくる。
ロディオが少しだけ下り、すぐ戻った。
「かなり続いてる」
エイルも先を見る。まだ歩けるし、全員に怪我もない。メルディアにも魔法を使う余裕は残っていた。
クラウスが言った。
「今日はここまでにしませんか?」
エイルも頷く。
「俺もそう思う」
ロディオが下を見る。
「次?」
「次」
「分かった」
ルシエラも頷いた。
「一度戻ってからにしましょう」
五人は来た道へ向きを変える。
歩き出して少ししてから、エイルが聞いた。
「あれ、下層かな」
メルディアが答える。
「まだ分からない」
「下に行ってるじゃん」
ロディオが言う。
「地形の話ならそう」
「じゃあ下じゃん」
「階層の話」
「そこ分ける必要ある?」
メルディアは少し考えた。
「ある」
ロディオがエイルを見る。
「あるらしい」
エイルは笑った。
次に来た時は、あの先へ行く。
中層へ入った最初の日より、その判断に迷いはなかった。