『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌朝、五人は再びダンジョンへ入った。
上層はほとんど足を止めずに抜け、中層もこれまでに通った道を選んだ。
何度か魔物の気配はあったが、進路を変えられるものは避けた。今日は素材を集めに来たわけではない。
前回見つけた下り道へ着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
石の通路が斜め下へ続いている。
ロディオが先を覗き込む。
「行く?」
エイルが頷いた。
「行こう」
ロディオを先頭に、五人は下り始めた。
途中から壁に残された目印が減り、足元の擦れも少なくなった。誰かが休んだ跡も、魔物を解体した跡も見なくなる。
ロディオの歩く速度が少し落ちたが、誰も急かさなかった。
しばらくして傾斜が終わった。
そこから先は、再び平らな通路になっていた。
◇
最初に止まったのはロディオだった。
手を上げる。
少し先の岩陰。
細い脚が見えた。
続いて、大きな鎌。
一体が通路へ出てくる。
さらにもう一体。
「ブレードマンティス」
メルディアが言った。
エイルが剣を抜く。
「ルシエラ」
「はい。《光と闇の祝福》!」
淡い光が広がる。
その直後。
二体が左右へ分かれた。
「速い!」
エイルが一体へ身体を向ける。
追おうとして、すぐやめた。
距離が縮まらない。
もう一体にはロディオが走る。
こちらは追いついている。
短剣と鎌がぶつかった。
甲高い音が響く。
エイル側の一体は、そのまま後ろへ抜けようとしていた。
「《薙ぎ払い》!」
剣を大きく振る。
刃は届かない。
だが、進路へ入った。
ブレードマンティスが横へ跳ぶ。
「メルディア!」
火球が飛んだ。
さらに横へ避ける。
そこへエイルが踏み込んだ。
剣を振る。
また避けられた。
「こいつ、かなり速い!」
ブレードマンティスが反転する。
今度は向こうから来た。
鎌。
一本目を剣で逸らす。
二本目。
エイルが身体を捻る。
肩口を浅く切られた。
「っ」
「エイル!」
ルシエラの声。
「大丈夫!」
ブレードマンティスが離れる。
エイルは追わなかった。
剣を構えたまま待つ。
再び近づいてくる。
鎌を避ける。
もう一本も外へ流す。
今度は近い。
踏み込んだ。
剣が胴へ入る。
ブレードマンティスが大きく崩れた。
「そこ」
メルディアの火球が直撃する。
一体目が倒れた。
すぐ横でロディオの声が上がる。
「こっちはまだ!」
もう一体がロディオへ鎌を振るっていた。
一撃。
二撃。
ロディオは避ける。
三撃目。
少し深い。
「《疾駆》!」
一気に横へ抜けた。
空振りしたブレードマンティスへ、エイルが入る。
今度は間に合った。
剣が脇腹へ食い込む。
ロディオも戻る。
左右から攻撃を受け、二体目も倒れた。
しばらくして、ロディオが息を吐いた。
「そっちの、やっぱり速かったな」
エイルが肩を押さえながら頷く。
「全然違った」
「俺の方は追えた」
メルディアが倒れた二体を見比べた。
「今回は差が大きかった」
「見た目じゃ分かんないのが面倒だな」
ロディオが言った。
クラウスがエイルへ近づく。
「肩を見せてください」
「浅いよ」
「見れば分かります」
傷を確認する。
本当に浅かった。
クラウスが少し考え、ルシエラを見る。
「下は思ったより消耗しそうですね。ルシエラさん、お願いしてもいいですか?」
「はい」
ルシエラがエイルの肩へ手を添えた。
「《ヒール》」
柔らかな光が傷を塞いでいく。
エイルが肩を回す。
「ありがとう」
「どういたしまして」
クラウスは自分の杖には触れなかった。
ロディオが先を見る。
「行けそう?」
「まだ大丈夫」
エイルが答える。
五人は先へ進んだ。
◇
次の敵は、姿を見るより先に仕掛けてきた。
ロディオが急に止まる。
「待って」
全員が足を止めた。
ロディオは床を見ている。
小さな石が僅かに転がった。
「下――」
メルディアの足元が盛り上がる。
本人が横へ跳ぶ。
直後。
石床が弾けた。
巨大な爪。
その後から、灰色の巨体が飛び出す。
グレイヴモール。
爪がメルディアのローブの裾を裂いた。
「怪我は?」
エイルが走る。
「ない」
グレイヴモールは地面へ戻ろうとしていた。
だが、動きが遅い。
ロディオが先に回り込む。
短剣。
前脚へ入った。
グレイヴモールの身体が止まる。
エイルも追いついた。
剣を振る。
メルディアの火球が頭部へ当たる。
もう一度潜る前に、ロディオが横へ回る。
ほどなく魔物は動かなくなった。
ロディオが床を見た。
「潜ってる間の方が面倒だな」
メルディアは裂けた裾を持ち上げている。
「出たら遅い」
「次は振動見ればいいか」
「今よりは」
エイルが周囲を見る。
「怪我ないなら行こう」
メルディアが頷いた。
「大丈夫」
五人は再び歩き出した。
◇
そこからしばらくは何も出なかった。
道が広くなる。
何本もの岩柱が見え始めた。
その先に、大きな空間がある。
壁や床の一部から、青白い結晶が露出していた。
ロディオが足を止める。
「いる」
奥。
結晶の近くに、大きな影が伏せている。
四本脚。
長い尾。
背中から首へかけて、青白い結晶。
クリスタルドレイクが頭を上げた。
視線がこちらへ向く。
「起きたな」
エイルが剣を抜いた。
ドレイクの背中が光った。
「来る!」
光弾。
エイルが横へ跳ぶ。
後ろで大きな音がした。
振り返ると、壁が抉れている。
「当たりたくないな」
ロディオが言う。
「うん」
エイルも同意した。
「《光と闇の祝福》!」
ルシエラの声。
エイルが前へ出る。
二発目。
身体を沈める。
頭上を光が通った。
そのまま距離を詰める。
剣を前脚へ。
浅い。
「硬い!」
クリスタルドレイクの尾が振られる。
エイルが下がる。
ぎりぎりで避けた。
「《プロテクション》!」
クラウスの声。
身体を淡い光が包む。
反対側ではロディオが走っていた。
クリスタルドレイクの頭がそちらを向く。
光弾。
ロディオが横へ抜ける。
当たらない。
さらに回り込む。
「こっち!」
ドレイクがロディオを追う。
その間にエイルが前脚へもう一度斬り込む。
やはり浅い。
「《ブレイク》!」
剣を叩き込む。
硬い鱗が割れた。
クリスタルドレイクが吠える。
「そこ」
メルディアが杖を向けた。
「《フレイムランス》」
炎の槍が割れた場所へ突き刺さる。
巨体が揺れた。
エイルがさらに近づく。
今度はドレイクが前へ出た。
前脚。
避ける。
すぐに尾。
エイルも見えていた。
だが、戻り切れない。
剣を挟む。
衝撃。
身体ごと横へ飛ばされた。
床を転がる。
「エイル!」
ルシエラが声を上げる。
エイルはすぐに片膝をついた。
「大丈夫!」
腕が痺れている。
立てる。
クリスタルドレイクが追ってこない。
ロディオが横から脚へ攻撃していた。
ドレイクが振り向く。
光弾。
ロディオは岩柱の裏へ入る。
光が柱へ当たった。
石が砕ける。
「結構削れるな!」
ロディオが反対側から出る。
別の光弾。
また避ける。
速さではロディオが上だった。
その間にエイルが立ち上がる。
腕を一度振る。
まだ重い。
だが剣は握れる。
メルディアが別の岩柱の陰へ移動する。
クリスタルドレイクの背中。
いくつかの結晶が同時に光った。
「増えた」
メルディアが言った。
光弾が連続で飛ぶ。
エイルは岩柱へ。
クラウスも別の柱へ走る。
ルシエラもすぐに動いた。
光が床を砕く。
次。
壁。
さらに次。
ロディオが身体を低くする。
石片が腕を掠めた。
「っ」
「ロディオ!」
「平気!」
止まらない。
クリスタルドレイクがロディオへ頭を向ける。
その隙にエイルが柱から出た。
割った鱗へ剣を入れる。
今度は深い。
ドレイクが身体を振る。
エイルはすぐ離れた。
「同じところ!」
メルディアの《フレイムランス》。
さらに傷が広がる。
クリスタルドレイクが大きく向きを変えた。
尾がメルディアのいる岩柱へ当たる。
石が崩れる。
メルディアが離れる。
「そっち危ない!」
ルシエラが声を上げた。
メルディアが走る。
直後、崩れた岩柱へ光弾が当たった。
完全に砕けた。
「長引くと隠れる場所なくなるな!」
エイルが言う。
「分かってる!」
ロディオがさらに外へ回る。
クリスタルドレイクの視線がまた動く。
その瞬間。
エイルが前へ。
傷のある側から斬る。
ドレイクが前脚を振り上げた。
「エイル、下がって!」
クラウス。
エイルが横へ抜ける。
前脚が床を叩いた。
メルディアの火球が顔へ当たる。
クリスタルドレイクが怯む。
ロディオが脚へ入った。
短剣が関節を切る。
巨体が傾いた。
「今!」
エイルが踏み込む。
首元。
剣を振り下ろす。
一撃。
ドレイクがまだ身体を起こそうとする。
ロディオがすぐ離れた。
メルディアが杖を向ける。
「離れて」
エイルも飛び退く。
「《フレイムランス》」
炎の槍が首元へ刺さった。
クリスタルドレイクの身体が大きく震える。
そのまま床へ崩れた。
静かになった。
誰もすぐには近づかない。
ロディオが肩で息をしながら言った。
「……終わった?」
メルディアが少し待つ。
「動いてない」
エイルが剣を下ろした。
「強かったな」
クラウスがすぐに来る。
「エイル、腕を見せてください」
「動くよ」
「動くかどうかだけじゃありません」
その間にルシエラがロディオの腕へ気づいた。
「そこ、切れてます」
「石が当たっただけ」
「見せてください」
ロディオが腕を出す。
クラウスがエイルの状態を確認しながら言った。
「ルシエラさん、そちらお願いできますか?」
「はい」
「《ヒール》」
ロディオの腕の傷が塞がる。
「ありがと」
ルシエラが今度はエイルを見る。
「エイルは?」
「打った方だから、クラウスに任せる」
クラウスが頷いた。
「骨には問題なさそうです。少し休んでください」
エイルが近くの岩へ座る。
腕の痛みは引いてきた。
だが、疲れている。
メルディアも壁際へ座っていた。
杖を膝へ置いている。
ロディオが奥へ続く道を見る。
「まだ行く?」
エイルは答える前に四人を見た。
誰も動けないほどではない。
ロディオも歩ける。
メルディアも魔法はまだ使える。
クラウスにも余裕はある。
ルシエラも同じ。
ただ。
「もう一体、今のが出たらどうする?」
ロディオが奥を見たまま止まった。
クラウスが答える。
「倒せたとしても、その後があります」
帰り道も残っている。
エイルは少し考えた。
「戻ろう」
メルディアがすぐに頷く。
「賛成」
ルシエラも言った。
「私もです」
ロディオが最後に奥を見る。
「じゃあ次だな」
「次だな」
エイルが立ち上がった。
五人は来た道を戻り始める。
帰り道、最初に戦った場所を通った時、ロディオが倒れたブレードマンティスの方を見た。
「次も速いとは限らないんだよな」
エイルが答える。
「遅いとも限らないけどな」
「それが面倒なんだよ」
ロディオは先頭へ戻った。
その後は大きな戦闘もなく中層まで戻り、そこでようやく五人の歩調が少しだけ緩んだ。
下層でも戦えることは分かった。どこまで行けるかは、まだ分からない。
◇
夕方、ギルドへ戻ると受付の職員に呼び止められた。
「今日、下層まで行かれましたよね?」
「はい」
エイルが答える。
「何か変わったことはありませんでしたか?」
五人が顔を見合わせる。
ロディオが先に答えた。
「速いブレードマンティスはいた」
「同じ二体でも、かなり差があった」
メルディアが続ける。
「クリスタルドレイクも強かった」
職員の手が止まった。
「下層でもですか……」
「何かあったんですか?」
ルシエラが聞く。
職員は机の上の紙を見てから、別の紙もめくった。
「今日、中層から似た報告が三件来ています。魔物の動きや攻撃が普段と違った、と。冒険者側の魔法や身体の動きまで、いつもと違ったという話もあります」
エイルが眉を寄せた。
「前から出てた話ですよね」
「はい。最初は中層だけでした」
職員は今書いた下層の記録を見る。
「複数の階層にまたがっているのかもしれません」
ロディオが聞く。
「ダンジョン全体ってこと?」
「まだ分かりません。ですが、こちらでも調べます」
ルシエラは少し心配そうに言った。
「私たちが入った時も敵が強かったですし……何か起きてるのかもしれませんね」
メルディアが頷く。
「可能性はある」
五人が持ち帰った情報も、その日の記録へ加えられた。