『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
第24話 広がる噂
それから十日余り、五人は何度もリューベルのダンジョンへ潜った。
上層と中層を抜けて下層へ入り、戻れば素材を売って装備を整え、休んでまた潜る。
最初は警戒していたブレードマンティスにも慣れた。
床が震えればグレイヴモールが出てくる前に散り、クリスタルドレイクと遭遇しても、それだけで探索を切り上げることはなくなった。
初めて見る魔物に手間取ることはあっても、次に会った時には対処が早くなる。
ロディオの地図には、少しずつ下層の道が増えていった。
その間に、ダンジョンの異変についての噂も広がっていた。
「昨日も出たらしいぞ」
宿の一階で、冒険者たちが話している。
「どこ?」
「中層と下層。だいたい同じ頃だって」
「またかよ」
別の男が杯を置いた。
「魔物だけじゃないんだろ? 身体が急に軽くなったとか、魔法がでかくなったとか」
「ダンジョンの魔力が乱れてるんじゃないかって話だ」
「全体が活性化してるって聞いたぞ」
「階層が変わる前触れじゃないのか?」
その言葉に、別の卓から声が飛ぶ。
「魔物が溢れる前兆だって言ってる奴もいたぞ」
「誰が?」
「知らん」
「じゃあ適当じゃねえか」
笑い声が上がった。
噂の中身は日ごとに大きくなっていた。
ギルドが確認しているのは、複数の階層で似た報告が出ていること、発生する場所と時間が一定していないこと、同じ場所へ調査に入っても何も起きない時があることまでだった。
そこから先は、ほとんど冒険者たちが勝手に増やした話だった。
朝食を食べながら、ルシエラもその話を聞いていた。
少し離れた卓では、まだ異変の話が続いている。
「魔物が溢れるだけならまだいいって言ってる奴もいたぞ」
「まだあるのかよ」
「魔神復活の兆しじゃないかって」
「誰が言ったんだ、それ」
「知らん」
また笑い声が上がった。
ルシエラの手が止まる。
「……魔神?」
ロディオもパンを持ったまま、隣の卓を見た。
「いや、さすがに今のは適当に言ってるだけでしょ」
「でも、何もないのに中層と下層で同じようなことが起きるでしょうか」
ルシエラは本気で心配していた。
エイルも少し考える。
「俺たちが入ってる時も、妙に強いのが混じることあるしな」
「ある」
メルディアが頷いた。
「しかも場所が決まってない」
ロディオが眉を寄せる。
「待って。それってダンジョンの一か所がおかしいんじゃなくて、もっと大きな何かが動いてるってこと?」
メルディアは少し考えた。
「可能性はある」
「あるんだ……」
クラウスが口を挟む。
「今のところ確認されているのは、このダンジョンで起きている現象だけです。ただ、原因が分かっていない以上、ここだけの問題とも決められません」
ルシエラの表情がさらに曇った。
「もし、他の町でも同じことが始まったら……」
「世界中の魔物が急に強くなるとか?」
ロディオが言った。
一瞬、全員が黙る。
エイルが嫌そうな顔をした。
「それは困るな」
「かなり困ります」
クラウスも真顔だった。
メルディアが静かに言う。
「魔神復活より、そっちの方が先に問題」
「魔神も十分問題だよ」
ロディオが返した。
ルシエラは少し考えてから言った。
「ギルドで、他の町でも同じことが起きていないか聞いてみませんか?」
エイルが頷く。
「そうしよう。何か分かってるかもしれない」
「ダンジョンにも行く?」
ロディオが聞く。
「行く。こっちでも何か変わったことがあれば、報告できるし」
「分かりました」
ルシエラも頷いた。
五人は朝食を終えると、まずギルドへ向かった。
◇
ギルドで確認しても、他の町から同じような報告はまだ届いていなかった。
それを聞いて、ロディオが少しだけ肩の力を抜く。
「じゃあ、今のところリューベルだけか」
「今のところは、ですね」
職員が答えた。
原因については、やはり何も分かっていないという。
五人はそのままダンジョンへ向かった。
その日の探索でも、何度か魔物と戦った。
夕方、素材を持ってギルドへ戻る。
査定を待っていると、朝と同じ職員が五人のところへ来た。
「今日も報告が出ました」
エイルが顔を上げる。
「異変の?」
「はい。中層で二件、下層で一件です。魔物の動きや攻撃が普段より激しかったという話と、冒険者側も身体が妙に軽かったという話が出ています」
五人の表情が揃って険しくなった。
「やっぱり……」
ルシエラが呟く。
メルディアも考え込む。
「続いてる」
エイルが聞いた。
「他の町からは?」
「今のところ、同じような報告は届いていません」
ロディオが息を吐いた。
「まだ広がってはいないんだ」
「でも、これから広がるかもしれませんよね」
ルシエラが不安そうに言う。
クラウスが頷いた。
「可能性を考えるなら、そうですね」
エイルは少し黙ってから職員を見た。
「俺たちも、何か変わったことがあったら報告します」
「お願いします」
五人は真剣な顔で頷いた。
宿で久しぶりに状態を確認した時、エイルが表示を見直した。
「……三十五?」
ロディオも自分のものを見る。
「俺も」
「私も三十五」
メルディアが言う。
クラウスとルシエラも同じだった。
エイルが少し考える。
「そんなに上がってたんだな」
「かなり潜りましたからね」
クラウスが答えた。
装備も、リューベルへ来た頃とは変わっていた。持ち帰った素材や魔石を売った金で、防具や靴、探索道具を少しずつ買い替えている。
エイルの蒼鋼剣は、下層で手に入れた硬質素材を使って鍛え直された。剣そのものは変えず、今のエイルに合わせて重心を調整し、刃も以前より丈夫になっている。
宝箱から見つけた品もあった。ロディオは今までのものより軽く切れ味のいい短剣を使うようになり、メルディアの杖も先端に透明な結晶が埋め込まれた、魔力を流した時のぶれが少ないものへ変わった。
もう一つ、淡い緑色の石がついた小さなペンダントも見つかっていた。
見つけた時、最初にロディオが言った。
「これ、ルシエラがいいんじゃない?」
「私ですか?」
「一番似合いそう」
エイルも頷く。
「うん。ルシエラっぽい」
クラウスも笑った。
「似合うと思いますよ」
ルシエラは少し迷ってから、ペンダントを首に掛けた。
「……どうですか?」
ロディオが頷く。
「やっぱり似合う」
「もう、その話はいいですから」
町で見てもらうと、強い風や衝撃を受けた時に姿勢を崩しにくくする効果もあるらしい。
ルシエラが首元の石をつまむ。
「ちゃんと役にも立つんですね」
メルディアが見る。
「かわいいだけじゃなかった」
「最初からそれ目的で選んだわけじゃないですけどね」
そのままルシエラが使うことになった。
◇
ダンジョンそのものの噂が広がる一方で、五人自身も少しずつ目立つようになっていた。
その日も受付へ素材を並べると、職員が一つを手に取った。
「これも下層ですか?」
「はい」
エイルが答える。
職員は素材と五人を交互に見る。
「皆さん、最初に来た時は中層の話を聞いていましたよね」
ロディオが横から覗き込む。
「そうだっけ?」
「そうです。私が説明しましたから」
「結構前じゃない?」
「そんなに前ではありません」
ロディオが指を折って数え始める。
途中でやめた。
「でも、かなり潜ったよな」
「それは分かります」
職員は苦笑しながら査定を続けた。
近くにいた冒険者が、並べられた素材を見る。
「それ、どこまで行ったやつだ?」
ロディオが振り返る。
「下の方」
「下層?」
「うん」
男は少し黙った。
その隣にいた別の冒険者が口を挟む。
「最近よく見るよな、お前ら」
「そう?」
「見るたび装備変わってる気がする」
エイルは自分の胸当てを見る。
「買い替えたからな」
「そういう話じゃねえよ」
何人かが笑った。
五人は査定を終えると、そのまま必要な物を買いに行った。
翌日には、またダンジョンへ向かった。
◇
しばらくすると、酒場でも五人の話を聞くようになった。
「例の五人、今日も下まで行ってたらしいぞ」
「またか?」
「ああ。ギルドに持ち込んでた」
「何持ってきた?」
「知らん。俺が見ても分からんやつ」
「じゃあ何で下層って分かるんだよ」
「周りがそう言ってた」
別の卓では、少し話が違った。
「俺、あいつらが来た頃見たぞ。まだ中層にも慣れてない感じだった」
「それがもう下層?」
「らしい」
「早すぎないか?」
「若いし、伸びる時期なんじゃないか」
「それにしたってなあ」
杯を置いた男が眉を寄せる。
「誰かに連れてってもらってるんじゃないのか?」
「いつも五人だろ」
「途中で合流してるかもしれん」
「そんな面倒なことする意味あるか?」
別の男が笑う。
「素材だけ買ってきて、自分らで取ったことにしてたりしてな」
「何のために?」
「知らん。箔がつくだろ」
「それなら金が減るだけじゃねえか」
「ギルドと話がついてるとか」
「お前、適当に言ってるだろ」
笑い声が上がった。
数日後には、また違う話になっていた。
「強い魔物がいない道でも見つけたんじゃないか?」
「だったら教えてほしいな」
「誰にも教えないから稼げるんだろ」
「装備がいいんじゃないのか?」
「装備がよければ下層まで行けるなら苦労しねえよ」
「じゃあ何だ?」
「知らん」
「やっぱインチキじゃねえの?」
答えが出ないまま話だけが増え、本人たちの耳に入ることもあった。
宿で食事をしていると、少し離れたところから自分たちの話が聞こえてくる。
ロディオがそちらを見る。
「俺たちの話してない?」
エイルも聞く。
「してるな」
「有名になってきた?」
少し嬉しそうだった。
メルディアは食事を続けたまま言う。
「素材を買ってるって言ってた」
「買ってないな」
「だから間違ってる」
エイルが笑う。
「気になるのそこなんだ」
ルシエラは少し困った顔をする。
「普通に潜ってるだけなんですけどね」
「僕たちにとっては、そうですね」
クラウスが答えた。
ロディオが頷く。
「明日も行くんだしな」
「行くよ」
エイルが答えた。
話はそれで終わった。
◇
その日の夜、宿の一階はいつも通り騒がしかった。
奥の卓には、少し前にリューベルへ来たらしい三人組の冒険者が座っていた。旅装も武器も、特に目立つものではない。
一人が酒を飲み、もう一人が食事をしている。
残る一人が、近くの卓から聞こえてきた話に顔を上げた。
「またあの五人の話か」
「だっておかしいだろ。来て何日だよ」
「知らん」
「下層の奥まで行ってるらしいぞ」
「だからインチキなんじゃねえの?」
三人のうち一人の手が止まった。
すぐに杯を持ち上げる。
向かいに座った一人が、その動きを見た。
何も言わない。
もう一人が近くの冒険者へ声をかけた。
「その五人って、そんなに有名なのか?」
「最近はな」
「強い?」
「知らん。俺は戦ってるところ見たことない」
別の男が口を挟む。
「若い連中だよ。剣士と斥候と魔法使い、それに神官と女の子」
「女の子?」
「聖女らしいぞ」
「へえ」
三人組の一人が酒を飲む。
「じゃあ俺たちも、そのくらい稼げる場所を教えてもらいたいな」
「簡単に言うなよ。下層だぞ」
「だから聞いてるんだろ」
周囲から笑い声が上がった。
話は別の話題へ流れていく。
しばらくして。
階段からエイルたちが下りてきた。
明日の準備に必要なものを確認しに出るらしい。
ロディオが何かを話し、ルシエラが笑う。
五人は三人組の方を見ることもなく、宿を出ていった。
先ほど質問していた一人が、残った料理へ視線を戻す。
「……若いな」
向かいの一人が小さく答える。
「聞いてたよりな」
三人目が窓の外を見る。
「明日も行くのか?」
「たぶん」
「じゃあ俺たちも潜る?」
少し間があった。
最初の一人が杯を置く。
「せっかく来たんだ。見てみたいだろ」
翌朝。
エイルたち五人が宿を出た。
ダンジョンへ向かう。
少し時間が経ってから。
三人組も席を立った。