『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
その朝、宿の一階で朝食を終えた五人が外へ出ようとしたところで、少し離れた卓から声が聞こえた。
「ほら、あの五人だ」
ロディオの足が止まる。
振り返ると、何人かの冒険者がこちらを見ていた。
すぐに視線を逸らした者もいれば、そのまま見ている者もいる。
ルシエラも気づいた。
「……また見られてますね」
「昨日も見られてた」
ロディオが小さな声で言う。
エイルが隣を見る。
「ちょっと嬉しそうだな」
「別に」
「顔がそう見える」
「強いって思われてるなら、ちょっとくらいはいいだろ」
メルディアが言った。
「素材を買ってるって噂もある」
ロディオの顔から少しだけ得意そうなものが消えた。
「そっちはいらない」
エイルが笑う。
「インチキしてるってのもあったな」
「もっといらない」
クラウスが宿の扉を開けながら聞く。
「有名になりたかったんですか?」
ロディオは少し考えた。
「有名になりたいっていうより、ちゃんと冒険者やってるって思われるのは嬉しいかな」
「ちゃんと?」
ルシエラが聞く。
「俺たち、始めたばっかりだっただろ。最初」
「それは今もそんなに変わってないと思いますけど」
「下層まで行ってる」
「それはそうですけど」
ルシエラは通りへ出てから、まだこちらを見ている冒険者に気づいて少しだけエイルの方へ寄った。
「私は、あんまり見られるの慣れないです」
ロディオが意外そうに見る。
「聖女なのに?」
「聖女になってから、まだそんなに経ってません」
「それもそうか」
メルディアが言う。
「職業をもらう前は普通だったんでしょ」
「普通でした」
即答だった。
エイルが笑う。
「そこは迷わないんだな」
「普通の家で、普通に暮らしてましたから」
「今は下層に潜ってる」
ロディオが言う。
ルシエラは少し考えた。
「……そこだけ聞くと、あまり普通じゃないですね」
クラウスが笑った。
五人はそのままリューベルのダンジョンへ向かった。
少し離れたところで、三人組の冒険者も宿を出た。
◇
上層を抜け、中層へ入る。
何度も通った道では、ロディオが立ち止まることも少なくなっていた。
分岐で一度だけ足を止め、壁に残した小さな印を確認する。
「今日はこっち」
「昨日の続きだな」
エイルが言う。
ロディオは地図を開かず、そのまま曲がった。
後ろからルシエラが聞く。
「もう地図を見なくても分かるんですか?」
「ここまでは」
「最初はずっと見てましたよね」
「最初はな」
メルディアが言う。
「宝箱の前では地図より床を見てた」
ロディオが振り返った。
「まだそれ言う?」
ルシエラが少し笑う。
「ずっと調べてましたね」
「罠があったら困るだろ」
「結局なかった」
「なかったからいいんだよ」
エイルが前を見たまま言う。
「シミまで調べてたけどな」
「床に変なシミがあったんだって」
「覚えてます」
ルシエラが言った。
「私、あの時初めて宝箱を見ました」
「俺もだった」
エイルが答える。
クラウスも頷く。
「今考えると、あの頃は一つ見つけるだけでも大騒ぎでしたね」
ロディオが前へ向き直る。
「今見つけても大騒ぎするけど」
「そこは変わらないんですね」
「宝箱だぞ?」
声が少し弾んでいた。
五人はそのまま奥へ進んだ。
少し離れたところでは、三人組の冒険者も同じ通路へ入っていた。
◇
「速いな」
一人が小さく言った。
前を行く五人の姿は、もう見えない。
それでも足跡は残っている。
「道を確認する時間がほとんどない」
「かなり通ってる」
三人は急がなかった。
距離を縮めれば、五人の中にいる斥候に気づかれる。
足音を抑え、曲がり角では一度止まる。
しばらく進むと、前方から戦闘音が響いた。
短い。
すぐに静かになった。
三人がそこへ着いた時には、戦いは終わっていた。
倒された魔物から必要な部分はすでに回収されている。
一人がしゃがみ、残った戦闘痕を見る。
「剣」
少し離れた場所には、焦げた跡もあった。
「こっちは魔法か」
もう一人は、死骸ではなく周囲を見ていた。
壁に深い傷が走っている。
床の石も何か所か砕け、通路の端では大きな岩片が転がっていた。
「……ずいぶん派手だな」
「例の異変か?」
「さあな」
「何が?」
「戦った跡」
三人目も周囲を見る。
「毎回こんな戦い方してるのか?」
「下層へ行く連中だぞ」
「それにしても、どれだけ激しくやってるんだ?」
返事はなかった。
少し先には、素材を切り取った跡が残っている。切り取り方も手早く、戦闘が終わってからここを離れるまで、それほど時間を使っていない。
「慣れてるな」
一人が言った。
「ダンジョンに?」
「五人で動くのに」
三人目が足跡を見る。
前後に大きく乱れていない。
「即席じゃないってことか」
「少なくとも昨日今日じゃないな」
五人の足跡は、その先へ続いている。
三人も追跡を再開した。
◇
少し先で、ロディオが足を止めた。
エイルも止まる。
「どうした?」
ロディオは後ろを見る。
誰もいない。
通ってきた通路が、薄暗い奥まで伸びている。
「……誰か来てるかも」
「さっきから?」
エイルが聞く。
「分からない。今ちょっとだけ」
メルディアも後ろを見る。
「止まった?」
「たぶん」
ルシエラが声を落とした。
「私たちを追ってるんでしょうか」
ロディオは少し考えた。
「そこまでは分からない。普通に同じ道を来てるだけかもしれないし」
リューベルのダンジョンで、後ろから別の冒険者が来ること自体は珍しくない。
エイルが聞く。
「待つ?」
「いや」
ロディオはもう一度耳を澄ませる。
音は聞こえなかった。
「普通に行こう。冒険者なら、そのうち追いつくか別の道に行く」
「追ってきたら?」
「その時考える」
メルディアが言った。
「今は分からないから?」
「そういうこと」
ルシエラも振り返ったが、何も見えない。
「じゃあ、行きましょうか」
ロディオが頷く。
五人はまた歩き出した。
◇
その少し後。
壁際の陰から、一人が顔を出した。
「気づいたか?」
「何かいるとは思っただろうな」
「近かった?」
「これ以上はやめた方がいい」
三人はその場で待った。
一人が、五人の消えた通路を見る。
「止まっただけで、こっちまで来なかったな」
「確信はないんだろ」
「それでも十分だ」
十分に距離が開いてから、また動き出した。
◇
下層へ入ると冷たい空気が流れ、道も広くなった。
途中で何度か魔物と遭遇したらしく、三人が追いつくたびに新しい戦闘跡が残されている。壁には斜めの亀裂が走り、床には穴が穿たれ、崩れた岩や黒く焼けた石も転がっていた。
「まただ」
一人が足を止める。
「こいつらが通った後って、分かりやすいな」
「迷わなくていい」
「そういう意味じゃない」
少し先には、巨大な刃で抉ったような跡が残っていた。
その脇にブレードマンティスの死骸がある。
一人が壁の傷へ手を当てる。
「激しいな」
「勝ってるならいいだろ」
「まあな」
三人はそれ以上気にせず進んだ。
◇
さらに奥で、五人は大きな石室の前に立ち止まっていた。
天井が高い。
何本もの石柱が並び、その中央に、透き通った結晶を背中から生やした大きな魔物がいる。
クリスタルドレイク。
ロディオが低い声で言う。
「……またいる」
エイルが横を見る。
「嫌そうだな」
「前に結構走らされたから」
メルディアが言った。
「自分から走ってた」
「避けてたんだよ」
ルシエラも石室の中を見る。
「前に戦った時、岩柱がかなり壊れましたよね」
クラウスが頷いた。
「隠れる場所がどんどん減っていきましたね」
「今回は全部なくなる前に倒したいな」
エイルが言う。
ロディオがそちらを見る。
「目標そこ?」
「大事だろ。隠れる場所」
「それはそうだけど」
メルディアはクリスタルドレイクの体格を見ている。
以前戦った個体と大きくは変わらない。
「前と同じくらい」
エイルが聞く。
「いけそう?」
「いけると思う」
ロディオも左右の石柱を見る。
「走る場所もある」
クラウスが四人を見る。
「無理に奥へ追わなければ大丈夫そうですね」
ルシエラが杖を握った。
「じゃあ、やりますか?」
エイルが笑う。
「行こう」
ルシエラが両手を胸元で合わせる。
五人が動き出した。
◇
かなり離れた通路で、三人も足を止めた。
「クリスタルドレイクか」
「見る?」
「ここからなら」
三人は石室へ入らず、通路の奥に残った。
◇
ドレイクが頭を上げた。
背中の結晶が光る。
光弾が飛ぶ。
エイルが横へ跳ぶ。
直後、立っていた場所の床が弾けた。
「右!」
ロディオが走る。
エイルが正面を押さえている間に側面へ回り込む。
ドレイクがロディオを追おうとした。
エイルが踏み込む。
「《ブレイク》!」
剣が硬い鱗へ叩き込まれる。
亀裂が走った。
ドレイクが振り向く。
「《フレイムランス》」
火炎の槍が割れた場所へ突き刺さる。
爆ぜた炎の中から、ドレイクが飛び出してきた。
エイルが下がる。
爪が胸元を掠める。
クラウスが杖を上げた。
「《プロテクション》」
次の一撃を、エイルが受ける。
衝撃で数歩下がった。
「大丈夫!」
ルシエラが声を上げる。
「平気!」
エイルが答えた。
ロディオが背後から短剣を入れる。
ドレイクが大きく身を捩った。
その瞬間。
背中の結晶が一斉に明るくなる。
メルディアが動きを止めた。
「来る」
エイルも気づく。
「ルシエラのところ!」
五人が動いた。
ロディオが最初に戻る。
メルディアとクラウスが続く。
エイルが最後に飛び込んだ。
ルシエラが両手を広げる。
「《絶対防御領域》!」
次の瞬間。
白い光が石室を薙いだ。
轟音が響く。
正面の石柱が折れた。
その横の一本にも亀裂が走り、上半分が崩れ落ちる。
さらに奥でも、別の石柱が砕けた。
床が弾ける。
壁面から石片が飛び散った。
離れた通路まで砂埃が流れ込んでくる。
三人の冒険者は、石室の奥を見ていた。
光が消える。
何本も損傷した石柱に、抉れた床と削れた壁。その中央に、五人が立っている。
一人が目を細めた。
「……あそこだけ残ってる」
「聖女か」
「たぶんな」
五人の周囲には傷一つない。
エイルが顔を上げる。
「行ける?」
「はい!」
ルシエラが領域を解いた。
ロディオが飛び出す。
続いてエイル。
攻撃を放った直後のドレイクへ一気に距離を詰める。
エイルの剣が、先ほど割った鱗の奥へ入った。
巨体が傾く。
そこへメルディアの炎が突き刺さった。
ドレイクが床へ倒れる。
しばらく動かなかった。
ロディオが近づく。
確認してから振り返った。
「終わり」
エイルが息を吐いた。
「さっきの、広かったな」
「前のより大きかった」
メルディアが崩れた石柱を見る。
ルシエラもつられてそちらを見た。
「今回は何本ですか?」
ロディオが周囲を見る。
「何の話?」
「柱です」
「ああ」
エイルが一本ずつ見る。
「……三本?」
メルディアが首を振った。
「壊れたのは三本。亀裂だけならもう一本」
「数えてたの?」
ロディオが聞く。
「見えてたから」
ルシエラが少し笑う。
「前よりは残りましたね」
エイルも笑った。
「目標達成ってことでいいか」
「そんな目標でしたっけ?」
クラウスが言いながらエイルの胸元を見る。
「怪我は?」
「ない。プロテクションのおかげ」
「なら大丈夫ですね」
ルシエラも安心したように息を吐いた。
ロディオは倒れたクリスタルドレイクの方へ向かう。
「じゃあ回収しよう。柱は売れないし」
メルディアが続いた。
「当たり前」
「一応言っただけ」
五人は素材の回収を始めた。
◇
三人はその場から動かなかった。
石室はひどく荒れている。
複数の石柱が壊れ、床も壁も削られている。
その中で、五人が集まっていた場所だけが不自然なほどきれいに残っていた。
「下層まで来てるのは本当だったな」
「ああ」
「聖女の能力も、聞いてた以上だ」
少し待つと、五人はもう素材を回収しながら何か話していた。
緊張が解けたのか、時々笑い声まで混じる。
一人が小さく言う。
「さっきまであれと戦ってた連中には見えないな」
「慣れてるんだろ」
「戦うことに?」
もう一人が少し考える。
「一緒にいることに、じゃないか」
返事はなかった。
しばらくして、五人が奥へ消える。
一人がその方向を見る。
「次も追う?」
「同じことをしてたら、あの斥候に気づかれる」
「じゃあ?」
少し考える。
「話せばいい」
「普通に?」
「あれだけ噂になってるんだ。興味を持つ冒険者がいてもおかしくない」
三人目が笑った。
「そっちの方が楽そうだな」
三人は五人とは別の通路へ入った。
次に会う時は、もっと近くから見るつもりだった。