『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌日の昼、五人はリューベルの冒険者ギルドで、掲示板に並ぶ依頼票を眺めていた。
ロディオが一枚を指す。
「これ、昨日までなかったよな」
「護衛?」
エイルが覗き込む。
「南まで。今日は行かないけど」
「見るだけ?」
「見るだけ」
メルディアが隣から言った。
「さっきから三枚目」
「見るくらいいいだろ」
「受けないのに?」
「何があるか気になるんだよ」
ルシエラが少し笑った。
「ロディオ、掲示板を見るの好きですよね」
「冒険者っぽいだろ」
「そこ?」
エイルが笑ったところで、後ろから声がした。
「最近噂になってる五人って、あんたら?」
五人が振り返る。
昨日、宿で見かけた三人組の冒険者が立っていた。
ロディオが先に反応した。
「また噂?」
男が笑う。
「またってことは、もう聞いてるのか」
「嫌でも聞こえるから」
エイルが横から言う。
「昨日は悪い気しないって言ってたけどな」
「強いって言われる方はな」
「素材を買ってるって方は?」
メルディアが聞く。
「いらないって言っただろ」
三人組の一人が笑った。
「それも聞いたぞ。下層の素材を買って、自分たちで取ったことにしてるって」
ロディオが嫌そうな顔をする。
「なんで本人にそれ言うんだよ」
「反応見たかった」
「買ってない」
「即答だな」
「買ってないからな」
ルシエラが真面目に付け加える。
「本当に自分たちで取っていますよ」
ロディオがそちらを見る。
「ルシエラが言うと急に説得力あるな」
「私が言わないと説得力ないんですか?」
「俺が言うよりは」
「それは自分で言うんですね」
エイルが笑った。
三人組もつられて少し笑う。
最初に声をかけてきた男が掲示板へ目をやった。
「じゃあ、本当に毎日潜ってるのか?」
「毎日ではないよ」
ロディオが答える。
「休む日もあるし」
「昨日は?」
「行った」
ルシエラが先に答えた。
「下の方ですごい音がしたって聞いたんだけど」
エイルたちが顔を見合わせる。
ロディオが首を傾げた。
「聞こえてたんだ」
「かなり響いたらしいぞ」
「たぶん俺たちだな」
エイルが言う。
「クリスタルドレイクがいたから」
メルディアが付け加えた。
三人組の一人が少し身を乗り出す。
「倒したのか?」
「うん」
ロディオが答える。
「前にも戦ったことあるし」
「ずいぶん軽く言うな」
「最初はもっと大変だった」
ルシエラが言った。
「岩柱もたくさん壊れました」
「昨日も壊れたけどな」
エイルが言う。
「前よりは残った」
ロディオも頷く。
メルディアが三人組を見る。
「一本だけ」
一瞬、ロディオがメルディアを見た。
メルディアは何も言わない。
三人組のうち、右側にいた男の視線がわずかに動いた。
石室でも思い出したように、一度だけ横へ。
すぐに戻る。
「へえ」
それだけだった。
メルディアも、それ以上は何も言わなかった。
別の男が聞く。
「それだけ暴れて、怪我は?」
エイルが自分の胸元を見る。
「昨日はなかった」
「運がよかった?」
「ルシエラのおかげ」
エイルが答える。
三人の視線がルシエラへ向く。
ルシエラは少し居心地悪そうに杖を持ち直した。
「私ですか?」
「聖女なんだろ?」
「はい」
「何したんだ?」
「《絶対防御領域》を使いました」
一人が少し眉を上げる。
「絶対?」
ルシエラが困ったように笑う。
「私がつけた名前じゃないですよ」
ロディオがすぐ横から言う。
「でも今のところ名前負けしてない」
「そう言われると余計に恥ずかしいです」
「なんで?」
「絶対って、自分で言ってるみたいじゃないですか」
エイルが笑った。
「スキル名なんだから仕方ないだろ」
ルシエラはまだ少し納得していない顔をしている。
三人組の男が聞く。
「どんな防御なんだ?」
「みんなが中に入れば、攻撃を防げます」
「昨日のあれも?」
「はい」
「便利だな」
ルシエラは少し考えてから頷く。
「すごく助かってます」
エイルが言った。
「昨日もあれがなかったら危なかったな」
「柱どころじゃなかった」
ロディオが続ける。
「それは本当にそうですね」
クラウスも頷いた。
そこから話は、下層に出る魔物へ移った。
「下って何が出る?」
「色々」
ロディオが答える。
「それじゃ分からん」
「本当に色々出るんだよ。ブレードマンティスとか、グレイヴモールとか、クリスタルドレイクとか」
「素材は?」
「ドレイクは結構いい」
エイルが言う。
「でも持って帰るのが重い」
「それ、エイルが言う?」
ロディオが横を見る。
「お前も持ってるだろ」
「俺は軽いところ選んでる」
「知ってる」
「何で?」
「毎回そうだから」
ルシエラが笑う。
三人組の一人も笑った。
「仲いいな、お前ら」
五人が一瞬黙る。
ロディオが先に言った。
「まあ、ずっと一緒だし」
エイルも頷いた。
「まだそんなに長くはないけどな」
「でも毎日みたいに顔見てますよね」
ルシエラが言う。
メルディアが淡々と続ける。
「宿も同じ。食事もだいたい一緒」
ロディオが言った。
「言い方がちょっと嫌だな」
「事実」
クラウスが少し笑った。
三人組は、もう一度五人を見る。
それから、最初に声をかけてきた男が立ち上がった。
「ありがとな。参考になった」
エイルも軽く手を上げる。
「下層行くなら気をつけて」
「ああ」
三人はギルドの出口へ向かった。
その途中、先頭を歩いていた男がわずかに頭を下げた。
頭上には吊り下げられた灯りがある。
だが、見えている頭との間には十分な隙間があった。
メルディアの目が、その動きを追う。
次の男は普通に通ったが、最後の男も入口の梁の手前で、やはり少しだけ頭を下げた。
三人が外へ出て少しして、メルディアが口を開いた。
「ロディオ」
「ん?」
メルディアはまだ出口を見ていた。
「さっきの人、私が一本って言った時に反応した」
ロディオがメルディアを見る。
「やっぱあれ、わざと?」
「うん」
「先に言ってよ」
「反応が変わるから」
「俺の?」
「全員の」
ロディオは少し考えた。
「……それはそうか」
エイルが聞く。
「何が違った?」
「昨日、壊れた柱は一本じゃない」
ルシエラが頷く。
「三本でしたよね。亀裂が入ったのもありました」
「右にいた人だけ、一瞬そっちを見た」
メルディアが言う。
クラウスが出口を見る。
「昨日の戦闘を知っていた可能性がある?」
「それだけなら偶然かもしれない」
メルディアは続ける。
「でも、頭も避けてた」
「頭?」
「最初の人。灯りの下」
ロディオも思い出す。
「普通に通れたよな」
「通れた」
「癖じゃない?」
エイルが聞く。
「入口でも避けた」
ロディオの表情が変わった。
昨日、誰もいないはずの通路で一瞬だけ感じた後ろの気配。こちらが止まると、向こうも止まった。
「……昨日の奴らかな」
ルシエラが声を落とす。
「私たちを追ってた人たちですか?」
「まだ分からない」
ロディオは答えながら出口を見る。
「でも、昨日『追ってきたらその時考える』って言ったんだよな」
エイルが小さく笑う。
「言ってたな」
「こんなのは考えてなかったけど」
メルディアが言う。
「試せる」
ロディオがそちらを見る。
「俺もそう思う」
クラウスが二人を見る。
「何をするつもりですか?」
ロディオは頭の少し上に手を置いた。
「見えてない何かがあるなら、そこに当たるようにすればいい」
ルシエラが首を傾げる。
「何かって?」
「分からない」
「分からないものを調べるんですか?」
「だから調べる」
メルディアが普通に答えた。
ロディオが頷く。
「人の多いところはやめよう。何もなかったら、それで終わり」
エイルが少し考える。
「危なくないやつでな」
「分かってる」
「お前の『分かってる』、時々信用できない」
「今日は大丈夫」
「今日は?」
ロディオは聞こえなかったふりをした。
◇
五人はしばらくしてギルドを出た。道具屋へ寄って宿へ戻るだけの予定だった。
途中でロディオが足を止める。
「こっちから行こう」
細い路地へ入る。
人通りは少ない。
両側を古い建物に挟まれ、上には物干し用の縄が何本か渡されている。
ロディオだけが少し先へ走り、角を一つ曲がったところで壁際にしゃがんだ。
荷物から細い糸を取り出す。
エイルが覗き込む。
「それ、ダンジョンで使ってるやつ?」
「そう」
「切れても大丈夫?」
「細いからすぐ切れる」
片方を壁の金具へ、もう片方を向かいの柱へ結ぶ。
高さは、普通に歩く人間の頭より少し上。
糸の中央へ、小さな布袋を結びつける。
ルシエラが横から見る。
「中は?」
「白い粉」
「目印の?」
「そう」
メルディアもしゃがむ。
「見えないものに当たれば残る」
「何もなかったら?」
エイルが聞く。
「普通に下を通るだけ」
ロディオは立ち上がった。
「できた」
五人は曲がり角の先へ隠れた。
しばらく待っても誰も来ず、さらに少し時間が過ぎたところで、ルシエラが小声で聞く。
「本当に来ますかね」
「来なかったら宿に帰るだけ」
ロディオが答える。
「それはそれで平和ですね」
クラウスが言った。
「俺もそっちでいい」
エイルが壁にもたれる。
メルディアだけは路地の入口を見ていた。
少しして。
足音が三つ。
ロディオが壁から背を離した。
「来た」
さっきの三人組が路地へ入ってくる。
急いでいる様子はない。
周囲を見ながら歩いている。
先頭の一人が糸の下を通った。
何も起きない。
二人目。
見た目なら、その頭も糸には届かない。
男が進む。
次の瞬間。
糸が引かれた。
ぷつりと切れる。
小さな布袋が破れた。
白い粉が舞う。
男が足を止める。
その頭上。
何もないはずの空間に、白い粉が引っ掛かっていた。
左右へ伸びる。
二本。
角の形に。
数秒、誰も動かなかった。
ロディオが角から顔を出す。
「……やっぱりあった」
メルディアも隣に立つ。
「角」
男たちの表情が変わった。
エイルが剣へ手を伸ばす。
クラウスも一歩前へ出た。
ルシエラはその後ろで杖を握る。
「お前たち……」
白い粉を被った男が、一歩下がる。
ロディオが聞く。
「昨日、俺たちの後ろにいたのもあんたら?」
返事はない。
三人目が短く言った。
「撤退」
その瞬間。
三人の姿が揺らいだ。
髪。
顔立ち。
耳。
頭部。
人間の姿を覆っていたものが消えていく。
二本の角が現れた。
三人とも。
ルシエラが息を呑む。
「魔族……」
三人は一斉に走った。
ロディオも飛び出す。
「待て!」
路地を抜ける。
一人が壁を蹴った。
そのまま屋根へ。
残る二人も続く。
「速っ……!」
ロディオが追おうとする。
「ロディオ!」
エイルが呼び止めた。
屋根の上を走る三人は、すでに次の建物へ移っている。
その先は人通りの多い通りだ。
ロディオは一歩だけ進み、止まった。
舌打ちする。
三つの影は、そのまま見えなくなった。
しばらく誰も話さなかった。
ルシエラが屋根を見上げる。
「……本当に魔族だったんですね」
「みたいだな」
エイルが答える。
ロディオはまだ悔しそうに先を見ている。
エイルが横から言った。
「昨日、見られるの悪くないって言ってたよな」
ロディオが振り返る。
「これは違う」
「だよな」
「絶対違う」
メルディアが言う。
「でも昨日から見られてた」
「それ今言う?」
「事実」
ロディオはため息をついた。
「ギルド戻ろう」
◇
五人はすぐにギルドへ戻った。
受付の職員は、最初こそ驚いた顔をした。
話を最後まで聞く頃には、表情が変わっていた。
「三人とも、魔族だったんですね?」
「角がありました」
メルディアが答える。
「人間に見えてたけど」
ロディオが続ける。
「見た目だけ変えてたみたい」
職員は別の職員を呼んだ。
三人が名乗っていた名前や泊まっていた宿、装備、服装、顔について、覚えている限り伝える。
途中でルシエラが小さく言った。
「普通に話してたのに……」
エイルも頷く。
「俺も全然気づかなかった」
ロディオがメルディアを見る。
「気づいてたの、一人だけだな」
「確信はなかった」
「それでも十分だろ」
職員は記録を取り終えると、紙を別の職員へ渡した。
「こちらでも確認します。衛兵にも知らせます」
クラウスが聞く。
「人間の姿に見える魔族について、何か記録は?」
「調べます。ただ……」
職員は少し考える。
「少なくとも、私がすぐに思い当たるものはありません」
エイルがロディオを見る。
「昨日から見られてたんだな」
「たぶん」
「何でだろう?」
ロディオが肩をすくめる。
「それは本人たちに聞かないと分からない」
メルディアが言う。
「でも、昨日の戦闘を見てた」
ルシエラが聞く。
「やっぱり、柱の話ですか?」
「うん」
「一本って言った時?」
「右の人が反応した」
ロディオがメルディアを見る。
「やっぱあれ、わざと間違えたんだ」
「うん」
「先に言ってよ」
「反応が変わるから」
「なるほど」
一度納得してから、ロディオは少し考える。
「でも俺、普通に一本じゃなかったよなって思った」
「言わなかった」
「なんか理由あるのかと思ったから」
メルディアが頷く。
「助かった」
ロディオの顔が少しだけ得意そうになる。
「じゃあ俺も役に立ってた」
「罠も」
「そうだろ?」
ルシエラが二人を見る。
「二人とも、すごいですね」
ロディオが少し胸を張る。
メルディアは首を傾げた。
「確認しただけ」
エイルが笑った。
「その確認で魔族三人出てきたけどな」
メルディアは少し考えた。
「思ったより大きかった」
「そこは認めるんだ」
クラウスが小さく笑った。
さっきまで普通の冒険者だと思っていた三人。
昨日は、自分たちの後ろを歩いていた。
今日は、目の前で笑って話していた。
その正体が魔族だった。
ギルドの中では、もう何人もの職員が動き始めていた。
◇
それから数日後。
人の街から遠く離れた場所に、小さな石造りの建物があった。
三人の魔族が、部屋の中央に立っていた。
人間の姿はしていない。
頭には二本の角。
壁際には地図が広げられ、その前で一人の女が報告を聞いていた。
赤い短髪に、前方へ大きく湾曲する二本の角。
黒と赤の軽装をまとったミゼリアだった。
「で?」
三人のうち、隊長格の男が口を開く。
「対象は噂通り、若い五人組です」
「下層には?」
「到達しています。戦闘にも慣れていました」
「聖女は?」
「強力な防御能力を持っています」
ミゼリアが顔を上げる。
「どんな?」
「広範囲攻撃を受けても、五人のいた場所だけ損傷がありませんでした」
「結界?」
「詳細は不明です。本人は《絶対防御領域》と呼んでいました」
「絶対、ね」
ミゼリアは少し笑った。
「ずいぶん大げさな名前ね」
隊長は続ける。
「対象が通った後には、激しい戦闘痕も複数確認しています」
「それは?」
「戦闘自体がかなり荒いものと思われます」
「ふうん」
ミゼリアの興味は、別のところへ移った。
「接触したんでしょ?」
「はい」
「どうだった?」
一瞬。
三人の間に沈黙が落ちた。
ミゼリアが眉を上げる。
「何?」
「正体を見破られました」
「……三人とも?」
「はい」
ミゼリアが少し姿勢を起こした。
「普通に話しかけたのよね?」
「はい」
「それで?」
「魔法使いが、我々の動きと発言に違和感を持ったようです」
ミゼリアの口元が少し上がる。
「何をしたの?」
隊長は一度だけ隣を見る。
「昨日の戦闘について、事実と違う話を混ぜられました」
「へえ」
「我々の一人が反応を見られたようです」
「それだけ?」
「その後、頭上の障害物を避けた動きも見られました」
ミゼリアが二本の角へ触れる。
「隠してたのに?」
「はい」
「それで角があるって分かった?」
「そこまでは」
隊長が答える。
「斥候が罠を仕掛けました」
「罠?」
「頭上に細い糸を張り、粉を落とされました」
ミゼリアは数秒黙った。
「頭上?」
「幻装で隠していた角に引っ掛かりました」
また少し沈黙する。
ミゼリアの口元が上がった。
「へえ」
三人を見る。
「そんな見つけ方するんだ」
隊長は何も答えない。
「斥候と魔法使い?」
「はい」
「面白いね」
ミゼリアは地図へ視線を戻した。
「それで、五人は?」
「リューベルへ戻りました」
「もう報告されてる?」
「可能性は高いかと」
「でしょうね」
指先で地図を軽く叩く。
三人は待った。
やがてミゼリアが立ち上がる。
「正体を知られたなら、放っておくのは面倒」
隊長が顔を上げる。
「我々が戻りますか?」
「同じ顔で?」
「幻装を変えれば――」
「もう隠れる必要ないでしょ」
ミゼリアは報告書を閉じた。
「今度は私も行く」
隊長が顔を上げる。
「我々も?」
「もちろん。あなたたちが一番あの五人を知ってるんだから」
そして少し笑う。
「それに、その聖女も直接見てみたいし」
三人の報告書を手に取る。
五人の名前、職業、見た目。
その中でも、ミゼリアの目は《絶対防御領域》の記述で止まった。
ミゼリアはそこだけ、もう一度見た。
「次は、隠れないで会いに行こうか」