『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌朝、ギルドから宿へ一通の手紙が届けられた。差出人の名前はない。
エイルが封を開き、全員で中を見る。文章は短かった。
今朝、リューベルを南へ出たギルドの伝令を預かった。
生かして返してほしければ、五人だけで南西の旧放牧地へ来い。
衛兵やギルドの人間を連れてくれば、伝令は殺す。
しばらく誰も話さなかった。
最初に口を開いたのはロディオだった。
「罠だね」
「うん」
メルディアも即答する。
ルシエラが二人を見る。
「そんなにはっきり?」
「この前のことがあったばかりだよ」
ロディオが手紙を指す。
「俺たち五人だけで町の外に来いって書いてある。あの三人以外に誰がやるの?」
メルディアも手紙を見る。
「人質を捕まえた証拠もない」
クラウスが立ち上がった。
「伝令について確認しましょう」
五人はギルドへ向かった。
◇
伝令が出たのは事実だった。
今朝早く、魔族潜入の件をリゼル側へ伝えるため、一人が南門を出ている。年齢、服装、出発した時間まで、手紙に書かれた情報と一致した。
受付の職員も険しい顔になる。
「まだ到着を確認できる時間ではありません」
「追いかければ?」
ロディオが聞く。
「今から別の者を出すことはできます。ただ、途中で何が起きているかは……」
ルシエラが手紙を見る。
ロディオが言った。
「まだ捕まってるって決まったわけじゃないよ」
「はい」
「俺はほぼ罠だと思ってる」
「私もそう思います」
ロディオが一瞬黙った。
「思ってるんだ」
「はい」
ルシエラは手紙を握った。
「でも、本当だったら?」
メルディアが答える。
「可能性は低い」
「ゼロではないですよね」
「ゼロではない」
「だったら行きたいです」
迷いのない返事だった。
メルディアはルシエラを見る。
「罠でも?」
「はい」
ロディオが頭を掻いた。
「こういうの、ルシエラに効きすぎるなあ」
「分かってます」
「分かってて行くの?」
「捕まってる人が本当にいたら、待っていられませんから」
エイルが全員を見る。
クラウスも止めようとはしなかった。
「行こう」
エイルが言った。
「五人で。ただし、向こうの話を全部信じて動くのはやめよう」
「僕たちが戻らなければ動いてもらえるよう、ギルドには伝えておきましょう」
クラウスの提案に全員が頷いた。
◇
旧放牧地は、街道からかなり外れた場所にあった。
低い草が風に揺れ、昔使われていたらしい柵がところどころに残っている。その先には広い草地が続いていた。
ロディオは先頭を歩きながら、何度も左右を確認する。
「人の気配は?」
エイルが聞く。
「まだ」
メルディアも周囲を見ている。
しばらく進む。
小高い丘を越えたところで、ルシエラが声を上げた。
「いました!」
草地の先。
一人の男が座らされていた。
手を後ろに回されているように見える。
ルシエラが駆け出しかける。
ロディオが腕を掴んだ。
「待って」
「でも」
「足跡がない」
ルシエラが止まる。
男の周囲を見る。
確かに、そこまで誰かを運んだ跡がない。
風が吹いた。
草が大きく揺れる。
男の服だけが動かなかった。
メルディアが言う。
「偽物」
次の瞬間。
男の姿が薄くなった。
そのまま空気へ溶ける。
「正解」
女の声がした。
五人が振り向く。
少し離れた草地に、一人の魔族が立っていた。
赤い短髪。
前方へ大きく湾曲した二本の角。
黒と赤を基調にした軽装。
腰には細身の短剣。
その後ろから、三人の魔族が現れた。
ロディオの顔が変わる。
「この前の三人」
白い粉を角にかけられた男もいる。
女が三人を見る。
「うちの子たちがお世話になったみたいね」
ルシエラが一歩前へ出た。
「人質は?」
女がルシエラを見る。
「いないよ」
ルシエラの肩から力が抜けた。
「……よかった」
「え?」
女が少し目を丸くする。
「怒らないの?」
「誰も捕まってないなら、その方がいいです」
女は数秒ルシエラを見た。
やがて笑う。
「あなた、面白いね」
エイルが剣を抜いた。
「誰だ?」
三人のうち、隊長格の男が答えた。
「ミゼリア様だ」
クラウスの表情が硬くなる。
「ミゼリア……四天王の」
「知ってるんだ」
ミゼリアは楽しそうだった。
「話が早くて助かる」
ロディオも短剣を抜く。
「俺たちをどうするつもり?」
「うちの潜入を見つけられちゃったからね。そのまま放っておくのも困るし」
ミゼリアの視線がルシエラへ移る。
「それと、あなたの防御。ちょっと見たかった」
ルシエラがクラウスの後ろへ下がる。
ミゼリアは三人へ目を向けた。
「まず、やってみて」
隊長格の男が短剣を抜いた。
残る二人も構える。
エイルが剣を正面に向ける。
「来るぞ!」
ルシエラが両手を合わせた。
「《光と闇の祝福》!」
戦闘が始まった。
◇
最初に動いたのは双短剣の男だった。
速い。
一直線にロディオへ向かう。
「また俺?」
ロディオも飛び出した。
刃がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
ロディオが下がる。
相手の方がわずかに速い。
横からもう一人がエイルへ入った。
エイルが剣で受ける。
金属音。
相手は力で押さず、そのまま剣の外側へ滑る。
短剣がエイルの肩へ走った。
エイルが身体を捻る。
刃先が服を裂いた。
「エイル!」
「浅い!」
背後から風が飛ぶ。
クラウスが杖を上げた。
「《プロテクション》!」
透明な防護がエイルを包む。
その横を炎が抜けた。
「《フレイムランス》」
メルディアの炎が、後方にいた三人目を狙う。
魔族の姿が二つに分かれた。
炎が片方を貫く。
消える。
「幻」
本体は横へ動いていた。
だが、その移動先へロディオが短剣を投げた。
魔族が避ける。
その一瞬。
エイルが踏み込む。
「《薙ぎ払い》!」
大きく薙いだ剣が、前衛二人をまとめて下がらせる。
ロディオも間合いを取り直した。
「三人なら、いける!」
「油断するな!」
エイルが言う。
双短剣の男が再びロディオへ入る。
ロディオは正面から付き合わない。
一歩引き、斜めへ抜ける。
そこへエイルの剣が入った。
男が身を反らす。
刃が服を裂く。
隊長格がすぐにエイルへ詰め、攻撃を止める。
今度はメルディアの炎が飛んだ。
後衛の魔族はかわしきれず、炎が脇腹を掠める。
「っ!」
初めて、三人の側から声が漏れた。
ミゼリアは少し離れたところで見ていた。
腕を組んでいる。
「へえ」
エイルたちには聞こえなかった。
「ちゃんと戦えるんだ」
◇
双短剣がロディオの右脚を掠めた。
血が散る。
ロディオはそのまま《疾駆》で距離を外す。
クラウスがそちらを見る。
「ロディオ!」
「まだ平気!」
エイルも肩から血を流している。
それでも三人を押し返していた。
人数の差がある。
誰かが一人を止めれば、別の誰かが横から入れる。
隊長格の魔族の腕にも、エイルの剣が浅く入った。
後衛の魔族はメルディアの炎で服の一部を焦がしている。
ミゼリアが手を上げた。
「そこまで」
三人が同時に下がった。
エイルたちも追わない。
ミゼリアが前へ出る。
「今度は私」
ロディオが息を整えながら言う。
「四人で来るんじゃないんだ」
「それでもいいけど」
ミゼリアが笑う。
「まず自分で見たいから」
短剣を一本抜いた。
エイルが構える。
ミゼリアの姿が消えた。
ように見えた。
「――!」
エイルが剣を振る。
空を切る。
横。
ミゼリアがいた。
短剣の腹で剣を押す。
それだけで軌道がずれた。
エイルが振り返る。
もういない。
「右!」
ロディオの声。
エイルが向く。
ミゼリアが目の前にいた。
蹴り。
エイルが腕で受ける。
身体が草の上を滑った。
「エイル!」
ロディオが横から入る。
短剣を突き出す。
ミゼリアは半歩だけ動いた。
刃が胸元を通り過ぎる。
ロディオの腕を掴む。
体勢を崩す。
地面へ投げる。
「ぐっ!」
メルディアが杖を向ける。
「《フレイムランス》!」
炎が走る。
ミゼリアの前に水が広がった。
炎とぶつかる。
蒸気が弾けた。
メルディアが次を撃とうとする。
その時には、ミゼリアが目の前にいた。
短剣の先が杖へ触れる。
「遅い」
軽く押された。
メルディアが数歩下がる。
クラウスが前へ出た。
ミゼリアは追わない。
少し離れる。
五人を見る。
首を傾げた。
「……思ってたより普通だね」
エイルが起き上がる。
「それ、褒めてないよな」
「うん」
あっさり答えた。
ロディオも立ち上がる。
右脚から血が流れている。
ミゼリアはルシエラを見る。
「報告だと、もっと変なのかと思った」
ルシエラが杖を握る。
「変?」
「戦った跡はすごいし、下層にはどんどん潜るし」
ミゼリアは短剣を回した。
「でも、戦ってみたら普通に弱い」
エイルの顔が引き締まる。
ミゼリアは笑った。
「私から見れば、だけどね」
風が動いた。
ミゼリアの周囲に、水が浮かぶ。
細い刃の形へ変わった。
一つ。
二つ。
数が増える。
さらに風がそれぞれを包む。
ロディオが構え直した。
「来る!」
水刃が飛んだ。
エイルが一本を弾く。
別方向から二本目。
ロディオがかわす。
さらに後ろから軌道を曲げた刃が来る。
メルディアも避ける。
クラウスが防護を張る。
数が多い。
角度も違う。
五人それぞれへ同時に飛んでくる。
「ルシエラ!」
エイルの声。
全員が動いた。
ルシエラの周囲へ集まる。
「《絶対防御領域》!」
水刃が届いた。
消えた。
続けて風刃が飛ぶ。
ルシエラたちの横を通ったものは、地面を深く切り裂いた。
五人へ向かったものだけが何も残さない。
草も。
土も。
服も。
傷一つつかなかった。
ミゼリアの笑みが消えた。
じっと見る。
「……本当なんだ」
もう一度、手を動かす。
一本だけ水刃を飛ばした。
領域へ入る。
何も起こらない。
今度は地面へ向けて風を叩きつける。
領域の外側で土が弾けた。
内側の草は揺れているだけだった。
ミゼリアが少し近づく。
エイルがルシエラの前へ立つ。
「近づくな」
「大丈夫。今は見てるだけ」
ミゼリアは領域の縁を眺めた。
右へ歩く。
少し考える。
また左へ。
ルシエラの周囲。
六メートルほど。
そこだけが、攻撃から切り離されている。
ミゼリアの口元に、ゆっくり笑みが戻った。
「外から駄目なら」
視線がルシエラへ向く。
「中はどうなんだろうね」