『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
「外から駄目なら」
ミゼリアの視線がルシエラへ向く。
「中はどうなんだろうね」
そのまま歩き出した。
「来るな!」
エイルが前へ出る。
ミゼリアが《絶対防御領域》へ足を踏み入れた瞬間、エイルが剣を振るった。
横薙ぎの一閃。
ミゼリアは上体をわずかに反らした。
剣先が胸元を通り過ぎる。
エイルが踏み込み、そのまま二撃目へつなぐ。
ミゼリアは半歩ずれた。
三撃目。
今度は身体を沈める。
どれも当たらない。
「入るだけなら平気なんだ」
「ロディオ!」
「分かってる!」
横からロディオが入る。
二本の短剣でミゼリアの進路を挟む。
だが、ミゼリアはその間をするりと抜けた。
ロディオが振り返った時には、もうエイルの横にいる。
ミゼリアの短剣が動く。
エイルの脇腹へ刃が走った。
「――っ!」
避けきれない。
確かに当たった。
だが、何も起きなかった。
服も裂けない。
血も出ない。
ミゼリアが自分の短剣を見る。
「へえ」
今度はロディオへ。
ロディオも反応したが、間に合わない。
刃が腕を捉えた。
やはり傷はつかなかった。
「中からでも駄目なんだ」
ミゼリアが少し離れた。
片手を上げる。
エイルの目の前に、小さな水の刃が生まれた。
放たれる。
何も起きない。
続けて風の刃。
これも消えた。
「本当に攻撃は通らないんだね」
ミゼリアの視線が、エイルからロディオへ。
メルディア。
クラウス。
そして最後にルシエラへ向く。
「じゃあ」
一瞬で距離を詰めた。
ルシエラの手首を掴む。
「え?」
そのまま引いた。
ルシエラの身体が一歩前へ動く。
ミゼリアの目が少し開く。
「これは動くんだ」
もう一度引く。
「ルシエラ!」
エイルが肩を掴んだ。
ロディオも反対側から腕を支える。
クラウスまで加わる。
ルシエラの足が草の上を滑った。
それでも、今度は止まった。
ミゼリアが少し力を込める。
三人の身体まで引かれる。
「結構重いなあ」
「離せ!」
「はいはい」
ミゼリアはあっさり手を放した。
後ろへ跳ぶ。
そのまま《絶対防御領域》の外まで距離を取った。
エイルがすぐにルシエラの前へ戻る。
「大丈夫か?」
「はい」
ルシエラは掴まれた手首を見る。
痛みはない。
それでも、確かに身体を動かされた。
ロディオも同じことに気づいていた。
「斬るのは駄目でも、掴んだりするのはできるのか」
「そうみたい」
メルディアが答える。
ミゼリアは少し離れた場所で、楽しそうに笑っていた。
「面白いね、それ」
短剣をくるりと回す。
「じゃあ、もう一つ試してみようか」
風が動いた。
先ほどまでとは違う。
ミゼリアの周囲を何重もの風が回り始める。
赤い髪が舞い上がった。
足元の草が円を描いて倒れていく。
次に、水が集まった。
空中で細長く伸びる。
一本。
二本。
さらに増える。
五本。
十本。
それでも止まらない。
水の刃が、ルシエラたちを囲むように浮かんだ。
「多い……」
ルシエラが周囲を見る。
今度は水刃の間で空気が歪んだ。
風の刃。
正面。
右。
左。
背後。
斜め上。
逃げ道を埋めるように配置されていく。
メルディアの目が忙しく動く。
「全部こっちを向いてる」
ミゼリアはまだ準備を続けていた。
身体の周囲へ風がまとわりつく。
水のような薄い光が腕と脚を走る。
短剣にも魔力が集まる。
一つ。
また一つ。
自身にも次々と強化を重ねていく。
「今までのは試しだったから」
ミゼリアが短剣を構えた。
周囲には無数の水刃と風刃。
正面には、それらとは別にミゼリア自身がいる。
少し楽しそうに笑う。
「四天王の全力でも、耐えられるかしら」
エイルの表情が変わった。
ルシエラがその横顔を見る。
「……エイル?」
「分からない」
「え?」
エイルは剣を構えたまま、周囲に浮かぶ刃を見回した。
「俺たちだって、四天王の全力攻撃なんて受けたことがない」
ルシエラの指に力が入る。
「今までと同じように防げる保証はない」
エイルの肩には傷が残っている。
ロディオの脚にも血が滲んでいた。
メルディアもクラウスも、すぐ近くにいる。
その全員へ。
あらゆる方向から刃が向けられている。
ルシエラは杖を握り締めた。
「でも……」
「領域を解くな」
エイルが言う。
「これしかない」
「……はい」
ミゼリアの周囲で、さらに風が強くなった。
「じゃあ、最後にこれも」
赤い光が灯った。
ミゼリアの身体を包んでいく。
足元へ風が集まり、周囲の草が一斉に伏せた。
「《風走》」
ロディオが目を細める。
「まだ何かあるの?」
「これを使うとね」
ミゼリアが腰を落とす。
「普段の三倍くらいで動けるの」
「三倍……?」
ロディオの顔が引きつった。
エイルも何も言わなかった。
周囲には水刃と風刃。
正面には、いくつもの強化を重ねた四天王。
そして。
その本人が、今までよりさらに三倍速くなる。
ルシエラの呼吸が浅くなった。
エイル。
ロディオ。
メルディア。
クラウス。
みんな、ここにいる。
全員を守らないと。
絶対に。
ミゼリアが地面を蹴ろうとした。
その直前。
ルシエラの胸元が淡く光った。
《地護りのペンダント》。
ミゼリアの視線が一瞬だけそこへ向く。
そして。
地面を蹴った。
赤い光が前へ走る。
はずだった。
消えた。
「え?」
ルシエラの声だけが残った。
さっきまでミゼリアがいた場所には、誰もいない。
同時に。
周囲の水刃が動いた。
風刃も。
全方向から一斉に殺到する。
轟音。
水が弾けた。
風が地面を切り裂いた。
《絶対防御領域》の外側で草と土が吹き飛ぶ。
内側には何も届かない。
だが、それで終わらなかった。
一瞬遅れて。
空気そのものが破裂した。
鼓膜を叩く轟音。
地面が揺れる。
草原を、目に見えない壁のような衝撃が走った。
古びた柵が一気に折れる。
土と小石が巻き上がる。
草が地面へ押しつけられた。
「っ――!」
エイルが踏ん張る。
ロディオが腕で顔を覆う。
クラウスが杖を地面へ突く。
メルディアの身体も大きく揺れた。
ルシエラにも猛烈な風圧がぶつかった。
身体が押される。
その瞬間。
胸元の石が強く光った。
淡い緑色。
足元に力が戻る。
ルシエラは一歩下がっただけで踏みとどまった。
《絶対防御領域》も維持されていた。
領域の外。
三人の魔族は、まともに衝撃を受けた。
最初に吹き飛んだのは、双短剣の男だった。
「――っ!」
避ける暇すらない。
身体が地面から浮いた。
横へ弾き飛ばされる。
一度。
二度。
三度。
草地を跳ねる。
途中で短剣が手から飛んだ。
十数メートル先。
身体がようやく止まる。
起き上がろうと腕をつく。
崩れた。
片脚が動かない。
隊長格の男は、咄嗟に両腕で身体を庇った。
だが受け止められるような衝撃ではなかった。
足が地面から離れる。
背中から落ちた。
そのまま何度も転がる。
最後に肩から地面へ叩きつけられた。
「がっ……!」
息が詰まる。
短剣が手から落ちた。
最後の一人だけが、一瞬早く反応した。
両手を前へ出す。
「《障壁》!」
魔力の壁が広がった。
その直後。
衝撃波がぶつかる。
障壁が大きく歪んだ。
表面に亀裂が走る。
「なっ――」
砕けた。
防壁ごと身体が押し流される。
地面へ叩きつけられた。
さらに数メートル滑る。
杖が手から離れた。
三人とも倒れた。
しばらく。
誰も動かなかった。
土と枯れ草だけが空から落ちてくる。
隊長格の男が、震える腕で身体を起こそうとした。
顔を上げる。
「ミ……ミゼリア様……?」
周囲を見る。
いない。
さっきまで正面にいたミゼリアが、どこにもいない。
双短剣の男も、苦しそうに顔を上げた。
「消え……た……?」
魔法使いの男がルシエラたちを見る。
五人とも立っている。
ルシエラの胸元では、まだ淡い緑の光が残っていた。
「何の……攻撃だ……!」
隊長格の顔が強張る。
「聖女……お前たち、何をした……!」
「俺たち?」
ロディオも呆然と周囲を見る。
「今の、何?」
メルディアが答える。
「分からない」
本当に分からない。
ミゼリアが突っ込んできた。
消えた。
その直後に、何かが爆発したような衝撃が来た。
それだけだった。
エイルは三人の魔族を見た。
三人とも立てない。
武器も落としている。
一人は脚が動かない。
一人は呼吸すらまともにできていない。
もう一人も杖まで手が届いていない。
「今だ!」
その声と同時に三人が動いた。
エイル。
ロディオ。
メルディア。
それぞれ違う相手へ走る。
「退け……!」
隊長格の男が短剣へ手を伸ばした。
エイルの方が速い。
拾い上げかけた刃を剣で弾く。
男の腕が開く。
「《ブレイク》!」
剣が叩き込まれた。
男の身体が崩れ落ちる。
動かない。
ロディオは双短剣の男へ向かっていた。
相手も逃げようとした。
片脚を地面につく。
その瞬間。
力が抜けた。
膝から落ちる。
「くそ……!」
残った一本の短剣を振る。
ロディオが身体を沈めた。
刃が頭上を通り過ぎる。
一歩で懐へ入る。
短剣を突き込む。
男の身体が止まった。
そのまま前へ倒れた。
最後の一人。
杖へ指を伸ばす。
指先に魔力が集まりかける。
だが、形にならない。
先ほどの障壁で力を使い切っていた。
顔を上げる。
すでにメルディアの杖が向いていた。
「《フレイムランス》」
炎が走った。
魔族が咄嗟に作った小さな障壁を突き破る。
直撃。
身体が後ろへ倒れた。
炎が消える。
静かになった。
エイルが剣を構えたまま周囲を見る。
ロディオも振り返る。
メルディアは杖を下ろした。
三人の魔族は、もう動かなかった。
ルシエラは《絶対防御領域》の中央に立ったままだった。
胸元の光がゆっくり消えていく。
周囲には、抉られた地面。
倒れた柵。
吹き飛ばされた草。
そして三人の魔族。
けれど。
どこまで見渡しても。
ミゼリアの姿だけは、なかった。