『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌朝。
ルシエラたち五人は、街の門の前に集まっていた。
「全員いるな」
エイルが人数を確認する。
「います」
ルシエラが答える。
その隣では、メルディアが依頼書を読み直していた。
「採取対象はセリナ草。葉の先が三つに分かれていて、茎の根元が薄紫色」
「昨日も見てなかったか?」
ロディオが言う。
「見た」
「覚えてないのか?」
「覚えてる。間違えないために確認してる」
「なるほど」
ロディオはそれ以上何も言わなかった。
クラウスは自分の荷物を確認している。
「包帯と水、それから簡単な薬もあります」
「治療魔法があるのに?」
エイルが聞く。
「治療にはSPを使いますから。全部を魔法で済ませる必要はありません」
「ああ、そうか」
「エイルは?」
「剣」
「他には?」
「水」
クラウスが少しだけ考えた。
「……まあ、今日はそれでも大丈夫でしょう」
「なんだよ、その間」
「何でもありません」
そんな会話をしながら、五人は街を出た。
最初の依頼は、街から歩いて一時間ほどの林でセリナ草を採取すること。
危険度は低い。
周辺にはゴブリンなどの低級魔物が出ることもあるらしいが、新人冒険者向けの依頼として受付から勧められたものだった。
しばらく街道を歩き、林が見えてきたところでロディオが足を止める。
「ここから道を外れる」
「分かるんですか?」
ルシエラが聞いた。
「地図だとこの辺。それと――」
ロディオは足元を指差した。
「ここ、誰か通ってる」
エイルも見る。
草が一部だけ倒れていた。
「これ?」
「そう」
「よく分かるな」
「見れば分かるだろ」
エイルはもう一度見る。
「……分からない」
「じゃあ俺が見ればいい」
「それがスカウトの仕事ですからね」
クラウスが言う。
林に入ると、自然とロディオが前へ出た。
その少し後ろにエイル。
中央にルシエラとクラウス。
最後尾をメルディアが歩く。
しばらく進んだところで、ルシエラが小声で尋ねた。
「この並び方でいいんでしょうか」
「さあ」
エイルが答える。
「さあ、なんですか?」
「俺たち全員初めてだし」
前を歩くロディオが振り返る。
「俺が先に見つける。エイルが前で止める。後ろからメルディアが魔法。怪我したらクラウス」
「私は?」
「祝福?」
「疑問形なんですね」
「使ったことないんだろ?」
「はい」
「じゃあ、やってみないと分からない」
簡単な話だった。
ルシエラも、それ以上いい案は思いつかなかった。
少し歩いたところで、今度はメルディアが足を止める。
「これ」
地面近くに生えた草を指差す。
ルシエラも覗き込んだ。
三つに分かれた葉。
根元は薄紫色。
「セリナ草ですか?」
「そう」
「本当に依頼書と同じですね」
「周りにもある」
五人で採取を始めた。
最初は順調だった。
ロディオが周囲を見ながら探し、メルディアが似た植物との違いを確認する。
ルシエラとクラウスが丁寧に採り、エイルもそれを真似する。
「エイル、それ違う」
メルディアが言った。
「え?」
「根元が緑」
エイルは手に持った草を見る。
「似てないか?」
「葉の形も違う」
「同じに見える」
「違う」
「分かったよ」
エイルはそっと元の場所へ戻した。
その時だった。
少し離れたところにいたロディオが片手を上げた。
全員の動きが止まる。
ロディオは何も言わず、前方の茂みを見ていた。
エイルが腰の剣に手をかける。
「何かいる?」
小声で聞く。
ロディオが頷いた。
「三体」
「何が?」
「ゴブリン」
ルシエラの手が止まった。
名前は知っている。
冒険者が最初に戦うことも多い低級魔物。
それでも、実際にいると聞けば緊張する。
「こっちには気づいてる?」
メルディアが聞く。
「まだ」
ロディオは少し考えた。
「避けるか?」
五人が顔を見合わせる。
今回の依頼は薬草採取だ。
戦う必要はない。
クラウスが先に口を開いた。
「無理に戦う理由はありませんね」
「でも、この先も冒険者やるなら、いつかは戦うだろ」
エイルが言う。
「それはそうですが」
「三体って多い?」
ロディオを見る。
「多くはない」
エイルは少し考えた後、他の三人を見る。
「やってみない?」
メルディアが答える。
「危なくなったら逃げる。それなら」
クラウスも頷いた。
「それなら賛成です」
最後に、三人の視線がルシエラへ向く。
「私も……やります」
自分でも少し声が硬いと思った。
エイルが剣を抜いた。
「じゃあ俺が前」
「俺は横」
ロディオが言う。
「メルディアは?」
「撃てるところから撃つ」
「クラウスとルシエラは後ろ」
「はい」
ルシエラは胸の前で手を握った。
自分にできること。
昨日、説明を読んだばかりの技能。
使い方そのものは、職業を授かった時から分かっている。
ルシエラは息を整えた。
「《光と闇の祝福》」
柔らかな光が広がった。
ルシエラの周囲を包み、エイルたちへ届いていく。
エイルが手を開いたり閉じたりした。
「……少し体が軽い」
「効いてますか?」
「たぶん」
メルディアも杖を握り直す。
「魔力が少し通しやすい」
ルシエラはほっとした。
「よかった」
その直後。
ロディオが低い声で言った。
「来る」
茂みが揺れた。
三体のゴブリンが姿を現す。
緑がかった肌。
粗末な布。
二体が棍棒を持ち、一体は錆びた短剣を握っている。
一体が甲高い声を上げた。
その声に続いて、三体が一斉に走り出す。
「来た!」
エイルが剣を構えた。
先頭のゴブリンが棍棒を振り上げる。
エイルも剣を振る。
武器同士がぶつかった。
「っ!」
エイルの腕が弾かれた。
訓練とは違う。
相手は止まってくれない。
エイルが体勢を立て直そうとした時には、二体目が横から迫っていた。
「ちょっ――」
「一人で全部見るな!」
ロディオが飛び込んだ。
短剣で棍棒を横へ逸らす。
「助かった!」
「前見ろ!」
「分かってる!」
三体目が走ってくる。
メルディアが杖を向けた。
「《ファイヤーボール》」
火球が飛ぶ。
だがゴブリンは動いている。
火球は肩をかすめ、そのまま後ろの木にぶつかった。
「外した」
「次!」
ロディオが叫ぶ。
「分かってる!」
メルディアの眉間に皺が寄った。
エイルは最初のゴブリンへ向き直る。
今度は棍棒を正面から受けず、横へかわした。
剣を振る。
刃がゴブリンの腕に当たった。
甲高い悲鳴。
「当たった!」
「エイル、前!」
クラウスの声。
顔を上げる。
短剣を持ったゴブリンが、もう目の前にいた。
避けきれない。
腕に痛みが走った。
「っ!」
服が裂け、血が滲む。
「エイル!」
ルシエラが思わず前へ出かける。
クラウスが先に動いた。
「僕が治します!」
杖を向ける。
淡い光がエイルの腕を包み、傷が閉じていく。
「助かる!」
「浅い傷です! 前を見てください!」
その間にも、ロディオは一体を相手にしていた。
「メルディア! こっち!」
「そこにいると撃てない!」
「じゃあ下がる!」
ロディオが後ろへ跳ぶ。
追ってきたゴブリンが、一瞬だけ一人になる。
メルディアの杖が向いた。
「《ファイヤーボール》」
今度は当たった。
火球を胸に受けたゴブリンが倒れる。
「一体!」
「よし!」
エイルも剣を振る。
腕を傷つけていたゴブリンの棍棒を弾き、そのまま肩へ剣を叩き込んだ。
二体目が倒れる。
残り一体。
短剣を持ったゴブリンが周囲を見た。
それから背を向ける。
「あ、逃げる!」
ルシエラが声を上げた。
ロディオがすぐに回り込む。
「そっちは駄目だ」
ゴブリンが向きを変える。
そこにはエイルがいた。
剣を構える。
「今度は――」
ゴブリンが突っ込んでくる。
エイルは短剣を剣で弾いた。
「ちゃんと見えてる!」
そのまま剣を振り下ろす。
最後のゴブリンも倒れた。
静かになった。
誰も、すぐには喋らなかった。
聞こえるのは荒い息だけ。
エイルがゆっくり剣を下ろす。
「……終わった?」
ロディオが三体を見る。
「動いてない」
「じゃあ終わったんだな」
「たぶん」
「そこは言い切れよ」
メルディアも杖を下ろした。
「三体」
ルシエラは倒れたゴブリンを見てから、仲間たちを見る。
「勝ったんですよね?」
「勝った」
エイルが答えた。
それから自分の腕を見る。
傷はクラウスの治療でほとんど塞がっていた。
「……思ったより大変だったな」
「連携がひどい」
メルディアが即答した。
「初めてなんだから仕方ないだろ」
「エイルが一人で二体見ようとした」
「向こうから来たんだよ!」
「だから位置を変える」
「ロディオも急に横から入るし」
「助けたんだけど?」
「撃てなくなる」
「じゃあ次から声かける」
クラウスが息を吐いた。
「僕も、治療に入るタイミングが遅かったです」
「いや、助かったよ」
「今回は浅い傷だったからです」
ルシエラは少し迷ってから尋ねた。
「祝福は……どうでした?」
エイルが頷く。
「効いてたと思う」
「本当ですか?」
「うん。少し動きやすかった」
メルディアも言う。
「魔法も少し強くなってた」
「よかった……」
ルシエラの表情が明るくなる。
自分にもできることがあった。
それだけで、かなり安心した。
ロディオが倒れたゴブリンを見ながら言う。
「でも次はもっと楽にできるだろ」
「なんで?」
エイルが聞く。
「最初から誰が何するか分かってれば、今みたいにはならない」
クラウスも頷く。
「エイルが前で一体を止める。ロディオは横から援護。メルディアは射線を取ってから魔法。僕とルシエラは後方」
ルシエラが首を傾げた。
「最初に決めたのと同じじゃないですか?」
ロディオが笑った。
「決めただけじゃできなかったってこと」
「ああ……」
それなら納得できた。
エイルが剣を鞘へ戻す。
「練習しないとな」
「実戦で?」
ルシエラが聞く。
「それ以外にある?」
「危ないですよ」
「危なくない相手からやる」
クラウスが静かに言った。
「今回も、そのつもりでしたよね」
エイルが少し黙る。
「……次はもっと気をつける」
その後、五人は周囲を確認してから採取を再開した。
さっきまでより、少しだけ慎重に。
必要な量のセリナ草を集め終えた頃には、日も傾き始めていた。
帰り道では、自然と先ほどの戦闘の話になった。
「次は先に魔法を撃った方がいい」
メルディアが言う。
「遠くにいるうちに?」
エイルが聞く。
「そう。近づかれてからだと、エイルとロディオが邪魔」
「邪魔って言うなよ」
「射線上にいる」
「それなら、先に一発撃って、残ったのを俺が止める」
「それがいい」
ロディオが自分を指差す。
「俺は?」
「横」
「雑だな」
「必要なところに行けばいい」
「それが一番難しいんだけど」
ルシエラは、そんなやり取りを聞きながら歩いていた。
昨日会ったばかりの五人。
まだ、お互いのことはほとんど知らない。
それでも、一緒に戦った後は、出発した時より少しだけ話しやすくなっていた。
街へ戻ると、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
受付でセリナ草を提出する。
女性職員が量と状態を確認した。
「問題ありません。依頼達成です」
五人の顔が同時に緩んだ。
「やった」
エイルが小さく言う。
「初仕事成功」
ロディオも嬉しそうだった。
報酬を受け取り、五人で分ける。
大きな金額ではない。
それでも、自分たちで初めて稼いだ冒険者としての報酬だった。
ルシエラは手のひらに乗せた硬貨を見る。
「冒険者になったんですね」
「昨日からな」
エイルが言う。
「でも、今日の方がそんな感じがします」
「それは分かります」
クラウスも笑った。
「あ」
エイルが声を上げた。
「どうしました?」
「レベル、上がってる」
その言葉で、全員が自分の状態を確認し始めた。
ルシエラも表示を開く。
肉体レベル。
職業レベル。
その両方が、出発前より一つ上がっていた。
「私もです」
「こっちも」
ロディオが答える。
クラウスも頷いた。
「僕も両方上がっています」
メルディアは表示された数値をじっと見ていた。
「ステータスも上昇してる」
「どれ?」
エイルが自分の表示を見る。
「本当だ。筋力も上がってる」
他にも耐久や敏捷など、いくつかの数値が上昇している。
上がり方は全員同じではなかった。
エイルは筋力や耐久の伸びが比較的大きい。
ロディオは敏捷の伸びが大きい。
メルディアは魔力系の数値がよく伸びていた。
「職業が違うから?」
エイルが聞く。
メルディアは少し考える。
「それだけじゃないと思う」
「なんで?」
「同じ職業でも成長の仕方には個人差があるって、神殿で聞いた」
「そうだったっけ」
「聞いてなかった?」
「……たぶん」
「職業は、その人の適性に合ったものを授かることが多い。だからファイターは筋力が伸びやすい人が多い。でもファイターだから筋力が伸びるわけじゃない」
「分かったような、分からないような」
ロディオが言った。
クラウスが言い換える。
「エイルは元々、筋力が伸びやすいから《ファイター》になった可能性が高い、ということですね」
「ああ。それなら分かる」
エイルは改めて自分の表示を見る。
「じゃあ、ちゃんと俺自身も強くなったんだな」
「レベルが上がったんだから、そうでしょう」
メルディアが言う。
ロディオは自分の腕を曲げたり伸ばしたりした。
「俺、もう速くなってる?」
「走ってみれば?」
「ここで?」
「外で」
「今から?」
「確認したいなら」
「今日はいいや」
ルシエラも自分の表示を見る。
肉体レベルと、《光と闇の聖女》の職業レベル。
どちらも上がっている。
細かな数値もいくつか増えていた。
初めて依頼を達成した。
初めて仲間と戦った。
初めて祝福を使った。
そして、初めてレベルが上がった。
「次は、もう少し上手く戦えるでしょうか」
エイルが答える。
「今日よりはな」
「連携を直せば」
メルディアが付け加える。
「分かってるよ」
メルディアはすでに、依頼が並ぶ掲示板へ視線を向けていた。
「次は何にする?」
「もう?」
「忘れる前にもう一度戦った方が、今日の反省を使える」
ロディオが笑う。
「意外とやる気あるな」
「効率の話」
「はいはい」
ルシエラも掲示板を見る。
次も、自分の祝福は役に立つだろうか。
今日のように、みんなの助けになれればいい。
そう思いながら、四人の後を追った。