『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
リューベルを出たのは、朝だった。
出発前にギルドへ寄り、前日の調査結果だけは聞いた。
三人の魔族の遺体は確認されたが、ミゼリアは見つからず、あの衝撃の原因も分からないままだった。
宿を引き払い、必要な食料を買い足し、五人はベルハルトへ続く街道を歩いていた。
しばらく進んだところで、ロディオが後ろを振り返る。
リューベルの町は、もうかなり小さくなっていた。
「結構長くいたな」
「そうだな」
エイルも振り返った。
来た時には、ダンジョンへ潜ることしか考えていなかった。それから何度も中へ入り、下層まで進み、妙に強い魔物と戦い、人間に化けた魔族に狙われた。最後には四天王まで出てきた。
ロディオが前へ向き直る。
「ベルハルト着いたら、すぐ神殿?」
「そのつもり」
エイルが答えた。
「せっかく転職できるようになったんだし」
ロディオが少し笑う。
「何になるんだろうな」
「まだ候補も見てない」
メルディアが言った。
「だから気になるんだって」
「ロディオは何がいいんですか?」
ルシエラが聞く。
「速いやつ」
「今でも十分速いと思いますけど」
クラウスが言う。
「もっと速い方が便利だろ」
メルディアが横を見る。
「また壁にぶつかる」
「ぶつからないよ」
「前に曲がりきれなかった」
「あれは最初だけ」
エイルが笑った。
「エイルは?」
ロディオが聞く。
「剣は使いたいかな」
「メルディアは聞かなくても分かる」
「何が?」
「魔法」
「うん」
「ほら」
クラウスが少し笑う。
「僕は候補を見てから考えます」
ルシエラが四人を見回した。
「皆さん、どんな職業になるんでしょうね」
その声は少し楽しそうだった。
ロディオがルシエラを見る。
「ルシエラは変わらないんだよな」
「はい」
ルシエラも自分の状態を確認する。
《光と闇の聖女》Lv43。
四人に出ていた上級職への表示は、自分にはない。
「私はこのままみたいです」
「特殊職だから」
メルディアが言う。
「最初から私たちと違う」
「そうですね」
ルシエラはそのまま頷いた。
それからしばらく歩いたところで、ロディオがまた口を開いた。
「昨日さ」
エイルが横を見る。
「何?」
「生きて帰ってこられただけで十分って思ってたけど」
ロディオは少し間を置いて続けた。
「強くなったら、次にあの四天王が来ても、今度は倒せるかな」
今度は誰もすぐには笑わなかった。
エイルが前を見たまま答える。
「倒せるくらいにはなりたいな」
クラウスが言う。
「できれば、次は会いたくありませんけどね」
「それは俺も」
ロディオがすぐに答えた。
メルディアは前を見たまま言う。
「でも、向こうからまた来る可能性はある」
「ああ」
エイルが頷く。
「だったら、今よりは強くなっておきたい」
ルシエラが自分の手首を見る。
「次は、中まで入られないといいんですけど」
ロディオも頷く。
「そこなんだよな」
エイルは何も言わず、少しだけ歩調を変えた。
メルディアが言う。
「転職して、どれくらい変わるかは見たい」
「俺も」
ロディオが答えた。
少し間が空いたあと、前を歩いていたロディオがふと首を傾げる。
「でも、あの人結局どこ行ったんだろ」
メルディアの目が少し動いた。
「まだ気になる?」
「そりゃ気になるだろ。目の前から消えたんだぞ」
「《風走》を使った直後だった」
「速すぎて見えなくなっただけとか?」
「それなら、どこかにはいるはず」
「遠くまで行ったとか」
「かもしれない」
メルディアは少し考える。
「でも、その直後にあの衝撃が来た」
ロディオも黙る。
ルシエラが胸元へ触れた。
「この石も、あの時光っていました」
その指先にあるのは、淡い緑色の石がついた《地護りのペンダント》だ。クラウスもそちらを見る。
「強い風や衝撃を受けた時には、前にも光っていましたね」
「じゃあ、あの衝撃に反応したんでしょうか」
ルシエラが聞く。
メルディアは少し考えた。
「それなら今までと同じ」
「ミゼリアが消えたこととは関係ない?」
ロディオが聞く。
「そこまでは繋がらない」
「うーん」
ロディオが頭を掻く。
「本人がいれば聞けるんだけどな」
エイルが横を見る。
「聞きに行くのか?」
「行かないよ」
即答だった。
クラウスが笑う。
「それがいいと思います」
ルシエラも頷いた。
「私もです」
五人はそのままベルハルトへ向かって歩き続けた。
◇
数日後、魔王都の魔王城。
廊下を歩いていた兵が、向こうから来る人影を見て足を止めた。
「……ミゼリア様?」
赤い短髪に、前方へ湾曲した二本の角。黒と赤の軽装も見覚えがある。見間違えるはずはなかった。
ただ、いつもの姿とはまるで違っていた。鎧は何か所も裂け、腕にも脚にも傷が残っている。脇腹には布が巻かれ、その周囲には乾いた血がこびりついていた。
兵が駆け寄る。
「その傷――」
「グラディオは?」
「執務室ですが、先に治療を」
「その前に話す」
「ですが」
「大丈夫」
ミゼリアが一歩進むと、身体がわずかに傾いた。壁へ手をつく姿を見て、兵の顔が引きつる。
「……たぶん」
「やっぱり先に治療を」
「歩けるから」
壁から手を離す。
「あと少しだし」
そのまま廊下を進んでいった。
◇
ミゼリアが執務室の扉を叩く。
「入れ」
声を受けて扉を開けた。
机に向かっていたグラディオが顔を上げる。
その視線が止まった。
「ただいま」
ミゼリアが言う。
グラディオは返事をせず、椅子を指した。
「座れ」
「あら。おかえりは?」
「座れ」
「はいはい」
ミゼリアは椅子へ向かう。
腰を下ろした瞬間、小さく息を吐いた。
グラディオが彼女を見る。
「何があった」
「西の方はちゃんと見てきたわよ」
「そっちは後でいい」
グラディオの視線が脇腹へ落ちる。
「その傷は何だ」
ミゼリアも自分の脇腹を見る。
「ちょっと変なのに引っかかった」
「変なの?」
「リューベルに若い冒険者が五人いたの」
グラディオは黙って続きを待つ。
「後方の様子を見るついでに、三人ほどつけて見させてた」
「何かあったのか」
「その中に聖女がいてね」
ミゼリアは背もたれへ身体を預ける。
「五人ともダンジョンの下層まで潜ってて、戦いにも慣れてたみたい。通った後もずいぶん派手だったって」
「それだけか」
「それだけなら私も行かなかったわよ」
ミゼリアは少し笑った。
「広い攻撃を受けても、五人がいたところだけ何ともなかったっていうの」
グラディオが僅かに眉を動かした。
「聖女の魔法か」
「三人はそう見たみたい」
ミゼリアが続ける。
「それで、もっと近くから見ようとした三人が正体を見破られた」
「幻装を?」
「うん」
ミゼリアの口元に少し笑みが戻る。
「面白い見破り方だったわよ。メイジの子が、何もない頭の上を避けて歩いたのに気づいて」
指で自分の角を示す。
「そのあとスカウトに糸を張られて、粉を落とされた」
グラディオが数秒黙る。
「それで角が出たか」
「そう」
「不用意だな」
「私もそう思う」
「お前が選んだんだろ」
「そこは言わないで」
グラディオは何も返さなかった。
ミゼリアが続ける。
「正体まで知られたし、その聖女も気になったから、今度は私も行った」
「戦闘は避けろと言ったな」
「覚えてる」
「なら何をしに行った」
「見に」
グラディオがミゼリアを見る。
「本当に?」
数秒置いて、ミゼリアが答えた。
「最初は」
グラディオはそれ以上聞かなかった。
ミゼリアが少し笑う。
「呼び出して、まず三人と戦わせてみたの」
「五人を?」
「そう」
「結果は」
「三人相手なら普通に戦えてた。でも、私から見ればそこまでじゃなかった」
ミゼリアは指先で椅子の肘掛けを軽く叩く。
「だから次は私がやった」
「それで?」
「やっぱり五人そのものは、私よりずっと弱かった」
「でも、聖女が《絶対防御領域》を使ったら、私の攻撃が通らなくなった」
ミゼリアの目に少しだけ興味が戻る。
「短剣も、水も、風も駄目」
ミゼリアは少し笑う。
「外から駄目なら中からならどうかと思って、入ってみた」
「入れたのか」
「普通に」
ミゼリアは自分の手を見る。
「中からやっても傷一つつかなかった。でも、聖女本人を掴んだら普通に動いた」
グラディオは一度だけ眉を寄せた。
「変わった技能だな」
「でしょう?」
ミゼリアが楽しそうに言う。
「だから、どこまで止められるのか見たくなった」
「それで今の傷か」
「そこはまだ」
ミゼリアは小さく笑った。
「水も風も全部出して、自分にも強化を重ねて、最後に《風走》も使った」
そこまで話したところで、ミゼリアの笑みが消える。
「踏み込む直前、聖女の胸元にあった緑色の石が光った」
「石?」
「首飾り。小さいやつ」
ミゼリアは自分の胸元を指した。
「光ったと思ったら、ものすごい衝撃が来た」
少し間が空く。
「そこから覚えてない」
グラディオは黙って聞いている。
「次に目を開けたら、知らない場所で倒れてた」
「どこだ」
「その時は分からなかった」
ミゼリアは少し目を細める。
「戻りながら地形を見て、やっと分かった。旧放牧地から二十キロくらい離れてた」
グラディオの眉が寄る。
「二十キロ?」
「うん。気づいた時にはそこ」
短い沈黙のあと、グラディオが言った。
「転移魔法か」
「でしょうね」
ミゼリアは自分の脇腹へ手を添える。
「ただ飛ばすだけじゃなくて、あの衝撃まで一緒に食らうようなやつだったみたいね」
「聖女か」
「そう思う」
ミゼリアは少し考える。
「でも、本人が使ったのか、あの首飾りだったのかまでは見てない。最後に光ったのがあれだったってだけ」
グラディオは一度頷いた。
ミゼリアは少し声を落として続けた。
「それで、旧放牧地まで戻った」
「三人とも死んでた」
その言葉で、部屋が静かになった。
「私が受けたのと似たような衝撃の跡も残ってた。あの魔法の余波でも食らったのかもしれない」
ミゼリアが少し視線を落とす。
「でも、それとは別に傷があった」
ミゼリアは顔を上げた。
「隊長は剣。もう一人は短剣。最後の一人は炎」
グラディオがミゼリアを見る。
「お前が飛ばされた後も戦ったか」
「そうでしょうね」
ミゼリアは小さく息を吐く。
「私はいなくなった。三人はあそこに残った。それで五人と続けて戦って、負けた」
グラディオはしばらく何も言わなかった。
「現場は調べたのか」
「少しだけ」
「少し?」
「リューベルの方から馬が何頭も来たの」
「人間か」
「たぶん調査隊。今の身体で会うのは嫌だったから、そこで離れた」
「ああ」
グラディオは短く答えた。
「それでいい」
ミゼリアが眉を上げる。
「そこは怒らないの?」
「なぜ怒る」
「逃げたから」
「その状態で人間と戦う方が問題だ」
「ああ」
ミゼリアが少し笑う。
「それもそうね」
しばらく沈黙が続いた。グラディオは今まで聞いた話を整理するように黙り込み、やがてミゼリアを見る。
「その五人で、気になるのは聖女か」
「今はね」
ミゼリアはすぐに答えた。
「ほかの四人も弱くはないけど、私がもう一回何も知らずに近づきたくないのは聖女の方」
「名前は」
「ルシエラ」
「そうか」
グラディオはそれだけ答えた。
ミゼリアが机の地図を見る。
「本来の方もちゃんと見てきたわよ」
「西か」
「そう。人も物も、大きな動きはなかった。細かいところは書いて出す」
「そうしろ」
ミゼリアが少し姿勢を変える。
その途端、脇腹に手が行った。
グラディオがそれを見る。
「三人を失った」
ミゼリアの表情から少し笑みが消える。
「うん」
「お前までその傷だ」
「……うん」
「そこまでして確かめる必要があったか」
ミゼリアはすぐには答えず、少し考えてから口を開いた。
「あの時は、見たかったのよ」
「結果は」
ミゼリアが自分の身体を見る。
「やりすぎたとは思ってる」
グラディオはそれ以上言わなかった。
グラディオが机の端にある呼び鈴を鳴らすと、少しして扉の外で足音が止まった。
「ロザリアを呼べ」
グラディオが告げる。
「ミゼリアを治療させる」
ミゼリアが顔を上げる。
「治療室でいいわよ」
「ロザリアに治してもらえ」
「そこまで?」
グラディオがミゼリアを見る。
「その状態で言うな」
ミゼリアも自分の身体を見る。
しばらくして、椅子へ深く座り直した。
「分かった」
少し間を置いて、ミゼリアが言った。
「ロザリア、怒るかな」
グラディオはもう机の書類へ視線を戻している。
「俺に聞くな」
ミゼリアは小さく息を吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし作品を楽しんでいただけていましたら、お気に入り登録や評価をしていただけると、今後の執筆の大きな励みになります。
これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。