『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
神殿を出た頃には、空が少し赤くなり始めていた。ロディオは数歩進んだところで振り返った。
「なあ」
エイルが見る。
「何?」
「今日、このまま宿戻る?」
「そのつもりだったけど」
ロディオが四人を見る。
「四人も上級職になったんだぞ」
一拍置いて、メルディアが聞く。
「だから?」
「祝おうよ」
「ああ」
エイルが納得した。クラウスも笑う。
「それはいいかもしれませんね」
ルシエラも頷いた。
「私も行きたいです」
「よし」
ロディオがすぐに歩き出す。
「じゃあ酒場」
「決めるの早いな」
「こういうのは早い方がいいだろ」
五人はそのまま、ベルハルトの大通りへ向かった。
◇
少しして、五人の前には大きな皿がいくつも並んでいた。焼いた肉に、香草を混ぜた芋、薄く切ったパン、煮込んだ豆と野菜。ロディオが一番大きな皿を自分の方へ引き寄せる。
エイルが言った。
「それ、全員のだからな」
「分かってるって」
「今、自分の前に持っていっただろ」
「取りやすくしただけ」
メルディアが肉を一切れ取った。
「私も取る」
「あ」
「全員のだから」
ロディオが黙った。ルシエラが笑う。クラウスが飲み物の入った杯を持ち上げた。
「では」
エイルたちも続く。
「転職、おめでとうございます」
「自分もだろ」
ロディオが言う。
「そうでした」
「じゃあ、四人とも」
エイルが杯を上げる。
「上級職になった祝いってことで」
「おー」
ロディオが杯を合わせる。ルシエラも少し遅れて続いた。
「おめでとうございます」
五つの杯が軽く触れた。飲み物を一口飲んでから、ロディオがエイルを見る。
「でさ」
「何?」
「本当にガーディアンでよかったの?」
エイルの手が止まった。
「何だよ、急に」
「いや。ウォリアーも結構気になってただろ」
「まあ」
「強そうだったし」
「ガーディアンも強いだろ」
「そういう意味じゃなくて」
ロディオが肉を一切れ取る。
「エイルって、もっとこう……強い剣技覚えたい、みたいな方だと思ってた」
エイルは少し考えた。
「それはあるよ」
「ほら」
「でも、今はガーディアンの方がいいと思った」
メルディアがエイルを見る。
「ミゼリア?」
「ああ」
エイルは頷いた。
「あいつに横を抜かれた時、攻撃できなかったことより、そっちの方が残った」
ルシエラは黙って聞いている。
「昔なら違ったかもしれないけど」
ロディオが反応する。
「昔?」
エイルは少し笑った。
「子供の頃、英雄になりたかったんだ」
ロディオの手が止まる。
「英雄?」
「子供の頃だよ」
「強い魔物倒して、町を救って?」
「そういうやつ」
「剣持って?」
「持って」
「一人で魔王とか倒すやつ?」
「そこまで言ってない」
ルシエラが笑った。
「でも、ちょっと分かります」
エイルがそちらを見る。
「ルシエラも?」
「英雄のお話は好きでしたよ」
エイルが少し安心した顔をする。
「ほら」
「でも私は、自分がなるとは思ってませんでした」
「そこは違うのか」
ロディオがエイルを見る。
「じゃあ、昔だったらウォリアー選んでた?」
エイルは少し考えた。
「たぶん」
「今は?」
エイルは四人を見た。
「今は、こっち」
それだけ言って、皿へ手を伸ばす。メルディアが肉を食べながら言った。
「家にも何冊かあった」
ロディオがそちらを見る。
「メルディアも英雄の話読むの?」
「読む」
「意外」
「何で?」
「もっと難しい本しか読まないのかと思ってた」
「歴史も読むし、魔法も読むし、物語も読む」
エイルが聞いた。
「子供の頃から本いっぱい読んでたの?」
「うん。家にあったから」
「家に?」
「王都の家」
ルシエラが反応する。
「メルディア、王都出身だったんですね」
「言ってなかった?」
「聞いてないです」
「俺も」
エイルも頷く。ロディオが聞く。
「で、家に本がいっぱい?」
「それなりに」
「金持ち?」
メルディアが首を傾げる。
「貴族だから」
ロディオが止まった。エイルも止まる。ルシエラも瞬きをした。クラウスだけが静かにメルディアを見ていた。
ロディオがゆっくり聞く。
「……今、何て?」
「貴族」
「お前?」
「うん」
「王都の?」
「うん」
「なんで今まで言わなかったの?」
「聞かれなかったから」
ロディオがエイルを見る。
「聞いた?」
「聞いてない」
「だよな」
メルディアは不思議そうな顔をしている。
「必要だった?」
「いや、必要じゃないけど」
ロディオが頭を掻く。
「なんかもっと早く知っててもよかった気がする」
「今知った」
「そうなんだけどさ」
ルシエラが少し笑っている。エイルが聞いた。
「それで魔法の本も読んでたんだ」
「うん」
「職業もらう前なのに?」
「使えなくても読める」
メルディアは当然のように答えた。
「でも、書いてあるだけだと分からないことが多かった」
ロディオが首を傾げる。
「本に書いてあるなら分かるんじゃない?」
「分からない」
「なんで?」
「実際に見てないから」
メルディアは杯を置いた。
「魔物も、魔法も、ダンジョンも。書いてあることと本物が同じとは限らない」
エイルが少し笑う。
「それで冒険者?」
「うん」
「見に行きたかったんだ」
「自分で」
ロディオが感心したように頷く。
「何か一番冒険者っぽいな」
「そう?」
「知らないもの見たいってことだろ?」
「そう」
クラウスが少し笑った。
「それは少し分かります」
ロディオが今度はクラウスを見る。
「クラウスも?」
「知らないものを調べたい、という意味ではありませんよ」
「じゃあ何?」
「僕も、外を見てみたいとは思っていました」
ロディオが聞く。
「クラウスも外に出たかったの?」
「はい。子供の頃は孤児院にいました」
ロディオの手がまた止まる。
「……今日、知らないこと多くない?」
「お前が聞いてなかっただけじゃないか?」
エイルが言う。
「エイルも知らなかっただろ」
「知らなかったけど」
クラウスが笑った。
「別に隠していたわけではありませんよ」
ルシエラが少し心配そうにクラウスを見る。
「ずっと孤児院に?」
「子供の頃は」
「寂しくなかったですか?」
クラウスは少し考えた。
「全く、と言えば嘘になると思います」
それから、少しだけ笑う。
「でも、家族がいなかったという感じでもないんです」
ルシエラが頷いた。
「一緒に育った子もいましたし、世話をしてくれた人もいました。血が繋がっていなくても、心配してくれる人はいましたから」
少しだけ会話が途切れた。ロディオが小さく言う。
「そっか」
「はい」
クラウスは飲み物を一口飲んだ。
「だから、職業を授かるなら、今度は自分が誰かを助けられるものがいいと思っていました」
ルシエラが顔を上げる。
「それ、私も少し似てます」
クラウスが見る。
「ルシエラも?」
「私は孤児院ではないですけど」
ロディオが笑う。
「そこが同じだったら今日の情報量すごいぞ」
「違います」
ルシエラも笑った。
「普通の家です。本当に」
エイルが聞く。
「聖女の家系とかでもなく?」
「違いますよ」
「職業をもらう前は何になりたかった?」
ルシエラは少し考えた。
「何になりたい、というのは、あんまり決めてませんでした」
「そうなの?」
「はい。ただ、人の役に立てる職業だったらいいなって」
ロディオがルシエラを見る。
「それで《光と闇の聖女》?」
「私が決めたわけじゃないです」
「あの日、固まってたもんな」
エイルが言う。
「エイルだって驚いてたじゃないですか」
「驚くだろ」
「私が一番驚きました」
クラウスが笑った。ルシエラは杯を両手で持つ。
「最初から絶対に冒険者って思ってたわけでもないです。でも今は、なってよかったと思ってます」
「何で?」
ロディオが聞く。
「いろんな場所へ行けますから」
ロディオが笑う。
「俺と同じじゃん」
「理由が違うと思います」
「まだ俺の理由聞いてないだろ」
「そうでした」
エイルがロディオを見る。
「じゃあ何で?」
「簡単」
ロディオは即答した。
「色んなところ行けるから。あと金になる」
エイルが笑う。
「やっぱり違った」
「金は大事だろ」
メルディアが言う。
「理由としては普通」
「ほら」
ロディオがメルディアを指す。
「貴族に言われると何か違う」
「何が?」
「分からないけど」
ルシエラが笑う。エイルが聞いた。
「どこ出身なんだ?」
「アーデルの近く」
「アーデル?」
ルシエラが聞き返す。
「南の方。ベルハルトよりもっと南」
ロディオはテーブルの上で指を動かした。
「この辺がベルハルトだとしたら、南にメルクがあって、その先の方」
「結構遠い?」
「まあまあ」
メルディアが聞く。
「町?」
「俺のところはもっと小さい」
「どんなところですか?」
ルシエラが聞く。ロディオは少し考えた。
「外で遊ぶ場所には困らなかった」
「どういう意味?」
「道とか林とか、小さい丘とか。適当に歩いてた」
「迷わなかったんですか?」
「迷ったこともある」
「あるんですか」
「でも戻れた」
エイルが言う。
「それ、威張るところ?」
ロディオは笑った。
「歩いてるとさ、昨日知らなかった道が見つかったりするんだよ。近道とか、獣道とか」
少しだけ楽しそうに続ける。
「向こうに何があるんだろって行ってみるのが好きだった」
メルディアが頷く。
「スカウト向き」
「俺も職業もらった時そう思った」
ルシエラが言う。
「今もあまり変わってないですね」
「何が?」
「知らない道、好きそうです」
ロディオは少し考えた。
「それは変わってないかも」
皿の上の料理が最初よりずいぶん減った頃、ロディオがふと思い出したように言う。
「そういえばさ」
「まだあるの?」
エイルが聞く。
「俺たち、職業もらってから何日だっけ」
メルディアが答える。
「四十七日」
ロディオが止まった。
「……それだけ?」
「それだけ」
「二か月経ってない?」
「経ってない」
エイルも少し考える。
「もっと経ってる気がするな」
クラウスが頷く。
「いろいろありましたからね」
ロディオが指を折りながら数えていく。
「最初の依頼やって、ダンジョン行って、ドルガ行って、リューベルで四天王まで出てきて」
途中で手が止まった。
「……濃すぎない?」
誰も否定しなかった。数秒して、エイルが笑った。
「でも、まだ四十七日なんだな」
「上級職まで来たけどね」
ロディオは自分の手を見ていたが、少しして顔を上げた。
「次、どこ行く?」
エイルが聞き返す。
「もう次の話?」
「転職終わっただろ。リューベルに戻るわけでもないし」
「戻りたいの?」
「別に」
「じゃあ?」
ロディオが少し考える。
「南とか」
「南?」
ルシエラが聞く。
「さっき話したメルク。俺、行ったことあるし、道も分かる」
エイルが思い出す。
「アーデルの手前にあるところ?」
「そう」
メルディアが聞く。
「どんなところ?」
「それは行ってから見ればいいだろ」
メルディアはすぐに頷いた。
「賛成」
「そこに?」
「知らない方が面白い部分もある」
ロディオが笑う。
「分かってるじゃん」
クラウスが聞く。
「距離は?」
「何日かはかかる」
「道は?」
「知ってる」
エイルがロディオを見る。
「頼れそうだな」
「南ならね」
ルシエラが少し考えていた。メルディアが気づく。
「何か気になる?」
「リューベルのことです」
クラウスも表情を戻す。
「異変ですか」
「はい」
ルシエラは頷く。
「神官さんが見せてくれた昔の記録だと、もし本当なら一か所だけじゃなくて、他の場所にも広がるって書いてありましたよね」
エイルも覚えている。
「南の方でも起きてるかもしれないって?」
「起きてないなら、その方がいいんですけど」
メルディアが言う。
「行くなら、何か変なことがあれば分かる」
ロディオが少しだけ眉を上げる。
「調査旅行?」
「違う」
メルディアが即答した。
「違うの?」
「私たちは冒険者」
「じゃあ普通に行って、変なのあったら見る?」
「それでいい」
エイルも頷いた。
「最初から魔神復活を調べに行くって話じゃないしな」
クラウスも同意する。
「今のところ、伝承が本当だとも決まっていませんからね」
ルシエラが頷いた。
「はい」
エイルは五人を見る。
「じゃあ、次はメルク?」
ロディオが手を上げる。
「賛成」
メルディアも頷く。
「私も」
「僕も異論ありません」
クラウスが続いた。ルシエラも笑う。
「私も行きたいです」
「決まりだな」
エイルが言った。ロディオがすぐに立ち上がる。
「よし」
「どこ行くんだ?」
「追加」
「まだ食べるの?」
ルシエラが驚く。ロディオは振り返った。
「転職祝いだぞ」
「もう十分食べたでしょう」
「次の目的地も決まった」
メルディアが言う。
「それは追加する理由にならない」
「なる」
「ならない」
「なるって」
「ならない」
ロディオがクラウスを見る。
「どっち?」
「僕に聞かないでください」
エイルが笑った。その横で、ルシエラも笑っている。四十七日前には、五人とも自分がこの四人とここまで旅をするとは思っていなかった。今は同じテーブルを囲み、昔の話をして、次に行く町を決めている。
ロディオが追加の料理を持って戻ってきた。
「ほら」
エイルが皿を見る。
「多くない?」
「五人分」
「さっきもそれ言ってたよな」
「今回は本当に五人分」
「前も五人分だよ」
また笑い声が上がった。次の旅先は南。まずはメルクへ向かうことになった。