『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌朝。
宿を出る支度をしていたエイルは、腰に蒼鋼剣を差したところで手を止め、自分の左腕を見た。荷物をまとめていたロディオが、それに気づく。
「どうした?」
「出る前に、盾を見ていこうと思って」
「盾?」
ルシエラも振り返った。エイルは頷く。
「昨日ガーディアンになっただろ。剣だけでも戦えるけど、それじゃ今までとあんまり変わらないし」
ロディオが少し笑った。
「昨日、昔ならウォリアーを選んでたって言ってたのに、朝になったら盾を買うんだな」
「まだその話するのか?」
「だって、子供の頃は剣を持って敵を倒す英雄になりたかったんだろ?」
「そうだけど」
エイルは少し考えた。
「今の俺が子供の頃の俺に会ったら、もっと剣に金を使えって言われるかもな」
「やっぱり?」
「でも今は、あいつに横を抜かれた時の方が気になる」
ミゼリアとの戦いが頭をよぎった。剣を振るよりも早く横を抜けられ、振り返った時にはルシエラの目の前まで入り込まれていた。あの時は三人がかりでルシエラを引き戻したが、次も同じように止められるとは限らない。
ルシエラが少し考えてから言った。
「でも、大きい盾を持っている英雄もいましたよ」
エイルがすぐにそちらを見る。
「いたよな」
「いました」
ロディオが二人を見る。
「そこは二人で庇い合うんだ」
「本当にいたから」
「本当にいました」
今度はメルディアも口を開いた。
「私も読んだことある」
ロディオが止まる。
「三人いるの?」
「有名な話だから」
「じゃあ俺が知らないだけ?」
クラウスが少し笑った。
「たぶんそうですね。僕も子供の頃に聞いたことはあります」
ロディオは荷物を肩へ掛けながら首を振った。
「昨日から知らないことばっかり増えるな」
「お前が今まで聞いてなかったんだろ」
「それ、昨日も言われた」
五人はそのまま宿を出た。
◇
ベルハルトの装備屋には、朝から何人かの冒険者がいた。壁には剣や槍、鎧、盾が並んでいる。エイルは店主に、昨日ガーディアンへ転職したことと、蒼鋼剣はそのまま使いたいことを伝えた。
店主は剣を一度確認してから、盾の並ぶ一角へ向かう。
「なら片手で使えるやつだな。大きければいいってもんじゃないぞ」
「動けなくなったら困るので」
「そういうことだ」
いくつかの盾を見た後、店主は奥から一枚を引き出した。立てれば胴から脚の上まで隠れるほど大きく、表面には厚い金属板が張られている。縁にも補強が入り、目立つ装飾はなかった。
「付与はない。ただ、丈夫だ」
エイルが受け取ると、ずしりと左腕へ重さが掛かった。固定具を締めて構え、右手には蒼鋼剣を持つ。そのまま何歩か歩き、向きを変えてみた。
ロディオが正面へ回る。
「でかいな」
「持てなくはない」
「俺なら持ちたくない」
「お前は持たなくていいだろ」
メルディアはエイルの後ろへ回ると、左右に少し位置を変えた。
「ここなら、ほとんど隠れる」
エイルが振り返る。
「使う気満々だな」
「そのための盾でしょ?」
店主が笑った。
「使い方としては正しい」
エイルはもう一度正面を向いた。盾越しでは左側の視界が少し狭い。取り回しにも慣れが必要になりそうだった。それでも、ミゼリアが通り抜けた場所をこの盾で塞げたらと考えれば、試す価値はある。
「これにします」
「毎日留め具は確認しろ。盾本体が無事でも、そこが外れたら終わりだ」
「分かりました」
代金を払い、簡単な手入れの方法も聞いた。店を出る頃には、エイルの左腕に大きな盾が増えていた。隣を歩くロディオが、改めてその姿を見る。
「昨日より英雄っぽくなくなったな」
「まだ言うのかよ」
ルシエラは盾を眺めてから言った。
「私はこっちも格好いいと思いますよ」
エイルは少しだけ黙った。
「……ありがとう」
ロディオが笑う。
「そこは普通に喜ぶんだ」
「うるさい」
◇
ベルハルトを出た五人は、東へ続く街道を進んだ。まずはベル砦。その先のリゼルへ戻り、そこから南へ下る街道へ入ればメルクへ向かえる。ベルハルトからリゼルまでは一度通った道なので、道順そのものに迷う心配はなかった。
町から離れるにつれて人家が減り、代わりに街道を行き交う荷馬車や兵士が目につくようになる。しばらく歩いたところで、ロディオがエイルの盾を振り返った。
「それ、次に四天王が出ても使う?」
「そのつもりだけど」
「誰が来ても?」
エイルは少し考えた。
「何が来るか分からないから使うんだよ」
「それもそうか」
ロディオは前を向いたが、しばらくするとまた口を開いた。
「四天王って、あと二人いるんだよな」
ルシエラが小さく息を吐く。
「できれば会いたくないです」
「俺も別に会いたいわけじゃないよ」
「本当ですか?」
「何で疑うの?」
メルディアが言った。
「ガルベルトの時も、ミゼリアの時もかなり危なかった」
「そうだけどさ。二人とも全然違ったじゃん」
エイルもそれには頷いた。ガルベルトとミゼリア。同じ四天王でも、戦い方も受けた印象もまるで違っていた。
「残り二人も似たような相手とは限らないな」
「たぶん違う」
メルディアが答える。ロディオが嫌そうな顔をした。
「それ、対策しづらくない?」
「会ったことのない相手の対策はできない」
「正しいけど嫌な答えだな」
クラウスが少し笑った。
「先に、会わないことを考えた方がいいと思いますよ」
「それが一番だよな」
ロディオも素直に頷いた。エイルは大型盾を持ち直す。
「でも、向こうから来ることもある」
ミゼリアは実際にそうだった。潜入していた三人を見破った結果、今度は四天王本人が自分たちの前に現れた。ロディオも同じことを思い出したらしい。
「そうなんだよなあ。俺たち、何で四天王二人と戦ってるんだろ」
「ガルベルトは偶然に近かった」
メルディアが答える。
「ミゼリアは、私たちを調べに来た」
「そっちは俺たちが三人を見つけたからじゃん」
「見つけなかった方がよかった?」
ルシエラが困った顔でロディオを見る。ロディオはすぐに首を振った。
「いや、それは絶対見つけた方がいい」
「じゃあ仕方ない」
「そうなんだけどさ」
ロディオは少し黙ってから続けた。
「また人間のふりして近づいてくるのは嫌だな」
普通に話した。ダンジョンのことも教えた。それから相手が魔族だったと知った。クラウスも思い返しながら言う。
「次に知らない人から話しかけられたら、少し警戒してしまいそうですね」
「でも、普通の冒険者さんかもしれませんよね」
ルシエラが言うと、ロディオが頷いた。
「そこが困るんだよ。全員疑ってたら何も話せないし」
メルディアは前を見たまま答える。
「変なところがあったら調べればいい」
「また糸を張る?」
「必要なら」
「やる気だ」
「前は見つかった」
それ以上は誰も否定しなかった。しばらく歩くと、街道の両側に低い林が続き始めた。その途中で、先頭を歩いていたロディオが急に足を止めて右手を上げる。
四人もすぐに止まった。
「いる」
エイルの手が盾へ移る。
「何体?」
「三」
林の中で枝が揺れた。少しして、三体のホブゴブリンが姿を現した。一体は剣と盾。残る二体は槍を持っている。エイルが前へ出ると、ロディオは少し横へ位置を取った。メルディアとクラウスが後ろへ下がり、ルシエラが杖を握る。
ロディオが小さく笑った。
「ちょうどいいな」
エイルが横を見る。
「何が?」
「試せる」
「油断するなよ」
「分かってる」
ルシエラが杖を掲げる。
「《光と闇の祝福》!」
いつものように力が身体へ満ちた。三体のホブゴブリンが一斉に走り出す。最初に来たのは槍だった。エイルは剣で逸らさず、大型盾を正面へ出した。
槍が盾へぶつかる。
ガァンッ!
大きな音が街道へ響き、ルシエラの肩が跳ねた。
「エイル!」
「大丈夫!」
音の大きさに反して、エイルはほとんど動いていなかった。盾越しに受けた感触も、それほど重くない。むしろ異変が出たのは相手の武器だった。穂先が曲がり、柄にも細い亀裂が走っている。
エイルはそれを一瞬だけ見た。
「……すごいな、これ」
すぐに二体目の槍が来た。盾を向けて受けると再び大きな金属音が響いたが、それでもエイルの足はほとんど動かない。その隙に、盾持ちのホブゴブリンが横を抜けようとした。
エイルは一歩だけ位置を変え、大型盾をその進路へ入れる。ホブゴブリンが足を止めた。
「そっちは行かせない」
今度はエイルから前へ出た。盾同士がぶつかり、鈍い衝撃音が響く。押し負けたホブゴブリンが数歩下がった。構え直した盾の中央は、大きくへこんでいる。
それを見たエイルの目が少し見開かれた。
「ガーディアン、思ってたより強いかも」
その横をロディオが抜ける。
「《疾駆》!」
地面を蹴った瞬間、身体が予想以上の速さで前へ出た。
「速っ!」
槍持ちが振り返るより先に側面へ回り込み、そのまま脚へ短剣を入れる。刃は思っていた以上に深く食い込み、ホブゴブリンが体勢を崩した。ロディオはすぐに間合いを外す。
「同じ《疾駆》なのに、前より速いな。アサシンになったからか?」
追ってきた槍持ちがエイルへ向きを変える。
その槍が大型盾へぶつかった。
ガンッ!
先ほど入った亀裂が一気に広がり、乾いた音とともに柄が折れた。ホブゴブリンの手から槍の半分が落ちる。ロディオはすぐに戻り、負傷していた一体へ短剣を入れて仕留めた。
残る二体。メルディアが杖を向ける。エイルが盾持ちの進路を塞いでいた。
「エイル、少し右」
エイルが盾ごと動き、射線を開ける。
「《フレイムランス》」
炎の槍が一直線に走り、ホブゴブリンの胸へ突き刺さった。そのまま身体を貫いた炎は背後まで抜け、街道脇の地面へ細い焦げ跡を残して消える。
ホブゴブリンが倒れた。メルディアは倒れた相手と、その向こうに残った焦げ跡を見比べる。
「前より通ってる」
ロディオもそちらを見る。
「ウィザードになったから?」
「たぶん。前より明らかに抜けてる」
最後の一体が剣を振り上げた。エイルが大型盾で受けると甲高い音が鳴り、盾の縁へ当たった剣の刃が一部欠けた。ホブゴブリンの動きが一瞬止まる。
エイルはその隙に盾を押し込み、相手の体勢を大きく崩した。すぐ横からロディオが入り、短剣を急所へ突き込む。最後の一体も倒れた。静かになった。
ロディオが周囲を確認する。
「もういない」
クラウスも四人を見回したが、怪我をした者はいなかった。ルシエラはすぐにエイルのところへ行く。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。音はすごかったけど、受けた感じはそんなでもなかった」
エイルは左腕を動かしてから、大型盾を見る。表面には新しい傷がいくつか付いていたものの、使うのに問題があるような損傷はない。足元には曲がった槍先と折れた柄が落ち、少し離れたところには大きくへこんだ盾と、刃の欠けた剣が残っていた。
ロディオもそれらを眺める。
「上級職って、思ってたより変わるな」
「盾買って正解だった」
エイルが言うと、ロディオが笑った。
「昨日まで剣一本だったのに?」
「だから、それはもういいって」
「でも、昨日あんなに迷ってたのに、もう気に入ってますね」
ルシエラに言われ、エイルは改めて盾を見る。
「実際に止められると、結構いいな」
「英雄の剣は?」
ロディオが聞く。エイルは右手の蒼鋼剣を少し持ち上げた。
「剣も持ってるだろ。両方でいい」
「欲張りだな」
「お前に言われたくない」
「俺?」
ロディオは短剣をしまいながら、先ほど《疾駆》で走った場所を見る。
「でも、アサシンはいいかも」
「気に入ったんですか?」
ルシエラが聞く。
「うん。あれだけ速く動けるなら、前より先まで見に行けそう」
エイルがすぐに顔を向ける。
「一人で遠くまで行くなよ」
「逃げるのも速くなったって話だよ。見つかった時に戻ってこられる範囲が広がったってこと」
「本当に?」
「たぶん」
エイルはまだ少し疑っている。ロディオが笑った。
「大丈夫だって。ミゼリアに捕まって投げられたのは覚えてるから」
「それ覚えてるならいいけど」
「忘れないよ。あんな投げられ方したの初めてだし」
その横で、メルディアは自分の杖と先ほどの焦げ跡を交互に見ていた。
「もう一回撃ちたい」
ロディオが振り返る。
「フレイムランスを?」
「うん。どのくらい変わったか、もう一回見たい」
「何に撃つの?」
「何か出たら」
クラウスが少し笑う。
「確認するために魔物を探すのはやめてくださいね」
「探さない。見つかったら試す」
「それなら構いません」
ロディオが二人を見てからクラウスへ向き直る。
「そういえば、クラウスだけまだ変わったか分かんないな」
「誰も怪我をしませんでしたからね」
「試したい?」
「そのために誰かが怪我をするなら、試さなくていいです」
「それはそう」
ロディオもすぐに納得した。ルシエラが笑う。
「クラウスらしいですね」
「そうですか?」
「はい」
三人分の魔石を回収する。エイルは折れた槍を一度拾おうとして、すぐにやめた。
「これは売れないな」
「折れてるしね」
ロディオが言う。メルディアは大きくへこんだ盾を見ていた。
「普通にぶつかっただけなのに、かなりへこんでる」
「ガーディアンって、こんなに力出るんだな」
エイルも感心したように答える。ロディオは自分の足を見る。
「アサシンもかなり違ったし」
「ウィザードも」
メルディアも続ける。ルシエラには、昨日までどの職業を選ぶか迷っていた四人が、もう新しい職業に手応えを感じ始めているように見えた。
「皆さん、自分に合うのを選べたみたいですね」
ロディオが笑う。
「たぶん当たり」
メルディアも頷いた。
「ウィザードも当たり」
エイルは大型盾を持ち直した。
「じゃあ行こう」
五人は再び東へ歩き始めた。まずはベル砦。その先にリゼルがある。
◇
同じ頃。
魔王城では、ミゼリアが寝台の上で上半身を起こしていた。身体にはまだ包帯が残っている。扉が開き、長い金髪の女が杖を手に入ってきた。額から上へ一本の角が伸び、黒と白を基調に深紅を差した長いローブをまとっている。
魔王軍四天王、ロザリア。ロザリアは寝台の前まで来ると、ミゼリアをしばらく眺めた。
「偵察に行ったって聞いたんだけど」
「行ったわよ」
「偵察って、こんな怪我をして帰ってくるものだった?」
「普通はしないわね」
「でしょうね」
ロザリアは椅子を引き寄せ、包帯の下を確認する。
「グラディオからは、先に治せとしか聞いてない。何があったの?」
「聖女にやられた」
ロザリアの手が止まった。
「聖女?」
「人間側の五人組にいたの」
ロザリアが傷へ手を添えると、淡い光が広がった。治療が始まり、ミゼリアの顔が僅かに歪む。
「痛い?」
「痛いって言ったらやめる?」
「やめない」
「じゃあ聞かなくていいじゃない」
「治療してるんだから聞くわよ」
ミゼリアは諦めたように息を吐いた。ロザリアは手を動かしたまま尋ねる。
「それで、何をされたの?」
ミゼリアは旧放牧地で起きたことを話した。人間側の聖女が、攻撃を一切通さない防御を持っていたこと。外側から攻撃しても、中へ入ってから攻撃しても傷をつけられなかったこと。
ただし、防御の内側へ入ること自体はでき、聖女本人を掴めば身体を動かすこともできた。ロザリアが少し眉を上げる。
「変な能力ね」
「面白かったわよ」
「そこで帰ってくればよかったのに」
ミゼリアがロザリアを見る。
「そこまで分かったら、もう少し見たいでしょ」
「私は見なくていい」
「ロザリアはそうでしょうね」
治療の光が傷口を覆っていく。ミゼリアはそのまま話を続けた。自分にもいくつかの強化を重ね、最後に《風走》を使ったこと。そして動き出す直前、聖女の胸元にあった緑色の石が光ったこと。
「そこから先は覚えてない」
「次に覚えているのは?」
「知らない場所で倒れてたところ」
「どのくらい離れてたの?」
「戻りながら地形を見た感じだと、二十キロくらい」
ロザリアが顔を上げた。
「二十キロ?」
「それくらい」
「聖女に?」
「そう」
ミゼリアに迷いはなかった。
「あの子か、胸元の石かは分からないけど、光った直後にものすごい衝撃が来た。次に気づいた時には、二十キロくらい離れた場所にいたわ」
ロザリアは改めてミゼリアの傷を見る。
「それで、この傷?」
「そういうこと」
「よく帰ってきたわね」
「私もそう思う」
ロザリアは小さく息を吐き、再び治療へ意識を戻した。
しばらくしてから尋ねる。
「一緒に行った三人は?」
ミゼリアの表情が変わった。
「死んだ」
ロザリアの手が止まる。
「……三人とも?」
「ええ」
「あなたが戻った時には?」
「もう死んでた。三人とも、私がいなくなった後に五人と戦った傷が残ってた」
ロザリアは何も言わなかった。再び治療の光が傷を覆い、ミゼリアもそれ以上は話さない。やがてロザリアが手を離した。
「大きな傷はこれで大丈夫」
ミゼリアは肩を回してみた。先ほどよりずっと動く。
「助かった」
「でも今日は休んで」
「もう動けるけど」
「治したばかりでしょう」
「グラディオから何か言われたら行くわよ」
「今日は行かない」
ミゼリアがロザリアを見る。
「決めるのはグラディオじゃない?」
「もう一度悪化させたら、また治すのは私」
「それはそうだけど」
「だから休む」
しばらく見つめ合った末、先にミゼリアが目を逸らした。
「……分かったわよ」
「最初からそう言えばいいの」
「ロザリアって、治療してる時だけ強いよね」
「今、治療中だから」
「終わったでしょ」
「まだ患者」
ミゼリアは諦めて寝台へ背を預けた。ロザリアは杖を取り、扉へ向かいかけたところで足を止める。
「その聖女、名前は?」
「ルシエラ」
ロザリアは一度だけ、その名を繰り返した。
「ルシエラ……」
そして、その名前を覚えた。