『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
第36話 遺跡を追う者たち
メルクの町は、ようやく普段の落ち着きを取り戻し始めていた。もっとも、南門の外に広がる森には、まだ剣聖レイヴァンの斬撃の跡が残っている。
「改めて見ると、すごいことになってるな」
エイルが遠くの森を眺めながら言った。
「木を何本斬ったんだろうな、あれ」
ロディオも呆れたように答える。
「数えるのも大変そうだよね」
ルシエラが言うと、メルディアが頷いた。
「遠距離斬撃って、普通はあそこまで届かないと思うんだけど」
「剣聖だからじゃないのか?」
「それにしても、あの威力は……」
メルディアは少し考えたが、結局首を振った。
「まあ、本人に聞かないと分からないか」
レイヴァンはワイバーンを倒した後も町に残っていたらしいが、五人が直接会うことはなかった。
「それより、今日はアーデルへ向かうんだろ?」
ロディオが振り返る。
「そうだった」
メルディアがすぐに答えた。
「遺跡の話、早く聞きたい」
「本当に遺跡があるかも分からないんですよね」
クラウスが言う。
「だから確かめるんでしょ」
「それはそうですけど」
エイルが笑った。
「とりあえず、話を聞いてから考えよう」
五人はメルクを出発した。
◇
アーデルへ向かって街道を進むにつれ、南に連なるグランデル山脈の険しい峰々が少しずつ近づいてきた。
「この辺まで来ると、懐かしいな」
ロディオが周囲を見回した。
「もう故郷の近くなの?」
ルシエラが尋ねる。
「ああ。アーデルから少し離れたところだけどな」
「ロディオって、昔から山に登ってたの?」
メルディアが聞いた。
「山も行ったし、林も丘も歩き回ってたよ。知らない道を見つけるのが好きだったんだ」
「それでスカウトになったのか?」
エイルが言う。
「まあ、そんな感じ。冒険者なら色んなところに行けるし、仕事にもなるからな」
話しながら、ロディオは道の先を確認していた。山裾へ近づくにつれ、街道の周囲には岩の多い場所も増えてくる。
「こういう道、雨が降った後は石が転がってることがあるんだよな」
「詳しいですね」
クラウスが感心した。
「この辺は何度も通ってるからな」
ロディオは少し得意そうだった。普段から周囲の確認や危険の発見を任されているが、この辺りでは道そのものにも詳しいらしい。
「じゃあ、山に入る時も頼りにしてるよ」
エイルが言った。
「任せとけ」
「まだ入ると決まったわけじゃないですけどね」
クラウスの言葉に、ロディオが笑った。
「そうだったな」
◇
数日後。
五人はアーデルへ到着した。グランデル山脈の北麓に近い町で、通りからも山々がよく見える。ロディオは町へ入ると、懐かしそうに周囲を見渡した。
「結構久しぶりだな」
「知り合いに会えるといいですね」
ルシエラが言う。
「まずはギルドで聞いてみるか。あいつ、山に行く時もよく情報を集めてたから」
五人は冒険者ギルドへ向かった。受付でロディオが知人のことを尋ねると、幸いにも最近戻ってきているという話が聞けた。
「お、運がいいな」
「会えそう?」
メルディアが聞く。
「ああ。ちょっと探してくる」
それほど時間はかからなかった。ロディオが連れてきたのは、山歩きに慣れた様子の冒険者だった。相手はロディオの顔を見るなり、驚いた声を上げた。
「ロディオ? お前、戻ってきてたのか!」
「久しぶり」
「冒険者になって出ていったと思ったら、いきなり現れるんだからな」
「まあ、ちょっと用事があってさ」
知人はロディオの後ろにいる四人を見た。
「そっちは?」
「今の仲間だよ」
ロディオが紹介する。簡単な挨拶を済ませると、知人は感心したように言った。
「へえ。ちゃんと仲間を作って冒険者やってるんだな」
「どういう意味だよ」
「昔から一人であちこち歩き回ってたからな」
「別に今だって一人で動くことはあるぞ」
「そういうところは変わらないな」
エイルたちが笑う。ロディオは少し不満そうだったが、久しぶりの再会を楽しんでいる様子でもあった。
◇
「それで、グランデル山脈の遺跡について聞きたいんだけど」
メルディアが本題を切り出した。
「遺跡?」
「メルクのギルドで聞いたんです。神魔大戦時代の遺跡があるって」
知人は一瞬考え、それから納得したように頷いた。
「ああ、あの話か」
「やっぱり知ってる?」
ロディオが聞く。
「知ってるも何も、俺が話したやつだよ」
メルディアが身を乗り出した。
「本当にあったの?」
「いや、ちょっと待て。神魔大戦の遺跡だって言った覚えはないぞ」
「え?」
「山で古い石壁みたいなものを見つけたって話しただけだ。それがどうして神魔大戦の遺跡になったんだ?」
メルディアは少し残念そうな顔をした。
「そうだったんだ……」
「でも、ただの石じゃなかったんだろ?」
ロディオが聞く。
「ああ。そこは間違いない」
知人は山の方を指さした。
「岩場の奥に、崩れた石壁みたいなものがあったんだ。最初は自然に割れた岩かと思ったんだけどな」
「違ったの?」
「石の角が妙に揃ってたんだよ。しかも、いくつかは積み重なってるように見えた」
メルディアが顔を上げた。
「人工物?」
「そう思った。それに、表面に何か彫ってあったんだ」
「文字?」
「文字なのか模様なのか、そこまでは分からない。かなり古そうだったし、一部は崩れてたからな」
「それ、見たい」
メルディアが即答した。ロディオが笑う。
「まあ、そう言うと思った」
「だって、人が作ったものなら何かの跡かもしれないでしょ」
「そうだな。少なくとも、誰かがあそこまで石を運んだ理由はあるはずだ」
エイルも興味を示した。クラウスが尋ねる。
「危険な場所ではないんですか?」
「足場はあまりよくないな。ただ、途中までは普通に歩いていける。問題は最後の岩場だ」
知人は山道の様子を説明した。岩が崩れている場所があり、無理に奥へ進むと危ないらしい。
「それで、俺もあまり深くは調べてない。壁の向こうに何があるかも分からない」
「入口みたいなものは?」
メルディアが聞く。
「それらしいものは見なかったな。岩と土に埋まってる部分もあったし、何とも言えない」
メルディアは考え込んだ。神魔大戦時代のものかどうかは不明。そもそも建物の跡なのかも分からない。それでも、山中に古い人工物らしいものがあるという情報は得られた。
「場所を教えてもらえる?」
ロディオが聞いた。
「ああ。ただ、説明だけじゃ分かりにくいな」
知人は紙を借り、簡単な地形と道順を描き始めた。ロディオはその説明を聞きながら頷く。
「なるほど。あっちの岩場か」
「お前なら途中までは分かると思う。ただ、俺が行った場所は普段の道から少し外れてる」
「そこは目印を見ながら探すよ」
「無理はするなよ。石が崩れやすいところもある」
「分かってる」
ロディオは紙を受け取った。これで、漠然とした噂だった遺跡に、具体的な行き先ができた。
◇
ギルドを出た五人は、教えてもらった道順を確認していた。
「どうする?」
エイルが皆に聞く。
「行きたい」
メルディアは迷わなかった。
「神魔大戦の遺跡じゃなかったとしても、古い石造物なら調べてみたい」
「まあ、場所も分かったしな」
ロディオが紙を広げる。
「俺が知ってる道からも行けそうだ。最後の岩場だけ気をつければ」
クラウスは少し考えた。
「途中で危ないと思ったら引き返しましょう。遺跡かどうかも、実際に見ないと分からないですから」
「もちろんです」
ルシエラが頷く。
「それに、行ってみて何もなかったら、それはそれでいいと思います」
「私はよくない」
メルディアがすぐに言った。
「できれば何かあってほしい」
「まあ、気持ちは分かるけどな」
エイルが笑った。
「じゃあ、明日は必要なものを揃えて、準備ができたら出発しよう」
五人の次の行き先が決まった。
◇
その頃。ドルガの魔王軍拠点では、ヴェルナーが新しい報告をまとめていた。机の上には、神魔大戦時代の遺構に関する調査記録が広げられている。ドルガ周辺で確認された古い石造物。そこに残っていた微弱な魔力。
そして、かつてガルベルトの魔法が異常な威力になったという事実。何度も条件を変えて試したが、同じ現象は再現できなかった。ヴェルナーはメルクの密偵から届いた報告を手に取った。
『グランデル山脈に、神魔大戦時代の遺跡が存在するとの噂』
「実在するかどうかも分からない、か」
それだけなら珍しい話ではない。古い遺跡の噂は各地にある。しかし、ドルガで実際に異常な現象が起きている以上、同じ時代の遺跡が別の地域にあるという話は気になった。さらに、報告には剣聖レイヴァンの件も記されている。
ワイバーンを一撃で撃破し、背後の森まで切り裂いた遠距離斬撃。ヴェルナーはその部分を読み返した。
「剣聖の本来の力量が分からなければ、異常かどうかも判断できないな」
レイヴァンが元からそれほど強力な技を使えるのかもしれない。あるいは、ドルガと同じように、何らかの条件で威力が変化したのかもしれない。剣聖の攻撃とグランデル山脈の遺跡が関係しているという証拠は、今のところ何もない。
ただ、もし別の場所でも異常増幅が起きているのなら、ドルガだけを調べ続けても原因にはたどり着けない。ヴェルナーは考えをまとめた。まずは遺跡の実在を確認する。そこでドルガと共通する特徴が見つかれば、改めて比較すればよい。
逆に何も見つからなければ、少なくとも一つ可能性を減らせる。問題は調査する場所だった。グランデル山脈は人間側の領域に近い。しかも、メルクには剣聖レイヴァンが滞在していたという。
通常の密偵を送り込むだけでは、調査中の不測の事態に対応できない可能性がある。かといって、大勢の兵を動かせば人間側を刺激する。
「少人数で、十分な戦闘力を持つ者が必要か」
ヴェルナーは報告書を書き上げた。遺跡調査の必要性と、剣聖への警戒。ただし、異常増幅との関係は未確認であることも明記した。報告は、魔王城へ送られた。
◇
魔王城。
ヴェルナーから届いた報告を読んだグラディオは、しばらく考えていた。
「グランデル山脈の遺跡……」
ドルガで起きた異常の原因は、いまだに解明されていない。その原因を探る手がかりがあるなら、調べる価値はある。しかし、報告書のもう一つの内容も無視できなかった。
「剣聖レイヴァンか」
グラディオは、ワイバーンと森を切り裂いたという記述に目を向けた。剣聖は人間側でも強力な特殊職だ。その中でもレイヴァンがどの程度の実力者なのかは分からない。
ただ、少なくとも一撃で広範囲の森まで破壊するだけの攻撃を放ったことは確からしい。
「通常の調査隊では危険かもしれんな」
グラディオは考えた。調査の目的は、遺跡が実在するかどうかを確認することだ。剣聖を討伐する必要はない。むしろ、そんな相手と不用意に戦えば、遺跡の調査どころではなくなる。
一方で、遭遇してしまった場合に簡単に全滅するような部隊を送るわけにもいかなかった。グラディオは部下に命じた。
「ディモスとロザリアを呼べ」
◇
しばらくして、二人の四天王がグラディオの前に現れた。ディモスは大柄な体に大型戦斧を携えた武人。ロザリアは長い金髪と一本角を持つ、回復と支援を得意とする四天王だった。
「陛下、お呼びでしょうか」
ロザリアが尋ねた。
「ああ。二人に調査を頼みたい」
グラディオは報告書を見せた。
「グランデル山脈に、神魔大戦時代の遺跡があるという噂が出ている」
ディモスが報告に目を通す。
「遺跡か。ガルベルトのところで起きた異常と関係があるのか?」
「それを調べてもらいたい。実際に遺跡があるかどうかも、まだ分かっていない」
「なるほど」
ディモスは頷いた。
「だが、調査なら俺一人でもよさそうだが」
「今回はロザリアにも同行してもらう」
「二人でか?」
ディモスが顔を上げた。グラディオは報告書の別の部分を指した。
「調査地域の近くに、剣聖レイヴァンという人間がいるらしい」
「剣聖?」
「メルクに飛来したワイバーンを、遠距離斬撃で一撃のもとに倒したそうだ。それも、斬撃は背後の森まで届き、多数の木々を切り倒したという」
ディモスの表情が変わった。
「ほう……」
「興味を持つな」
グラディオが先に言った。
「まだ何も言っていないぞ」
「顔に出ている」
ロザリアが小さく息をついた。
「ディモス、今回は調査ですよ」
「分かっている」
「剣聖と戦うために行くのではありませんからね」
「それも分かっている」
グラディオが続ける。
「剣聖が遺跡に関係しているという情報はない。現在もメルクにいるかどうかは分からん。ただ、遭遇する可能性は考えておく必要がある」
ディモスは報告書をもう一度見た。
「ワイバーンの向こうの森まで、か。相当な使い手らしいな」
「だからこそ二人で行ってもらう」
グラディオは説明した。
「ディモスなら、強敵と遭遇した場合にも状況を判断して対応できる。ロザリアがいれば、負傷や不測の事態にも対処しやすい」
ロザリアが頷く。
「確かに、危険な場所の調査なら私も同行した方がよさそうですね」
「ただし、戦闘は可能な限り避けろ。遺跡を確認し、得られた情報を持ち帰ることが最優先だ」
「承知しました」
ロザリアが答えた。ディモスも頷く。
「了解だ。無駄な戦闘はしない」
「それならよい」
「ただし、向こうから襲ってきたら別だろう?」
「必要なら身を守れ。だが、相手を倒すことに固執するな」
「分かっているさ」
ディモスは落ち着いて答えた。その様子を見て、ロザリアが少しだけ安心する。少なくとも、命令を無視して剣聖を探し回るつもりではなさそうだった。グラディオは二人に最後の指示を出した。
「人間側に大きな騒ぎを起こさず、できる限り目立たず行動しろ。遺跡が見つからなければ、無理に山中を探し回る必要はない」
「分かりました」
ロザリアが答えた。
「それと、ドルガで起きた異常との関係が確認できなくても構わん。見たものをそのまま報告してくれ」
「承知した」
ディモスも頷いた。こうして、グランデル山脈の調査は二人の四天王に任されることになった。
◇
魔王の間を出た後、ディモスは改めて報告書を眺めていた。
「剣聖レイヴァン……聞いたことのある名だな」
「有名な剣士なのでしょうね」
ロザリアが答える。
「実際、どれほどのものなのか気になる」
「またその話ですか」
「戦いに行くとは言っていないだろう」
ディモスは報告書を軽く持ち上げた。
「ただ、ワイバーンを斬った後で森まで切り裂くというのは、かなりの威力だ。どんな技を使ったのかは気になる」
「遠距離攻撃なら、こちらが気づくより先に攻撃される可能性もありますね」
「ああ。見通しの悪い山道では厄介だろう」
ディモスは真面目な顔で答えた。
「相手の位置も分からないまま攻撃されるのは避けたいな」
「そうですね。今回は相手の実力を試す必要はありません」
「そのつもりだ」
ロザリアは頷いた。
「それなら、まずは遺跡について情報を集めましょう。噂だけでは場所も分かりませんし」
「人間側で聞き込みか」
「目立たないようにする必要がありますね」
ディモスは自分の大柄な体を見下ろした。
「……俺は少し目立つかもしれんな」
「少し、ですか?」
「かなり、か」
ロザリアが苦笑した。魔族であることを隠す手段も考えなければならない。相手は人間側の領域だ。四天王の正体が知られれば、遺跡の調査どころではなくなるだろう。
「準備は慎重にしましょう」
「ああ」
二人は調査に必要な情報と装備を確認し、出発の準備を進めた。
◇
一方、アーデル。
エイルたちは宿で、知人から教えてもらった山道を確認していた。紙には、おおまかな地形と目印が描かれている。
「この辺りから道を外れるんだな」
ロディオが指で示した。
「そこから先は分かる?」
エイルが聞く。
「途中まではな。最後は実際に見ながら探すしかない」
メルディアが地図を覗き込む。
「石壁が見つかれば、周囲にも何か残ってるかもしれない」
「まずは安全に近づけるかどうかですね」
クラウスが言った。
「崩れてる場所があるって話でしたし」
「うん。無理はしないよ」
ルシエラも頷いた。エイルは地図を畳んだ。
「それじゃあ、準備ができたら山へ向かおう」
「ようやく見に行ける」
メルディアは楽しそうだった。本当に神魔大戦時代の遺跡なのか。それとも、単に古い建物の跡なのか。まだ誰にも分からない。ただ、五人には実際に確かめられる場所ができた。
そして、その遺跡の噂を追う者たちは、もう一組いた。魔王軍四天王、ディモスとロザリア。二人はまだ、同じ場所を目指す人間の冒険者たちの存在を知らない。エイルたちもまた、魔王軍が遺跡の調査へ動き出したことを知らなかった。
それぞれ別の理由で、グランデル山脈を目指す。二つの組が同じ噂を追い始めたことを、まだ誰も知らなかった。