『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
巨大な水槽の中には、青緑色の液体に満たされた奇妙な生物が浮かんでいた。人間に似た頭と手足を持っているものの、その大きさは比べものにならない。分厚い外皮に覆われた肩や腕は岩の塊のようで、閉じられた目からは何も読み取れなかった。
エイルは水槽を見上げたまま、しばらく動けずにいた。
「……これ、生きてるのか?」
「胸が動いてる。たぶん、生きてると思う」
メルディアが答える。言われてみれば、巨大な胸がわずかに上下していた。呼吸なのか、それとも別の動きなのかは分からないが、少なくとも完全に動きを止めているわけではないらしい。
「こんな生き物、聞いたこともないぞ」
ロディオが水槽の周囲を回りながら言った。
「魔物なのかな。それとも、さっきの魔導兵と同じようなもの?」
ルシエラの疑問に、クラウスは首を傾げた。
「外見はまったく違いますね。ただ、この設備で維持されているようですから、何らかの関係はあるのかもしれません」
水槽の下からは何本もの太い管が伸び、周囲の装置へつながっていた。壊れているものも多かったが、一部にはまだ青白い光が残っている。メルディアはそれらを順番に観察し、壁際の装置の前で足を止めた。
「……これ、水槽につながってる」
「メルディア、あまり触らない方がいいぞ」
エイルが声を掛ける。
「うん。ちょっと見てるだけ」
そう答えながら、メルディアは装置の表面に顔を近づけた。細い溝がいくつも刻まれており、中央には丸い窪みがある。周囲の金属は黒ずんでいたが、窪みの内側だけは妙にきれいだった。
「……あれ?」
メルディアは鞄から、以前倒した魔導兵の破損部品を取り出した。金属片の中央には宝石のようなものが埋め込まれており、装置の窪みと比べると形も大きさもよく似ていた。
「……入るかな」
メルディアは部品を窪みに近づけ、少し角度を変えた。
カチリ。
手応えとともに、部品がぴったりとはまり込んだ。
「あ、入った」
次の瞬間、装置の表面に青白い光が走った。
ヴゥゥン……。
低い駆動音が響き、床がかすかに震え始める。メルディアは目を丸くした。
「……動いた」
その声に、ロディオが振り返った。
「え、何が?」
水槽の底から、小さな泡が次々と立ち上がっている。
「ちょっと待って。何した?」
「さっきの魔導兵の部品を入れてみたの」
「何で!?」
「形が合ってたから」
「アホかーーっ!!」
ロディオの叫びが室内に響き渡った。エイルも慌てて駆け寄る。
「メルディア! 何が起こるか分からないだろ!」
「まさか本当に動くとは思わなくて……」
「動くかもしれないから試したんじゃないのかよ!」
ロディオが頭を抱える。メルディアは少し考えたが、反論できなかったらしい。
「……そうだね」
「そこで納得されても困るんだけど!」
クラウスが装置へ近づいた。
「とにかく、その部品を外せませんか?」
「やってみる」
メルディアが引っ張ってみたものの、部品はびくともしなかった。少し力を込めても動かず、周囲の光はむしろ強くなっていく。
「……抜けない」
「だろうな!」
ロディオがため息をついた。その間にも、水槽の中では泡が増え続けていた。低い駆動音が重なり、床の震えも次第に大きくなっていく。
「みんな、装置から離れて!」
ルシエラの声に、五人は水槽から距離を取った。そして、液体の奥に浮かんでいた巨体が、ゆっくりと動いた。
◇
水槽の底で何かが開き、青緑色の液体が急速に吸い込まれていった。液面が下がるにつれて、巨人の身体があらわになっていく。
やがて、閉じられていた二つの目が開いた。
「……起きたぞ」
エイルは盾を構え、水槽の正面へ進み出た。
「全員、下がってくれ」
ロディオも短剣を抜き、巨人の動きを警戒する。ルシエラとクラウスは後方へ下がり、メルディアも装置から離れた。水槽の内側で、巨大な手がゆっくりと持ち上がる。太い指が透明な壁へ触れた。
ゴン。
鈍い音が響いた直後、水槽の前面に縦の隙間が生まれた。透明な壁が左右へ開き、残っていた液体が床へ流れ出す。巨人はしばらくその場に立っていたが、やがて身体を前へ傾けた。
ドンッ!
巨大な足が床を踏みしめる。もう片方の足も水槽から出ると、巨人はゆっくりと身体を起こした。近くで見ると、想像以上の大きさだった。
肩から腕にかけて盛り上がった外皮は分厚く、腕一本だけでも人間の胴ほどの太さがある。大きな拳は、それだけで十分な武器に見えた。
「……これ、どうするんだよ」
ロディオが呟く。誰もすぐには答えられなかった。巨人はゆっくりと顔を動かし、五人を順番に見ていく。
そして、後方にいるメルディアへ顔を向けたところで動きを止めた。
「……私?」
メルディアが小さく首を傾げる。巨人が一歩踏み出した。
ドン。
続いて、もう一歩。その巨体が、メルディアのいる方向へ近づいてくる。
「メルディア、下がれ!」
エイルが叫ぶ。メルディアはすぐに後退したが、巨人は歩みを止めなかった。やがて大きな腕が持ち上がり、彼女へ向かって伸びてくる。何をしようとしているのか分からない。
しかし、あの手に掴まれでもしたら、ただでは済まないだろう。
「危ない!」
エイルは《庇護移動》で二人の間へ割って入り、古代盾を構えた。巨人の手が盾に触れる。重い力が加わり、エイルの足が床を滑った。
「……っ!」
踏みとどまっても、巨人は腕を伸ばそうとする。エイルはメルディアとの距離を確かめ、剣を振り上げた。
「下がれ!」
鋭い斬撃が巨人の腕へ当たる。
ガキンッ!
硬いものを打ったような音とともに、外皮に浅い傷が入った。巨人の動きが止まる。その顔がゆっくりと下がり、今度はエイルへ向けられた。
「……まずいな」
ロディオが身構えた。巨人は腕を引くと、巨大な拳を握り込んだ。次の瞬間、拳がエイルへ向かって振り下ろされた。
◇
ドガァンッ!!
古代盾と拳が激突し、床へ衝撃が走った。
「エイル!」
ルシエラの声が響く。
「大丈夫! まだ受けられる!」
エイルは歯を食いしばりながら答えた。盾そのものは無事だったが、腕に伝わる重さは尋常ではない。先ほどまで戦っていた魔導兵とは、力の桁が違うように感じられた。巨人が再び拳を振り上げる。今度は正面から受けず、エイルは素早く横へ移動した。
直後、拳が床へ叩き込まれる。石床が大きく割れ、破片が周囲へ飛び散った。
「うわっ、何だよこの威力!」
ロディオは飛んできた石を避けながら、《疾駆》で巨人の側面へ回った。エイルに注意が向いている隙に脚へ近づき、膝の裏側を狙う。
「《死角歩法》!」
視線の外から短剣を振るった。刃は外皮の隙間へ食い込んだものの、思ったほど深く入らない。
「……硬いな、こいつ!」
ロディオはすぐに距離を取った。巨人が脚を動かし、直前までロディオがいた場所を踏みつける。
ドンッ!
「危なっ!」
ロディオは後方へ跳び、エイルの近くへ戻った。
「脚の裏も簡単には斬れない。まともにやったら時間がかかるぞ」
「分かった。メルディア、魔法はどうだ?」
エイルが尋ねると、メルディアはすでに杖を構えていた。
「試してみる。少し離れて」
エイルが巨人の正面から退く。メルディアは杖の先へ魔力を集めた。
「《魔力収束》――《フレイムランス》!」
鋭く絞られた炎の槍が、巨人の胸へ飛んだ。
ドンッ!
炎が外皮へ突き刺さり、巨体がわずかに揺れる。胸の一部が焦げ、薄い煙が上がった。メルディアはその傷を見て、杖を構え直す。
「……魔法の方が効いてるみたい」
「なら、俺たちで隙を作る!」
エイルが答えた。クラウスも仲間たちへ杖を向ける。
「《広域防護》!」
淡い光が五人の周囲へ広がった。
「防護は掛けました。ただ、あの攻撃をまともに受けないようにしてください!」
「分かってる!」
エイルは再び前へ出る。ロディオが側面を取り、巨人がどちらを向くか確かめながら動いた。巨人の攻撃は強烈だったが、巨体を動かす速度はそれほど速くない。拳を振り下ろした後や、大きく向きを変える時には、どうしても隙が生まれた。
エイルが正面で攻撃を引きつけ、ロディオがその隙に脚へ斬り込む。二人が距離を取ったところへ、メルディアの魔法が飛んだ。何度か攻防を繰り返すうちに、巨人の腕や脚には少しずつ傷が増えていった。
しかし、巨人はまったく倒れる気配を見せなかった。エイルが拳を盾で受け流す。それだけで足元の石が砕け、身体が大きく揺さぶられた。
「……本当に頑丈だな!」
「少しずつ効いてると思う。脚の動きも悪くなってきた」
メルディアが傷の様子を確認する。
「それなら、このまま押し切れるか?」
ロディオが巨人の後方へ回り込んだ。エイルも盾を構え直す。だが、その時だった。
巨人が突然、攻撃をやめた。
◇
「……何だ?」
エイルが動きを止める。巨人はゆっくりと顔を上げ、大きく口を開いた。その奥に小さな光が灯る。
「待て、何かおかしい!」
ロディオが叫んだ。光は見る間に強くなり、口の奥で白いものが渦を巻き始めた。メルディアも異変に気づく。
「……あれ、危ないかも」
「何が来る!?」
「分からない。でも、かなり大きな魔力を感じる!」
エイルが盾を構える。巨人の正面には、エイルとロディオがいた。
「二人とも、こっちへ!」
ルシエラが杖を掲げた。エイルはすぐにロディオへ声を掛ける。
「戻るぞ!」
「分かってる!」
二人が後退し、クラウスもルシエラの近くへ移動する。ルシエラは全員が自分の周囲に集まったことを確認すると、魔法を発動した。
「《絶対防御領域》!」
淡い光が五人を包む。その直後、巨人の口から凄まじい光の奔流が放たれた。
ゴォォォォォッ!!
轟音とともに、視界が真っ白になる。光は正面の床を削り取り、周囲の壁や装置を次々と破壊していった。太い管が千切れ、金属片が飛び散る。石床には深い溝が刻まれ、天井からは細かな破片が雨のように落ちてきた。
「きゃっ!」
ルシエラが身を縮める。しかし、領域の内側には衝撃も破片も届かなかった。轟音がようやく収まると、室内には濃い粉塵が立ちこめていた。ロディオが恐る恐る顔を上げる。
「……何だよ、今の」
エイルも周囲を見回した。巨人の正面にあった装置は、ほとんど原形をとどめていない。
「……とんでもないな」
メルディアは壁に刻まれた傷を見つめていた。
「魔法……なのかな。あんなの、初めて見た」
「調べるのは後にしてくれよ。もう一発来たら、帰り道までなくなりそうだ」
ロディオが言う。クラウスも出口の方を確かめた。
「この部屋が崩れたら、いくら防御できても困りますね」
ルシエラは四人の顔を確認し、怪我がないことにほっと息をついた。
「みんな無事でよかったです。でも、あれを何度も撃たせるわけにはいきませんね」
「ああ。何とか動きを止めよう」
エイルが頷く。粉塵の向こうには、まだ巨人が立っていた。
◇
五人は再び攻撃を仕掛けた。エイルは巨人の拳を真正面から受けず、盾の角度を変えて外側へ逸らす。体勢が崩れたところへロディオが飛び込み、すでに傷のついている脚を狙った。
「そこだ!」
短剣が膝の裏へ食い込む。巨人が片脚を引いたところで、メルディアの炎の槍が同じ場所へ突き刺さった。
ドンッ!
巨体が大きく揺れ、膝が床へ近づく。エイルが盾を押し込み、さらに体勢を崩した。
「今ならいける!」
ロディオが反対側の脚へ回る。巨人は片膝をつきかけながらも腕を動かし、ロディオへ反撃しようとした。ロディオは素早く後退する。その時、巨人が顔を動かした。エイルを見る。ロディオを見る。
そして、後方に立つメルディアへ顔を向けた。メルディアが横へ移動すると、巨人の視線もそちらへ動く。
「……また私を見てる」
「狙ってるんじゃないのか?」
エイルが言う。
「そうかもしれないけど……」
メルディアは杖を構えたまま、巨人の動きを観察した。巨人はメルディアのいる方へ身体を向けようとする。しかし、エイルやロディオが近づくと、そちらへ拳を振るって反撃していた。その様子を見ていたロディオが、ふと首を傾げる。
「……なあ、何か変じゃないか?」
「何が?」
「こいつ、メルディアの方へ行こうとしてるのに、メルディアには殴りかかってなくない?」
エイルも思い返してみる。最初に水槽から出てきた時から、巨人はメルディアの方へ歩いていた。だが、最初に攻撃したのは、腕を斬りつけたエイルに対してだった。
「……確かに、そうかもしれない」
ただし、それだけで安全だと判断することはできなかった。巨人がメルディアを狙っている可能性は、まだ十分にある。メルディアもそのことは分かっていたが、何か引っかかるものがあるらしい。
「最初から、私の方へ来ようとしてたよね」
「ああ。だから止めたんだけどな」
エイルが答える。メルディアは水槽脇の装置へ目を向けた。先ほどはめ込んだ部品は、まだそこに残っている。
「……私が装置を動かしたからかな」
ロディオが彼女を見る。
「どういうこと?」
「分からない。でも、動かしたのが私だから、何か関係があるのかもしれない」
メルディアは巨人へ向き直った。
「ちょっと試してもいい?」
エイルは警戒を解かずに尋ねる。
「何を?」
「話しかけてみたい」
「……近づかないなら」
「うん。ここから試す」
クラウスも巨人の動きを見ながら頷いた。
「僕たちも備えています。危なくなったら、すぐに離れてくださいね」
エイルとロディオがいったん攻撃をやめる。巨人は二人を見た後、再びメルディアへ顔を向けた。メルディアは少し距離を取ったまま、声を掛けた。
「……止まってくれる?」
巨人の腕が止まった。五人は思わず顔を見合わせる。
「……え?」
ロディオが目を丸くした。メルディアも少し驚いた様子だったが、巨人から目を離さずに続ける。
「そのまま動かないで」
巨人は動かない。しばらく待っても、拳を振り上げる様子はなかった。
「……言葉が分かるのか?」
エイルが小声で尋ねる。
「まだ分からない。でも、もう一つ試したい」
メルディアが巨人へ声を掛ける。
「ゆっくり、こっちに来て」
巨人が立ち上がった。エイルは反射的に盾を構え直す。しかし、巨人は攻撃しなかった。大きな足で一歩ずつ歩き、メルディアの少し前まで来ると立ち止まった。
「……そこで止まって」
巨人が止まる。メルディアは少し考えた。
「……座れる?」
巨体がゆっくりと沈む。
ドン。
巨人が片膝をついた。そのまま大きな頭を下げる。誰もすぐには声を出せなかった。やがて、ロディオが呆然と呟く。
「……何だよ、これ」
◇
「もう一回、違うことを言ってみてくれないか?」
ロディオに頼まれ、メルディアは巨人を見上げた。
「グラン……じゃなくて、えっと」
まだ名前もない巨人へどう呼びかければよいか、一瞬迷う。
「立ってみて」
巨人が立ち上がる。
「もう一度座って」
今度は先ほどよりゆっくりと膝をついた。ロディオは口を開けたまま、その様子を見ていた。
「……本当に言うこと聞いてるな」
「偶然じゃなさそうですね」
クラウスも巨人を観察している。エイルは盾を構えたまま、メルディアを見た。
「どうしてお前の言うことだけ聞くんだろうな」
「それは私も分からない。でも、少なくとも簡単な指示には反応してくれるみたい」
メルディアは巨人の顔を見上げた。さっきまで恐ろしい攻撃を繰り出していた相手が、今は彼女の前で大人しく膝をついている。ルシエラも不思議そうだった。
「もしかして、最初からメルディアに何か伝えようとしていたんでしょうか」
「そうかもしれませんね。ただ、まだ何とも言えません」
クラウスが答える。
「……でも、それなら」
メルディアは巨人の腕に残る傷を見た。自分たちが攻撃した箇所だった。
「私たち、ずいぶん傷つけちゃったね」
「まあ、あの状況じゃ仕方なかったと思うけどな」
エイルはそう言いながら、改めて巨人を見上げた。伸ばされた腕の先にはメルディアがいた。あのまま何もしなければ、本当に危険だったかもしれない。巨人が何をしようとしていたのか、今でも分からないのだから。
それでも、戦い続ける理由がなくなったことには、素直にほっとしていた。メルディアが一歩近づこうとすると、エイルがそっと腕を伸ばして止めた。
「少し待って。まだ急に動くかもしれないから」
「うん。じゃあ、もう少し試してみる」
メルディアは巨人へ声を掛け、大きな手を床へ下ろしてもらった。巨人はそのとおりに動く。エイルが横についているのを確かめてから、メルディアはゆっくりと近づいた。巨人は動かない。
彼女がそっと手に触れると、外皮はひどく硬かったが、金属とは違う感触があった。
「……温かい」
メルディアが小さく呟く。ルシエラも近づき、その手を見た。
「本当に生き物なんですね」
「うん。触ると分かる」
メルディアは巨人の腕を見た。斬撃でついた浅い傷。脚にはロディオの短剣による傷があり、胸や膝の周囲には魔法で焦げた跡も残っている。
「……クラウス、これ、治せるかな?」
クラウスは巨人の脚を確認した。
「生き物なら、回復魔法が効く可能性はあります。試してみましょうか」
「私も手伝います」
ルシエラが言う。ロディオは思わず二人を見た。
「……いや、さっきまで戦ってた相手だぞ?」
「でも、もう戦わなくてもよさそうですし」
ルシエラは巨人を見上げた。
「怪我をしたままにしておくのも、かわいそうです」
ロディオは少し考え、肩をすくめた。
「……まあ、それもそうか」
エイルは盾を下ろし、巨人の近くへ移動した。
「俺が様子を見てるよ。何かあったらすぐ離れよう」
「ありがとうございます」
ルシエラとクラウスが傷のある脚へ手を向ける。淡い光が巨人の外皮を包み、焦げた部分の下に新しい皮膚が現れ始めた。
「……効いてますね」
クラウスが少し驚いた声を出す。ルシエラも顔を明るくした。
「本当ですね。よかった」
ロディオが近づいて傷を覗き込む。
「すごいな。魔導兵みたいな見た目なのに、普通に治るんだ」
「少なくとも、回復魔法が作用する身体みたいですね」
クラウスが答える。深い傷まで一度に治すことはできなかったが、繰り返し治療するうちに、巨人の外皮は少しずつ元の状態へ戻っていった。その間、巨人は一度も嫌がる様子を見せなかった。メルディアは隣に座り込み、治療の様子をじっと見ていた。
「……よかった」
ロディオが彼女を見る。
「何か、もう完全に気に入ってない?」
「うん。気に入った」
即答だった。ロディオは笑った。
「早いなあ。さっきまであんなに戦ってたのに」
「だって、ちゃんと言うことを聞いてくれるし」
メルディアは巨人を見上げた。
「それに、何だかかわいい」
「……かわいい?」
ロディオは改めて巨人の顔を見た。岩のような外皮に覆われた、巨大な頭。大きな目が、じっとメルディアを見つめている。
「……どの辺が?」
「ずっとこっちを見てるところ」
「それ、かわいいのか?」
「うん」
ロディオは少し考えたが、結局首を振った。
「……まあ、お前が気に入ったならいいけど」
ルシエラが小さく笑う。
「確かに、今はさっきほど怖く感じませんね」
「ルシエラまで?」
エイルが驚く。
「だって、治療中もずっと大人しくしてくれましたし」
「そう言われると、そうだな」
エイルは巨人を見上げた。恐ろしいほどの力を持っているのは間違いない。ただ、こうして落ち着いている姿を見ていると、水槽から出てきた時とは随分印象が違っていた。メルディアは巨人の前にしゃがみ込んだ。
「……名前を付けてもいいかな」
「名前?」
エイルが聞き返す。
「うん。ずっと巨人って呼ぶのも変だし」
ロディオが笑う。
「もう飼う気満々じゃん」
「飼うっていうより、一緒に来てほしいな」
メルディアは巨人を見上げ、少し考え込んだ。
「……グラン」
「お、決まった?」
「うん。グランデル山脈で見つけたから、グラン」
「なるほど。分かりやすいな」
ロディオが頷く。メルディアは巨人に向き直った。
「グラン」
巨人が顔を向ける。
「これから、グランって呼ぶね」
もう一度名前を呼ぶと、巨人は彼女を見つめたまま動かなかった。メルディアは満足そうに微笑む。
「うん。よろしく、グラン」
◇
治療が一段落したところで、エイルは改めて周囲を見回した。光線で破壊された設備は、部屋のあちこちに散らばっている。石床には深い傷が残り、壁際の管も何本か千切れていた。
「……それで、これからどうする?」
エイルが尋ねる。ロディオはグランを見上げた。
「その話、そろそろしないとな。まさかここに置いていくわけにもいかないだろ?」
メルディアがすぐに答えた。
「一緒に連れて帰りたい」
「そう言うと思った」
ロディオは苦笑する。エイルも巨人と通路を見比べた。
「連れていくのはいいけど、ちゃんと歩けるかな。途中には狭い場所もあったし」
「大きな通路は通れそうですけど、入口はどうでしょうね」
クラウスも少し考え込む。メルディアはグランへ顔を向けた。
「とりあえず、歩けるか確かめてみようか」
「そうだな。いきなり通路へ出すわけにもいかないし」
エイルが頷く。メルディアは巨人の前へ立った。
「グラン、立ってみて」
巨人がゆっくりと立ち上がる。
「少しだけ前へ歩いて」
ドン。
大きな足が一歩進んだ。
「そこで止まって」
巨人はぴたりと止まった。ロディオが感心したように息を吐く。
「……本当にメルディアの言うことなら聞くんだな」
「どうしてなのかは、私も知りたい」
メルディアは水槽脇の装置を振り返る。先ほど動かした部品は、まだそこにはまったままだった。
「装置との関係も調べたいけど……今は帰った方がいいよね」
エイルは頷いた。
「ああ。ここでずいぶん時間を使ったし、帰り道も長い」
「装備も回収しないといけませんね」
クラウスが付け加える。ロディオが地図を取り出した。
「じゃあ、まずは武器庫まで戻ろう。道は俺が案内する」
「お願い」
メルディアはグランを見上げた。
「グラン、一緒に行こう」
巨人はゆっくりと頭を下げた。その姿を見て、ルシエラが微笑む。
「これで六人ですね」
「……六人、か」
エイルも巨人を見上げた。つい先ほどまで、互いに全力で戦っていた相手だ。まさかこんな形で同行者が増えるとは、誰も考えていなかっただろう。ロディオはメルディアの隣へ並ぶと、小さくため息をついた。
「でもさ、次から知らない装置にいきなり部品を入れるのはやめてくれよ?」
「……うん。今度から先に相談する」
「頼むぞ。今回は本当に危なかったんだからな」
メルディアは少し申し訳なさそうに頷いた。それから、後ろに控える巨人を見上げる。
「でも、グランに会えたのはよかった」
ロディオも同じ方向を見た。巨人は大人しく二人を見下ろしている。
「……まあ、それはそうかもな」
ロディオは少し笑った。
「こんなでかい仲間、普通は手に入らないし」
エイルが先に通路へ向かう。
「よし、行こう。ロディオ、道を頼む」
「了解」
五人が歩き始めると、グランもメルディアの後を追った。
ドン。
大きな足音が響き、ロディオが思わず振り返る。
「……これ、帰り道は相当賑やかになりそうだな」
メルディアは巨人を見上げた。
「グラン、もう少し静かに歩いてみて」
巨人が次の足をゆっくりと下ろす。先ほどよりも小さな音が響いた。
「……あ、本当にできた」
ロディオが笑う。メルディアも嬉しそうに頷いた。
「うん。グラン、上手だね」
こうして五人は、思いもよらない六人目の同行者を得た。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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これからも『聖女は敵にもバフを掛ける』をよろしくお願いいたします。