『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
第40話 巨人との帰り道
水槽室を出ようとしたところで、早速問題が起きた。グランが通路へ踏み出そうとすると、巨大な肩が壁に引っかかってしまったのだ。
「……やっぱり、そのままじゃ通れないか」
エイルが通路の幅を確認する。天井には余裕があるものの、グランの肩幅は入口より少し大きい。ロディオは巨人の周囲を回り、横から眺めてみた。
「身体を斜めにすれば通れそうだけどな。メルディア、ちょっと向きを変えてもらえる?」
「うん。グラン、横を向いて」
グランは素直に顔を横へ向けた。
「……そっちじゃなくて、身体の方」
今度は上半身だけが回る。脚は正面を向いたままで、ずいぶん窮屈そうな格好になってしまった。ロディオが思わず笑う。
「ははっ、そうじゃないって!」
メルディアは少し考えると、自分で横を向いて見せた。
「こう。身体ごと横に向いて」
グランは彼女の動きを見てから、ゆっくりと身体の向きを変えた。
「あ、できた」
「なるほどな。言葉だけじゃなくて、動きを見せた方が分かりやすいのか」
エイルが感心する。グランは横向きになったまま通路へ入り、壁に肩を擦りながらも何とか通り抜けた。
「これなら行けそうですね」
クラウスが言うと、ロディオは通路の先を覗き込んだ。
「まあ、曲がり角のたびに同じことをやる必要はありそうだけど」
「急いでいるわけでもないし、慎重に進もう」
エイルの言葉に、四人も頷く。メルディアはグランを見上げた。
「じゃあ、行こうか」
巨人がゆっくりと歩き始めた。
◇
帰り道は、来た時よりもずっと時間がかかった。グランが通れるほど広い通路もあれば、身体をかがめなければ通れない場所もある。曲がり角では立ち止まり、メルディアが少しずつ向きを変えさせながら進んだ。
最初は一つずつ説明する必要があったものの、何度か繰り返すうちに、グランも身体を横へ向けたり、頭を下げたりするようになってきた。
「……覚えるの、早くないか?」
ロディオが後ろを振り返る。
「さっきは肩から突っ込んでたのに、今は自分でかがんでるぞ」
メルディアもその様子を見ていた。
「たぶん、身体の動かし方も慣れてきたんだと思う」
「なるほどね。それなら帰りは少し楽になるかもな」
しかし、歩くたびに響く重い足音だけは変わらない。ドン、ドン、と歩調に合わせて床が震えていた。
「この音は、さすがにどうにもならないか」
ロディオが笑う。メルディアは少し考えてから、グランへ声を掛けた。
「足を下ろす時、もう少しゆっくりにしてみて」
グランは次の一歩を、先ほどより慎重に踏み出した。足音がいくらか小さくなる。
「おお、できるじゃん」
メルディアは満足そうに頷いた。
「うん。上手」
巨大な生物に歩き方を教えている光景は、どうにも不思議だった。それでも、初めて目にした時の恐ろしさは薄れていた。少なくとも今のグランは、メルディアに言われたことを一生懸命に試しているように見える。
「……何だか、本当に大きな子供みたいですね」
ルシエラが微笑む。
「子供って大きさじゃないけどな」
エイルはそう返しながらも、少し笑っていた。
◇
大武器庫へ戻ると、五人は置いていった装備を回収することにした。新しく手に入れた古代装備を使うようになったため、以前の装備はまとめて保管していたのだが、持ち帰るとなるとかなりの荷物になる。
ロディオは床に並んだ袋を眺め、ふとグランを見上げた。
「これ、グランに持ってもらえばいいんじゃないか?」
「確かに、あの力なら重さは問題なさそうだな」
エイルが答える。メルディアも異論はないようで、グランを呼んで荷物の一つを渡してみた。巨人は大きな手を差し出し、袋を軽々と持ち上げる。
ところが、太い指が袋を握り込んだ途端、中の金属装備が嫌な音を立てた。
ミシッ。
「おっと、待って! 潰れる!」
ロディオが慌てて声を上げる。メルディアもすぐに気づき、グランへ手を開くように指示した。袋を受け取って確認すると、幸い中の装備は無事だった。もっとも、このまま力任せに持たせれば、次はどうなるか分からない。
「持ち上げるのは簡単でも、力加減が難しいみたいだな」
エイルが言う。
「この手の大きさじゃ、袋を摘まむだけでも大変そうですからね」
クラウスも巨人の指を眺めていた。メルディアはもう一度、袋をグランへ差し出した。
「今度は握らないで、手の上に載せてみて」
グランが掌を上へ向ける。そこへ袋を置くと、今度は指を閉じずに持ち上げることができた。
「そう。それなら大丈夫」
「おお、いい感じじゃん」
ロディオは残りの荷物をまとめ始めた。
「これなら、かなり楽になるな」
「でも、あんまりたくさん持たせないでね」
メルディアが言う。
「分かってるって。壊れたら困るし」
「そうじゃなくて、グランが大変だから」
ロディオは一瞬、彼女を見た。それから巨人を見上げる。
「……ああ、そっちね」
メルディアは当然という顔で頷いた。
「まあ、本人が平気そうならいいけどさ」
ロディオは袋を一つ持ち上げた。
「とりあえず、壊れにくいものだけ頼もう」
荷物をまとめ終えると、五人は再び帰路についた。途中には、以前倒した魔導兵の残骸が残っていた。グランはそれを一度見下ろしたものの、メルディアが呼びかけると、そのまま通り過ぎた。ロディオは残骸を横目に見ながら、メルディアへ声を掛ける。
「そういえば、あの魔導兵の部品を入れたらグランが起きたんだよな」
「うん。形が合ってたから」
「それは聞いた。もう少し慎重に調べればよかったって話」
「……そうだね」
メルディアは素直に頷いた。その反応が意外だったのか、ロディオは少しだけ彼女を見る。
「ちゃんと反省してる?」
「してるよ。グランが起きてくれてよかったけど、あのまま戦い続けてたら危なかった」
「……まあな」
ロディオも巨人を見上げた。
「あの光線、もう一回まともに見たいとは思わないし」
エイルが苦笑する。
「それは俺も同感だ」
グランは、そんな会話を気にする様子もなく、メルディアの後ろを歩いていた。
◇
石柱の広間を抜け、地図を頼りに入口へ向かう。そして、五人は岩陰に隠れた小さな進入口の前まで戻ってきた。
「……ああ、そうだった」
エイルが足を止めた。ロディオも入口とグランを見比べ、思わず頭を掻く。
「こりゃ、さすがに無理だな」
遺跡の内部には巨人が通れるほど広い場所もあったが、山の岩陰に開いた入口は人が通れる程度の大きさしかない。グランが身体を横にしても、とても通り抜けられそうになかった。
「どうする? 別の出口を探す?」
ロディオが聞く。エイルは少し考えたが、メルディアはすでに入口の周囲を調べていた。
「……ここ、普通の岩だよね」
「ええ。遺跡の内部とは材質が違いますね」
クラウスが壁に触れながら答える。メルディアはグランを見上げた。
「だったら、広げられないかな」
ロディオも巨人を見る。
「……なるほど。壊して出るわけか」
「ただ、上まで崩れたら困るな」
エイルが入口の上部を確認する。大きな岩が張り出しているため、闇雲に壊せば出口を塞いでしまう恐れがあった。クラウスも岩壁を調べてから、横方向へ広げる方がよさそうだと話した。五人は先に外へ出て、周囲の安全を確認することにした。
岩陰から出ると、そこは山の斜面にある小さな岩場だった。人影はなく、見渡す限り岩肌と木々が続いている。
「こっち側を少しずつ崩すのがよさそうだな」
エイルが入口の横を指さした。メルディアは岩の隙間から中を覗き込み、グランへ声を掛ける。
「グラン、こっちの岩を掴んでみて。上には触らないでね」
巨人の大きな手が動いた。岩の縁を掴み、ゆっくりと力を込める。
ミシッ。
岩に亀裂が走った。さらに力が加わると、大きな塊が音を立てて剥がれ落ちた。
バキッ!
「うわっ、すげえ……」
ロディオが思わず声を漏らす。グランは剥がした岩を足元へ置き、次の岩へ手を伸ばそうとした。
「待って、グラン」
メルディアが止める。エイルとクラウスが崩れた部分を確認した。
「もう少し横を広げれば通れそうだな」
「そうですね。ただ、あまり大きく崩さない方がいいでしょう」
二人の様子を見て、メルディアは次に掴んでほしい場所を示した。グランは言われたとおりに岩へ手を掛け、少しずつ入口を広げていく。大きな岩が簡単に割れていく様子を見て、ロディオは呆れたように笑った。
「俺たちでやったら、何日かかるんだろうな」
「そもそも、こんな大きな岩を動かせるかどうか」
エイルも苦笑する。メルディアは少し得意そうにグランを見上げた。
「力持ちでしょ」
「いや、それは身をもって知ってるよ」
やがて、グランが身体を斜めにすれば通れそうな幅まで、入口が広がった。メルディアの指示で巨人がゆっくりと前へ進む。外皮が岩を擦り、小石がぱらぱらと落ちたものの、今度は引っかからずに通り抜けることができた。
ドン。
巨大な足が、遺跡の外の地面を踏んだ。続いてもう片方の足が出ると、グランはかがめていた身体をゆっくりと起こした。青空の下に、巨大な姿が現れる。
「……出られた」
メルディアが呟く。グランは周囲を見回していた。青い空。遠くに続く山並み。岩肌を覆う木々。長い間、水槽の中にいた生物が、今どんなことを感じているのかは分からない。それでも、メルディアはどこか嬉しそうだった。
「グラン、外だよ」
巨人が彼女へ顔を向ける。ルシエラも笑顔を浮かべた。
「よかったですね、グランさん」
「しかし、外で見ると一段と大きいな」
エイルは改めて巨人を見上げた。遺跡の天井がなくなったことで、かえってその巨体が際立って見える。ロディオはしばらく眺めていたが、やがて現実的な問題に気づいた。
「……なあ、これ、町に連れていったらどうなると思う?」
全員がグランを見た。
「……門で止められるだろうな」
エイルが答える。
「止められるだけで済めばいいけどな。魔物が攻めてきたって大騒ぎになりそうだぞ」
「確かに、いきなり見たら驚きますよね」
ルシエラも困った顔になる。メルディアはグランの脚に手を当てた。
「でも、置いていくのは嫌」
「分かってるよ。せっかく一緒に出てきたんだし」
エイルは山道の方を見た。
「今ここで決めても仕方ない。まずは山を下りよう。町へ着くまでには、まだ時間があるから」
「そうだな。歩きながら考えようぜ」
ロディオが地図を取り出す。五人はグランを連れて、山を下り始めた。
◇
山道に出ると、遺跡の中とはまた違った苦労があった。グランは大きな足で岩を越えられるが、その分、足場が悪い場所では周囲の木や岩に身体が当たりやすい。狭い道では一度立ち止まり、メルディアが安全な場所へ誘導する必要があった。
ロディオは先を歩きながら、グランが通れそうな道を選んでいく。
「この先は少し狭いな。右側を回った方がよさそうだ」
「分かった。グラン、こっちへ」
メルディアが呼ぶと、巨人は道を外れて岩場へ向かった。その歩き方は、遺跡から出てきた時よりも安定している。
「最初より、ずいぶん歩きやすそうですね」
ルシエラが言った。クラウスも頷く。
「傷が治ってきたこともあるでしょうし、身体を動かすうちに調子が戻ってきたのかもしれません」
メルディアは振り返り、グランの脚を確認した。
「痛そうにはしてないね」
「そうですね。今のところは問題なさそうです」
そんな話をしながら、五人は山を下り続けた。グランが加わったことで移動は遅くなったが、重い荷物を運ばずに済むようになったため、五人の負担は以前より軽かった。夕方になる頃には、岩壁に囲まれた比較的平らな場所へ到着した。
ロディオが周囲を調べ、ここなら野営できそうだと判断する。
「今日はここにしようぜ。明日も山道が続くし」
エイルも賛成し、五人は野営の準備を始めた。メルディアはグランを岩壁の近くへ連れていき、座るように指示する。巨人が腰を下ろすと、地面が小さく揺れた。ロディオは焚き火用の枝を集めながら、その様子を眺めていた。
「……それにしても、こんな大きな奴と野営することになるとはな」
「私も思いませんでした」
ルシエラが笑う。
「でも、こうして座っていると、案外大人しいですね」
「まあ、メルディアがいるからだろうな」
メルディアはグランの脚に残っていた傷を確認していた。遺跡で受けた深い傷も、回復魔法によってかなり塞がっている。ルシエラも近づき、治りきっていない部分を確かめた。
「ここ、もう少し治療しておきましょうか」
「お願い」
ルシエラとクラウスが傷へ回復魔法を掛けると、グランは大人しくしていた。治療が終わると、メルディアは巨人を見上げた。
「これで大丈夫かな」
「大きな傷はほとんど治りましたよ」
クラウスが答える。
「よかった」
メルディアは安心した様子で、グランの足元へ腰を下ろした。やがて食事の準備が整うと、ロディオがふと巨人へ目を向けた。
「そういえばさ、グランって何を食べるんだ?」
エイルも顔を上げる。
「……考えてなかったな」
「生き物ではありますが、普通の生き物と同じ食事が必要かどうかは分かりませんね」
クラウスが言う。ルシエラは手元のパンを見た。
「少し食べてもらってみますか?」
「試してみようか」
メルディアは小さくちぎったパンを手に取り、グランへ差し出した。
「グラン、これ食べる?」
巨人は彼女の手元を見たものの、食べようとはしなかった。しばらく待っても反応はない。
「……いらないみたい」
「そもそも、それで足りる大きさじゃないだろうしな」
ロディオが笑う。
「まあ、腹が減っている様子もないし、今は無理に食べさせなくてもいいんじゃないか?」
エイルの言葉に、メルディアも頷いた。
「そうだね。でも、何か必要なら教えてほしいな」
グランは静かに彼女を見ていた。
「……どうやって教えるんだろうな」
ロディオが呟く。メルディアは少し考えたが、答えは出なかった。その晩、五人はいつもどおり交代で休むことにした。グランは岩壁の近くへ座ったまま、ほとんど動かなかった。
◇
翌朝、メルディアが目を覚ますと、グランは昨夜と同じ場所にいた。
「おはよう、グラン」
声を掛けると、巨人がゆっくりと顔を向ける。メルディアは近づいて脚の傷を確認し、それから立ち上がるように言った。グランは片手を地面について身体を起こし、すっと立ち上がった。その動きには、昨日までのぎこちなさがほとんどなかった。
少し離れた場所で荷物をまとめていたエイルが顔を上げる。
「……ずいぶん動きがよくなったな」
「昨日よりも自然ですね」
クラウスも感心した様子だった。メルディアは嬉しそうに頷く。
「うん。元気になってきた」
ロディオは水槽室での戦闘を思い出していた。
「……あれだけ強かったのに、まだ調子が悪かったのか」
「あの時は起きたばかりだったからな」
エイルが答える。
「今なら、もっと速く動けるのかもしれない」
ロディオはグランを見上げ、少しだけ苦笑した。
「もう一回戦えって言われても、俺は嫌だけどな」
「私もです」
ルシエラが即答すると、エイルも笑った。
「安心しろ。俺だって御免だ」
メルディアはそんな四人を見ながら、グランの大きな手へ軽く触れた。
「もう戦わなくていいからね」
巨人は彼女を見下ろしている。何を理解しているのかは分からないが、少なくとも今のグランは、彼女のそばを離れようとはしなかった。五人は荷物をまとめ、再び山道を進み始めた。
◇
その後も一行は休息を挟みながら、山を下り続けた。グランの動きは日に日に滑らかになり、最初の頃のように細かく指示しなくても、五人の歩調に合わせて歩けるようになっていた。狭い道でも、身体をかがめたり、足場の広い場所を選んだりする。
メルディアも、以前ほど頻繁に声を掛ける必要がなくなっていた。
「だいぶ慣れたみたいだな」
ロディオが言う。
「これなら、町までは問題なく歩けそうですね」
クラウスも頷く。ただ、町へ連れていく方法については、まだ答えが出ていなかった。
「やっぱり、町の外で待ってもらうしかないかな」
エイルが言う。
「それなら、人目につかない場所を探さないといけないですね」
ルシエラも考え込む。メルディアは少し不満そうだった。
「グランだけ置いていくのは嫌なんだけど」
「一人にしておくのが心配なのは分かるよ。でも、町の人たちがどう思うかも考えないと」
エイルがそう言うと、メルディアも無理に反対はしなかった。
「……うん。安全な場所があればいいんだけど」
「まずは山を下りよう。まだ時間はあるし、道の途中でよさそうな場所が見つかるかもしれない」
ロディオは地図を畳み、少し先の道を指さした。
「この先で下りの道と合流するはずだ。そこまで行けば、もう少し歩きやすくなるよ」
五人は再び歩き始めた。ところが、しばらく進んだところで、グランが突然足を止めた。
「……グラン?」
メルディアが振り返る。巨人は前方を見ていた。ロディオもその方向を確認する。
「……ああ、誰かいるな」
山道の先。
少し開けた場所を、二人の旅人が歩いていた。
◇
一人は背の高い男だった。旅装に身を包んでいるものの、がっしりとした体格で、歩き方にも無駄がない。もう一人は落ち着いた雰囲気の女性で、穏やかな表情のまま目を閉じていた。二人も一行に気づいたらしく、足を止める。
「こんなところで人に会うとはな」
ロディオが呟く。エイルは二人を観察した。
「山脈を調べに来た人かもしれないな」
メルディアがグランに待つよう指示すると、巨人はその場に立ち止まった。向こうの男は、そんなグランを見上げていた。
「……ほう。これはまた、ずいぶん大きな奴を連れているな」
低く、落ち着いた声だった。ロディオは少し苦笑する。
「まあ、いろいろありまして」
「そいつは、どこで見つけたんだ?」
男はグランの姿を興味深そうに眺めている。エイルはすぐに答えなかった。初対面の相手に、遺跡のことをどこまで話してよいものか判断しかねたからだ。すると、隣にいたメルディアが答えた。
「山の中で見つけたんです」
「そうか。山の中か」
男はグランへ目を戻した。
「それにしては大人しいな。お前さんたちに懐いているのか?」
「グランは私の言うことを聞いてくれます」
「グラン?」
「名前です。私が付けました」
「なるほど。名前まであるのか」
男は軽く笑った。メルディアが呼びかけると、グランが顔を向ける。その様子を見て、男はますます興味を持ったようだった。
「……面白いな」
そこでエイルが尋ねた。
「あなたたちも、この辺りの調査に来たんですか?」
「ああ。ちょっと気になる噂を聞いてな」
「噂、ですか?」
「古い建物があるらしい、という話だ。もっとも、まだ詳しいことは分かっていないが」
ロディオとエイルは顔を見合わせた。男はその反応に気づいたらしい。
「何か心当たりがあるのか?」
「……まあ、山の中ではいろいろ見つけましたけどね」
ロディオが曖昧に答える。相手が何者か分からない以上、遺跡の詳しい場所をすぐに話す気にはなれなかった。男も無理に聞き出そうとはしなかったが、グランへ向ける興味は薄れていないようだった。
すると、それまで黙っていた女性が、穏やかな声で話しかけてきた。
「あなたたちも、山の中を調べていらしたのですね」
「はい。少し調べ物をしていました」
ルシエラが答える。女性は目を閉じたまま、小さく微笑んだ。
「そうでしたか。私たちもこの辺りを歩いていたのですが、なかなか手掛かりが見つからなくて」
「山の中は広いですからね」
クラウスが言う。
「ええ。本当に」
女性は落ち着いた口調で答えた。二人の様子を見る限り、今すぐ争いになるような雰囲気はない。それでも、エイルは相手の目的がはっきりするまでは慎重に話そうと考えていた。
一方、男は再びグランを見上げ、腕を組んだ。
「せっかく会ったんだ。少し話を聞かせてもらえないか? 俺たちも何か役に立つことを知っているかもしれない」
ロディオはエイルへ目を向ける。エイルは少し考えてから頷いた。
「……分かりました。俺たちに答えられることなら」
「ありがたい」
男が笑みを浮かべる。メルディアはグランの隣に立ち、その大きな手に軽く触れていた。巨人は静かに待っている。山道で偶然出会った二組の旅人。互いの素性も知らないまま、彼らは話を始めることになった。