『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
「それで、お二人は古い建物を探しているんですよね?」
エイルが尋ねると、男は頷いた。
「ああ。この山脈に、ずいぶん古い建物が残っていると聞いてな」
「場所は分かっているんですか?」
「いや、さっぱりだ。だから歩き回っている」
あまりにもあっさりした返答に、エイルは少し拍子抜けした。隣に立つ女性は、目を閉じたまま穏やかに微笑んでいる。
「手掛かりが少なくて、少々苦労しているところなんです」
「そうだったんですね。山脈は広いですし、探すのも大変そうです」
ルシエラが言うと、女性は丁寧に頷いた。エイルは二人の様子を観察していた。身なりは普通の旅人と変わらない。しかし、男のがっしりした体格や無駄のない立ち姿を見る限り、戦いに慣れていることは間違いなさそうだった。
こんな山奥まで来ているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
「ところで、その大きな奴なんだが」
男が再びグランを見上げた。
「山の中で見つけたと言っていたな?」
「はい。グランって名前なんです」
メルディアが答える。
「名前まで付けたのか。ずいぶん懐いているようだが、もともと大人しい奴なのか?」
「それは……どうでしょう」
メルディアはグランを見上げた。
「最初は少し大変でしたけど、今は私の言うことを聞いてくれます」
「ほう。最初は大変だったのか」
男の声が弾んだ。
「なら、結構強いんじゃないか?」
「強いですよ。力もありますし、とても頑丈です」
「そうか!」
男は嬉しそうにグランの太い腕を眺めた。
「それだけの身体なら、拳の一撃も相当なものだろうな。一度受けてみたいものだ」
ロディオが顔を上げる。
「……受ける?」
「ああ。実際に受けてみなければ、どの程度の威力か分からんだろう?」
「いや、普通は避けません?」
「避けたら分からんではないか」
男は当然のように答える。ロディオが返す言葉を探しているうちに、隣の女性が静かに口を開いた。
「この人、昔から強そうな生き物を見ると、つい興味を持ってしまうんです」
「……なるほど」
「もちろん、本当に戦いたいという意味ではありませんよ」
女性が男の方へ顔を向けた。男は何か言いかけたが、少し考えて口を閉じる。
「……まあ、そうだな」
ロディオは二人を見比べた。どうやら、この女性がいないと会話が大変なことになりそうだ。
◇
「ちなみに、お二人は何のお仕事をされているんですか?」
今度はメルディアが尋ねた。
「古い建物を調べているなら、研究者の方ですか?」
「俺が研究者?」
男は少し驚いた顔をした。
「いやいや、そういう細かいことは苦手だ。俺はどちらかといえば、身体を動かす方が――」
「調査の仕事を頼まれているんです」
女性が自然に言葉を引き取った。
「私は資料を調べることが多いのですが、この人には移動や荷物の運搬などを手伝ってもらっています」
「なるほど。それなら納得です」
メルディアが頷く。男は女性の方を向いた。
「……荷物運び?」
「ええ。いつも助かっていますよ」
「そうか?」
「もちろんです」
女性は穏やかに微笑んだ。男は何となく釈然としない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。メルディアは少し考え、質問を続ける。
「それなら、古い文字を読んだりするのは、お姉さんの方ですか?」
「詳しいわけではありませんが、少しは」
「もし建物を見つけたら、何を調べたいんです?」
「まずは、いつ頃のものなのか、何に使われていたのかを知りたいですね」
「私もそこは気になります。古代の建物なら、今とは違う技術が使われているかもしれませんし」
二人の会話が少し弾み始めたところで、男が口を挟んだ。
「俺は、そんな建物なら中に何がいるのか気になるな」
「中に、ですか?」
「長い間誰も入っていない場所だ。とんでもなく強い奴が眠っているかもしれんだろう?」
メルディアは少し首を傾げた。
「……それって、調査とは関係あります?」
「大いにあるぞ。強い奴がいたら、まず――」
「安全を確保しなければいけませんからね」
女性が続けた。
「ええ。古い建物は何が起こるか分かりませんし、十分注意しないといけません」
「そうだな」
男も頷く。メルディアは二人を交互に見た。
「それなら、最初から二人で来るのは危なくないですか? 場所も分からないんですよね」
「いや、危険なら俺が――」
「ご心配ありがとうございます。でも、こう見えて山歩きには慣れていますので」
女性が答える。男は口を開きかけて、また閉じた。
「……そういうことだ」
メルディアはしばらく考えた。
「そうですか。それならいいんですけど……」
その隣で、ロディオが少し笑いを堪えていた。
◇
ロディオは、男の受け答えが気になっていた。本人は隠し事をしているようには見えない。むしろ、聞けば何でも話してしまいそうだ。
その一方で、女性は答える内容を慎重に選んでいる。二人の話が噛み合っていないようにも感じられた。
「そういえば、お兄さんは戦うのが得意なんですよね?」
ロディオが尋ねる。男はすぐに反応した。
「おお、そうだな!」
「普段はどんな武器を使うんです?」
「武器か。俺は――」
「この人、力が強いので重いものを扱うのが得意なんです」
女性が答えた。
「へえ。力仕事をされているんですね」
「ああ、力には自信があるぞ」
男は嬉しそうだった。ロディオはもう少し試してみる。
「じゃあ、この山で魔物に襲われたらどうします?」
「倒して進む」
即答だった。
「……数が多かったら?」
「まとめて倒せばいいだろう」
「逃げるとか、隠れるとかは?」
「なぜだ?」
男は心底不思議そうだった。ロディオは一瞬、言葉を失った。
「いや、戦わずに済むなら、その方が安全じゃないですか」
「ふむ……」
男は少し考えた。
「だが、倒した方が早い場合もあるぞ」
「それはまあ、そうですけど……」
「狭い道で囲まれたら、無理に抜けるより正面を崩した方がいい。足場の悪い場所で逃げれば、かえって危険なこともあるしな」
急に具体的な話になった。ロディオは少し驚いた。
「……なるほど。状況によるわけですね」
「当然だ。地形も相手の動きも見ずに突っ込んでどうする」
男は平然と答える。先ほどまでの会話とは打って変わって、まともな判断だった。どうやら、戦いに関しては本当に経験があるらしい。しかし、ロディオが続けて尋ねると、またおかしなことになった。
「じゃあ、相手がグランくらい大きかったら?」
「それなら、なおさら面白そうだな!」
男の顔が明るくなる。
「まずは腕の振り方を見て、どの程度の速さか確かめたい。あの巨体なら、一撃も重いはずだ」
「……ええ」
「受け止められるなら受け止める。無理なら流せばいい」
「いや、ちょっと待ってください」
ロディオはグランを見上げた。
「あいつの拳、岩を砕くんですよ?」
「ほう!」
男はますます嬉しそうになった。
「それは楽しみだ!」
「楽しみ!?」
ロディオの声が裏返った。女性が静かに男へ顔を向けた。
「……あなた」
「何だ?」
「少し落ち着きましょうか」
「俺は落ち着いているぞ」
「そうですか。それなら、今は調査のお話をしましょうね」
「……む」
男は腕を組み、しぶしぶ黙った。ロディオはメルディアへ目を向ける。メルディアも、少し困った顔をしていた。
◇
二人が少し離れたところで話している間、エイルはクラウスと一緒に周囲を確認していた。男の声はよく通るので、会話の内容はほとんど聞こえている。
「……どう思う?」
エイルが小声で尋ねる。クラウスは少し考えた。
「何か事情があるのは確かでしょうね。ただ、僕たちに話せない理由があるのかもしれません」
「まあ、初対面だしな。こっちだって遺跡の詳しい場所は話してないわけだし」
「ええ。だから、隠していることがあるというだけで、悪い人だとは言えません」
エイルは頷いた。その時、ロディオとメルディアが近づいてきた。
「なあ、エイル」
「何だ?」
「ちょっと相談」
ロディオは男の方をちらりと見てから、声を落とした。
「あの人、何か隠してると思う?」
「どうして?」
「いや、隠してるというか……隠すのが下手というか」
メルディアが補足する。
「質問すると、全部そのまま答えようとするんだよね。お姉さんが途中で止めてるけど」
「だから怪しいってことか?」
エイルが聞くと、ロディオは首を傾げた。
「最初はそう思ったんだけどさ。あそこまで引っかかると、逆に心配になるんだよ」
「……心配?」
「本当に調査を任されてるのかなって」
メルディアも頷く。
「何か、聞いちゃいけないことまで教えてくれそうで」
エイルは思わず笑いそうになった。
「お前たち、相手のこと探ってたんじゃないのか?」
「そのつもりだったんだけどなあ……」
ロディオは困ったように頭を掻く。メルディアは真面目な顔で続けた。
「もう少し慎重に話した方がいいって、教えてあげた方がいいのかな」
「いや、それはやめとけ」
エイルは苦笑した。
「少なくとも、向こうのお姉さんはちゃんと分かってるみたいだし」
四人は男の方を見る。当の本人はグランを眺めながら、何やら楽しそうに考え込んでいた。ロディオが小さく呟く。
「……お姉さん、大変そうだな」
誰も否定しなかった。
◇
一方、ルシエラは女性と穏やかに話していた。
「山の中を調べていらっしゃるなら、水や食料は足りていますか?」
「ええ。まだ十分ありますよ」
「そうですか。それならよかったです」
ルシエラは安心したように微笑んだ。
「この辺りは水場も少ないですし、もし困っていたら少し分けられますので」
「まあ、ありがとうございます。親切なんですね」
「いえ、私たちも旅先で助けてもらうことがありますから」
女性は目を閉じたまま、丁寧に頷いた。
「一緒に旅をされている皆さんも、仲がよさそうですね」
「はい。いつも助けてもらってばかりですけど」
「そんなことないと思いますよ」
クラウスが会話に加わった。
「ルシエラがいてくれるから、安心して旅ができることも多いですし」
「そうですか?」
ルシエラは少し照れたように笑った。
「そうですよ。いつもみんなのことを気に掛けてくれていますから」
「……ありがとう、クラウス」
女性はそんな二人のやり取りを、穏やかに聞いていた。少し離れたところでは、男がグランの大きな拳を眺めている。
「……なあ、あいつはどのくらい素早く動けるんだ?」
ロディオが答える。
「結構速いですよ。最近は動きもよくなってきましたし」
「ほう、まだ強くなるのか!」
「いや、そういう話じゃなくて……」
ロディオは途中で言うのをやめた。もう何を言っても、男の興味を刺激するだけのような気がしたからだ。エイルが小さく笑う。
「諦めたのか?」
「……ちょっと疲れた」
その声を聞いて、ルシエラが振り返った。
「ロディオ、大丈夫? お水、飲む?」
「いや、大丈夫。そういえばルシエラ、水袋ってまだ余裕あったっけ?」
「うん。まだ少し残ってるよ」
その時だった。
女性が、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
「……」
目は閉じたまま。穏やかな表情にも、大きな変化はない。ただ、わずかな間を置いてから、ルシエラの方へ顔を向けた。
「……ルシエラさん、とおっしゃるんですね」
「はい。そうです」
ルシエラは普通に答えた。
「素敵なお名前ですね」
「ありがとうございます」
女性は微笑んだ。そして、少し考えるように間を置いてから尋ねた。
「皆さんは、いつも一緒に冒険をされているんですか?」
「はい。五人でパーティーを組んでいます」
「そうでしたか。ずいぶん息が合っていらっしゃるようなので、長いお付き合いなのかと思いました」
「そう言っていただけると嬉しいです」
ルシエラは笑顔で答える。
「まだ知らないこともありますけど、みんなと旅をするのは楽しいですよ」
「……そうですか」
女性は静かに頷いた。その隣で、男は相変わらずグランを眺めていた。
◇
「そういえば、皆さんはこれから町へ戻られるんですよね?」
女性が尋ねた。
「はい。そのつもりです」
エイルが答える。
「これから山の中を調べるなら、途中までは道をご案内できますよ」
「ありがとうございます。ただ、私たちはもう少しこの辺りを調べてから戻ろうと思っています」
「そうですか」
「それより、あの大きな子を連れて町へ入るのは大変そうですね」
女性がグランの方へ顔を向けた。メルディアが少し困ったように笑う。
「それは、まだ考えてるところなんです」
「そうでしょうね。初めて見た方は驚いてしまいそうですし」
「私もそう思います」
ルシエラが頷いた。
「でも、せっかく仲良くなれたので、できれば一緒にいたいんです」
女性は穏やかに微笑んだ。
「大切にされているんですね」
「はい」
メルディアが答えた。
「グランは私たちの仲間ですから」
その言葉を聞き、男が顔を上げた。
「仲間か。なるほど、それはいい」
「……そうですか?」
「ああ。背中を預けられる相手がいるのは、いいものだ」
それまでとは少し違った、落ち着いた声だった。エイルも自然に頷いた。
「そうですね。俺たちも仲間には何度も助けられてます」
「なら、大事にするといい」
男はそう言って、またグランを見上げた。
「……もっとも、俺なら一度手合わせしてから仲間にしたいところだが」
ロディオが思わず吹き出した。
「やっぱりそこに戻るんですね!」
「当然だろう。互いの強さを知っておくのは大切だぞ」
男はいたって真面目だった。女性は小さく息をついた。メルディアが首を傾げる。
「それなら、私たちはもう戦ったから大丈夫ですね」
男の動きが止まった。
「……何?」
「グランとは、仲良くなる前に戦ったんです」
「ほう!」
男が勢いよく顔を向けた。
「それで、どうだった!?」
「すごく強かったですよ。みんなで何とか戦っていたんですけど、途中で私の言うことを聞いてくれるって分かって」
「なるほど……!」
男は腕を組み、真剣に考え始めた。
「それほど強い相手と戦って、無事だったわけか。お前さんたちも、なかなかやるようだな」
エイルが苦笑する。
「いや、危ない場面もありましたけどね」
「危ない場面があったなら、なおさら面白い」
「……そういうものですか?」
「そういうものだ!」
ロディオはもう驚かなかった。代わりに、隣の女性へ少し同情するような顔を向ける。女性は目を閉じたまま微笑んでいたが、その笑顔にはどこか諦めにも似たものが混じっていた。メルディアも、とうとう素直に尋ねた。
「あの……普段からこんな感じなんですか?」
「え?」
女性が聞き返す。
「いえ、お二人で調査するの、大変じゃないかなと思って」
ロディオが慌ててメルディアの肩を軽く叩いた。
「おい、さすがに失礼だろ!」
しかし、女性は少し笑った。
「ふふ。そうですね。退屈することはありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。とても頼りになる方ですから」
「ほう、そうだろう!」
男が嬉しそうに頷く。女性は続けた。
「……ただ、もう少し慎重にお話ししてくださると、私としては助かるんですけれど」
「む? 俺は十分慎重だと思うが」
「そうですか」
「そうとも」
女性は少し間を置いた。
「……では、今後もよろしくお願いしますね」
「おう!」
男が力強く頷く。ロディオはそのやり取りを見て、何となくすべてを察した気がした。
「……お姉さん、頑張ってください」
思わず口から出た言葉だった。女性は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。
「ありがとうございます」
男だけが、不思議そうに二人を見比べていた。
◇
それからもしばらく会話は続いたが、互いに詳しいことまでは話さなかった。エイルたちは遺跡の場所を明かしていないし、二人も自分たちの仕事については、調査を頼まれているという説明にとどめている。
ただ、男が強い相手との戦いを何より好んでいることだけは、十分すぎるほど伝わってきた。ロディオはすっかり調子を崩されていた。最初は相手の素性を探るつもりだったのに、何を聞いても男は素直に答えようとする。
肝心なところで女性が話をまとめてしまうため、結局、確かなことは何も分からない。
「……何か、変な二人だったな」
ロディオが小声で呟いた。メルディアも考え込んでいる。
「男の人、本当に戦うことが好きなんだろうね」
「それはもう疑いようがないけどさ」
「でも、悪い人には見えなかったよ」
「まあ、今のところはな」
エイルはそんな二人の会話を聞きながら、相手への警戒を完全には解かずにいた。男の言動は確かに変わっているが、それだけで敵だとは言えない。女性も落ち着いていて、今のところ不審な行動は見せていなかった。
一方、ルシエラは穏やかに会話を楽しんでいる。
「せっかくお会いしたんですし、もし私たちにお手伝いできることがあれば言ってくださいね」
女性は静かに頷いた。
「ありがとうございます。そうですね……もう少しだけ、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
ルシエラが笑顔で答える。女性は目を閉じたまま、穏やかな表情を崩さなかった。しかし、先ほどまで男の言動を取り繕っていた時とは違い、今度は自分から質問を続けようとしていた。その隣では、男が相変わらずグランを眺めている。
「ところで、あいつの拳はどのくらいの威力なんだ?」
ロディオが思わず笑った。
「……まだその話してるんですか?」
「当然だ。まだ聞いていないことが山ほどある!」
女性が静かに息をつく。山道で始まった奇妙な情報交換は、まだ終わりそうになかった。