『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
二本の黒い角を露わにしたディモスは、グランを見上げて楽しそうに笑っていた。つい先ほどまで山道で話していた旅人が、今は魔族の姿で戦う気満々になっている。エイルは盾を構え、グランとの間に立った。
「もう十分だろ。これ以上、グランに手を出すな!」
「十分なものか。まだ一撃しか交えておらんぞ」
「その一撃を勝手に仕掛けたんだろ!」
「む……それはそうだな」
ディモスは素直に頷いたものの、すぐにグランへ視線を戻した。
「だが、あれほどの相手だ。もう少し戦ってみたいと思うのは当然だろう?」
「当然じゃない!」
ロディオの叫びが山道に響く。その横では、金髪の魔族の女性――ロザリアが額に手を当てていた。
「……お願いですから、これ以上騒ぎを大きくしないでください」
「分かっている。あまり周りを壊さなければよいのだろう?」
「そもそも戦わないでくださいと言っているんです!」
ロザリアの訴えにも、ディモスはまるで動じなかった。エイルはそれ以上の説得を諦めた。相手はグランから目を離しておらず、隙を見せれば再び攻撃してくるだろう。
「みんな、グランを守るぞ!」
仲間たちが頷く。クラウスはルシエラの傍らで周囲を警戒し、メルディアも杖を構え直した。
「《絶対防御領域》!」
ルシエラの詠唱が完成し、彼女を中心に防御領域が広がった。
「エイル、できたよ!」
「よし! 祝福も頼む!」
「うん! 《光と闇の祝福》!」
エイルは身体に力が満ちるのを感じ、盾を握り直した。ロディオも軽く足を動かして感覚を確かめると、エイルへ目配せする。
「行くぞ!」
二人はほぼ同時に地面を蹴り、一気にディモスへ肉薄した。エイルの剣が正面から振り抜かれる。
「ほう! 今度はお前さんたちが相手か!」
「グランを攻撃するなら、俺たちが止める!」
ディモスは半歩身体をずらして剣をかわした。しかし、逃れた先にはすでにロディオが回り込んでいる。
「こっちも忘れるなよ!」
古代の短剣が横から走る。ディモスは腕を引いて刃を避け、すぐに足の位置を変えた。踏み込んだ足元の岩が砕け、地面に深い足跡が残る。
「いい動きだな!」
「そりゃどうも!」
軽口を返しながらも、ロディオは相手の動きを慎重に観察していた。
会話ではあれほど単純だったディモスが、戦闘となると驚くほど隙を見せない。エイルが踏み込む位置も、ロディオが狙う側面も、ほとんど先回りされていた。
「エイル、下がって!」
メルディアの声に、エイルが盾を構えたまま後退する。直後、ディモスの進路を塞ぐように炎の槍が放たれた。
「《フレイムランス》!」
ディモスは即座に横へ跳んだ。炎の槍は背後の岩壁へ突き刺さり、激しい爆発とともに岩肌を大きく抉り取る。崩れた石が山道へ降り注ぎ、衝撃で近くの斜面まで崩れ始めた。
「岩が来る! 気をつけろ!」
エイルが盾を構えながら叫ぶ。ロディオは身を翻して落石をかわし、メルディアも後方へ跳んだ。ルシエラの周囲へ飛び込んだ岩片は、領域の内側では何も傷つけなかったが、その外側では地面を深く抉っていた。
「……おいおい。これ、山道がなくなるんじゃないか?」
崩れた岩壁を見上げたロディオに、メルディアも困ったような顔をする。
「……ちょっと強く撃ちすぎたかも」
「ははっ! なかなかの威力だな!」
ディモスだけは楽しそうだった。崩れた岩壁を一瞥すると、何事もなかったかのようにグランへ向き直る。
「しかし、お前さんたちを相手にしていたら、いつまでもあいつと戦えんな」
「だから戦わなくていいって言ってるんだ!」
エイルは再び盾で進路を塞いだが、ディモスは真正面から突っ込んでこなかった。盾の右へ踏み込むと見せかけ、エイルが体重を移した瞬間に逆方向へ切り返す。
「っ!」
エイルはすぐに身体を戻したものの、ディモスの拳はすでに盾の側面へ伸びていた。
凄まじい衝撃が走り、古代の盾を構えたエイルの足元で岩盤が砕ける。エイルが体勢を立て直そうとした時には、ディモスはもう横を抜けていた。
「悪いな。俺が戦いたいのは、あっちなんだ」
「待て!」
追いかけようとするエイルを尻目に、ディモスはグランの間合いへ踏み込んだ。
「……やっとだな!」
◇
「グラン、荷物を下ろして!」
メルディアが叫ぶと、停止していたグランが動き、掌に載せていた荷物を地面へ下ろした。
「攻撃されたら、自分を守って! 無理に追いかけなくていいから!」
その言葉に応じるように、グランが大きな腕を持ち上げる。ディモスは満足そうに笑った。
「そうだ。それでいい!」
次の瞬間、ディモスが踏み込んだ。拳がグランの胴へ叩き込まれ、鈍い衝撃とともに巨体が揺れる。だが、グランは倒れず、大きな腕を横から振るってディモスを払いのけようとした。
「おっと!」
ディモスは身を屈めてかわし、そのまま懐へ入り込むと、続けざまに二撃、三撃と拳を打ち込んだ。グランは後ろへ足を引きながらディモスを追い、今度は巨大な拳を地面へ振り下ろす。
轟音とともに岩盤が大きく割れ、地面が陥没した。衝撃は斜面を伝わり、離れた岩壁からも石が崩れ落ちていく。
「うわっ! ちょっと待て!」
ロディオが慌てて後退した。
「さっきより明らかにひどくなってるぞ!」
「近づくな! 巻き込まれる!」
エイルの警告が飛ぶ中、ディモスはグランの腕の下へ潜り込んだ。しかし、グランは巨体を回転させ、もう片方の腕を振るってくる。ディモスは咄嗟に両腕を交差させて受け止めた。
激突した瞬間、足が岩盤へ深く沈み込む。
「……っ!」
ディモスは衝撃に耐え、そのまま大きく後方へ跳んだ。直後、足元の岩盤が砕け散り、舞い上がった土煙が二人の姿を一瞬覆い隠す。
「はははっ! いいぞ!」
ディモスは心底楽しそうだった。
「やはり思ったとおりだ! あの巨体で、そこまで動けるか!」
グランは答えず、目の前の攻撃者を追って拳を振るう。
ディモスはその腕の軌道を読みながら側面へ回り込み、隙を見つけては打撃を重ねた。グランも一方的に殴られているわけではなく、大きな腕と巨体の質量を利用して応戦する。
拳が外れるたびに岩壁が削られ、踏み込むたびに足元の地面が砕けた。戦いが続くにつれ、二人の周囲は元の山道の形を失っていった。
◇
「……本当に、何をしているんでしょう」
ロザリアは杖を握り直しながら、遠くで打ち合うディモスとグランを見つめていた。
一度戦いが始まってしまえば、ディモスは目の前の相手に集中してしまう。実戦での判断は鋭いくせに、そもそも戦う必要があるのかという話になると、どうしてあんなにも人の言葉を聞かないのだろう。
そんなことを考えていた時、グランの拳が岩壁へ叩きつけられた。巨大な岩塊が崩れ、ロザリアのいる方向へ落下してくる。
「……危ないですね」
ロザリアは杖を掲げ、上級の防御領域を展開した。落下してきた岩塊が障壁へ激突し、凄まじい音とともに砕け散る。衝撃は周囲へ広がったが、ロザリアを守る障壁が崩れることはなかった。
「これでは調査どころではありませんね……」
小さくため息をついたところで、少し離れた場所から魔法の詠唱が聞こえた。
「《フレイムランス》!」
メルディアの放った炎の槍が、グランと打ち合っているディモスへ向かっていく。ロザリアは即座に動いた。炎の進路へ割り込み、自分の防御領域でそれを受け止める。
激しい火花が散り、炎が障壁の表面を包み込んだ。メルディアの放った魔法は障壁を押し込もうとしたものの、結局破ることができず、その場で消滅した。
「えっ!?」
メルディアが驚く横で、ロディオも目を見開いた。
「……お姉さん、何してるんですか!?」
「申し訳ありません。あの人への攻撃は、少し待っていただけませんか?」
「いや、待つも何も、あっちはグランを殴ってるんですよ!」
「ええ。分かっています。私もやめるように言ったんですけれど……」
「だったら、あの人を止めてくださいよ!」
「……それができれば、私も苦労しないんです」
背後から再び轟音が響き、グランの拳が地面を砕いた。ロディオはそちらを振り返り、少しだけ黙り込んだ。
「……説得力がありすぎる」
しかし、エイルは納得するわけにはいかなかった。盾を構え直し、ロザリアへ向き直る。
「事情は分かった。でも、あんたが俺たちの攻撃を止めるなら、こっちも黙ってはいられない!」
「……そうですよね」
ロザリアは静かに頷いた。
「ですが、私も仲間を傷つけられるわけにはいきません」
その返答に、エイルは一瞬言葉を失った。彼女がディモスを守ろうとしている理由は理解できる。しかし、グランを守りたいのはこちらも同じだった。
「エイル、どうする?」
ロディオが戻ってくる。
「男の方を攻撃しようとしても、あの人が止めに来る。このままじゃグランに加勢できないぞ」
エイルは二つの戦いを見比べた。グランは何とか持ちこたえているが、ディモスの攻撃は鋭く、何度も懐へ入り込まれていた。このまま援護できなければ、いつか大きな傷を負わされるかもしれない。
そして、ロザリアがいる限り、こちらの攻撃を通すのも難しい。
「……先にあの人を抑えよう」
「やっぱりそうなるよな」
「ロディオは横から。俺が正面を押さえる。メルディアは障壁を攻撃して、反応を確かめてくれ」
「分かった」
クラウスも周囲を確認しながら頷いた。
「僕はルシエラを守ります。必要なら防護魔法も使いますから」
「頼む!」
そのやり取りを聞いていたルシエラは、少し心配そうにロザリアの方を見た。
「エイル、あの人、戦いたくないみたいだったけど……」
「俺たちだって同じだよ。でも、グランを守るためには、あの人を止めないといけない」
「……うん。じゃあ、できるだけ怪我をさせないようにしようね」
「ああ、分かってる」
エイルはルシエラに頷くと、盾を前に出した。ロザリアも五人の動きが変わったことに気づき、小さく息をつく。
「……あら。そうなりますよね……」
先ほどまでディモスへ向かっていた攻撃が、今度は自分へ向けられている。ロザリアは杖を握り直し、防御領域を維持したまま五人と向き合った。
◇
エイルが正面から踏み込み、剣を振り下ろした。障壁へ激突した瞬間、轟音が響き、足元の岩が割れる。しかし、ロザリアの防御領域は崩れなかった。
「くっ……!」
エイルが剣を引いた隙を利用し、今度はロディオが側面から斬り込む。
《死角歩法》。
エイルへ注意が向いた瞬間を狙った攻撃だったが、短剣は障壁に阻まれ、ロザリアには届かなかった。
「……硬っ!」
すぐに距離を取ったロディオは、障壁を見ながら顔をしかめた。
「これ、どこから攻めても同じなのか?」
「まだ分からない。だったら、一点に集中させてみる!」
メルディアが杖を構え、《魔力収束》を発動する。魔力を一点へ絞り込み、先ほどエイルが攻撃した場所へ狙いを定めた。
「《フレイムランス》!」
放たれた炎の槍が障壁へ突き刺さり、激しい音とともに周囲の岩場を震わせる。ロザリアの障壁は大きく揺らめいた。魔法が弾けた余波で近くの岩が砕け、地面に新たな亀裂が走ったが、肝心の障壁は破れていない。
メルディアはすぐに距離を取り、眉を寄せた。
「……かなり強い」
「どのくらい?」
「今の攻撃、ほとんど通ってないと思う。普通の防御魔法とは全然違う」
「なるほど……。そういえば、あの人も魔族だったな」
「今さら?」
「いや、分かってたけどさ。さっきまで普通に話してたから、何となく……」
その気持ちはメルディアにも分かった。少し前まで、二人で山を調査していることを心配していた相手だ。まさか、その人の防御魔法を突破しようとすることになるとは思っていなかった。
ロザリアはそんな二人のやり取りを聞き、困ったように微笑んだ。
「皆さん、本当にお強いんですね」
「いや、お姉さんの方が強いでしょう!」
ロディオが即座に答える。
「できれば、戦うのはやめていただきたいんですけれど……」
「それはこっちの台詞ですよ!」
その時、背後で大きな岩が砕ける音がした。ロザリアの表情が曇る。まったく、どうすればディモスを連れて無事に帰れるのだろう。
「……本当に、困ったものです」
◇
その頃、ディモスはグランの拳を受け流しながら、ある違和感を覚え始めていた。
最初のうち、グランの攻撃は巨体に見合った重さこそあったものの、腕の振り方が大きく、予備動作を読めば十分に対処できた。だが、何度か打ち合っているうちに、その動きが少しずつ変わり始めている。
「……む?」
ディモスが横へ回り込むと、グランの右腕がそれを追ってきた。先ほどまでなら、かわしてから反撃する余裕があったはずだ。しかし、今度は思ったよりも早く拳が迫ってくる。
「おっと!」
身体を捻ってぎりぎりで回避すると、巨大な拳が背後の岩壁へ突き刺さった。岩壁の一部が大きく崩れ、無数の岩塊が谷側へ転がり落ちる。ディモスは崩落を避けながら距離を取り、改めてグランを観察した。
グランは足を踏み替え、次の攻撃に備えている。その動きには、先ほどまで見られたぎこちなさがほとんどなかった。
「……面白い。戦いながら、動きが良くなっているな」
グランは答えず、大きな足を踏み出す。
「そうか。まだ本調子ではなかったというわけか!」
ディモスは嬉しそうに笑った。
「ならば、ますます楽しみだ!」
今度は自分から踏み込んだ。グランの拳をかわして脇腹へ回り込み、鋭い一撃を叩き込む。巨体が大きく揺れたものの、グランはその場で踏みとどまり、身体を回して反撃してきた。
ディモスは腕で受け流そうとしたが、次の瞬間、想像以上の重さが伝わってくる。
「……っ!」
足元の岩盤が砕け、ディモスは大きく後退した。
「はは……なるほどな」
笑ってはいたが、先ほどまでの余裕は薄れていた。グランはさらに踏み込んでくる。大きな腕を振るうだけではなく、足運びも鋭くなり、ディモスが狙う方向へ素早く身体を回すようになっていた。
これまでのように、攻撃をかわして懐へ潜り込むだけでは済まなくなっている。
「……こいつは、少し考えねばならんな」
ディモスは拳を握り直した。少し離れた場所では、メルディアもグランの変化に気づいていた。
「……グラン、動きが良くなってる」
「そうなのか?」
ロディオが尋ねると、メルディアは戦っている二人を見ながら頷いた。
「うん。さっきより腕が速いし、足の動きもずっと滑らかになってる」
エイルもグランへ目を向けた。確かに、最初はディモスの攻撃を受ける場面が多かったが、今はグランの反撃に押し戻されることも増えている。
「回復が進んでるのかもしれないな」
「だったらいいけど……」
メルディアの表情は晴れなかった。グランが強くなったとしても、戦い続けていい理由にはならない。これ以上傷つかないうちに止めたいのに、ディモスは一向に戦いをやめようとしない。
「早くあの人たちを止めないと」
「ああ」
エイルは再びロザリアへ向き直った。しかし、彼女の障壁は依然として強固だった。
◇
「……ふむ」
ディモスはグランとの間合いを取りながら、腕を回した。先ほど受けた一撃は予想以上に重かった。このまま殴り合っても、決定打を与えるのは難しそうだ。
もちろん、攻撃が通じていないわけではない。グランの身体には拳を受けた痕が残っているし、動きを読めばまだ懐へ入り込める。だが、反撃のたびに大きく押し戻されるようでは、こちらも守りを固める必要があった。
「……よし。ならば、少し防御を固めるか」
ディモスは足を開き、片手を地面へ向けた。
「《アースアーマー》!」
地面が震えた。足元の土砂と岩が持ち上がり、土属性の魔力によって形成された防護がディモスの身体を覆い始める。
腕から胴、そして脚へ。装甲は隙間なく形成されていくが、その厚みはいつもより明らかに大きかった。
「……む?」
ディモスは自分の身体を見下ろした。岩を何重にも圧縮したような装甲が身体に密着し、さらに外側へ重なっていく。脚を覆う部分は足元の岩盤にまで食い込み、まるで大地と一体になったかのようだった。
「これはなかなか……今までで一番の出来かもしれんな!」
ディモスは満足そうに頷き、そのまま一歩踏み出そうとした。しかし、足が動かなかった。
「……む?」
もう一度、力を込める。それでも、地面に深く食い込んだ脚はほとんど持ち上がらない。今度は腕を動かそうとしたが、こちらも思うように動かなかった。
「……何だ?」
肩を捻ろうとしても、全身を覆う装甲が重すぎて身体がついてこない。確かに《アースアーマー》には重量がある。防御性能を高めれば、その分だけ動きが鈍くなることもある。
だが、こんなことは初めてだった。これほど身体が重くなり、まともに身動きできなくなるなど、これまで一度も経験したことがない。
「……どういうことだ?」
ディモスはさらに力を込めた。足元の岩盤が砕け、脚がますます深く沈み込んでいくが、身体はまったく持ち上がらない。まるで、とてつもない重さで地面へ押しつけられているようだった。
「……まさか!」
ディモスは顔を上げた。目の前には、グランが立っている。
「貴様……重力制御魔法まで使えるのか!?」
◇
「……え?」
少し離れた場所で、ロディオが動きを止めた。
「今、何て言った?」
メルディアもグランの方を振り返る。
「重力制御……?」
ディモスは身動きの取れないまま、グランを睨みつけていた。
「なるほどな! この俺の身体をここまで重くするとは、なかなかやるではないか!」
グランは無言で立っている。
「だが、そんな手にいつまでも掛かっている俺ではないぞ!」
ディモスは再び全身に力を込めた。岩の装甲が軋み、足元の地面に新たな亀裂が走る。しかし、やはり身体は動かなかった。
「……ぬおおおっ!」
その様子を見ていたロザリアが、思わず声を上げる。
「何をなさっているんですか!?」
「見て分からんか! こいつに重力を操られている!」
「……はい?」
「とんでもない重さだ! だが安心しろ、何とかしてみせる!」
ロザリアは一瞬言葉を失った。ディモスの身体を覆っているのは、どう見ても本人が発動した土属性の防護魔法だ。
「……その前に、今お使いになった魔法は?」
「《アースアーマー》だ! 見れば分かるだろう!」
「……でしたら、まずそれを解除して――」
「それどころではない! こいつの重力魔法を何とかせねば!」
ロザリアは静かに息を吸った。そして、ゆっくりと吐いた。
「……本当に、どうしてこうなるんでしょう」
一方、ロディオもディモスの様子を眺めながら、メルディアへ顔を寄せていた。
「……なあ、グランって重力まで操れるのか?」
「……知らない」
「知らないって、お前が一番詳しいだろ!」
「私だって、グランのこと全部分かってるわけじゃないよ」
メルディアは考え込んだ。ディモスが身動きできなくなっているのは確かだ。しかし、グランが何か新しい魔法を使ったようには見えなかった。
一方、ディモスの身体は分厚い岩の装甲で覆われている。
「……うーん」
「何か分かった?」
「まだ。でも、さっき土の魔法を使ってたよね」
「使ってたな」
「……それと関係あるのかな」
ロディオは改めてディモスを見た。全身を岩の装甲で覆われたまま、何とか身体を動かそうとしている。その姿は、どう見ても自分で作った鎧に押し潰されそうになっていた。
「……もしかして、あの人」
ロディオは途中で言葉を切った。何となく嫌な予感がしたものの、いくら何でもそんなことがあるのだろうか。
「……いや、そんなことあるか?」
その時、グランの頭がゆっくりと持ち上がった。
「……あれ?」
メルディアが顔を上げる。グランは大きく口を開き、その奥に光を集め始めていた。
「……おい、メルディア」
「うん。分かってる」
二人とも、遺跡であの攻撃を見ている。そして、あれがどれほど危険なものかも知っていた。
「グラン! それは――」
メルディアが制止しようとした瞬間、グランの口から強烈な光が放たれた。
◇
轟音が山脈に響き渡った。グランの光線は、身動きできなくなっているディモスへ一直線に突き進む。
「……何っ!?」
回避する暇はなかった。巨大な光線が《アースアーマー》へ直撃し、白い閃光がディモスの全身を飲み込んだ。
衝撃が周囲の岩盤へ伝わり、地面が大きく陥没する。ディモスを中心に岩が砕け、近くの斜面が一気に崩落した。
光線を受け止めている岩の装甲は凄まじい熱を帯び、その表面が赤く輝き始める。それでも装甲は簡単には崩れず、ディモスの身体を覆い続けていた。
「ぐおおおっ!?」
ディモスの叫びが響いた。岩の鎧は確かに攻撃を防いでいる。だが、身体は依然として動かない。避けることも反撃することもできず、ただ正面から光線を受け続けるしかなかった。
装甲の周囲では岩盤が次々と砕け、吹き飛ばされた土砂が熱風とともに巻き上がっていく。光線の進路に沿って地面が深く抉られ、崩れた斜面の岩塊が谷へ落下していった。
「うわああっ! グラン! それはやりすぎだって!」
ロディオが叫ぶ。メルディアも慌てて声を張り上げた。
「グラン! もう撃たないで!」
その声に応じ、グランの口から放たれていた光線が止まった。しかし、戦場を覆う土煙はすぐには収まらなかった。
光線が直撃した場所からは熱気が立ち上り、周囲の山道は大きく崩れている。先ほどまで歩いてきた道が、どこにあったのかも分からないほどだった。エイルは盾を構えたまま、その惨状を見つめた。
「……あいつ、大丈夫なのか?」
ロディオは答えられなかった。ディモスが強いことは分かっている。グランの拳とまともに打ち合えるほどの実力があるのだから、並の相手ではない。
それでも、今の光線を正面から受けて無事でいられるとは、さすがに思えなかった。
「……ディモス!」
ロザリアが叫んだ。目を閉じたままの顔には焦りが浮かび、声も先ほどまでの落ち着きを失っていた。
「返事をしてください!」
土煙の向こうからは、しばらく何も聞こえなかった。ロザリアは杖を握りしめ、いつでも駆け寄れるように身構える。エイルたちも攻撃の手を止め、崩れた岩場を見つめていた。
やがて、土煙の中から低い声が聞こえた。
「……ぬうう……」
巨大な岩の塊が、わずかに動く。
「……まったく……」
ディモスの声だった。
「これほどの光線まで使うとは……」
分厚い岩の装甲に覆われたまま、ディモスがゆっくりと顔を上げた。装甲の表面には焼け焦げた跡が残り、ところどころに大きな亀裂も走っている。だが、その内側にいるディモス自身は、まだ倒れていなかった。
「……とんでもない奴だな」
ディモスはグランを見上げる。その顔には驚きと、戦士としての興奮が入り混じっていた。
「重力まで操り、あれほどの光線を放つか……。これは、ますます面白くなってきた!」
ディモスは再び腕を動かそうとした。しかし、岩の装甲はびくともしない。
「……む?」
しばらく力を込めていたが、結果は変わらなかった。先ほどの光線にも耐えた装甲は、相変わらず恐ろしく頑丈だった。
「……とりあえず、この重さを何とかせねばならんな」
遠くから、ロザリアの疲れ切った声が聞こえた。
「……ですから、まずその鎧を解除してください!」
ディモスはそこでようやく、自分の身体を覆う岩の装甲へ目を向けた。その周囲には、もはや山道と呼べるものはほとんど残っていなかった。