『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
王都の軍本部では、ドルガ戦線に関する会議が続いていた。
卓上には街道と砦の位置が記された地図が広げられ、ドルガ周辺にはいくつもの駒が置かれている。
「魔王軍に大きな動きはありません。占領地域の復旧と防備を優先しているようです」
報告を聞いたヴィクトル・ハルデン中将は、地図へ目を落とした。
「例の強化現象は?」
「その後、同規模の現象は確認されていません。ただ、敵が意図的に能力を隠している可能性も否定できません」
「……厄介だな」
ハルツで確認されたガルベルトの火炎魔法と、ドルガで使われた同じ魔法。その威力にはあまりにも大きな差があった。しかもドルガでは、ガルベルトだけでなく、一般の魔族兵まで普段以上の身体能力を発揮していたという。
特定の魔族だけならともかく、一般兵まで強くなっていたとなれば、何らかの広域強化を疑うのは当然だった。問題は、その力が再現されていないことだ。
「こちらが対策を立てるには、まず発動条件を知る必要があります」
レオンハルト・フェルゼン少将が言った。
「特定の場所でのみ使えるのか、何らかの準備が必要なのか。それすら分かっていません」
「敵自身も条件を把握していない可能性は?」
「あります。ただ、それを前提に戦うわけにはいきません」
司令官は頷いた。仮に魔王軍が意図して使える力なら、今後の戦いはこれまで以上に厳しくなる。一方、偶然発生した現象であれば、敵も原因を探しているはずだ。どちらなのか分からない以上、安易に攻勢をかけることはできなかった。
「引き続き監視を続けろ。新しい情報が入り次第、報告を上げさせる」
「承知しました」
「司令官、もう一件、確認していただきたい報告があります」
レオンハルトが卓上の書類から一通を抜き出した。
「ベルハルト神殿から、神殿上層部を通じて届いたものです」
「神殿から? 軍に何の用だ」
「魔神復活の前兆に関する古い伝承について、軍にも知らせておくべきだと判断したようです」
ヴィクトルは顔を上げた。
「……魔神復活?」
「はい。もっとも、神殿が復活を確認したわけではありません」
レオンハルトは書面を開いた。
「発端は、《光と闇の聖女》という職業を持つ者が、リューベル周辺で起きている異変と魔神復活の噂について、ベルハルト神殿の神官へ相談したことだそうです」
「《光と闇の聖女》か。聞き慣れない職名だな」
「神殿でも珍しい職業と認識しているようです。ただ、今回の報告の中心はその聖女自身ではありません。相談を受けた神官が古い記録を調べたところ、似た内容の伝承が見つかったとのことです」
書面には、魔神が目覚める前には世界の力の均衡が乱れ、人や獣、魔物がそれまでになかった力を示すことがある、と記されていた。同じ者でも時や場所によって力が変わり、その乱れは一か所に留まらず広がっていくという。
「……ドルガの現象にも、似たところはあるな」
ヴィクトルが呟いた。
「ええ。ただ、この伝承がいつ書かれたものか、実際の出来事に基づくのかも分かっていません。現在の異常と関係がある証拠もありません」
「神殿も、その点は承知しているのか?」
「はい。古い記録にこういう記述があった、という報告です。魔神が復活するという断定ではありません」
ヴィクトルはしばらく文面を読んでから、書類をレオンハルトへ返した。
「記録として残しておこう。似ているからといって、魔神が原因だと決めるわけにはいかん」
「承知しました」
その時、会議室の扉が叩かれた。
「失礼します。リューベル方面からの調査報告が届きました」
入ってきた軍人が、数枚の書類を差し出した。
「リューベル?」
司令官が顔を上げる。
「北方の町か。何かあったのか?」
「以前報告されていた、魔族との交戦事件についてです。現地調査の結果がまとまりました」
「……ああ。冒険者が四天王と戦ったという話か」
「はい」
リューベル近郊の旧放牧地で、五人の冒険者が魔族と交戦したという報告は、すでに届いていた。魔族三名を倒し、その後に現れた四天王ミゼリアとも戦ったという。ただし、ミゼリアの討伐は確認されておらず、冒険者たちは戦闘の途中で相手が突然姿を消したと証言していた。
「それで、何か分かったのか?」
「はい。少々、妙な結果が出ています」
軍人は書類を開いた。
「まず、旧放牧地では大規模な戦闘の痕跡が確認されています。魔族三名の遺体も発見され、冒険者側の報告と一致しました」
「四天王の方は?」
「遺体はありませんでした。冒険者たちも、どこへ行ったのか分からないと証言しています」
「本当にミゼリアだったのか?」
「確証はありません。ただ、冒険者たちはミゼリアと認識しており、戦闘時の特徴も一致する部分があります」
参謀が書類を覗き込んだ。
「高速移動と風系統の魔法か。確かにミゼリアらしいな」
「はい。冒険者たちも、相手の動きについていくのは難しかったようです」
「……それで、どうやって生き残った?」
司令官の問いに、軍人が別の頁を開いた。
「聖女が特殊な防御魔法を使用したそうです。女魔族は何度も攻撃を仕掛けましたが、その防御を突破できなかったと」
「四天王の攻撃を防いだのか」
「冒険者側の証言では、そうなっています。魔法の詳細については未確認です」
司令官は少し考えた。それが事実なら、冒険者たちにも相当な能力があることになる。もっとも、今はその能力よりも、相手の魔族がどうなったのかが気になった。
「……それで、ミゼリアはどうなった?」
「最後に大きな攻撃を仕掛けようとした直後、突然姿が見えなくなったそうです」
「見えなくなった?」
「はい。同時に強い衝撃が発生し、周囲の地形も破壊されました。しかし、女魔族だけがその場からいなくなっていました」
「吹き飛ばされたのか?」
「冒険者たちにも分からなかったようです。少なくとも、どの方向へ移動したのかは目撃していません」
軍人は卓上に地図を広げた。
「調査隊も当初は旧放牧地の周辺を調べていたのですが、戦闘地点から離れた場所にも、不自然な破壊痕が見つかりました」
「どんな痕跡だ?」
「地面が削られ、樹木が同じ方向へ倒れています。何かが凄まじい勢いで通り抜けたような状態です」
「衝撃波ではないのか?」
参謀が尋ねた。
「最初はその可能性も考えられました。ですが、被害が一帯に広がっているわけではないんです」
軍人は地図の一点を指さした。
「ここから、ほぼ一方向へ続いています」
その指が地図の上を動き、旧放牧地から離れた地点で止まった。
「途中にも同じような痕跡があり、調査範囲を広げたところ、約二十キロ先まで続いていることが確認されました」
「……二十キロ?」
司令官が顔を上げた。
「はい。こちらの岩場には、何かが激しく衝突したような痕跡もあります」
参謀たちが地図を覗き込んだ。
「ちょっと待て。その破壊痕は、本当に同じ現象によるものなのか?」
「断定はできません。ただ、方向と分布には連続性があり、調査隊は一つの現象による可能性が高いと判断しています」
司令官は、旧放牧地からほぼ一直線に伸びる破壊の痕跡を目で追った。その先、約二十キロ離れた岩場には、何かが激しく衝突した跡まで残されている。
「……つまり、何かがそこまで移動したということか?」
「その可能性があります」
「女魔族が?」
「そこまでは確認できていません。ただ、破壊痕の始まる場所は、冒険者たちが女魔族を見失った地点とほぼ一致しています」
参謀の一人が腕を組んだ。
「仮にミゼリアだとすると、とんでもない速度で移動したことになるな」
「……四天王なら、そこまで速く動けるものなのか?」
司令官が尋ねる。
「ミゼリアが高速移動を得意とすることは知られています。ですが、この規模となると……」
参謀は言葉を濁した。四天王の能力について、人間軍が把握していることは限られている。それでも、二十キロにわたって地形を破壊しながら移動するとなれば、通常の高速移動とは話が違う。
「……逃げたのではないのか?」
別の参謀が口を開いた。
「冒険者たちに手こずったため、戦場から離脱したということも考えられます」
「それにしては妙だな」
司令官は地図の先端を指さした。
「途中で方向を変えた形跡がない。最後には岩場に衝突している」
「……確かに」
「逃げるつもりなら、そこまで一直線に進む必要があるか?」
誰もすぐには答えなかった。司令官はもう一度、旧放牧地から続く痕跡を目で追った。
「……止まれなかったのかもしれんな」
参謀が顔を上げた。
「止まれなかった?」
「仮に、本人が想定していた以上の速度になったとしたらどうだ。途中で止まろうとしても止まれず、そのまま岩場に突っ込んだ」
「……なるほど」
「もちろん、推測だがな」
司令官はそこで、ドルガの地図へ目を向けた。
ガルベルトの火炎魔法は、以前と比べて異常な威力になっていた。一般魔族兵にも同じような能力の増大が見られ、今度はミゼリアと思われる女魔族が、常識では考えられない距離を一気に移動した可能性がある。
能力の種類は違うが、どれも通常の状態から大きく外れた現象だった。
「……これも、例の強化現象と関係しているのかもしれんな」
参謀も頷いた。
「可能性はあります。ただ、ドルガとは場所が離れすぎています」
「場所に依存しない手段なのかもしれん」
「あるいは、まったく別の現象という可能性もあります」
「そうだな。神殿の古い伝承も、今のところは似た話が載っているというだけだ」
今ある情報だけでは、同じ原因だと判断することはできない。しかし、ガルベルトだけでなく、別の四天王にも異常な現象が起きた可能性は無視できなかった。
「リューベルの調査結果を、ドルガの資料と合わせて管理しろ。今後、同じような事例があれば比較できるようにしておきたい」
「承知しました」
「それから、冒険者五名の報告も保管しておけ。追加で話を聞く必要が出てくるかもしれん」
軍人は頷き、書類をまとめた。
司令官はもう一度、地図を見た。旧放牧地から二十キロ先まで続く痕跡が、もし本当にミゼリアの移動によってできたものなら、一体どれほどの速度だったのだろう。
「……敵が自由に使える力なら、それはそれで恐ろしい」
司令官は小さく呟いた。
「だが、本人にも扱えない力だとしたら……」
そこで口を閉じた。意図的に使える力であっても、制御できない力であっても、戦場で突然そんな現象が起きれば、これまでの戦力計算は通用しなくなる。
軍議はその後も、ドルガ方面の警戒態勢について続けられた。
◇
グランデル山脈を下りていたエイルたちは、ようやくアーデルへ戻ってきていた。
町の門が見えたところで、ロディオが大きく息を吐く。
「……ああ、帰ってきた」
エイルも頷いた。
「長かったな」
「本当にな。遺跡を探しに行っただけのはずだったんだけどな」
「探すだけじゃなくて、中まで入っただろ」
「そうだったな」
ロディオは苦笑した。
町へ入ると、荷馬車が行き交い、商人たちが店先で荷物を運んでいた。山の向こうであれほどの戦いがあったというのに、通りにはいつもと変わらない光景が広がっている。
「……とりあえず、ギルドだな」
エイルが言った。
ロディオは少し嫌そうな顔をする。
「ええ……宿じゃ駄目か?」
「山道があんな状態なんだぞ。早めに知らせておかないと」
「……まあ、そうだよな」
ロディオもそれ以上は文句を言わず、五人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇
ギルドの受付では、職員が書類を整理していた。
五人が近づくと、顔を上げる。
「あ、お帰りなさい。遺跡の探索はいかがでしたか?」
「見つかりましたよ」
エイルが答えた。
職員の表情が明るくなった。
「本当ですか! では、やはり山中の遺跡の噂は事実だったんですね」
「はい。ただ……」
「ただ?」
エイルは少し考えた。古代の遺跡には魔導兵がいて、巨大な水槽からグランが目を覚ました。そのグランと一緒に山を下りていたら魔族と遭遇し、戦闘で山道まで崩壊してしまった。
しかも、その魔族は自分の攻撃で死亡した後、蘇生されたら少女になっていた。どこから話しても、妙な報告になることは間違いなかった。
「……少し、長い話になると思います」
エイルが言うと、職員は笑顔で頷いた。
「大丈夫ですよ。探索報告ですから、ゆっくり聞かせてください」
◇
報告を始めて、しばらく経った。
受付の職員は、書類にペンを置いたまま動かなくなっていた。
「……すみません。少し確認してもよろしいですか?」
「はい」
「古代の遺跡を発見して、中に魔導兵がいて、巨大な……人のような存在が目を覚ましたんですよね?」
「そうです」
「その巨大な存在と一緒に、遺跡の外へ出たと」
「はい」
職員は書類を見直した。
「……それで、その帰り道に魔族と遭遇したんですか?」
「そうです」
「二人組の?」
「はい」
「……なるほど」
職員は一度、深く息を吸った。
「それで、山が壊れたと」
「……ええ」
しばらく沈黙が続いた。
「いや、信じられないのは分かるけどさ」
ロディオが横から口を挟んだ。
「本当にすごいことになってるぞ。あの辺り、道がほとんどなくなっちまったからな」
「……道が、ですか?」
職員の表情が変わった。
「はい。元の道を通れなくなったので、帰りはかなり迂回しました」
エイルが説明すると、職員は急いで別の用紙を取り出した。
「それは早急に知らせる必要がありますね。ほかの冒険者や、山へ入る人がいるかもしれませんので」
「お願いします」
職員は地図を広げ、ロディオに崩落箇所を確認し始めた。話が具体的な道の状況になると、ロディオも説明しやすくなったようで、地図の上に指を走らせた。
「ここの道は完全に潰れてる。あと、こっちの斜面も危なかったな」
「こちらも通れないんですか?」
「俺たちは迂回した。まだ岩が動いてる場所もあったし、あまり近づかない方がいいと思う」
職員は地図に印を付けた。
「分かりました。山へ入る依頼についても確認しておきます」
それから、改めてエイルへ向き直った。
「ところで、山を破壊したという魔族についてですが……」
「大柄な男でした。ディモスと名乗っていました」
「ディモス、ですね」
職員は名前を書き留めた。
「もう一人は?」
「ロザリアという女性の魔族です」
「……ディモスとロザリア」
職員は二人の名前を記録すると、続きを促した。
「それで、山を破壊したのはディモスの方なんですね?」
「はい。巨大な戦斧を使っていました」
「……戦斧ですか?」
「そうです」
職員は地図と書類を見比べた。先ほど聞いた広範囲の被害を、一人の魔族が戦斧で引き起こしたという。魔法による大規模な破壊ならまだ想像できるが、武器を振るって山道を壊したと言われても、なかなか実感が湧かなかった。
「……本当に、そのディモスという魔族が?」
「はい」
「魔法ではなく?」
「魔法も使っていましたけど、最後の攻撃は戦斧でした」
職員は少し考え込んだが、目撃したという事実は記録するしかない。
「……その魔族は、どうなったんですか?」
「死にました」
エイルが答えた。
職員は手を止めた。
「倒したんですか?」
「いえ、そうじゃないんです。最後にすごい攻撃を放ったんですけど、その衝撃に本人まで巻き込まれて倒れてしまって」
「……自分の攻撃で?」
「はい」
職員は、もう一度ディモスの名前を見た。
「では、遺体は現場に?」
「いえ。それが……」
エイルはロディオへ目を向けた。ロディオも少し困った顔をする。
「……ここからがまた面倒なんだよな」
「面倒、ですか?」
「そいつ、一度死んだんだけど、もう一人のロザリアって女が生き返らせたんだよ」
職員が顔を上げた。
「蘇生魔法ですか?」
「そうです。かなり高度な魔法だったと思います」
クラウスが答えた。
職員は納得したように頷く。
「なるほど。上位の蘇生魔法を使える魔族だったんですね」
「……それだけなら、まだよかったんだけどな」
ロディオが呟いた。
「何か問題が?」
「生き返ったら、女の子になってた」
職員のペンが止まった。
「…………はい?」
「だから、でっかい魔族の男が、ちっちゃい女の子になっちまったんだよ」
「……ええと」
職員はロディオを見てから、エイルへ目を向けた。エイルも頷く。
「俺たちも、どうしてそうなったのか分からないんです」
「……本当に?」
「はい」
職員はクラウスとルシエラの方も見たが、二人とも頷いている。どうやら、冗談を言っているわけではなさそうだった。
「……分かりました」
職員は書類へ目を落としたものの、なかなかペンが動かなかった。
「……すみません。もう一度確認させてください」
「はい」
「ディモスという大柄な男の魔族が死亡して、ロザリアという女性の魔族が蘇生させたら、少女になっていた……ということでしょうか?」
「そうです」
「……同じ人物だと分かったんですか?」
「目の前で蘇生されましたし、本人もディモスだと言ってました。持っていた斧もそのままでした」
職員はしばらく考え込み、ようやく書類にペンを走らせた。
「……分かりました。目撃された内容として記録しておきます」
ロディオが小さく笑った。
「それが一番いいと思うぜ。俺たちだって、説明できねえもん」
職員も少しだけ笑った。
「……私も、正直どう記録すればいいのか迷いました」
それから、改めて書類を確認する。
「その二人は今、どこにいるんですか?」
「魔道具を使って、どこかへ消えました」
エイルが答えた。
「……二人とも?」
「はい」
職員は頷き、書類に書き加えた。
少なくとも、二人の魔族は生きている。しかも、一人は山道を破壊するほどの攻撃を放っており、現在の居場所も分からない。蘇生後の姿については理解できなくても、危険な相手がどこかへ移動したという話は放置できなかった。
「……これは、少し大きな問題になりそうですね」
職員は書類を揃えた。
「山道の被害については調査が必要ですし、魔族の件も軍へ報告した方がよいかもしれません」
「軍にも連絡するんですか?」
エイルが尋ねた。
「はい。ギルドだけでは対応できない規模かもしれませんので」
「……そうですか」
エイルは頷いた。
「後日、もう少し詳しいお話を伺うことになるかもしれません。その際は、ご協力いただけますか?」
「もちろんです」
職員は五人の名前を確認して報告書に記入すると、最後にもう一度地図を広げた。
「現地へ調査に行く場合、特に危険な場所はありますか?」
「こっちの斜面だな」
ロディオが地図を指さした。
「大きな岩がいくつも崩れてた。俺たちが通った時も、まだ小石が落ちてきてたから」
職員が印を付けるのを見て、メルディアも地図へ目を向けた。
「……そこだけじゃなくて、こっちも」
メルディアが指さした先は、グランが倒れた場所からそれほど離れていなかった。
「地面が大きく割れてました。近づかない方がいいと思います」
「分かりました。調査に向かう人にも伝えておきます」
メルディアは小さく頷き、それ以上何も言わなかった。グランの墓も、今はあの山の中にある。
◇
五人がギルドを出る頃には、報告を始めてからかなりの時間が経っていた。
「……疲れた」
ロディオが大きく伸びをした。
「山から帰ってきて、まだこんなに喋ることになるとは思わなかったぜ」
「仕方ないだろ。あれだけのことがあったんだから」
エイルが答える。
「それにしても、あの職員、最後の方は何回も同じところ確認してたな」
「俺たちだって、逆の立場だったら確認すると思うぞ」
「……まあな」
ロディオは頷いた。
「巨大な遺跡の兵器に、山を壊す魔族に、少女になる大男だもんな。俺だって信じねえよ」
「自分で見てなかったら、俺も信じなかったと思う」
エイルが言うと、ロディオは笑った。
「だよなあ」
ルシエラとクラウスも、二人の話を聞きながら歩いていた。メルディアは少し後ろからついてくる。
町へ戻ったことで、長い探索がようやく終わったのだと実感できた。山道を探しながら歩いていた時とは違い、今は宿へ戻って休むことだけ考えていればいい。
「……今日はもう、何もしないで休もう」
エイルが言った。
「賛成!」
ロディオがすぐに答える。
クラウスも頷いた。
「そうだね。みんな疲れてるだろうし」
エイルは振り返った。
「メルディアも、それでいいか?」
「……うん」
メルディアは小さく笑った。
「今日は、ゆっくりしたい」
五人はそのまま宿へ向かった。
◇
同じ頃、アーデルの冒険者ギルドでは、先ほどの報告書が改めて確認されていた。
上席の担当者は書類を読み進めながら地図を広げ、冒険者たちが示した崩落箇所を確かめた。
「……この範囲が崩れたというのか?」
「はい。冒険者たちの話では、元の山道はほとんど通れなくなっているそうです」
「落石の注意だけでは済まんな。山へ入る依頼も確認しておいてくれ」
「分かりました」
担当者はさらに書類をめくった。
「……魔族が二名?」
「はい。ディモスとロザリアと名乗ったそうです」
「ディモスとロザリア、か」
担当者は二人の名前を確認した。その下には、魔族との戦闘によって山が破壊されたという証言が続いている。
「……この男の魔族が、自分の攻撃で死亡したのか?」
「はい。その後、もう一人が蘇生させたそうです」
担当者は頷きかけたが、次の一文で手を止めた。
「……蘇生したら少女になった?」
「冒険者五名の証言です」
「……全員が見たのか?」
「はい。何度か確認しましたが、証言は変わりませんでした」
担当者はしばらく黙っていたが、やがて書類を机に戻した。
「……まあ、その辺りは専門家に任せよう」
「はい?」
「蘇生の仕組みまでは、我々には分からん。それより、山道の方が問題だ」
職員は頷いた。
「現地調査を手配してくれ。危険な場所には無理に近づかせるな」
「承知しました」
「それから、この報告は軍にも送る必要がある。地図と冒険者たちの証言を整理しておいてくれ」
「分かりました」
担当者は、もう一度報告書へ目を落とした。古代遺跡の発見だけでも大きな成果だというのに、巨大な存在との遭遇、魔族との交戦、さらには広範囲にわたる山脈の破壊まで含まれている。通常の探索報告として処理するには、あまりにも内容が大きかった。
「……それにしても、ずいぶん妙な探索報告だな」
担当者が呟いた。
職員も苦笑した。
「はい。私も、最初は普通の遺跡発見の報告だと思ったんですけど……」
「それが山の崩壊と魔族の蘇生か」
「……はい」
担当者は小さく息を吐いた。
「まあ、冒険者の仕事というのは何が起きるか分からんものだな」
「本当にそうですね」
職員は書類を受け取り、自分の机へ戻った。
報告書の表題は『グランデル山脈における大規模破壊および魔族遭遇報告』。その下には、五人の冒険者の名前と、交戦した魔族二名の名前が記されている。
ディモスとロザリア。
職員は地図を添え、軍への送付書類をまとめ始めた。まだ現地調査も行われていないため、報告のすべてが確認できたわけではない。それでも、山道の被害については急いで知らせる必要があった。
少なくとも、あの山で何か重大な事件が起きたことは確かだった。