『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
アーデルの冒険者ギルドでは、グランデル山脈の調査結果をまとめる作業が続いていた。
机の上には、冒険者五名から聞き取った報告書と、現地へ向かった調査員の記録が並んでいる。地図も二枚あった。一枚は従来の山道を示したもの。もう一枚には、調査員が確認した崩落や地形の変化が書き込まれていた。
「……これを全部、一つの報告にするんですか?」
若い職員が二枚の地図を重ねようとすると、上席の担当者が手を止めさせた。
「証言と現地調査は分けてくれ。混ぜると、どこまで確かめたのか分からなくなる」
「はい。では、魔族との戦闘については冒険者の証言として……」
「そうだ。調査員が見たのは壊れた山だ。誰がどの攻撃で壊したかまでは、現場から確認できていない」
職員は地図を元の位置に戻し、記録を二つの束に分けた。
通れなくなった山道、崩れた谷、形の変わった尾根、広範囲にわたる倒木。現地調査の記録だけでも紙が何枚も重なり、その地図には、まだ調べられていない場所が白く残っていた。
「軍には、追加の調査が必要だということも伝えた方がいいですね」
「もちろんだ。だが、まずは通行できない経路を知らせる方が先だ。山へ入る者がいるからな」
担当者は、五人の冒険者から聞き取った記録に目を移した。
「……それと、この魔族二人の件だ」
「ディモスとロザリアですね」
「ああ。名前と特徴、それから戦闘の経緯は省かずに載せてくれ」
「蘇生したら少女になった、という部分もですか?」
担当者の視線が、報告書のその一行で止まった。
「……それもだ」
「分かりました」
「ただし、我々が確認した事実のようには書くなよ。あくまで五人の目撃証言だ」
「はい」
職員がペンを走らせる。担当者は、調査前の地図と、崩落を示す印で埋まった地図を見比べていた。
やがて書類がまとまると、現地調査の記録と地図を添えて、王国軍への報告として送り出された。
◇
それからしばらくして、王都の王国軍本部に、アーデルからの報告書が届いた。
ヴィクトル・ハルデン中将は、届けられた書類の表題を見て眉を寄せた。
『グランデル山脈における大規模破壊および魔族遭遇報告』。
「……今度は山脈か」
傍らにいたレオンハルト・フェルゼン少将が、書類を受け取って目を通す。
「アーデルの冒険者ギルドからです。現地調査の記録も付いています」
「例のリューベルとは別件か?」
「場所は離れています。発生した現象も、少なくとも見た目は違いますね」
レオンハルトが地図を広げる。崩落を示す印は山道から外れ、谷の両側、尾根、さらに奥の山腹へと広がっていた。
「……随分と広いな」
ヴィクトルが身を乗り出した。
「これは全部、通行不能になった場所なのか?」
「いいえ。崩落、岩盤の損傷、森林の焼失など、確認された被害の種類が違います。調査員が近づけなかった場所もありますので、正確な範囲は分かっていません」
「ふむ」
ヴィクトルは地図を手元へ引き寄せた。
「それだけの被害で、道の状態を調べに行った者たちは無事だったのか?」
「危険な谷へは踏み込まず、高所から見える範囲を調べたようです。全体の調査は終わっていません」
「賢明だな」
それからヴィクトルは、報告書の別の頁を見た。
「原因は?」
「魔族二名と冒険者たちが交戦したという証言があります。ただ、現地調査で確認できたのは破壊の痕跡までです。どの攻撃がどこを壊したのかは分かりません」
「……魔族が関わっているのか」
ドルガでは火炎魔法の威力が跳ね上がり、リューベルでは何かが地形を削りながら約二十キロ移動したらしい。そこへ今度は、山脈そのものが変わるほどの破壊だ。
ヴィクトルは三つの地名を順に指でなぞった。
「交戦した魔族の特徴は分かるか?」
レオンハルトは証言の頁を開いた。
「一人は大柄な男で、巨大な戦斧を使っていたそうです。もう一人は女性で、回復や防御の魔法を使用したとあります」
「……名前は?」
「ディモスとロザリア。どちらも本人がそう名乗ったそうです」
ヴィクトルの表情が変わった。
「もう一度言ってくれ」
「ディモスとロザリアです」
「四天王と同じ名ではないか」
レオンハルトも頷いた。
「ええ。ディモスは戦斧を使う近接戦闘型、ロザリアは支援魔法に優れるとされています。特徴も合っています」
「同名の別人という可能性は?」
「否定はできません。ただ、両方の名前と特徴が揃っているので、無視はできないでしょう」
ヴィクトルは椅子の背に身体を預けた。
「ミゼリアの次は、ディモスとロザリアか……。四天王が二人も、山中で何をしていた?」
「目的までは分かりません。冒険者たちと遭遇した経緯はありますが、魔族の任務については何も」
「古代遺跡の話もあるな」
ヴィクトルは報告書の前の方をめくった。
山中の遺跡、内部の魔導兵、そこから現れた巨大な存在。話を追うだけでも、通常の冒険者報告とは思えない内容だった。
「……巨大な存在と、その男の魔族が戦ったのか?」
「証言ではそうなっています。男は最後に強烈な攻撃を放ち、巨大な存在は死亡したそうです」
「その攻撃が山の被害と関係していると?」
「冒険者たちはそう考えています。ただ、現場ではそれ以前にも戦闘が行われており、すべての損傷を最後の一撃によるものと断定はできません」
「そうだな」
ヴィクトルは地図を見直した。
「……そのディモスは、どうなった?」
「自分の攻撃に巻き込まれて、死亡したそうです」
「……自分の攻撃で?」
ヴィクトルはしばらく書類を見つめた。
「……四天王が。遺体は確認したのか?」
「ありません」
「……そうか」
ヴィクトルは書類の『死亡』という文字に目を落とした。遺体はない。ならば、まだ確証とは呼べない。
「ですが、報告はそこで終わっていません」
「……まだ何かあるのか?」
「同行していた女魔族が、蘇生魔法を使用したそうです」
「ロザリアが?」
「はい。男の魔族が蘇生された、と五人は証言しています。蘇生後もディモスと名乗り、以前と同じ戦斧を持っていたそうです」
「……なるほど。だから遺体がないのか」
ヴィクトルは頷きかけた。
「ですが、少々問題がありまして」
「問題?」
レオンハルトは一瞬、言葉を選んだ。
「蘇生された男の魔族は、少女の姿になっていたそうです」
「…………何?」
「小柄な少女の姿で蘇生された、と」
ヴィクトルはしばらく黙っていた。
「……蘇生魔法とは、そういうものだったか?」
「少なくとも、私が知る限りでは」
「……そうか」
ヴィクトルは報告書へ目を戻した。
「……それで、可愛かったのか?」
「…………はい?」
「その少女だ」
「……司令官、そこが気になるのですか?」
「いや、あのディモスだぞ。あの大男が少女になったと言われても、想像がつかんだろう」
「報告書には、長い緑髪、赤い瞳、小柄な体格とありますが……可愛らしかったかどうかまでは」
「……そうか」
ヴィクトルは少し考え込んだ。
「……ますます分からんな」
「私もです」
ヴィクトルは報告書を机に置いた。
「……つまり、山を壊すほどの攻撃を放った男が自分も死に、蘇生されたら少女になったという報告なのか」
「はい」
「しかも二人とも、その後どこかへ消えたと」
「転移用と思われる魔道具を使い、現場から離れたそうです」
「…………」
ヴィクトルは、机の上にあるドルガとリューベルの報告書へ目をやった。
「……以前なら、真面目に取り合わなかったかもしれんな」
「ええ。ただ、山が広い範囲で破壊されていること自体は、調査員が確認しています」
「分かっている。蘇生の話まで証明されたわけではないが、証言を捨てる理由もない」
ヴィクトルは報告書を手に取り直した。
「ところで、この話をしている冒険者は何者だ? 五人とも現場から帰っているのか」
「はい。五名とも帰還し、同じ事件について聞き取りを受けています」
「四天王らしき魔族が二人いて、よく生きて帰ったものだな」
レオンハルトは証言者の一覧へ目を落とした。
「名前も記録されています。エイル、ルシエラ、メルディア……」
レオンハルトの指が止まった。
「……また、メルディアが」
「どうした?」
「私の姪です。リューベルの報告に名前があった時、ギルドを通じて本人だと確かめています」
「姪御が、今度は山脈にもいたのか?」
「そのようです。……ただ、気になるのは彼女だけではありません」
レオンハルトは残りの二人の名前を見た。クラウス、ロディオ。リューベルの証言者にも、確かこの二人がいた。
「司令官。リューベルの資料は、まだありますか」
「先日の調査報告か?」
「はい。現地調査の結果ではなく、その前の冒険者たちの証言です」
ヴィクトルは部下に声を掛け、保管していた報告書を持ってこさせた。
しばらくして運ばれてきた書類には、旧放牧地で魔族と交戦した冒険者五人の証言がまとめられていた。
レオンハルトは最初の頁を開き、記載された名を一つずつ確かめていった。
「エイル……ルシエラ……メルディア……」
彼はアーデルの報告書を隣に並べた。
「クラウス、ロディオ。全員一致しています」
「……何だと?」
「両方の事件に関わったのは、同じ五人です」
ヴィクトルは二つの報告書を見比べた。
リューベルでは、四天王ミゼリアと思われる女魔族が姿を消し、二十キロ先まで異常な痕跡が続いていた。グランデル山脈では、ディモスとロザリアを名乗る二人と交戦し、地形が変わるほどの破壊が残された。
どちらの証言者欄にも、同じ五つの名前が並んでいる。
「……また、あの五人か」
ヴィクトルが呟いた。
「リューベルで四天王と戦っただけでも妙な話だったが、今度は二人か」
「魔族が四天王本人かは未確認ですが、五人の名前は一致しています」
「ああ。そこは疑いようがないな」
ヴィクトルはリューベルの報告書をめくった。
「……そういえば、向こうでも聖女の防御魔法について話が出ていたな」
「ええ。ミゼリアと思われる相手の攻撃を、特殊な防御でしのいだという証言です」
「今回も防御魔法を使っているのか?」
「こちらにも、五人が大きな攻撃を防いだという記述があります」
「ふむ……」
「……この五人が四天王を追っているのか。それとも、四天王の方が五人を追っているのか」
「山脈では遺跡探索中に遭遇したとあります。どちらかが追跡していたという証言はありません」
「では、二度とも偶然か?」
レオンハルトは答えず、二つの報告書を並べ直した。被害図と証言欄が隣り合う。
「そもそも、私たちは戦いの結果ばかり読んでいます」
「結果?」
「二度とも五人は生還した。相手には異常が起きた。ですが、その直前に何が行われたか、記録が抜けています」
ヴィクトルはリューベルの報告書をめくった。
「聖女の防御魔法は書かれているぞ」
「山脈でも似た防御があったようです。ただ、それ以外に誰が何の技能を使ったのか、どの順序で使ったのかは整理されていません。戦闘中の支援魔法についてもです」
「……その防御魔法に仕掛けがあると?」
「それも分かりません。五人の誰かが使った技能かもしれないし、魔族自身の能力に原因があるのかもしれません。今の報告では比べようがないのです」
レオンハルトは白紙を一枚取り出し、三つの項目を書いた。
『使用技能』『発動順序』『使用者と対象』
「この三点を、目撃したことと推測を分けて確認したいのです。魔法に詳しい証言者から話を聞きたいと思います」
「……姪御か?」
「はい。あの子は昔から魔法や歴史の本を好んでいました。現場で何を見て、どう考えたのか、本人に聞いてみたいのです」
「それに、平民ではないな。王都の軍本部に招くには都合がいい、というわけか」
「ええ。貴族の家に育ち、王都にも縁がありますから。話を進めやすいでしょう」
ヴィクトルは少しの間、レオンハルトを見ていた。
「よし。ただし、身内だからと特別扱いはするな。協力も強制するなよ」
「承知しています。まずはギルドを通じて本人の意向を確かめます」
レオンハルトは白紙を裏返し、調査依頼の書面を書き始めた。
ヴィクトルは机上の地図へ目を向けた。北のリューベルと南のグランデル山脈。離れた二つの土地に、同じ五人がいた。
「……また同じような報告が来る前に、確かめたいものだな」
レオンハルトは依頼書の宛先に『アーデル冒険者ギルド』と記し、その下に『メルディア』と書き添えた。