『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
それから数日。
エイルたちは、薬草採取やゴブリン退治などの依頼をこなしながら、少しずつ冒険者としての経験を積んでいた。
最初の頃のように、敵を見た瞬間に全員が動いてぶつかることも減った。
エイルが前に立つ。
ロディオが周囲を警戒しながら横へ回る。
メルディアが後方から魔法を撃ち、クラウスが全員の状態を見る。
そしてルシエラが《光と闇の祝福》を使う。
まだ熟練したパーティーとは言えない。
それでも五人の間には、少しずつ自分たちなりの戦い方ができ始めていた。
「これ、どう?」
冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、ロディオが一枚の依頼書を指差した。
エイルが横から覗き込む。
「オーク三体……東の森か」
「ゴブリンより一段上ですね」
クラウスが言った。
受付へ持っていくと、職員も少し表情を改めた。
「受けるのは構いませんが、オークはゴブリンと同じつもりで相手をしないでください。力がまるで違います」
「そんなに?」
ロディオが尋ねる。
「特に正面からの打ち合いは避けた方がいいです。棍棒をまともに受ければ、軽傷では済まないこともあります」
エイルは頷いた。
「分かりました」
最近はゴブリンなら、それほど苦戦しなくなっている。
だからといって、自分たちが急に強い冒険者になったわけではない。
そのくらいは全員分かっていた。
東の森へ入り、しばらく探索する。
先頭を歩いていたロディオが手を上げた。
全員が足を止める。
「いる」
声を落として、木々の向こうを示す。
少し離れたところを、大きな影が歩いていた。
人間より二回りは大きい。
太い腕。
分厚い胴体。
手には、丸太を削ったような棍棒を握っている。
「……あれがオーク」
ルシエラが小さく呟いた。
ゴブリンとは、見ただけで圧迫感が違った。
ロディオが周囲を確認する。
「今見えるのは一体だけ」
メルディアが杖を握った。
「三体同時よりはいい」
エイルは剣を抜く。
「いつも通りで行こう」
「はい」
ルシエラも杖を握る。
「《光と闇の祝福》」
淡い光が周囲に広がった。
エイルは身体が少し軽くなるのを感じる。
何度も使っている、いつもの感覚だった。
「行くぞ!」
エイルが前へ出る。
オークがこちらに気づいた。
低い唸り声を上げ、棍棒を構える。
エイルは振り下ろされた棍棒を横へ避け、その腕へ剣を振るった。
刃は当たった。
だが、浅い。
「硬っ……!」
ゴブリンなら十分に動きを鈍らせられる一撃だった。
オークはほとんど怯まず、棍棒を横薙ぎに振るう。
エイルが慌てて下がった。
その横からロディオが飛び込む。
短剣を脇腹へ走らせ、すぐに離れる。
「全然止まらないぞ!」
「下がって!」
メルディアが杖を向けた。
「《ファイヤーボール》!」
火球がオークの胸へ直撃する。
炎が弾けた。
オークが一歩よろめく。
だが、倒れない。
煙の向こうから、怒りに満ちた顔が現れた。
「まだ来る!」
メルディアの声と同時に、オークが駆け出した。
エイルが前へ出る。
「俺が止める!」
振り下ろされた棍棒を剣で受けた。
その瞬間。
「ぐっ――!」
重い。
腕だけでは支えきれない。
エイルの身体が大きく弾かれ、そのまま地面を転がった。
「エイル!」
ルシエラの声が響く。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……!」
エイルは起き上がろうとした。
だが、腕が痺れている。
すぐには立てない。
その間にもオークが近づいてくる。
棍棒が持ち上がった。
クラウスはまだ距離がある。
ロディオは反対側。
メルディアも次の魔法を準備している。
間に合わない。
「エイル!」
ルシエラが走った。
考えるより先に身体が動いていた。
倒れているエイルの前へ飛び出す。
オークの棍棒が振り下ろされる。
「《絶対防御領域》!」
白い光が広がった。
次の瞬間。
棍棒がルシエラを捉えた。
「ルシエラ!」
エイルの顔から血の気が引いた。
あの棍棒だ。
剣で受けた自分でさえ、地面を転がされた。
まともに身体へ当たれば――。
「……え?」
ルシエラが目を開けた。
その場に立っている。
倒れていない。
痛みもない。
「……痛く、ないです」
自分の肩に触れる。
腕を動かす。
身体のどこにも異常はない。
ロディオが目を見開いた。
「今の食らって?」
メルディアも固まっていた。
「本当に……?」
オークが再び棍棒を持ち上げる。
「あとで驚け!」
エイルが叫んだ。
その声で全員が我に返った。
エイルも立ち上がる。
まだ腕に痺れは残っている。
それでも動けないほどではない。
「ルシエラ、下がって!」
「はい!」
ルシエラが離れる。
エイルが再び前へ出た。
ロディオも反対側から回り込む。
オークがどちらを狙うか迷った、その一瞬。
「メルディア!」
「分かってる!」
火球が飛ぶ。
今度は顔の横で爆発した。
オークが大きく仰け反る。
「今!」
ロディオが脚へ短剣を走らせた。
巨体がぐらつく。
エイルは踏み込む。
「はあっ!」
剣を振り抜いた。
オークが低い唸り声を上げ、そのまま地面へ倒れる。
「……倒した」
エイルが息を吐いた。
だが、休んでいる暇はなかった。
森の奥から枝の折れる音がした。
ロディオが顔を上げる。
「来る!」
木々の向こうから、二体のオークが姿を現した。
依頼にあった残りの二体だ。
「続けて二体かよ!」
エイルが剣を構える。
さっきは一体を相手にするだけで、あれほど苦戦した。
今度は二体。
二体のうち一体が地面を蹴った。
棍棒が振り下ろされる。
エイルは剣を合わせた。
重い衝撃。
「――っ」
だが。
エイルは踏みとどまった。
「……あれ?」
重い。
間違いなく重い。
それなのに、さっきのように身体ごと吹き飛ばされない。
「エイル、右!」
ロディオの声が飛ぶ。
エイルは身体を引いた。
二体目の棍棒が目の前を通り過ぎる。
その動きも、さっきより見やすい。
ロディオが背後へ回る。
「こっちだ!」
オークが振り返る。
「《ファイヤーボール》!」
そこへメルディアの火球が直撃した。
炎が弾ける。
オークの巨体が大きく揺れた。
「……効いてる」
最初に撃ったときより、手応えがある。
「ルシエラ!」
「はい!」
ルシエラは杖を握りしめた。
エイルが吹き飛ばされた姿が、まだ頭から離れない。
「みんな、怪我しないで……!」
お願いだから。
誰も傷つかないで。
エイルが一体を引きつける。
ロディオがもう一体の横へ回る。
メルディアの魔法が隙を作る。
クラウスは前へ出すぎず、全員の状態を見る。
エイルの剣が棍棒を逸らした。
「ロディオ!」
「任せろ!」
短剣が脚へ入る。
オークが体勢を崩した。
そこへエイルが踏み込む。
二体目が倒れる。
残った一体が棍棒を振り回した。
エイルは距離を取った。
攻撃を空振りさせる。
メルディアが魔法を撃ち込む。
ロディオが隙を作る。
エイルが前へ出る。
そして数分後。
三体目のオークも地面へ倒れた。
森が静かになった。
五人はしばらくその場から動かなかった。
「……終わった?」
ルシエラが小さく聞く。
ロディオが周囲を見回す。
少し待ってから、ようやく息を吐いた。
「たぶん、これで三体」
「たぶんでは困りますよ」
クラウスが言ったが、本人も肩で息をしていた。
エイルは剣を下ろした。
「後の二体……思ったより戦えたな」
「俺も思った」
ロディオが腕を振りながら言う。
「最初の一体のときは、どうなるかと思ったけど」
「慣れたのもあるかも」
メルディアが答えた。
その横でクラウスがルシエラを見る。
「その前に、ルシエラさん。本当に怪我はありませんか?」
「あ、はい」
ルシエラは腕を上げてみせた。
「どこも痛くないです」
「一応、確認します」
クラウスが近づく。
服の上から分かる範囲でも腫れはない。
ルシエラ自身も痛みを訴えない。
あれだけの一撃を受けたのに、本当に何ともない。
エイルは改めて、ルシエラを見る。
「すごいな……《絶対防御領域》」
名前は知っていた。
強い防御スキルなのだろうとも思っていた。
だが、オークの棍棒をまともに受けて無傷というのは、想像していた以上だった。
「私もびっくりしました」
ルシエラ自身が一番不思議そうだった。
「絶対防御っていうくらいだから、強いとは思ってましたけど……」
「強いっていうか、今のはちょっと反則じゃない?」
ロディオが言う。
「それは褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
ルシエラが少し笑った。
メルディアは黙ったまま、ルシエラを見ていた。
やがて口を開く。
「このスキル、ちゃんと調べた方がいい」
「調べる?」
「どのくらい防げるのかとか。実戦で初めて使っただけだから、分からないことが多い」
「なるほど……」
「ただし」
クラウスが先に口を挟んだ。
「ルシエラさんへ攻撃して確かめるのは反対です」
メルディアが彼を見る。
「まだ何も言ってない」
「言いそうでした」
「言ってない」
「顔に出ていました」
「出てない」
ロディオが吹き出した。
エイルもつられて笑う。
張り詰めていた空気が少し緩んだ。
「安全に調べられるなら、私も知りたいです」
ルシエラが言った。
「せっかく貰ったスキルですし。ちゃんと使えた方が、みんなを守れますから」
「それなら、町に戻ってから考えよう」
エイルが言う。
まずは依頼を終わらせる必要がある。
五人は討伐の証明になる部位を回収し、少し離れた安全な場所で休憩を取った。
そこでメルディアが、自分の状態を確認して動きを止めた。
「……二つ上がってる」
「何が?」
ロディオが聞く。
「肉体レベルと職業レベル」
エイルも自分の状態を確認する。
「本当だ。俺も二つ」
「僕もです」
クラウスも同じだった。
ロディオも、ルシエラも確認する。
五人とも、肉体レベルと職業レベルがそれぞれ二つ上がっていた。
「二レベル……?」
メルディアが小さく呟く。
「多いの?」
ルシエラが尋ねた。
「分からない。オーク倒したの初めてだし」
ロディオが首を傾げる。
「じゃあ普通?」
「たぶん。ゴブリンよりずっと強かったし、私たちもまだレベル低いから、これくらい上がっても変じゃないと思う」
「そっか」
エイルは自分の手を握ってみる。
確かに身体が軽い。
力も増している。
「じゃあ、後の二体が楽だったのは?」
「レベルが上がったからじゃない?」
メルディアが答える。
「いつ上がったかは分からないけど」
「なるほど」
それなら話は通る。
初めて戦ったオークは強かった。
その分、経験も多かった。
エイルたちは、そう納得した。
ルシエラも自分の状態を見ながら、嬉しそうに笑っていた。
《光と闇の聖女》の職業レベルも上がっている。
「私も、もう少しみんなの役に立てるようになったのかな」
「今日だけでも十分役に立ってるよ」
エイルが言った。
あのときルシエラが飛び込んでくれなければ、どうなっていたか分からない。
「本当に助かった」
「……はい」
ルシエラは少し照れたように笑った。
怖かった。
エイルが倒れたときは、本当に怖かった。
けれど、自分のスキルで守ることができた。
それが何より嬉しかった。
五人は休憩を終えると、町へ向かって歩き出した。
初めての格上。
楽な戦いではなかった。
それでも勝てた。
少しずつ。
自分たちは冒険者として強くなっている。
五人とも、そう思っていた。