『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
魔王城からの召集命令が届いた時、ガルベルトはドルガの修復中の城壁を見上げていた。
《ブラストフレア》で吹き飛ばした区画には足場が組まれ、兵士たちが石材を運んでいる。占領は完了したものの、城壁はまだ完全には戻っていない。
「……俺とヴェルナーを、二人とも呼ぶのか」
書面には、異常強化の報告と再現試験の記録を持参するよう記されていた。ヴェルナーも目を通し、難しい顔をする。
「陛下も、山脈で起きた件と比較されるおつもりでしょう。ただ、二人同時にドルガを離れるとなると……」
「王国軍が動くかもしれん。分かっている」
ガルベルトは直ちに留守を預かる指揮官を呼んだ。城壁の修復区画、部隊の配置、斥候の報告経路、緊急時の指揮権を一つずつ引き継ぐ。敵が近づいても、守備を崩して追撃しないこと。異常な強化が再び起こることを前提に戦わないことも命じた。
「我々が戻るまでは防衛を優先しろ。何かあれば、定めた経路で報告を送れ」
「承知しました!」
残る兵力と備えを確認し、ガルベルトはようやくヴェルナーへ向き直った。
「行くぞ。早く戻るためにも、さっさと原因を見つけねばな」
「……会議一回で見つかるとよいのですが」
ヴェルナーの返事は、どうにも歯切れが悪かった。
◇
魔王城の会議室に入ったガルベルトは、四天王の席を見て足を止めた。
ミゼリアとロザリアの隣に、長い緑髪の少女が座っている。赤黒い二本の角を生やし、腕を組んだ姿はやけに偉そうだ。足は椅子の下で宙に浮いていた。
「陛下。四天王の会議と伺っておりましたが」
「そうだ。全員揃ったな」
「では、そちらの美しいお嬢さんは?」
少女が得意げに胸を張った。
「ふはは! ガルベルトよ、なかなか見る目があるではないか!」
ガルベルトの笑顔が固まる。
「……その物言い。まさか、ディモスか?」
「うむ! 俺だ!」
「…………」
ガルベルトは少女を見つめ、それからロザリアへ視線を送った。ロザリアは黙って頷いた。
「……失礼した。美しいお嬢さんではなかったようだ」
「何を言う。美しいのは間違っておらんだろう!」
「そこは否定せんのか!」
ヴェルナーも一度だけ目を見開いたが、何も言わず席に着いた。グラディオは既に額へ手を当てている。
「本人だ。詳しい事情はこれから話す。……できれば、同じ説明を何度もさせないでくれ」
「陛下、俺自身にも分からんことが多いぞ!」
「それは知っている」
グラディオは全員が座るのを待ち、机に並んだ報告書を指した。
「各地で起きた能力の異常について、原因と対策を決めたい。まずドルガだ。ガルベルト、頼む」
◇
ガルベルトはハルツとドルガでの《ブラストフレア》の威力差と、一般兵まで身体能力が高まったことを報告した。占領後にはヴェルナーと再現試験を重ねたが、同じ異常は起きていない。
「ドルガの周辺では古戦場の遺構が見つかっております。条件次第で、そこに残った力が作用するのではないかと」
「その条件は分かったのか?」
「……まだです」
ガルベルトの声が少し小さくなる。
「ただ、遺構は実在します。そこは確認できております」
「試験では場所や兵の配置、使用魔法も変えましたが、異常は再現できませんでした。古戦場が原因だという証拠には、まだ届いていません」
「じゃあ、何か足りなかったんじゃない?」
ミゼリアが首を傾げた。
「だから、その条件を探しているのだ」
ガルベルトが答える。
「古戦場の力を引き出す、何らかの条件が――」
「その条件、土地にあるとは限らないでしょう?」
「……それはそうだが」
二人が話す横で、ヴェルナーは試験記録の余白に一つ項目を書き加えた。
『交戦相手』
「遺跡なら、山脈にもありました」
ロザリアが口を開くと、ガルベルトの表情が明るくなった。
「おお! そちらでも遺構が関係しているのか」
「可能性はあります。ただ、神魔大戦の古戦場だったとは分かりません。私は遺跡周辺の魔力的な影響を疑っています」
「なるほど。ならば土地の力という点は同じだな!」
「似てはいますが、同じものかどうかは……」
「違うぞ、ロザリア」
ディモスが自信満々に割り込んだ。
「あれは巨人グランの重力魔法だ。俺の《アースアーマー》が重くなりすぎて、身動きが取れなくなった!」
「だから、その魔法を実際に見たのですか?」
「見ておらん。しかし、あの重さを味わったのは俺だ」
「鎧そのものが重くなっていた可能性もあるでしょう」
「俺が作った鎧だぞ。使い方は分かっておる」
「では、なぜ動けなくなったのです?」
「だから、グランの重力魔法だと言っておる!」
ロザリアが頭を抱えかけたところで、ミゼリアが手を挙げた。
「外から何かをされたっていうなら、私も心当たりがあるわ」
「ほう。ミゼリアもか?」
ガルベルトが身を乗り出す。ようやく別の証言がつながるのかもしれない。
「聖女が胸に下げていた、緑色の石よ。あれが光った直後、気づいたら遠くへ飛ばされていたの」
「……石?」
「そう、石」
「その石も古い遺構のものなのか?」
「知らないわよ。聖女のペンダントだもの」
ガルベルトは机に広げかけた古戦場の資料を、そっと閉じた。
「何だ。関係ないのか」
「あるかもしれないでしょう? 聖女の魔道具かもしれないし、あの子自身が転移魔法を使ったのかもしれないわ」
グラディオが口を挟んだ。
「転移した瞬間は見たのか?」
「それは見てないけど、あんな遠くまで普通に移動できるわけないもの」
「俺は飛ばされておらんぞ」
ディモスが不服そうに言った。
「お前の話は聞いてないのよ!」
「む? 外から何かをされたという話ではなかったか?」
「そういう大雑把な話じゃないわ!」
グラディオは四人を見渡した。全員が自分の経験を話しているはずなのに、議論するほど別の原因が増えていく。
「……ヴェルナー。ここまでで何が分かった?」
「少なくとも、全員が同じ現象を説明しているわけではない、ということです」
「それは俺にも分かった」
◇
「まだ肝心な報告が残っておるぞ」
ディモスが楽しそうに胸を張った。
「俺は《天地断砕》で死んだのだ!」
「……何?」
ガルベルトの顔色が変わった。
「敵に討たれたのではないのか?」
「俺が放った一撃の熱と衝撃に、俺自身が呑み込まれた。見事な威力だったぞ!」
「……自分の奥義で、自分が死んだのか?」
「うむ!」
「《天地断砕》は、そんな自滅覚悟の技だったか?」
「まさか! 普段は死なん。俺が自分の技の威力を知らぬはずがなかろう」
ガルベルトはロザリアを見た。ロザリアは疲れた顔で頷いた。
「死亡は確認しました。私が蘇生しなければ、そのままでした」
「なるほど……いや、なるほどではないな」
ヴェルナーが記録に印を付けた。
「普段は使用者を巻き込まない奥義が、今回は本人の想定を超える広がりを見せた。そうですね?」
「そうだ。グランほどの相手だからこそ、全力を出せたのだ!」
「相手が強いことと、技の出力が予測を超えた理由は別です」
「だが、グランは倒したぞ?」
「使い手も死亡しておりますが」
「うむ。それほどの一撃だった」
「軍としては、敵一体と引き換えに四天王を一人失った計算になります」
「俺のことか?」
「ほかに誰がいるのですか」
ロザリアが大きく頷いた。ディモスだけが不思議そうに首を傾げる。
「だが、こうして生きておるぞ」
「私が《パーフェクトリザレクション》を使ったからです!」
ロザリアは思わず声を張り上げた。
「しかも、術式の反応まで普段と違ったんです。蘇生は成功しましたが、身体まで変わるなんて聞いたことがありません」
「うむ。おかげで美しくなった」
「そこを評価しているのではありません!」
「待て、ロザリア」
ガルベルトが真剣な顔で口を挟む。
「今の話では、ディモスの奥義だけでなく、お前の蘇生魔法まで異常だったのか?」
「はい。ですから私は、山脈の遺跡が――」
「やはり遺構の影響が!」
「まだ決まっていません!」
「俺はグランの重力魔法も捨てがたいと思うぞ」
「どうして奥義と蘇生にまで、巨人の重力魔法が関わるのよ?」
ミゼリアに尋ねられ、ディモスは少し考えた。
「……見事な使い手だったからな!」
「答えになってないわ!」
「お前の転移魔法よりは、実際に戦った相手の話だぞ」
「私は実際に飛ばされたの!」
「……待て」
グラディオが口を挟んだ。
「そもそも、奥義の出力と鎧の重さと蘇生の異常を、全部同じ原因で説明できるのか?」
四人が一斉に口を開きかける。
「一人ずつでいい」
グラディオは慌てて付け加えた。
◇
ヴェルナーは報告書を机に並べ、四人が直接見たことと、その解釈を切り分けた。
ガルベルトの魔法は普段より強く、兵士たちも強化されていた。ミゼリアは聖女の近くで石が光るのを見て、意識を失った後に遠方で目覚めた。ディモスの装甲は異常に重く、奥義は本人まで殺すほどの威力になった。ロザリアの蘇生術式も通常とは違う反応を示した。
一つの原因かどうかは分からない。古戦場も、遺跡も、巨人の魔法も、聖女の石も、現状では断定できない。ヴェルナーがそう結論づけると、ガルベルトが腕を組んだ。
「つまり、古戦場説を捨てる理由はないな」
「聖女の石も否定されてないわね」
「重力魔法もだな!」
「遺跡の影響も残っています」
四人とも、妙に満足げだった。
グラディオは静かに目を閉じる。
「……なぜ全員、自分の説が認められた顔をしている」
ガルベルトは真顔で答えた。
「否定されておりませんので」
「そういう意味ではない」
原因の特定は一向に進まなかったが、四天王たちの自信だけはまったく揺らいでいなかった。
◇
「よし。原因の話は一度やめる」
グラディオは会議の目的を、軍の対策へ切り替えた。
「同じことを繰り返さぬために、今後どうすべきだと思う?」
「ドルガの遺構調査を続けるべきです。再現条件が判明するまでは防衛を優先します」
ガルベルトの答えに、グラディオは頷いた。ようやく軍事的な話になった。
「私は聖女にもう一度会いたいわね。石も、防御領域も、確認したいことが多いもの」
「ミゼリア。未確認の術で飛ばされた相手へ、また近づくのか」
「だから確かめたいのよ」
「俺も試してみたいことがある」
ディモスが手を挙げた。
「《天地断砕》の威力が変わった条件だ。もう一度使えば、何が違うか分かるかもしれん」
「駄目です」
ロザリアが即答した。
「今の身体の状態も分からないのに、何を考えているんですか!」
「危険な実験なら、十分に距離を取ればよいだろう?」
「あなたが距離を取っても、あなたの奥義からあなたは逃げられないでしょう!」
「む……ならば、ガルベルトに離れて見てもらうか」
「俺を巻き込むな!」
ガルベルトが即座に断る。
「そうか。ではロザリアが――」
「私を蘇生の準備要員にしないでください!」
「待て、待て!」
グラディオの声が響いた。
「誰も奥義の実験を許可していない!」
会議室がようやく静かになった。
「今後の西進は見合わせる。ドルガは現行の守備体制を維持しろ。異常な強化を期待した作戦も、命を危険にさらす再現試験も禁じる。調査は、安全に確認できる範囲で進める」
「承知しました」
ガルベルトは即座に頭を下げる。四天王としても将軍としても、軍の判断と自分の仮説は別だ。
「陛下、ドルガの指揮は出発前に引き継いでおります。ただ、私とヴェルナーの不在を王国軍に知られれば、攻勢に出るかもしれません」
「分かっている。用件が済んだら速やかに戻れ」
「はっ」
グラディオは最後に、各事件の追加調査を命じた。ようやく会議が終わりそうになり、ほっと息をつく。
その間もヴェルナーは、机上の報告書から目を離していなかった。
◇
四天王が退出した後、会議室にはグラディオとヴェルナーだけが残った。
「……結局、原因は分からずじまいか」
グラディオの言葉に、ヴェルナーはすぐには答えなかった。四人の主張を書き留めた紙を脇へ寄せ、発生した現象の記録だけを並べ直している。
「ドルガでは、同じ術者の魔法が以前と違う威力を示しました。しかも一般兵まで。ですが、占領後には再現できなかった」
「そうだな」
「山脈では、ディモス様の奥義とロザリア様の蘇生術式が、それぞれ本人の予測を超えた。ミゼリア様の件は、未知の攻撃を受けたという可能性も残ります」
「……何が言いたい?」
「これほど違う現象を、場所だけで比べても分からないのかもしれません」
ヴェルナーは二つの報告書を引き寄せた。
「リューベルとグランデル山脈の五人組は、同じ一行だとお考えでしたね」
「ああ。ロザリアの報告で、ルシエラという名前と防御領域が一致した。だが、あの五人が原因だとはまだ言えん」
「ええ。ただ、同じ相手と戦った二人の四天王が、別々の不可解な経験をしています」
ミゼリアが見た聖女の石。ロザリアが見た防御領域。二人とも、五人全員の技能を確認していたわけではない。共通点はあるが、何が起きたのかを確かめる材料が欠けている。
ヴェルナーはドルガの記録に手を伸ばした。
「もし五人がドルガにもいたなら、三件の見方が変わります」
「……ガルベルトは、その五人を見たと言っていなかったな」
「敵の小部隊まで把握してはいないそうです。ですから、まだ分かりません」
グラディオは三枚の資料を見比べた。古戦場の有無も、相手の技能も、それぞれ異なる。だが、調べるべき人物が一つに絞られるなら、話は別だった。
「五人の足取りを追え、ということか」
「はい。いつ、どこで、誰と戦ったのか。戦闘中にどんな技能を使っていたのか。特に、ルシエラという聖女です」
「なぜ聖女を優先する?」
「二つの戦場で名前が一致し、どちらでも通常の攻撃が通じない防御領域が確認されています。ミゼリア様は、彼女の身につけた石にも注目していた。本人の能力を詳しく調べる価値はあります」
「……分かった。調査を許可する。ただし、何かの犯人と決めつけるな」
「もちろんです。五人が無関係なら、それも確認しなければなりません」
グラディオが頷くと、ヴェルナーは三枚の記録の中央に、小さく名前を書き込んだ。
ルシエラ。
「……妙ですね」
「何がだ」
「今日の会議で、皆様の仮説は一つも一致しませんでした」
ヴェルナーはその名前を見つめた。
「ですが、証言を突き合わせるほど、同じ聖女の名前が残るのです」