『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』 作:深空 律
翌日。
五人は冒険者ギルドの裏手にある訓練場へ来ていた。
「それで、何するんだ?」
ロディオが並んだ木製の訓練標的を見ながら聞く。
メルディアは杖を片手に答えた。
「昨日分からなかったことを調べる」
「《絶対防御領域》?」
ルシエラが聞く。
「それも。あと《光と闇の祝福》」
「祝福も?」
エイルが首を傾げた。
今まで何度も使っている。
少し身体が軽くなって、力も出しやすくなる。
そういうスキルだと思っていた。
「昨日、後半は明らかに動きやすかった」
メルディアが言う。
「レベルが二つ上がってたから、それが一番大きいと思う。でも、ルシエラの職業レベルも上がってる」
「職業レベルが上がれば、スキルも強くなる」
クラウスが頷いた。
「そういうことですね」
「だから確認する」
メルディアは木製の標的を指した。
「まず私の《ファイヤーボール》。祝福なしで撃つ」
「壊していいの?」
ルシエラが心配そうに聞く。
「訓練用だから大丈夫。壊したら弁償だけど」
「えっ」
「たぶん壊れない」
「たぶんなんですね……」
メルディアは気にせず、標的から距離を取った。
杖を構える。
「《ファイヤーボール》」
火球が飛び、木製の標的へぶつかった。
炎が弾ける。
火が消えたあとには、標的の表面に黒い焦げ跡が残っていた。
「これが今の私の普通」
メルディアが振り返る。
「次、祝福」
「はい」
ルシエラが杖を握る。
「《光と闇の祝福》」
淡い光が広がる。
エイルは昨日までより、少し身体が軽く感じた。
気のせいかと思ったが、ロディオも自分の腕を動かしている。
「前より効いてない?」
「俺もそんな感じする」
メルディアは別の標的へ杖を向けた。
「同じように撃つ」
「《ファイヤーボール》」
火球が飛ぶ。
今度は、着弾した瞬間の炎が明らかに大きかった。
ぼん、と低い音が響き、標的が揺れる。
炎が消える。
先ほどより広い範囲が黒く焦げていた。
ロディオが二つの標的を見比べる。
「全然違うな」
「うん」
メルディアも近づいて確認する。
「前より祝福が強くなってる」
ルシエラが自分の杖を見る。
「職業レベルが上がったから?」
「たぶん」
メルディアが答えた。
「普通のスキルと同じなら、職業レベルが上がった影響だと思う」
「じゃあ、私もちゃんと成長してるんですね」
ルシエラは嬉しそうだった。
「みんなをもっと強くできるなら、よかったです」
エイルも頷いた。
昨日の戦闘で後半が楽になった理由も、それなら分かりやすい。
自分たち自身のレベルが上がった。
ルシエラの祝福も強くなった。
両方が重なったのだろう。
「次」
メルディアが言った。
視線がルシエラへ向く。
「《絶対防御領域》」
「はい」
「昨日の攻撃、本当に全然痛くなかった?」
「全然です」
「衝撃は?」
「えっと……」
ルシエラは少し考えた。
「当たったのは分かりました。でも、痛くなかったです」
「もう一回試す?」
メルディアが聞いた。
「駄目です」
クラウスが即答した。
「まだ何もしてない」
「昨日言いましたよね」
「聞いただけ」
「ルシエラさんを標的にするのは禁止です」
「分かった」
メルディアはあっさり引いた。
ロディオが少し意外そうな顔をする。
「珍しく素直だな」
「別の方法があるから」
メルディアは訓練場の隅に置かれていた古い木製標的を指差した。
「これ使う」
クラウスもそれなら異論はないようだった。
標的を運び、ルシエラのすぐ近くに置く。
「ルシエラ、《絶対防御領域》」
「はい」
ルシエラが集中する。
「《絶対防御領域》」
白い光が淡く広がった。
昨日見たものと同じだった。
メルディアは少し距離を取る。
「撃つ」
ルシエラが慌てる。
「私も近くにいますけど!?」
「標的を狙う」
「そういう問題でしょうか!?」
「私も少し離れた方がいいと思います」
クラウスに言われ、ルシエラは何歩か下がろうとした。
「待って」
メルディアが止める。
「ルシエラが離れたら条件が変わる」
「じゃあ私ここなんですか!?」
「大丈夫。ちゃんと外す」
「その言い方が怖いです!」
エイルが苦笑する。
「メルディア、本当に外すなよ」
「標的に当てる」
「そっちじゃなくて」
メルディアは杖を構えた。
「《ファイヤーボール》」
火球が飛ぶ。
標的へ直撃した。
炎が広がる。
ルシエラが思わず目を閉じた。
やがて炎が消える。
「……あれ?」
エイルが標的へ近づいた。
焦げていない。
さっき二つの標的を黒くした魔法が直撃したのに、木の表面には傷一つなかった。
ロディオも横から覗き込む。
「本当に何ともなってない」
メルディアが指で表面を触る。
「熱くもない」
「人だけじゃないんですね」
クラウスが言った。
ルシエラも標的を見ている。
「物も守れるんだ……」
「みたい」
メルディアは標的を掴んだ。
「次、もう少し離す」
数歩離れた場所へ移動させる。
もう一度。
「《ファイヤーボール》」
炎が弾けた。
消えたあとも、標的は無傷だった。
「まだ効いてる」
さらに離す。
もう一度撃つ。
無傷。
さらに離す。
「《ファイヤーボール》」
今度は、標的の表面が黒く焦げた。
「あ」
ルシエラが声を上げた。
メルディアが標的へ近づく。
さっきまでとは違い、きちんと火の跡が残っている。
「ここだと普通に当たる」
ロディオがルシエラと標的の距離を見比べる。
「じゃあ、ずっとどこまでも守れるわけじゃないんだな」
「《領域》だから、範囲があるんだと思う」
メルディアが答えた。
クラウスも頷く。
「十分強力ですけどね」
「オークの一撃を受けて無傷ですからね……」
エイルが言う。
ルシエラは自分の周囲を見回した。
目には何も見えない。
けれど、この辺りまでなら守れるらしい。
「じゃあ、危ない時はみんなに近くにいてもらえばいいんでしょうか」
「たぶん、それが一番分かりやすい使い方」
メルディアが答える。
それ以上は、今の試し方では分からなかった。
どれくらい強い攻撃まで防げるのか。
どんなものまで守れるのか。
細かく調べようとすれば、いくらでも調べられそうだった。
だが、今分かっただけでも実戦では十分役に立つ。
「よし」
エイルが言った。
「今日はこれくらいにしよう。訓練標的もこれ以上焦がしたら怒られそうだし」
全員が、最初にメルディアが焦がした標的を見る。
「……弁償?」
ルシエラが聞く。
「訓練用だから大丈夫」
メルディアが答える。
「さっきは弁償って言ってなかった?」
ロディオが言った。
「壊したら」
「焦がすのは?」
「たぶん大丈夫」
「またたぶんかよ」
その日の午後。
五人は再び依頼掲示板の前に立っていた。
「あ」
ロディオが一枚の依頼書を見つける。
「またオーク」
エイルが見る。
東の森とは別の場所。
街道近くで三体が目撃されている。
「三体か」
昨日と同じ数だった。
クラウスが少し考える。
「昨日戦ったばかりですし、相手としては分かりやすいですね」
「今度は最初から三体でも?」
ルシエラが少し心配そうに聞く。
「油断はしない」
エイルが答える。
「でも昨日よりは戦えると思う」
メルディアも依頼書を見る。
「ちょうどいい」
「何が?」
「本当に強くなったか分かる」
ロディオが笑った。
「結局また実験じゃん」
「依頼」
「はいはい」
五人は依頼を受けた。
街道から少し外れた林で、目的のオークはすぐに見つかった。
三体。
どれも昨日の相手と大きさはそれほど変わらない。
手にしているのも、同じような棍棒だった。
エイルは剣を抜く。
「行こう」
「《光と闇の祝福》」
淡い光が広がる。
オークたちがこちらへ気づいた。
一体が棍棒を振り上げ、突っ込んでくる。
エイルが前へ出た。
昨日と同じような振り下ろし。
剣で受ける。
衝撃が腕へ伝わる。
重い。
だが。
エイルは一歩下がっただけで耐えた。
「いける!」
その横をロディオが抜ける。
二体目がロディオへ棍棒を振る。
「遅い!」
身体を沈めて避け、そのまま脇を駆け抜けた。
「メルディア!」
「見えてる」
杖が向く。
「《ファイヤーボール》!」
火球が一体へ直撃した。
オークが大きくよろめく。
昨日の最初の一体と戦ったときとは違う。
一発一発が、きちんと効いている。
「エイル、そっち!」
クラウスの声。
三体目が横から近づいていた。
エイルが向きを変える。
棍棒を避け、腕へ剣を入れる。
今度は浅くない。
オークが吠えた。
「通る!」
「昨日よりずっとね」
メルディアが次の魔法を準備する。
ロディオが一体を引きつける。
エイルがもう一体を押さえる。
ルシエラは後方で全員を見る。
昨日のように、誰かが一撃で吹き飛ばされることはない。
「こっちは大丈夫!」
ロディオが叫ぶ。
「エイル!」
「分かってる!」
棍棒を避ける。
踏み込む。
剣を振るう。
一体目が倒れた。
残り二体。
昨日なら、ここからも必死だった。
だが今日は違った。
相手の動きが見える。
攻撃を受けられる。
こちらの攻撃も通る。
メルディアの魔法が一体の動きを止め、その隙にロディオが脚を狙う。
体勢を崩したところへエイルが入る。
二体目。
そして最後の一体。
三人で囲み、焦らず攻撃を重ねる。
しばらくして、最後のオークも地面へ倒れた。
エイルは息を吐いた。
「……終わった」
ロディオが短剣をしまう。
「昨日と全然違うな」
「うん」
エイルもそう思った。
同じ三体。
相手の大きさも武器も、昨日と大きくは変わらない。
それなのに今日は、最初から戦えた。
ルシエラが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「みんな、大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「怪我もほとんどありませんね」
クラウスが確認する。
擦り傷程度はある。
だが、治療が必要なほどの怪我は誰にもなかった。
メルディアが自分の状態を確認する。
少しして、エイルも見る。
「今回は上がってないな」
「私も」
ロディオが肩をすくめる。
「昨日みたいに毎回二つ上がったら楽なんだけどな」
「そんなに都合よくはいかないんじゃない?」
メルディアが言った。
「まあ、そうか」
エイルは倒れたオークを見る。
昨日は、最初の一体を倒すだけで必死だった。
今日は三体を相手にして、大きな怪我もない。
「強くなったんだな、俺たち」
エイルが言うと、ロディオが笑った。
「ようやく冒険者っぽくなってきた?」
「まだ始めたばかりですよ」
クラウスが言う。
「そこはもうちょっと乗ってくれてもよくない?」
「油断すると昨日みたいになりますから」
「それ言われると何も言えないな」
ルシエラが笑う。
その手には、いつもの杖が握られていた。
職業レベルが上がって、《光と闇の祝福》も前より強くなった。
《絶対防御領域》も、思っていた以上に頼りになる。
自分の力で、みんなをもっと助けられる。
そう思うと嬉しかった。
「次も頑張りましょう」
ルシエラが言う。
「おう」
エイルが答える。
五人は討伐の証明を回収し、町へ戻った。
昨日まで苦戦していた相手と、今日はきちんと戦えた。
それは五人にとって、十分に分かりやすい成長だった。