『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

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第三章 初めてのダンジョン
第8話 初めてのダンジョン


翌朝。

 

エイルたち五人は、昨日と同じ冒険者ギルドへ来ていた。

 

「本当に行く?」

 

エイルが聞く。

 

ロディオは、目の前に置かれた依頼書を見ながら答えた。

 

「昨日から気になってたし、俺は行ってみたいけど」

 

「昨日は、今日みんなで相談して決めようって話だっただろ」

 

「だから相談してる。俺は賛成」

 

「早いな」

 

五人の前にあるのは、町の北側にあるダンジョンの依頼だった。

 

浅い階層に出る魔物の討伐と、内部で採れる素材の回収。

 

昨日、受付で紹介された仕事だ。

 

メルディアは依頼書を上から順に読み直していた。

 

「討伐数の指定はなし。素材も採れる分だけでいいみたい」

 

「ずいぶん幅がありますね」

 

クラウスが言う。

 

受付の職員が頷いた。

 

「戦争の影響で、ダンジョン関係の仕事が少し滞まっているんです。普段こちらを受ける冒険者の何人かが、街道警戒や軍関係の依頼へ回っていますから」

 

「俺たちでも大丈夫なんですか?」

 

エイルが尋ねる。

 

「浅い階層なら、オークを討伐できる皆さんであれば問題ないと思います。ただ、ダンジョンは野外とは勝手が違います」

 

ルシエラが首を傾げた。

 

「どう違うんですか?」

 

「道が限られています。魔物を避けたくても、別の道がないこともあります。それに、一度戦ったからといって安全とは限りません。すぐ次の魔物に出くわすこともあります」

 

「休めないこともあるってことか」

 

エイルが言う。

 

「そういうことです。奥へ進むほど、戻るのにも時間がかかります。初めてなら、余裕があるうちに引き返してください」

 

ロディオが頷く。

 

「道は俺が見るよ。地図もあるし」

 

職員が少しだけ目を細めた。

 

「目印も残してくださいね」

 

「分かってるって」

 

「深追いもしないでください」

 

「それも分かってる」

 

エイルが笑った。

 

「ずいぶん念を押されてるな」

 

「お前も一緒に聞いてるんだからな」

 

クラウスが依頼書をもう一度見た。

 

「浅層だけにして、危ないと思ったら戻る。それなら僕も賛成です」

 

「私も行ってみたいです」

 

ルシエラが言う。

 

メルディアも頷いた。

 

「実際に入らないと分からないことも多いと思う」

 

「じゃあ決まりだな」

 

エイルが依頼書を受付へ戻した。

 

五人は正式に依頼を受け、町を出た。

 

北へ一時間ほど歩くと、岩肌の露出した丘が見えてくる。

 

その麓には、大きな洞窟の入口が口を開けていた。

 

人が二人並んでも余裕で通れるほど広い。

 

入口の横には簡素な小屋があり、何人かの冒険者が出入りしている。

 

ルシエラが洞窟を見上げた。

 

「思っていたより普通ですね」

 

エイルが横を見る。

 

「何を想像してたんだ?」

 

「もっとこう……入った瞬間から危なそうな雰囲気というか」

 

「物語の読みすぎ」

 

メルディアが言った。

 

ルシエラがそちらを見る。

 

「メルディアだって初めてですよね?」

 

「初めて」

 

「何か想像してなかったんですか?」

 

メルディアは入口を見る。

 

「暗い穴」

 

「ほとんどそのままじゃないですか」

 

冒険者証を確認してもらい、五人はダンジョンへ入った。

 

少し進むだけで、外から差し込む光は弱くなった。

 

ロディオがランタンを掲げる。

 

ごつごつした岩の壁。

 

湿った床。

 

天井から落ちる水滴の音。

 

ルシエラが小さく声を出す。

 

「本当に響きますね」

 

少し遅れて、自分の声が返ってきた。

 

「大声は出さない方がよさそうだな」

 

エイルが言う。

 

「魔物に教えることになるかもしれないし」

 

ロディオは足元や壁を見ながら先頭を歩いていた。

 

「この辺りは結構人が通ってるな」

 

「分かるのか?」

 

エイルも床を見る。

 

「分かる。土が削れてるし、壁にも目印が残ってる」

 

「……言われてもよく分からないな」

 

「じゃあ俺が見ればいい」

 

「前にも似たこと言ってたな」

 

「スカウトだからな」

 

しばらく進んだところで、ロディオが片手を上げた。

 

四人もすぐに立ち止まる。

 

エイルが剣へ手をかけた。

 

ロディオは前方の暗がりを見たまま、小さな声で言う。

 

「何かいる。三体くらい」

 

「何の魔物?」

 

メルディアが尋ねる。

 

「たぶんコボルト。まだこっちには気づいてない」

 

ランタンの光の外で、小柄な影が動いていた。

 

やがて三体が姿を現す。

 

犬に似た頭。

 

小柄な人型の身体。

 

それぞれ短い槍や棍棒を持っている。

 

「実物は初めてだな」

 

エイルが言った。

 

「俺も。図で見たことあるだけ」

 

ロディオも短剣を抜く。

 

その声に気づいたのか、コボルトたちがこちらを向いた。

 

低い唸り声を上げる。

 

「来そうです」

 

ルシエラが杖を握る。

 

「《光と闇の祝福》」

 

淡い光が周囲へ広がった。

 

身体が少し軽くなる。

 

もう何度も経験している感覚だった。

 

「来るぞ!」

 

エイルが前へ出る。

 

一体目の槍を剣で逸らす。

 

その横をロディオが抜け、二体目を牽制した。

 

三体目が前へ出ようとしたところへ、メルディアが杖を向ける。

 

「《ファイヤーボール》」

 

火球が直撃した。

 

爆音が狭い通路に響く。

 

ロディオが思わず顔をしかめた。

 

「うわ、ここだと音がでかいな!」

 

「聞こえてるから叫ばなくていい!」

 

「その魔法の音で耳がおかしくなりそうなんだよ!」

 

言い合っている間にも、エイルは一体目と打ち合っていた。

 

だが、オークほど重くはない。

 

攻撃も見える。

 

棍棒を避け、剣を振る。

 

コボルトが倒れた。

 

ロディオも二体目の武器を横へ弾く。

 

「エイル、こっち手伝えるか?」

 

「ああ!」

 

二人で挟む。

 

残っていた一体も、間もなく動かなくなった。

 

エイルが剣を下ろす。

 

「初ダンジョンの最初の戦闘としては、思ったより普通だったな」

 

ルシエラが聞く。

 

「もっと大変な方がよかったんですか?」

 

「そういう意味じゃないって」

 

クラウスが全員を見回した。

 

「怪我もなさそうですね」

 

「こっちは大丈夫」

 

エイルが答える。

 

ロディオも腕を確認する。

 

「俺も平気」

 

メルディアも問題なさそうだった。

 

五人は討伐の証明を回収し、先へ進んだ。

 

依頼対象になっている素材を壁際で見つけ、採取する。

 

さらに進む。

 

しばらくすると、頭上から羽音が聞こえた。

 

ロディオが反射的に上を見る。

 

「上にいる!」

 

黒い影が四つ。

 

洞窟に棲む大型の蝙蝠だった。

 

一体が急降下してくる。

 

「エイル、剣じゃ狙いにくい!」

 

「見れば分かる!」

 

メルディアが杖を向ける。

 

火球が飛び、一体が床へ落ちた。

 

残りは頭上を旋回する。

 

そのうち一体がクラウスへ向かって急降下した。

 

「クラウス!」

 

ルシエラが声を上げる。

 

クラウスが身を屈める。

 

蝙蝠が頭上を抜けたところへ、ロディオが短剣を振るった。

 

「こいつら、止まってくれないから面倒だな!」

 

「止まったら狙う」

 

「だから止まらないんだって!」

 

「じゃあ落とす」

 

メルディアが次の魔法を放つ。

 

二体目が落ちた。

 

エイルが剣で進路を変え、その先をロディオが仕留める。

 

最後の一体も、少し時間はかかったものの倒すことができた。

 

ロディオが天井を見上げる。

 

「地面だけ見てればいいわけじゃないんだな」

 

ルシエラが少し笑う。

 

「スカウトは大変ですね」

 

「そう思うなら、たまにはみんなも上見てくれよ」

 

「それはそうですね」

 

クラウスまで頷いた。

 

「クラウスまでそっちなの?」

 

再び歩き始める。

 

その直後だった。

 

前の曲がり角から、二体のコボルトが飛び出してきた。

 

エイルが剣を抜く。

 

「本当にすぐ次が来るんだな!」

 

戦闘自体は短かった。

 

だが、終わった頃には全員が少し疲れた顔をしていた。

 

エイルが息を吐く。

 

「受付で言われた意味、分かった気がする」

 

クラウスも頷いた。

 

「一回ごとは大したことがなくても、続けば疲れますね」

 

「SPも無駄に使わない方がいい」

 

メルディアが言う。

 

ロディオが彼女を見る。

 

「さっきファイヤーボール何発撃った?」

 

「三発」

 

「ちゃんと数えてるのか」

 

「自分のSPだから」

 

ルシエラが聞く。

 

「私の技能も数えてたりします?」

 

「必要なら数えるけど」

 

「そこまでしなくて大丈夫です」

 

小さな横道を見つけ、五人は一度休憩を取った。

 

水を飲み、装備を確認する。

 

「このくらいなら、もう少し進んでも大丈夫そうだな」

 

エイルが言う。

 

クラウスは少し考えてから答えた。

 

「余裕があるうちに戻る、という話は忘れないでくださいね」

 

「分かってる。あと少しだけ」

 

休憩を終えて、さらに奥へ進む。

 

今日は深く潜るつもりはない。

 

もう少し素材を集めたら戻ろうと、全員で決めていた。

 

しばらくして、ロディオが足を止める。

 

「この先、少し広くなってる。それと、大きいのが一体いる」

 

「大きい?」

 

エイルがランタンの先を見る。

 

通路の先は小さな広間になっていた。

 

その中央。

 

大きな四足の魔物がいる。

 

蜥蜴に似ているが、普通の蜥蜴より遥かに大きい。

 

背中を覆う灰色の鱗。

 

頭の両側には短い角。

 

メルディアが目を細めた。

 

「たぶんストーンリザード」

 

「知ってるのか?」

 

「依頼の注意書きに似た魔物が載ってた。浅層でも出ることがあるって」

 

「強さは?」

 

「コボルトより上。オークと比べてどっちが強いかまでは分からない」

 

エイルは少し考える。

 

「避けて戻れる?」

 

ロディオが通路を見る。

 

「来た道を戻ればいい。ただ――」

 

ストーンリザードが顔を上げた。

 

こちらを見る。

 

低い唸り声が響く。

 

ロディオが肩をすくめた。

 

「もう気づかれた」

 

エイルは剣を抜いた。

 

「向こうから来るなら、戦おう」

 

全員が構える。

 

ルシエラも杖を握った。

 

「《光と闇の祝福》」

 

淡い光が広がる。

 

直後。

 

ストーンリザードが一気に突進してきた。

 

「速い!」

 

エイルが横へ飛ぶ。

 

巨体がすぐ横を駆け抜けた。

 

壁へ激突する直前で止まり、身体を反転させる。

 

ロディオが側面へ回り、背中へ短剣を当てた。

 

金属を叩いたような音がする。

 

「硬っ!」

 

メルディアがすぐに言う。

 

「背中は鱗が厚い。別の場所を狙った方がいい」

 

「それ先に言ってくれよ!」

 

「今分かった」

 

エイルが正面から注意を引く。

 

ストーンリザードが前脚を振るった。

 

剣で受ける。

 

オークほどではないが、十分に重い。

 

「メルディア!」

 

「撃つ!」

 

火球が横腹へ当たる。

 

炎が弾けた。

 

ストーンリザードが大きく身体を振る。

 

ルシエラが声を上げた。

 

「効いてます!」

 

「でもまだ元気そうだぞ!」

 

ロディオが距離を取る。

 

その時。

 

ストーンリザードが動きを止めた。

 

口を大きく開く。

 

喉の奥に、淡い光が集まり始めた。

 

メルディアの表情が変わる。

 

「まずい。何か撃ってくる!」

 

「避けるぞ!」

 

エイルが叫んだ。

 

だが、五人は広間へ入ったばかりで、まだ近い位置に固まっていた。

 

後ろは細い通路。

 

全員が一度に避けられるだけの幅はない。

 

ルシエラもそれに気づいた。

 

「《絶対防御領域》!」

 

白い光が広がる。

 

「みんな、私の近くへ!」

 

エイルがルシエラの方へ下がる。

 

ロディオも飛び込む。

 

メルディアとクラウスも距離を詰めた。

 

次の瞬間。

 

ストーンリザードの口から、一直線の光が放たれた。

 

視界が白く染まる。

 

ルシエラは思わず目を閉じた。

 

何かが通り過ぎたような感覚はあった。

 

だが。

 

痛くない。

 

熱くもない。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

エイルの声がする。

 

ルシエラが目を開ける。

 

全員立っていた。

 

怪我もない。

 

「大丈夫です!」

 

ロディオが自分の身体を確認する。

 

「本当に何ともないな」

 

エイルも腕を動かした。

 

「やっぱりすごいな、この技能」

 

その直後だった。

 

背後から凄まじい音が響いた。

 

ドォン――!

 

五人が揃って振り返る。

 

石の破片が床へ落ちていく。

 

さっきまであったはずの壁。

 

その一部が、大きく崩れていた。

 

ルシエラが目を見開く。

 

「……え?」

 

ロディオも口を開けた。

 

「壁、壊れてるんだけど」

 

「どうしてですか?」

 

ルシエラが、自分たちと壁を交互に見る。

 

エイルも困惑していた。

 

「さっきの攻撃が、後ろまで届いたってことか?」

 

メルディアはストーンリザードと崩れた壁を見比べた。

 

「領域の中では私たちに何も起きなかった。でも、領域の外に出た先では普通に壁を壊したみたい」

 

ロディオが少し考える。

 

「じゃあ、絶対防御の中にいれば安全だけど、その後ろにいる人まで安全とは限らない?」

 

「少なくとも、領域の外ならそうなる可能性がある」

 

「それ、結構大事じゃないか」

 

「ええっ!?」

 

ルシエラが青くなった。

 

「じゃあ私、誰かを守ったつもりで、その後ろにいる人へ攻撃を通しちゃうこともあるんですか?」

 

「そういう状況はあり得ると思う」

 

メルディアが答える。

 

ルシエラは真剣な顔で頷いた。

 

「気をつけます……!」

 

「その話、あとで続けよう!」

 

エイルが叫ぶ。

 

ストーンリザードが、またこちらを向いていた。

 

クラウスも杖を構える。

 

「まだ倒してませんからね!」

 

「あっ!」

 

ルシエラも慌てて前を見る。

 

二度目の光を撃たれる前に倒す。

 

全員の考えは同じだった。

 

ロディオが横へ回る。

 

エイルが正面で注意を引く。

 

メルディアの火球が腹へ当たる。

 

ストーンリザードが身体を反らした。

 

「エイル、今なら首の下が空いてる!」

 

「分かった!」

 

エイルが踏み込む。

 

硬い背中ではなく、首元。

 

剣が入った。

 

反対側からロディオも攻撃する。

 

巨体が大きく揺れる。

 

それでもストーンリザードは一度踏ん張った。

 

だが、次の一撃には耐えられなかった。

 

そのまま床へ倒れる。

 

しばらく誰も近づかなかった。

 

ロディオが様子を見る。

 

「……動かないな。今度こそ倒したと思う」

 

「思う、なんですね」

 

ルシエラが言う。

 

「初めて見る魔物なんだから仕方ないだろ」

 

「近づいて確認しますか?」

 

「それはエイルに任せる」

 

「なんで俺なんだよ」

 

「前衛だから」

 

「そういう時だけ役割を持ち出すなよ」

 

エイルが慎重に近づく。

 

反応はない。

 

「大丈夫そうだ」

 

ようやく全員が息を吐いた。

 

クラウスはすぐに怪我を確認した。

 

軽い擦り傷程度。

 

治療が必要なほどの傷はない。

 

「結構強かったな」

 

エイルが倒れたストーンリザードを見る。

 

ロディオも頷く。

 

「でも、最初にオークと戦った時ほど無茶苦茶じゃなかったな」

 

「私たちも前より強くなっていますからね」

 

ルシエラが少し嬉しそうに言った。

 

メルディアは自分の状態を確認していた。

 

しばらくして、そのまま表示を見つめる。

 

「……九になってる」

 

エイルが振り返る。

 

「レベル?」

 

「肉体も職業も」

 

エイルも自分の状態を開く。

 

「本当だ。俺も九」

 

「俺もだ」

 

ロディオも確認する。

 

クラウスとルシエラも同じだった。

 

ルシエラは、自分の表示をもう一度見る。

 

肉体レベル九。

 

そして、

 

《光と闇の聖女》職業レベル九。

 

「ダンジョンに入った時は七でしたよね?」

 

「二つ上がったな」

 

エイルが言う。

 

ロディオが今日倒した魔物を思い出す。

 

「コボルトに蝙蝠、それからまたコボルト。最後にこいつだろ。考えてみたら結構戦ってるな」

 

「野外より戦闘回数が多い」

 

メルディアが言った。

 

「最後のストーンリザードも、今までの相手より強かった。これくらい上がってもおかしくはないと思う」

 

クラウスも頷いた。

 

「ダンジョンは経験を積みやすい場所なのかもしれませんね」

 

ルシエラが嬉しそうに自分の表示を閉じる。

 

「じゃあ、今日だけでもかなり強くなったんですね」

 

「そういうことになるな」

 

エイルも笑った。

 

「でも今日はもう戻ろう。十分だろ」

 

誰からも反対はなかった。

 

その時。

 

ロディオが、先ほど崩れた壁を見た。

 

「……ちょっと待って」

 

エイルもそちらを見る。

 

「どうした?」

 

ロディオはランタンを持って、壁へ近づいた。

 

崩れた石の向こう。

 

暗闇が続いている。

 

「これ、ただの穴じゃないぞ」

 

光を向ける。

 

奥には、明らかに人工的な石床があった。

 

左右には整えられた壁。

 

天井。

 

そして、その先へ続く細い道。

 

「通路?」

 

ルシエラが近づく。

 

「みたいだな」

 

メルディアが地図を取り出した。

 

現在地を確認する。

 

壁の向こうを見る。

 

もう一度地図を見る。

 

「載ってない」

 

「本当に?」

 

ロディオも覗き込む。

 

地図の上では、そこはただの壁だった。

 

クラウスが崩れた石を見る。

 

「昔使われていた区画でしょうか」

 

「たぶん」

 

メルディアは、通路の奥を見ていた。

 

ロディオが横から顔を見る。

 

「行きたそうだな」

 

「少しだけなら」

 

クラウスがすぐに釘を刺す。

 

「奥まで行くのはやめましょう。今日は帰ると決めたばかりです」

 

エイルも頷いた。

 

「入口の近くを見るだけ。それで何もなかったら戻ろう」

 

ルシエラも同意した。

 

「それくらいなら大丈夫だと思います」

 

古い通路へ足を踏み入れる。

 

先頭はロディオ。

 

床には埃が積もっていた。

 

今までの通路とは違い、人が通った形跡がほとんどない。

 

ロディオが足元を見る。

 

「本当に誰も使ってないみたいだな」

 

メルディアが後ろから言う。

 

「壁の中に埋まってたんだから当然じゃない?」

 

「そういう意味じゃなくて、長い間って話」

 

「それなら分かる」

 

十数歩ほど進む。

 

通路はすぐ、小さな石室へ繋がっていた。

 

そこで五人は立ち止まった。

 

部屋の中央。

 

ひとつだけ。

 

古びた木箱が置かれている。

 

金属で補強され、大きな錠前がついていた。

 

どう見ても。

 

ロディオが呟く。

 

「……宝箱だよな」

 

エイルも頷く。

 

「どう見てもそうだな」

 

ルシエラが少し目を輝かせた。

 

「初めて見ました」

 

メルディアが言う。

 

「私も」

 

「もっと反応してもいいんじゃないですか?」

 

「宝箱だと思ってる」

 

「思ってるだけなんですね」

 

ロディオが一歩前へ出た。

 

「こういう時こそ俺の仕事だろ。開ける前に罠を見る」

 

クラウスが聞く。

 

「分かるんですか?」

 

「そこは信じてくれよ」

 

しゃがみ込む。

 

箱の周囲。

 

床。

 

蓋。

 

錠前。

 

側面。

 

時間をかけて一つずつ確認する。

 

他の四人は少し離れた場所で待った。

 

やがてロディオが顔を上げる。

 

「少なくとも、俺が見た範囲では罠はなさそうだ」

 

エイルが聞く。

 

「大丈夫そう?」

 

「絶対とは言えない。俺もダンジョンの宝箱を見るのは初めてだから」

 

「急に慎重になったな」

 

「罠の前で自信満々な方が怖いだろ」

 

クラウスが頷いた。

 

「それは確かに」

 

ルシエラは宝箱を見つめる。

 

「開けても大丈夫でしょうか……」

 

ロディオも宝箱を見る。

 

「ちゃんと調べた限りでは、大丈夫だと思う」

 

メルディアが言った。

 

「じゃあ、開けるなら慎重に」

 

「分かってる」

 

ロディオが錠前へ手を伸ばす。

 

古い石室に、金属の小さな音が響いた。

 

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