『味方全員を最強にする聖女、敵まで強化していたことが判明しました』   作:深空 律

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第9話 宝箱には罠はなかった

古い石室の中央。

 

ロディオは宝箱の前にしゃがみ込み、錠前へ細い工具を差し込んでいた。

 

エイルたち四人は、少し離れたところからその手元を見ている。

 

カチ、と小さな音がした。

 

「開いた」

 

ロディオが工具を抜いた。

 

だが、すぐには蓋を開けない。

 

錠前をもう一度確認し、箱の側面へ目を移す。

 

最後に箱の周囲の床まで見回した。

 

エイルが尋ねる。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「念のため。ここまで調べて最後に引っかかったら格好悪いだろ」

 

「格好の問題なんですか?」

 

ルシエラが聞く。

 

「命の問題でもある」

 

「先にそっちを言ってください」

 

ロディオは宝箱から少し身体を離した。

 

そのまま慎重に蓋へ手をかける。

 

ギィ、と古い蝶番が鳴った。

 

四人が身構える。

 

蓋が開ききる。

 

何も起きない。

 

数秒待ってみても、やはり変化はなかった。

 

ロディオが振り返る。

 

「ほら。大丈夫だっただろ」

 

エイルも剣から手を離した。

 

「疑って悪かった」

 

「本当に何もありませんでしたね」

 

クラウスも宝箱へ近づく。

 

ロディオは少し得意そうだった。

 

「ちゃんと調べたからな」

 

「まだ中身を見てない」

 

メルディアが言う。

 

「ちょっとくらい褒めてくれてもいいだろ」

 

五人で箱の中を覗き込む。

 

布袋が二つ。

 

古い銀貨が何枚か。

 

小さな魔石。

 

それから、封のされた薬瓶が三本。

 

ルシエラの表情が明るくなった。

 

「本当に宝箱ですね」

 

エイルが笑う。

 

「だから何だと思ってたんだ?」

 

「宝箱だとは思ってましたよ。でも、実際に開けるところを見るのは初めてですから」

 

「私も初めて」

 

メルディアは魔石を一つ手に取った。

 

しばらく眺めてから箱へ戻す。

 

「これは普通の魔石だと思う。薬はここで開けない方がいい」

 

「ギルドで見てもらうか」

 

エイルが言うと、クラウスも頷いた。

 

ロディオは銀貨の入った袋を持ち上げる。

 

「これ、依頼の報酬より高かったりしないかな」

 

「まだ価値が分からないでしょう」

 

「そういう時くらい夢を見てもいいだろ」

 

中身を荷物へ移していく。

 

空になったところで、ロディオが箱の底を軽く叩いた。

 

「二重底はなさそうだな」

 

エイルが呆れた顔をする。

 

「まだ探すのか?」

 

「せっかくだから最後まで調べる。箱の下に何かあるかもしれないし」

 

ロディオが宝箱の横へ回る。

 

両手をかけ、少し持ち上げた。

 

「重っ……」

 

「手伝おうか?」

 

「いや、ちょっとずらすだけだから」

 

箱の底が石床を擦った。

 

ゴゴ、と低い音がする。

 

その直後。

 

カチッ。

 

五人の動きが止まった。

 

エイルがロディオを見る。

 

「今の音、何だ?」

 

「……俺も聞こえた」

 

ロディオは持ち上げていた箱をその場へ下ろした。

 

まず宝箱を見る。

 

次に足元を見る。

 

メルディアも床へ視線を落とした。

 

「箱から鳴った感じじゃなかった」

 

「じゃあ、どこから――」

 

ルシエラが言いかけた時だった。

 

ゴゴゴゴゴゴ――。

 

今度は石室全体に、重い音が響いた。

 

「何か動いてます!」

 

クラウスが周囲を見る。

 

床に細い隙間が走った。

 

エイルの顔色が変わる。

 

「まずい、下がれ!」

 

五人が動くより早く、隙間が広がった。

 

床が左右へ分かれていく。

 

「うわっ!」

 

足元が消えた。

 

身体が落ちる。

 

すぐに固いものへぶつかった。

 

「痛っ!」

 

そのまま身体が下へ滑り始める。

 

穴の底ではなかった。

 

急角度の石の斜面が、暗闇の中へ続いている。

 

「何だこれええええ!」

 

ロディオの声が響いた。

 

エイルも手をつこうとするが、止まれない。

 

「滑る! 何か掴め!」

 

「何もありません!」

 

ルシエラも必死に身体を起こそうとしている。

 

斜面はさらに急になった。

 

速度が上がる。

 

前方の壁に、小さな穴がいくつも見えた。

 

メルディアが気づく。

 

「壁!」

 

次の瞬間。

 

穴から石の矢が飛び出した。

 

「危ない!」

 

ルシエラが叫ぶ。

 

「《絶対防御領域》!」

 

白い光が広がった。

 

飛んできた石の矢が、そのまま五人のいる範囲へ入ってくる。

 

ルシエラは身を縮めた。

 

だが、痛みはない。

 

次の矢も。

 

その次も。

 

誰にも傷をつけなかった。

 

今度は斜面の脇から刃が飛び出す。

 

エイルが顔を引きつらせた。

 

「これ、落とすだけじゃないのかよ!」

 

「大丈夫です! 領域の中にいてください!」

 

「それは助かってる!」

 

ロディオが斜面を滑りながら叫んだ。

 

「でもこれ、どうやって止まるんだ!?」

 

ルシエラも前を見たまま答える。

 

「私にも分かりません!」

 

「絶対防御で何とかならないの!?」

 

「攻撃を防ぐ技能ですよ!」

 

「そうだった!」

 

急な曲がり角。

 

五人の身体がまとめて外側へ寄せられた。

 

エイルの肩が壁へぶつかる。

 

「痛っ!」

 

クラウスも額を押さえた。

 

「こういうのは普通に痛いんですね……」

 

「今それを確認してる場合ですか!?」

 

ルシエラの声が返ってくる。

 

斜面の先に開けた場所が見えた。

 

「あそこ、終わりかも!」

 

エイルが叫ぶ。

 

次の瞬間。

 

五人まとめて斜面から放り出された。

 

「うわあっ!」

 

石床を何度か転がる。

 

ようやく止まった。

 

しばらく誰も立ち上がらなかった。

 

最初に顔を上げたのはロディオだった。

 

髪も服も埃だらけになっている。

 

「……宝箱に罠、なかったよな?」

 

エイルも身体を起こした。

 

「なかったな」

 

「じゃあ俺、間違ってなかったよな?」

 

メルディアが服についた埃を払う。

 

「宝箱には」

 

ロディオが眉を寄せた。

 

「その言い方、やめてくれない?」

 

ルシエラも起き上がった。

 

「でも、箱を動かしたら床が開きましたよね」

 

「そうなんだよな……」

 

クラウスは落ちてきた方向を見上げる。

 

「箱を動かしたことと、床が開いたことは関係ありそうですね」

 

ロディオも上を見た。

 

「じゃあ、結局あの宝箱を動かしたのが駄目だったのか」

 

エイルが肩を回す。

 

「少なくとも、もう一回動かすのはやめた方がいいな」

 

「もう上にあるけどな」

 

「そうだった」

 

全員の怪我を確認する。

 

擦り傷や軽い打ち身はあるが、大きな怪我はない。

 

クラウスが必要なところだけ簡単に治療した。

 

ロディオは斜面の方へ近づいた。

 

数歩入ってみる。

 

すぐ戻ってきた。

 

「無理だな。ここから登るには急すぎる」

 

エイルも覗き込む。

 

「途中に刃もあったしな」

 

その時、上の方から石の擦れる音がした。

 

五人が見上げる。

 

しばらくすると、さっきまで見えていた上方の明かりが消えた。

 

ロディオが息を吐く。

 

「戻る道まで閉じた」

 

メルディアは周囲を見回した。

 

「他の道を探すしかない」

 

今いる場所には、前方へ続く通路が一本。

 

壁にはひび割れや苔が目立つ。

 

浅い階層で歩いていた通路より広く、石組みの形も少し違っていた。

 

ロディオが地図を取り出す。

 

現在地を探す。

 

少しして地図を下ろした。

 

「分からない。少なくとも、この辺りは載ってない」

 

エイルが通路を見る。

 

「上へ戻れそうな道を探そう」

 

「なるべく上りになってる方を選ぶ。分かれ道があったら印も残す」

 

ロディオが言う。

 

クラウスも頷いた。

 

「それがいいと思います。無理に戦う必要もありません」

 

ルシエラが少し困った顔をする。

 

「宝箱、見つけない方がよかったんでしょうか」

 

エイルが首を振った。

 

「見つけたのは、あの壁が壊れたからだろ」

 

ロディオも続ける。

 

「箱を動かしたのは俺だし」

 

メルディアが言う。

 

「壁を壊したのはストーンリザード」

 

ルシエラは少し考える。

 

「じゃあ、誰のせいなんでしょう?」

 

四人とも答えなかった。

 

ロディオだけが口を開く。

 

「考えない方がいい気がする」

 

五人は通路を進んだ。

 

十分ほど歩いたところで、ロディオが片手を上げた。

 

「この先にいる」

 

エイルが剣へ手を伸ばす。

 

「何体?」

 

「三体。ゴブリンに似てるけど、かなり大きい」

 

ロディオが曲がり角から少しだけ先を見る。

 

エイルもその後ろから覗いた。

 

ゴブリンより一回り以上大きな魔物が三体。

 

身体つきも太い。

 

手には剣や盾を持っている。

 

メルディアが小声で言った。

 

「ホブゴブリンだと思う」

 

「強いのか?」

 

「ゴブリンよりはかなり強いはず」

 

エイルが周囲を見る。

 

後ろへ戻っても、さっき落ちてきた場所まで行くだけ。

 

他に道は見当たらない。

 

「通るなら倒すしかないな」

 

全員が武器を構えた。

 

ルシエラが杖を握る。

 

「《光と闇の祝福》」

 

淡い光が広がった。

 

ホブゴブリンたちもこちらに気づいた。

 

一体が盾を構え、二体が左右へ広がる。

 

「ゴブリンよりちゃんとしてるな!」

 

エイルが剣を受ける。

 

重い。

 

すぐに押し返した。

 

横から別の一体が来る。

 

ロディオが割って入った。

 

「こっちは俺が見る!」

 

メルディアが杖を向ける。

 

「エイル、少し右」

 

「分かった!」

 

エイルが身体をずらす。

 

空いたところへ火球が飛んだ。

 

ホブゴブリンの肩へ直撃する。

 

それでも倒れない。

 

「やっぱり硬い!」

 

戦いは長引いた。

 

三体とも、最初に戦ったゴブリンとは明らかに違う。

 

それでも、最初にゴブリンと戦った頃のようには崩れなかった。

 

エイルが正面を支える。

 

ロディオが死角へ回る。

 

メルディアは前衛の隙間から魔法を通す。

 

クラウスは怪我をした時だけ治療へ回る。

 

ルシエラは全員の位置を見ながら祝福を維持する。

 

やがて一体目が倒れた。

 

そこからは早かった。

 

数分後。

 

三体すべてが床へ倒れていた。

 

エイルが剣を下ろし、息を整える。

 

「勝てるけど、毎回これだときついな」

 

ロディオも壁へ手をついた。

 

「浅いところにいたやつらより、かなり強い」

 

メルディアは自分の状態を確認する。

 

「SPも使った。避けられる相手なら避けたい」

 

「俺もそう思う」

 

エイルが頷いた。

 

クラウスも反対しなかった。

 

「帰り道が分からない以上、余力は残しておきましょう」

 

少し休んでから、再び歩き始める。

 

次の曲がり角。

 

ロディオが先を確認する。

 

しばらくして戻ってきた。

 

「今度は四体いる。まだこっちには気づいてない」

 

エイルが聞く。

 

「他に道は?」

 

「少し戻ったところに右へ入る道があった。そっちへ行ける」

 

「じゃあ避けよう」

 

音を立てないように引き返す。

 

右の通路へ入る。

 

しばらく進んでも、後ろから追ってくる気配はなかった。

 

ロディオが少し得意そうに言った。

 

「こういうのがスカウトの仕事なんだよ」

 

ルシエラが笑う。

 

「さっきの宝箱の分、取り返しましたね」

 

「まだそれ言うの?」

 

さらに先へ進む。

 

今度は、曲がり角の向こうから二体の虫型魔物が現れた。

 

人の胴ほどもある大きさだ。

 

エイルが剣を抜く。

 

「二体なら倒した方が早そうだな」

 

ロディオも短剣を構えた。

 

「後ろに戻るよりはな」

 

戦闘は長くかからなかった。

 

最後の一体が倒れる。

 

エイルが剣についた汚れを払う。

 

「このくらいならまだ――」

 

後方から声が響いた。

 

低い唸り声。

 

一つではない。

 

ロディオが振り返る。

 

表情が変わった。

 

「さっきの四体かもしれない」

 

「気づかれた?」

 

「分からない。でも、こっちへ来てる」

 

エイルは少し考えた。

 

「だったら走ろう。わざわざ戦う必要ない」

 

五人は走り出した。

 

距離はある。

 

そのまま離れればいい。

 

ロディオが先頭に立つ。

 

一つ目の曲がり角を曲がる。

 

その先。

 

通路の脇で、狼に似た三体の魔物が身体を丸めていた。

 

一体が顔を上げる。

 

エイルたちを見る。

 

立ち上がる。

 

「ロディオ!」

 

「左!」

 

五人が左の通路へ飛び込んだ。

 

背後から狼の吠える声がする。

 

エイルが走りながら振り返る。

 

「今のも来てるぞ!」

 

「見えてる!」

 

「後ろのやつらもまだいる!」

 

「それも聞こえてる!」

 

足音が増えた。

 

五人はさらに走る。

 

前方に分かれ道が見える。

 

ロディオが一瞬だけ左右を確認した。

 

「右! 少し上ってる!」

 

全員が右へ曲がる。

 

確かに通路は緩やかな上り坂になっていた。

 

ルシエラの顔が少し明るくなる。

 

「上に戻れるかもしれません!」

 

「そうだといいけど――」

 

エイルが言い終える前に。

 

天井から黒い影が落ちてきた。

 

一体。

 

二体。

 

さらに三体、四体。

 

大型の蝙蝠だった。

 

ロディオが身を屈める。

 

「うわっ!」

 

エイルが剣を振り、目の前の一体を追い払う。

 

ルシエラが杖を構えた。

 

「戦いますか?」

 

エイルは後ろから迫る足音を聞いた。

 

「止まってる方がまずい! このまま行こう!」

 

五人が蝙蝠の間を抜ける。

 

羽音が後ろについてきた。

 

ロディオが走りながら振り返った。

 

「……まずいな」

 

エイルが聞く。

 

「どうした?」

 

「さっきより増えてる」

 

メルディアも後ろを見る。

 

「ホブゴブリンと狼と蝙蝠。まだ他にもいる」

 

ルシエラも見ようとする。

 

「どのくらいですか?」

 

「前見て走って!」

 

ロディオが叫ぶ。

 

「そんなに多いんですか!?」

 

「数えてる余裕ない!」

 

また曲がる。

 

通路の端にいた小型の魔物が、五人へ顔を向けた。

 

直後。

 

その後ろから迫る大量の足音にも反応した。

 

魔物が跳ねるように動き出す。

 

エイルが嫌な顔をする。

 

「また増えた!」

 

「止まったら追いつかれるから、そのまま行って!」

 

ロディオが前方を探す。

 

右。

 

行き止まり。

 

左。

 

細い通路。

 

「左!」

 

全員が飛び込む。

 

しばらく走る。

 

後ろの音が消えない。

 

むしろ大きくなっている。

 

クラウスが息を切らしながら言った。

 

「これ、どこかで振り切れませんか?」

 

「広いところだと追いつかれる!」

 

ロディオが答える。

 

「曲がり角を使って距離を取ってるけど、全然諦めない!」

 

ルシエラが杖を握り直す。

 

「《絶対防御領域》を使えば――」

 

エイルも一瞬考えた。

 

後ろを見る。

 

通路いっぱいに魔物がいる。

 

「今止まったら、周りを全部囲まれる!」

 

ロディオも頷く。

 

「領域が消えた後に逃げ道なくなる!」

 

「じゃあ、まだ走るんですね!」

 

「悪いけど頼む!」

 

「分かりました!」

 

走る。

 

さらに曲がる。

 

また別の魔物がいた。

 

だが、もう戦うどころではない。

 

横を抜ける。

 

その魔物まで追ってくる。

 

エイルは前を向いたまま叫んだ。

 

「なんで通るたびに増えるんだよ!」

 

「俺たちがダンジョン中を走り回ってるからだろ!」

 

ロディオが返す。

 

「それは分かってる!」

 

「じゃあ聞くなよ!」

 

前方が広くなった。

 

ロディオが目を凝らす。

 

「何かある!」

 

巨大な石の門。

 

いや、門だったものが見えた。

 

片側が崩れ、人が何人も通れるほど大きく開いている。

 

その向こうは暗い。

 

だが、今いる通路より遥かに広い空間が続いていた。

 

ロディオが門の向こうを見る。

 

後ろも見る。

 

「中へ入るしかない!」

 

「行こう!」

 

エイルが答える。

 

五人が崩れた門を抜ける。

 

広い石床へ飛び出した。

 

直後。

 

後ろから魔物たちが次々と門を抜けてくる。

 

エイルが振り返る。

 

「門、閉められないのか!?」

 

ロディオも一瞬見る。

 

「無理! 片方なくなってる!」

 

「じゃあ前へ!」

 

五人はさらに奥へ走る。

 

ルシエラが前を見た。

 

足が少し鈍る。

 

「エイル」

 

「どうした?」

 

「前にも、何かいます」

 

エイルも前を見る。

 

暗闇の奥。

 

何かが動いた。

 

大きい。

 

ストーンリザードより遥かに大きな影だった。

 

岩のような外皮。

 

四本の太い脚。

 

床を這う長い尾。

 

巨体がゆっくりと持ち上がる。

 

二つの目が開いた。

 

こちらを向いた。

 

エイルの足が止まる。

 

その横にロディオが並ぶ。

 

後ろを見る。

 

大量の魔物が迫っている。

 

前を見る。

 

巨大な魔物が立ち上がっている。

 

ロディオが息を整えながら聞いた。

 

「……前と後ろ、どっち行く?」

 

エイルは剣を握り直した。

 

「どっちも行きたくない」

 

次の瞬間。

 

広間を揺らすほどの咆哮が響いた。

 

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