「今日も桜蜘蛛が可愛い!」と叫ぶ   作:ウェットルver.2

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# 3 ”ありふれた普通の高校生”

 

 シャワーの音が沈黙を埋める。

 ひとりは横たわり、もうひとりから目を背けている。

 もうひとりはシャワーを持ち、薬液混じりの血を洗い落とす。

 

 ふたりの視線は交わらない。

 さきほど犯罪者と戦ったばかりのヒーロー。

 正体不明の薬液を注射され、それでも笑顔を絶やさない被害者。

 

 どちらが癒されるべきなのか。

 まっとうに考えれば、まずは疲れ切った英雄が休むべきであり、そのためにも被害者の容態などは救急車を呼んで医者に任せればよい。優先順位は”患者”が先だとしても、まだ見ぬ強敵と戦わねばならない戦士は、緊急要請があっても対応できるように手際よく立ち回るべきだ。

 

 しかし、サクラスパイダーと呼ばれた英雄は”患者”を救っていた。

 だからなのだろう。被害者である少年は目の前の英雄への複雑な感情にくわえて、青少年としての恥じらいを混ぜ、顔を逸らしていた。

 

 

(ヒーローで幼馴染の女の子が?

 シャワー室で自分の傷口を洗ってくれる……?)

 

 

(なに その夢小説?

 おいくらで買えます??)

 

 

 訂正しよう。

 被害者だった幼馴染の少年は、目の前の幼馴染への複雑な情緒にくわえて、オタクとしての恥じらいを混ぜ、青少年として同年代の異性に思わず顔を逸らし続けてしまっていた。

 

 サクラスパイダーの姿は。

 ひとりの少年に容姿端麗な顔面を近づけ、肩を洗い流すためにシャワーを優しく当てながら、必要に応じてヒーロースーツの手袋で男の肩をなでて血の脂を落とし、あまりにも近い距離で、こう囁いているのである。

 

「痛くないですか?」

「だいじょうぶですか?」

「本当に痛かったら教えてくださいね?」

 

 言葉だけを見れば、思いやりがある女の子らしいものだ。

 場所が学園内の体育館のシャワー室で男女がふたりきりなんて状況ではなく、排水口に血が流れておらず、ひとりの少女がコスプレかと見まがうヒーロースーツを身につけていなければ、どれだけシャワーの音を鳴らしても”不自然なこと”は誰にも思えないだろう。

 

 

(これではまるで、【幼馴染スーパーヒロインの事件後お手当てASMR】……とも言えるし、そうでないとも言えるね……?)

 

 

 少年が顔を逸らさず、結果的に少女の吐息が右耳にかからなければ。

 痛みに悶えるかの如く、羞恥と珍妙な喜悦で悶えることもなかっただろう。

 そのような醜態がかえって「苦痛に悶えている」と見られ、より丁寧に看護され、さらに割れ物を触れるかのように優しく触られてしまい。ますます皮膚の感度があがる。

 初心(うぶ)な少年になんてことをしているのだ、この乙女は。

 

 元より、手当される寸前。

 服を脱がされ、傷口を確認される瞬間。

 思わず冗談交じりで、

 

「ああ!

 やさしくして やさしく!」

「服を脱がせないでっ! 感じる」

「うあああ(痛すぎて)だめもうダメ~ッ!」

 

 などと悪ふざけを挟んだものの、注射された薬物によるものか、軽く服を脱がされたり傷口を擦られたりするだけで過剰に痛覚信号が走り、痛みに耐えきれなくなってしまっていたのも事実。

 

 痛みを素直に訴える、それを「一介の男性として恥ずかしいと思わないのか」と第三者に問われようものならば、軽口をやめられない少年とて気まずさで首を横へとより曲げることだろう。

 

 羞恥か、苦痛か、薬物投与による血圧上昇か。

 もしくは倒錯的な状況への、思わぬ興奮からか。

 全身から汗を垂れ流しては容赦なく乙女に洗い流される。

 

 されるがままだ。

 右を向けば右耳にASMR。

 真正面を向けば幼馴染の乙女の顔をゼロ距離で鑑賞。

 かといって逃れようにも、薬物の副作用で体がふらつき逃げきれない。

 

 

(これが、俎板(まないた)の鯉(こい)ってやつか……。

 どうせなら フ(・)グ(・)ク(・)ジ(・)ラ(・)だと言い張りたかった……!)*1*2

 

 

 つまり、「俺を食った女は死ぬぜ!」と強がりたかったのだろう。

 そんなセクハラじみた冗談が言える男なら、スーパーヒロインへの配慮や羞恥心から口をつぐんだりしないし、とっくに御本人様から”そういう男性”として軽く扱われていただろう。

 ファンボーイでよかったのか、悪かったのか。

 

 少年が脳内で冗談を吐いて現実逃避をしながらも、施術は続く。

 少しばかり強引に治療を終えようとしたサクラスパイダーは、

 

 

(……これって、ひょっとして。

 ”不純異性交遊(いかがわしいこと)”をしてしまっているのでは……!?)

 

 

 もにょもにょと唇を動かし、赤らむ頬を躍らせていた。

 彼女にとっての幸運があるとすれば、眼前の少年が似たようなことを考え、照れ隠しや羞恥心で横を向いてくれていたことだろう。

 

 もっとも、この光景は。

 己を河豚(ふぐ)だと思いたい雄(オス)の鯉(こい)を水洗いする雌(メス)の大蜘蛛(スパイダー)という、異世界の蜘蛛食いを嗜(たしな)む種族からすれば羞恥心など抱きようもない食事前の光景にしか見えないのだろうが。

 そうであっても、なんだかいかがわしいアニマルビデオになることには変わりなく……そう。

 

 誰がどう言葉を並べても。

 ふたりの間の空気は、よっぽどの鈍感でもなければ、そして「なにが」を言い切ってしまえば双方の関係性が歪みきってしまうという意味で、一(・)触(・)即(・)発(・)なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなことがあろうとも。

 恋路(こいじ)の羞恥心なぞ知ったものかと時間は容赦なく進むもので。

 

 少年少女の青い苦悩を置き去りに、なすべき学業は待ち受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒板を掻くチョーク。

 鼓膜を震わせる先人達の知恵。

 世界の何処(どこ)かでは夢見ても届かない、垂涎(すいぜん)止まらぬ知識の山が何行にも渡り連なろうとも、眠気で船を漕ぐ乙女はいるものだ。

 

 そう、我らが美少女、飛騨(ひだ)遥(はるか)ちゃんである。

 

 

「授業中に、ヒーローが……寝るわけには……!」

 

 

 先日の依頼が大変だったのか、街で集英組でも暴れていたのか、両方同時に起きたのか。

 どっちにしろ、遥(はるか)ちゃんに徹夜させてんじゃねえよ美容の大敵なんだよハッ倒すぞ!!!

 ……あー、よほど大変だったらしいね、うん。

 

 まあボクは普通に眠いんだけどね!

 シャワー室で遥(はるか)ちゃんに傷口を洗われた時はさすがに上裸は恥ずかしかったですハイ。今どきの学校指定水着が上を隠すせいかな。帰ったら全然眠れなかったよ。

 

 

「……今日は、これで以上よ。

 明日は実験室で実習。教室を間違えないようになさい」

 

 

 針尾(ハリオ)林檎(りんご)先生の声に、生徒たちの声があがる。

 せっかくの休憩時間だからと談笑に興じる者たち。

 次の授業のため、滋養するべく栄養ドリンクなどを嗜むボクのような者たち。

 

 

「林檎(りんご)ちゃ~ん!

 これわかんないんだけど、この考え方あってる?」

 

 

 授業の邪魔にならないよう、あらかじめ授業終了後に質問しようとメモを取っていた梨珠(リズ)のような、親しい教師へと話しかける者たち。

 

 

「……梨珠(リズ)さん。

 そこは考え方が違うわ、正確には……それはそれとして、お願いだから”ちゃん”づけは勘弁してちょうだい。そんな歳じゃないわよ」

 

「なにをおっしゃる美魔女さま。

 仕事終わったらカラオケとか行きません?」

 

「教師を遊びに誘わないの。

 可愛い冗談を言う いけない子でも、先生想いのいい子でも、教員からは何もしてあげられないし、してはいけないのよ?」

 

「はーい」

 

 

 まんざらでもない林檎(りんご)先生、楽しそうな梨珠(リズ)。

 林檎(りんご)先生の授業であれば恒例の、林檎(りんご)先生を慕う生徒たちが彼女を囲って笑いあう時間だ。

 いつもなら、ここに遥(はるか)ちゃんが加わったりするのだけれども。

 

 

「遥(はるか)ちゃん、遥(はるか)ちゃん」

 

 

 今日の彼女は お眠(ねむ)なのだ。

 とんとん、と、ボクは机を指で叩く。

 肩を直接叩いたら距離感なさすぎだから遠慮するぜ。

 

 

「なんれふか……?」

 

 

 もぞり、と、うつぶせになった背中を浮かせて、こちらへと顔を向ける遥(はるか)ちゃん。

 おう寝惚けていても可愛いなオイ。

 

 

「(次の授業が)はじめる前にこれを渡しておこう。

 (眠気を耐える)苦痛に耐えられぬ時 のむがいい」

 

 ※↑のaa絵はイメージです。飲酒は推奨しておりません。

 

 そっと、珈琲(コーヒー)の缶を差し出す。

 こんなこともあろうかと買っておいたのだ。

 

 スパイダーマンと言えば珈琲(コーヒー)。

 サクラスパイダーと言えば、扉絵や巻末おまけイラストに映ったマグカップ。

 

 たぶん珈琲(コーヒー)は好きだろうと踏んでのものだ。

 ……え? 実際の遥(はるか)ちゃんの好み?

 

 幼馴染だけどわかんね。

 たくさんスポドリ飲んだりするからね、この年頃だと。

 

 取り出しまするは、ミルク多めのカフェオレ。

 某(それがし)が袖の下で温めてはいない逸品でござる。

 マジで袖の下(男性のシャツの中)で温めていたら生理的には気持ち悪いからね、仕方ないね。

 

 本当は「飲食物の差し入れ」ってダメなんだけどね。

 ほら、ナ(・)ニ(・)を食わせるつもりなのか怪しいからさ……?

 未開封に見せかけて異物混入とか危ないからさ……?

 

 さて、遥(はるか)ちゃんは喜んでくれるのだろうか。

 

 ……喜んでくれる、よね?

 

 大丈夫だよなコレ???(震え声)

 

 

「ありがとうございまふ。

 (なんで顔の作画を劇画調に……?)」

 

 

 ふにゃりと微笑み、カフェオレを受け取って、

 

 

「むにゃあ」

 

 

 と、再び寝入ってしまう。

 よっぽど疲れていたらしい。

 ヒーロー活動が大変で、昼間に寝てしまうほどに。

 きっと数多くの民間人を助けてきたのだろう。透き通るような桜色の爪は、うっすらと疵を浮かばせている。

 

 うん、うん。お可愛いこと。

 遥(はるか)ちゃんが幸せそうで何よりだ。

 学園生活が平和で落ち着ける、ってことなんだから。

 

 彼女の手に収まるカフェオレを見た。

 ちょっと胸のこそばゆい。

 

 こんな日常が、ずっと遥(はるか)ちゃんに続くといいな。

 

 

 

 そう思っていた時だ。

 ボクの名前、貞治(さだはる)が誰かに呼ばれたのは。

 

 

 

 

「……貞治(さだはる)くん。

 あなた、なにがしたいの?」

 

 

 ぬるり、と。

 林檎(りんご)先生の影が ボクの頭や机に被さった。

 

 

 

 

 

「はい?」

 

 

 わけもわからず、とりあえず頭をあげる。

 めずらしく表情を失った林檎(りんご)先生が、こちらを見下ろしていた。

 

 

「なにがしたいのか、って聞いているのよ」

 

 

 なんのこと?

 なにがしたい、って……な(・)ん(・)に(・)つ(・)い(・)て(・)よ(・)?

 

 

「遥(はるか)さんの友達なのよね?

 なに からかってるの? なにを考えているの?」

 

 

 なにを考えてるかって、そりゃあ、

 

 

「…………遥(はるか)ちゃんのこと、です、けど……?」

 

 

 それしかないが??

 

 え? なに? どゆこと?

 マジで、なんのことを言ってんの?

 

 

「ふざけているの?」

 

 

 林檎(りんご)先生の声色が硬くなる。

 

 

「ちょっとは寝かせてあげたりしないの?

 サクラスパイダーよ? ヒーローでいそがしいのよ?

 江戸川(エドガワ)さんを見習わないの? 気遣う気持ちは?」

 

 

 思わず ( ゚Д゚)ハァ? と叫びかけて、口を閉じた。

 

 うん、そうだね、サクラスパイダーだね。

 いそがしいね、たいへんだね……だから、なに?

 

 梨珠(リズ)ネキは 遥(はるか)タソのズッ友なんだが?

 遥(はるか)ちゃんは チヤホヤする奴隷がほしいワケではないんですがァ!?*3

 

 

「……呆れた。

 ヒーローに助けてもらって当然ってことかしら」

 

 

 やれやれ、と。

 手のひらを仰向けにして溜息を吐いてきた。

 挙句の果てには、踵(きびす)を返して背を向ける途中で、わざわざ見下した目線を寄越してくる。

 

 うっわ腹立つ。

 意識高い系の勘違い偽善者か?

 

 

「先生、」

 

 

 声をかけると、「ぐるんっ」と振り向いてくる。

 うわキモ。

 

 

「遥(はるか)ちゃん、そーゆー『ダサい女』じゃないっすよ?」

 

「あなたのことよ? 貞治(さだはる)くん」

 

 

 あー。

 ダメだ、これ。

 遥(はるか)ちゃんをなんて言ったのか、欠片も気づいてねえ。

 

 

「そ(・)ん(・)な(・)こ(・)と(・)のために頑張ってないんすよ。

 尊敬できる人間(サクラスパイダー)が真面目に頑張っているからって、助けられた側がチヤホヤしてたら本末転倒でしょうがよ。親愛なる隣人を親愛なる御主人様に変えて尻尾を振ってどうするんですか。

 ふつーに『ありがとう』でいいんですよ。

 そのあとは、なにもしてないオタク(ナード)な女子高生の飛騨(ひだ)遥(はるか)だけを見てりゃいーんですってヴァ」

 

「何の話よ? ふざけてるの?」

 

 

 ふざけてるのは オヌシだが?

 スパイダーマンの解釈違いすぎて草枯れるわ。

 

 

「あいつの名前は飛騨(ひだ)遥(はるか)ですよ」

 

 

 いやあ、本当に。

 

 

「生まれたときから飛騨(ひだ)遥(はるか)。

 サクラスパイダーじゃあない。当然だろ?」

 

 

 まったくもって、笑えない。

 

 

「遥(はるか)が隣近所にいた頃から知ってんだよ。

 科学オタクで趣味合わなくて、頭良すぎて友達と話が合わない。

 つ(・)ま(・)ん(・)な(・)す(・)ぎ(・)て(・)興(・)味(・)深(・)い(・)。

 放(・)っ(・)て(・)お(・)け(・)な(・)い(・)け(・)ど(・)、調(・)子(・)乗(・)る(・)と(・)ウ(・)ザ(・)い(・)。

 そんな昔の”飛騨(ピーター・)遥(パーカー)”なんていなかったかのよーに、あとから人気者のヒーローを持ちあげるのはやめろ……って、言ってるんですよ。」

 

「あら。それは彼女の成長でしょう?

 正義を胸に努力を惜しまず、人々を救う英雄には変わりない」

 

「で、サクラスパイダーに働かせて、飛騨(ひだ)遥(はるか)の青春は奪うわけだ。

 『学生の本分そっちのけで授業中に爆睡してもいいよ』とか」

 

「そこまでは言ってないわ。

 ヒーローだからこそ休んでほしいのよ」

 

 

 ほう。

 ……続けて?

 

 

「ヒーローに救われておいて何もしない。

 感謝も文句も言葉ばかりで、誰も英雄を助けない。

 何の力も持たず、恵まれるばかりの者がヒーローを助けずに生きるなんて、それこそ優れた者に飼われた家畜(ペット)の犬そのもの。

 のうのうと生きていて恥ずかしくないのかしらね」

 

「じゃあ無人島で暮らせばいいじゃないっすか?」

 

 

 思わず、咄嗟の怒りに任せてしまった。

 

 呆れても物は言うべきだ。

 沈黙を現実でやるわけにはいかない。

 

 

「自衛隊にも警察にも頼らない、農家にも漁師にも頼らない、ペットみたいに生きなくていい。

 誰(・)か(・)に(・)感(・)謝(・)す(・)る(・)だ(・)け(・)で(・)恩(・)を(・)返(・)せ(・)な(・)い(・)無(・)力(・)感(・)な(・)ん(・)て(・)ど(・)こ(・)に(・)も(・)な(・)い(・)。

 お望み通り、のうのうと生きなくて済みますぜ?」

 

 

 沈黙は肯定だの、図星だの。

 挙句の果てには「なにも言うことがない」と思われる。

 特に、今の先生みたいな態度の人間には、口を開いても「やべーやつ」としか思われないのかもしれないが……それでも、吠えなきゃならなかった。

 

 

「まさか、っすけど。

 無(・)力(・)な(・)市(・)民(・)は(・)助(・)け(・)て(・)も(・)ら(・)う(・)こ(・)と(・)が(・)悪(・)だ(・)と(・)か(・)、そ(・)ー(・)ん(・)な(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)あ(・)、」

 

「そ(・)う(・)よ(・)」

 

「ハア?」

 

 

 プッツ――――――ン!

 久しぶりに……キレちまったよ……。

 

 んー、不思議だなあ?

 なぜかゴングが鳴った気がするなあ!?

 

 

「ほーん、じゃあ警察にも”金色の饅頭”とか渡しますゥ?

 贈賄罪(ぞうわいざい)と収賄罪(しゅうわいざい)って御存知? ボクらから警察のためにできることなんて普段通りの日常を過ごして税金を払って秩序を保つことぐらいでしょうがよ ねえ??」

 

「”政府の狗(いぬ)”って言葉もあるわね。

 ”飼い主(おくに)”のためには働かない、サクラスパイダーが助けてくれることを当然だと思っている野良犬なんかに、どうしてオトナである私が餌をあげると思えるのかしらね。

 不思議でならないわ、狂犬病があるかもしれないのに。

 オスなんか特に、ね?」

 

「おっと会話が成り立たないアホがひとり登場〜~!

 スパイダーマンがほしいのは ”普段通りの日常”じゃろJK(ジェーケー)*4」

 

「 ”普段通りの日常”こそが問題なのよ。

 現実はどう? 世間は餌を与えられて喜ぶ野良犬ばかり。

 どれだけ健気に頑張っても、野良犬が彼女に報いることはないのよ」

 

「誰かのために戦う馬鹿なんてそんなもんだろ。

 こっちの気持ちなんて気にもしない、周りを助けてばかりで自分はズタボロ、見ろよ彼女の爪。手袋なかったら割れてたぜ、なのに帰っても友達の寄生虫すら英雄扱いをしてくるっての?

 どっちが気持ち悪いんだよ、普通の女の子だったのに。

 ただの飛騨(ひだ)遥(はるか)に戻らせてやれよ」

 

 

 キレそうなんだが?

 やんのか? おーん??

 

 ……とは、マジでやると内申点に響くので。

 絶対やりはしないのですが。

 

 あと「自分をめぐって大喧嘩」とか遥(はるか)ちゃんが曇るからNG。

 

 

「ふざけるのも大概にしなさい。ったく……」

 

 

 そう吐き捨てて教室を出る林檎(りんご)先生。

 

 納得がいかぬ。

 梨珠(リズ)のほうが役に立てる、と言われればそうだが。

 

 こちとら推しの空気すぎる「ただの隣人(モブ)」ぞ?

 親愛なる隣人(スパイダーマン)が守りたい、どこにでもいて普通の日常を送る少年Aぞ?

 ない存在感を日常的に吸っていただけるだけで吾輩(わがはい)ありがたいんですが?

 

 

「貞治(さだはる)くんさぁ?」

 

「なんでござるか梨珠(リズ)殿?」

 

 

 ぴたん、と、自分自身の額を叩いて。

 遠巻きでボクたちを見ていた梨珠(リズ)が首を横に振る。

 

 

「いつもさぁ? そのくらいハッキリ言え?」

 

「声でかいオタクは騒音でござるよ?」

 

「騒音でいいじゃん」

 

「話、長いよ?」

 

「そこは まあ、うん、ごめん……」

 

 

 目を逸らし、平手で謝る梨珠(リズ)。

 確かに自分ら ”オタク”は話が長くて声がでかいよね、と、認めたうえで。

 そんなボクらの会話がうるさかったのだろうか、

 

 

「ううん……どうしたんですかぁ……?」

 

 

 目を擦りながら起きる遥(はるか)ちゃん。

 寝起きで眠たそうな表情すらも可愛い。

 寝不足のつらさから顔を険しくすることもなく開かれた瞳は、「二重まぶたが薄く伸びている」とか、「まつげが豊かで長く、綺麗な曲線を描いている」とか、いちいち顔の特徴に意識を向けなくても可愛い。

 

 推しが可愛すぎて息継ぎができねえ。

 

 

「起きれた? なにもしてないよ?」

 

「そうですか?」

 

 

 不思議そうに周りを見渡して、ふと視線を下に向けた遥(はるか)ちゃんはう(・)す(・)ぼ(・)ん(・)や(・)り(・)とした視界の焦点を定めるように目を細め、その手の中にある缶を見る。

 

 

「これって……ううんと……?」

 

 

 よし、今のうちに。

 静かに、そうっと鼻で息を吸って、と。

 

 

「ボクからの差し入れ。覚えてない?」

 

「えっと、……覚えてませんね。

 そんなに寝惚けていたんでしょうか、私?」

 

「たぶんね」

 

 

 かちっ、と、缶の栓を開けて、カフェオレを飲む遥(はるか)ちゃん。

 栓の形に沿ってすぼむ唇。こくんと喉を鳴らしては、女の子の控えめな喉仏が薄く浮かぶ。

 

 

「あっ、……美味しい」

 

 

 すこし嬉しそうに表情をやわらかくさせると、こちらを見て微笑んだ。

 

 ヨッッシャ好物合ってたああああ(メルヘーン ゲットォォォ)!!!

 アッ ヤベ可愛すぎて心臓が止まる!!

 

 

「ありがとうございます、どこで買ったんですか?」

 

「最近できたコンビニだよ。

 ほら、天条院グループのさ―――」*5

 

「ああ、あの! あそこは―――」

 

 

 なんだか、不思議な気分だ。

 ひさしぶりに長く話せている気がする。

 いつもは他の生徒に遥(はるか)ちゃんが囲まれているし、そうでなくってもボクから話せる話題なんて、趣味が被らなくて一方通行になりやすい内容ばかりなんだけども……はて。

 

 気になって、ボクも周りを見渡してみる。

 遥(はるか)ちゃんの見慣れた友達が遠巻きにボクたちを見ている。

 なんだこれは、と、梨珠(リズ)を見てみると、こっそりと右腕の親指を立てたかと思えば、そのまま別の子たちと仲良く話し合っていた。

 

 ……いや、本当に、なんだこれ??

 

 

 

 

 こうやって少年が首を傾げていても。

 時間は進む。現実は終わらない。

 

 

 

 そう。

 スパイダーマンの現実は、終わらない。

 

 

 

 

 飛騨(ひだ)遥(はるか)、否。

 Hida(ひだ) Haruka(はるか)はスパイダーマンである。

 Peter(ピーター) Parker(パーカー)と同じく、両親を亡くし、住む家を変え。

 

 かつては芽衣(メイ)叔母(おば)さんのもとで暮らす、親なき子ではなかった。

 

 彼女もまた、スパイダーマンである。

 平行世界の蜘蛛たちの例に漏れず、彼女は大切なものを失っていく。

 刻々と迫るスパイダーマンの受難は今、確かに足音を立て、ひとりの隣人のもとへと毒牙を剥いていく。そうあれかしと祈るがごとく、あるいは祝福と称して試練を授けるがごとく。

 

 学園の誰もが学内活動を終えて去る黄昏時。

 夕刻を「誰(だれ)ぞ彼(かれ)」とはよく言ったもので、夕陽に包まれた体は影法師のごとく色を失い、その顔をうかがい知るすべはなくなる。

 

 そのうちの影のひとつは、ゆらゆらと姿勢を崩しながらも歩いていた。

 手足が不自由なのか、それとも腰痛か何かで片足がうまく動かせないのか、病(・)人(・)だ(・)と(・)わ(・)か(・)る(・)格(・)好(・)で(・)も(・)な(・)い(・)のに揺れる黒影は見る者に不安を与え、あたかも正体の知れぬ不審者のごとく避けられていた。

 住宅街の細道であっても彷徨うように歩み続けるうちに、黒影の周りからは市民と思わしき影がひとつもいなくなり、ただ黒影は寂しそうに横を向いては、誰もいないことを確かめただけなのに嘆息している。

 

 これに近寄る、緑色の影がいた。

 

 影は天狗であった。

 さて、天狗と言えば”赤ら顔”だと誰もが知るところ。

 だが黒影を追う天狗は赤ら顔ではなく、とても健康的には見えない顔色をしていた。

 苔を思わせる深緑色の肌を風に晒す天狗は「にやり」と笑い、袖に手を伸ばす。

 

 天狗が嗜むものとは何か。

 酒か? であれば出すものはひ(・)ょ(・)う(・)た(・)ん(・)か。

 いや、この緑天狗が取り出したるは、液体に満たされた瓶がひとつ。

 瓶には「ひょろり」とした紐(ひも)が垂れ、今にも獲物を待ちわびる柳の下の女幽霊かのように風に揺られている。鬼火を灯された紐は「ジジジ」と心地よい線香花火となり、火種は瓶へと吸い込まれていく。

 

 

「―――そうら、”玉屋(たーまやー)!”」

 

 

 緑天狗は叫んだ!

 投げられ、黒影に迫りくるは凶器の火(・)炎(・)瓶(・)!

 声に振り向く黒影の正体は、力なき普通の男子高生!

 

 緑天狗は笑った。

 さすがの妖怪”蜘蛛女”でも、こやつは守れまい。

 さしたる”こやつ”も知るだろう。益荒男(ますらお)が如き大和撫子(やまとなでしこ)に甘んじて戦わぬ腰抜け男なぞ、所詮は妖怪に食われて死ぬ定めよと!

 

 

「大いなる力に甘んじる小童(こわっぱ)めが。

 貴様ら市民の”大いなる責任”なき怠慢、その身をもって味わうがよいわ……!」

 

 

 哀れヒーローを待つばかりの無能な一般人は「にやり」と笑うと、みずからの腰に手を回し、(…………うん?)と、妖怪”緑天狗”―――を、気取っていた犯罪者(ヴィラン)は目を疑った。

 

 するりと伸びるは、プラスチック製のバット。

 ばさりと開(はだ)けるは、オーバーサイズの白シャツ一着。

 白シャツを外套(マント)のように着こなす少年は、左腕を隠したまま右腕だけでバットを構え、腰を深く降ろす。

 

 

「バッター。

 背番号ぅ、4(フォ~ウ)番、ボク。」

 

 

 バットの芯をずらし、火炎瓶の芯を狙わず。

 それぞれの側面を掠(かす)らせるように、

 

 

 

「”神威(かむい)”」

 

「は?」

 

 

 ぽこん、と。

 情けない音を鳴らして打つ。

 やわらかなプラスチック製のバットで叩かれた火炎瓶は破裂することなく減速、少年の後方へと弾かれて地面に着弾、そのままコロコロと転がっていく。

 

 

「ファール。わん すとらーいく。」

 

「は??」

 

 

 呆然とするヴィラン。

 なんか天然パーマの銀髪侍みたいな笑顔でニヤける少年。

 

 おもちゃのバットで悪事を未然に防がれたヴィランは、何度も火炎瓶とプラスチック製のバットを見ては目を瞬(またた)き、口をわなわなと震わせる。

 

 

「えっ、はあ??

 貴様、どこからバットを持ってきた!?」

 

 

 問われて笑みを止めた少年は、

 

 

「(サバゲ部の部室に)託(たく)してきた……」

 

 

 と、したり顔で呟く。

 シャツに隠した左腕の様子を悟られぬよう、飛び切りの決め顔で。

 

 きっと今頃、幼馴染のヒーローが慌てている頃だろうな、と。

 

 

 

 

「それで誤魔化せるサイズかァ!?」

 

「お花の蜜大学附属高校の*6

 女子野球部員(ドM)はやってた!」

 

 

 秘訣は「バットを自分の肉体のように馴染ませること」らしいよ。

 マジな話をすると、背丈や図体、腰ベルトに挟み込む部位の都合上、あらかじめ大きめのシャツを着たうえで プラスチック製のバットの持ち手を下にすると、すっぽりと収まりやすいぞ!

 

 ちゃんと獲物の首元は見ようね!

 

 

「くそっ、野球ボールではあるまいに!

 わえの爆弾をよくもっ……なんの力もない小童のくせに!」

 

「フゥン、『自分は特別だ』と言いたいわけか。

 おもちゃのバットに負けるくせに?」

 

「殺す!」

 

 

 あっという間に激昂し、ぽんぽん爆弾を投げるヴィラン。

 こんこんバントで打ち落としてやれば、さらに「殺す殺す殺す……!」と、ヴィランがボヤいて爆弾を投げ続けてくる。

 

 

「ピッチャーマシンみたいだね。

 せめて変化球でも投げたら?」

 

「殺ォす!!」

 

 

 わお、ヒーローだか爆弾魔だか判断に困る高校生みたい。

 どうやらボクを粉砕! 玉砕! 大喝采! したいらしいけれども、これじゃあヴィランのプライドが玉砕しそうで哀れでならない。

 

 

「しょせん凡骨(ボンコツ)に負ける雑魚(ザコ)犯罪者(ヴィラン)など、その程度というわけだ!

 フハハハハハ! いやマジで投球がしょぼくて返すの めっちゃ楽……!」

 

「貴様ァ!」

 

 

 さて、冗談はここまでにして。

 さきほどは ついうっかり良(よ)い子(※遥(はるか)ちゃんに限る)に見せられない、たいへん見苦しい口論をしてしまったわけなのですが。

 あんな屁理屈合戦の論破王気取りな馬鹿ふたり(※ボクを含む)の口喧嘩そのものは問題……いや問題っちゃ問題だけど、重要な問題は別にありまして……口喧嘩自体は問題ない。

 

 ぶっちゃけた話。

 どっちが正しくて、どっちが間違っていて、みたいな勝敗もどうでもよくて。

 

 

「さっきの教室でのやりとり。

 あれでピンと来たんだよね……!」

 

 

 悪いがボクは油断しないぞ。

 遥(はるか)ちゃんが目を覚ましたあたりで気づいたからね。

 

 

「あんた、針尾(ハリオ)林檎(りんご)先生だろ」

 

「なっ……!?」

 

 

 正体を暴かれて仰天されても、こっちは別に驚かない。

 なぜかって? こう思ったからさ。

 

 いつもは生徒に囲まれる先生が。

 美魔女とまで美貌を讃えられた上品な淑女が。

 なぜか今日に限って、いきなり豹変して生徒にキツく当たる。

 

 これ、さては、

 

『主人公の目が離れた隙に

 物語が進行するタイプの事件の前兆(フラグ)』

 

 だな? と……!

 

 だって、いかにも”そう”じゃん。

 明らかに遥(はるか)ちゃんの気持ちを考えていない「よかれと思って」の正義とか、スパイダーマンの有名な敵役(ヴィラン)にありがちな主義主張のパターンになんとなく似てるし。

 仮に予想が外れたとしても、一介の女教師が学生の交友関係に首を突っ込んで、

 

『無能な生徒は、頑張る生徒を優遇するべし!』

 

 なんて命令を暗に送り、学生の自由意思や決定権を軽んじる時点で、教育者としての領分を超えてしまった以上、林檎(りんご)先生の判断能力に問題があることに変わりはない。

 

 どっちみち優生思想とか実力主義とか、別に狂気なんてなくっても結局は選民思想に繋がる発想をするやつが、親愛なる隣人(スパイダーマン)にとってのヴィランにならないわけがないのだ。

 

 というかだ。

 

 なーにが ”大いなる責任(カノン・イベント)” じゃボケ!

 遥(はるか)ちゃん(※幼馴染です。)に非がない鬱展開はノーサンキューだっつゥの!!!

 

 原作の猿真似で「にちゃぁ……♡」されても困るんだワ!

 ハッピーで埋め尽くして被害者面(ドラマクイン)したいなら、チェンソー構えて幸せを嚙み締めた先から不幸になるか サプライズ忍者な感じでクレイジーサイコグルメを「Guts(ガツ)! ガツガツ!」しながら鬱展開ごと皿に載せてゲラ笑いするのどっちかにしてくれや!!!

 

 まあ被害者面(ドラマクイン)極めて救われたい気もするけどさ。

 それやってる場合じゃないので。乙男(オトメン)は強くなくっちゃね。

 

 

「とりあえずの念のためと。

 サバゲ部(手続きの上ではまだ廃部していない)のロッカーに隠しておいたバットと、だぼだぼのシャツを持ってきておいてよかった……!」

 

「どういう青春を送っているのよ アナタは!?」

 

 

 ぜえ、はあ、と、息を切らしながら。

 ついに口調を誤魔化さなくなった林檎(りんご)先生。

 優秀な頭脳があろうとも、悔しいが結局は体力がものを言うのだ。

 

 どういう青春を送っているのかって?

 まさに今、林檎(りんご)先生みたいな犯罪者(ヴィラン)に襲われる被害者Aやってる、

 

 

「スパイダーマンの幼馴染ですが なにか?」

 

 

 どこにでもいる普通の高校生Aですけども。

 

 

 


 ペールーセーウースー

 

*1:
漫画【トリコ】に登場する深海魚。クジラほどの大きさを誇るフグが深海の圧力によって通常のフグと変わりない大きさにまで縮み、その旨みを凝縮させた特殊調理食材。もちろんフグなので毒袋がある。

*2:
フグの毒袋は処理に失敗した場合、周囲の魚肉が致死量の毒に汚染される。戦国時代以降の武士・町民の死因に「フグ毒による中毒死」が含まれ、フグの摂食を御禁制とされた理由は、この毒袋の正しい処理方法が確立されていないままフグを食用としたためとされる。

*3:
梨珠(リズ)⇒ネッド、 遥(はるか)⇒ピーター・パーカーと名前を変えたうえで、「ピーターはネッドを奴隷(イエスマン)にしたいわけではない」と読み替えれば 彼の言いたいことは伝わるかと思います。

*4:
「常識的に考えて」の意。ネット掲示板の古い用語なので日常生活で使っても意味は通じません。あと某魔法学校の作者さんのことでもないです。ホントだよ。

*5:
漫画【TOLOVEる】に登場する「天条院沙姫」の実家が抱える大企業のこと。原作【デッドプール:SAMURAI】での言及や暗示はないが、デビルーク星がある世界観である点は共通している。

*6:
漫画【君のことが大大大大大好きな100人の彼女】の舞台となる大学附属高校のこと。おそらくは某お嬢様大学および附属学校のすべて(小中高にくわえて幼稚園まで)がモデルなのか、それぞれの附属学校を登場人物が出入りすることがある。たぶんそろそろ大学に遊びに行く回がくるんじゃないかな。

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