眷属なき魔王、独りの玉座 作:一般通過アクシズ教徒
「……終わった、のか」
アインズはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを静かに握り直したが、その内心では、激しい安堵の濁流が渦巻いていた。超位魔法と最高位スキル、さらには貴重な課金アイテムまで投入させられることになった死闘。だが、何よりも重要であった項目――八意たちの宇宙船の離陸時間の死守は、完璧に実行することができたのだ。
しかし、戦場を支配した静寂のなか、アインズの背後から突き刺さったのは、感謝の声ではなく、凍りつくような冷酷な視線と、ガタガタと震える民の拒絶の囁きだった。
「ひ、化け物……」
「あの恐ろしいドラゴンの群れも、闇の大妖怪も、一瞬で消し去ってしまった……」
「あれは死そのものだ……生きとし生ける者の調和を拒絶する、絶対的な不浄、穢れそのものだ……!!」
宇宙船の周囲に集まっていた月の民の大人たちが、青ざめた顔でアインズに向けて明確な嫌悪と恐怖の目を向けていた。
彼らの誇る高度な科学の倫理観、そして何よりも清浄を尊ぶ思想にとって、アインズの放った圧倒的な負のエネルギーと、空間すら枯れ果てさせた死の深淵は、決して受け入れてはならない絶対的な禁忌に他ならなかった。命を救われた事実さえ、その根源的な拒絶の前には覆らない。
「来るな! そんな不浄な存在を、我らの清浄なる新天地の土へ上がらせるわけにはいかない!! 宇宙船のハッチを閉めろ! 穢れを中に入れるな!!」
あまりにも冷酷な拒絶の叫び。アインズの脳内で、鈴木悟としての感情を冷静な部分が自制する。
(……そうか。まあ、当然の反応だな。私は人間ではなく、アンデッドなのだから。彼らの目指す清浄な世界とやらに、私のような死の化身は必要ない)
最初から分かっていたことだ、と自分に言い聞かせ、アインズはそっと踵を返し、荒野の闇へと引き返そうとした。その時、
「待って!!」
その冷たい境界線の向こう側から、制止する大人たちの手を力づくで振り切って、一人の女性が激しく飛び出してきた。
最高責任者としての賢者の仮面を完全にかなぐり捨て、美しい白髪を乱しながら走ってくる八意。彼女は涙を流しながら、アインズの肉のない、剥き出しの骨の手をぎゅっと両手で握りしめた。
「違うわ! みんな間違っている! この人は……モモンガさんは、自分の素顔を晒してまで、私たちを命懸けで守ってくれたのよ!!」
「八意様、離れてください! その化け物に触れては、貴方まで穢れてしまう!」
「うるさいわね! 穢れだなんて、そんな言葉でこの人を縛らないで!!」
大人たちに向けて思いを爆発させる八意。その小さな手のぬくもりは、百年前、洞窟の底で自分に縋り付いてきたあの迷子の少女の時のままであった。
アインズは、彼女の未来を汚さぬよう、優しく、しかし毅然とした力でその骨の手を引き離した。そして、重厚で、悲しいほどに優しい声音で彼女に告げた。
「いいんだ、八意。君たちは月へ行きなさい。……私はこの地上に残ろう。何、一人の孤独なんて、昔から慣れっこさ」
「モモンガさん……! 嫌よ、私は……私は貴方を置いていきたくない!! 貴方がいたから、私は賢者になれたのに!!」
「……行きなさい、八意。君が百年をかけて作った、最高の宇宙船だろう。……君の知性は、こんな不毛な戦場で朽ちるべきではない」
アインズはスタッフを静かに掲げ、完全不可視化の術式を発動した。彼の圧倒的な巨躯が、八意の目の前から文字通り煙のように、静かにかき消えていく。
「モモンガさん!! アインズ・ウール・ゴウン――!!」
届かない叫びが夜空に木霊する。
ハッチが閉じられ、やがて轟音と共に、月の民を乗せた巨大な宇宙船が、青白く輝く清浄なる夜空へと飛び立っていった。
一人、不毛の荒野の暗闇のなかから、その光の軌跡をアインズは静かに見送っていた。
命を救いながらも拒絶され、再び訪れた完全な孤独。けれど、月を見上げるアインズの胸には、彼女が自分のギルドを良く言ってくれた温かい記憶だけが、消えない楔のように確かに残されていた。